- 18.思い出そう!
私が向かったのは、学校だった。
病室でも家でも良かったはずなのにここを選んだのは……まだ、踏ん切りがつかないからだろうか。
うん、多分そう。
今だって、つかさの教室じゃなくて私の教室に来てるし。
土日をはさんだんだから、つかさだってもう学校に来てるはず。
だけどまぁ……まだあんまり、体が動かないわけで。
こなたのさっきのあれを、引きずってるのかもしれない。
「?」
私の教室に入ると、妙な感覚が肌を突いた。
何ていうか、その空気の悪さに反応したんだと思う。
「……」
「みさちゃん、まだ怒ってるの?」
異変の原因は、日下部。
いつもの笑顔と八重歯を見せることもなく、黙って眉をしかめている。
こいつとは長年付き合ってきたが、こんな表情は始めて見るかもしれない。
どうやら彼女は、不機嫌らしい。
それもいつもの頬を膨らます、ってレベルとは段違いな程に。
「だって、あやのも聞いただろ?」
「うん、そう……だけど」
峰岸からも日下部に近いそれを感じる。
私はその二人の異変の原因も分からず、聞き耳を立てるしかない。
「ただの噂、だよ。柊ちゃんを知ってる人はそんな事……信じないよ」
私?
私の話なの?
噂……その単語が妙に喉にひっかかった。
そしてもう一度不機嫌そうに、言葉を漏らす。
「柊はいつも、話してくれてたもんな……優しい、『妹』だって」
「えっ……」
その単語に、心臓が跳ねる。
胸の奥の閉じていた扉から、ノックの音が響く。
それが心臓の脈打つ音と重なり、耳を劈く。
「だから信じられっかよ、その妹が……」
日下部の言葉が最後まで紡がれるのを、私は聞いていられなかった。
何時の間にか体が勝手に動き出していたからだ。
「つかさっ!?」
聞こえるはずのない声を張り上げ、つかさの教室に向かう。
そこには……居た。
見覚えのある場所に、座る私の妹。
少し痩せたような印象を受けるその表情に……生気は感じられなかった。
まるで空虚なその表情のまま、何もない一点を見続ける。
「つかさ……」
ゆっくりと、その儚い姿の傍に近づく。
だけど、彼女の傍まで来て……私の心臓の脈打つ音が跳ねる。
きつく放たれたピチカートが心臓から肌まで打ちつけ、私から思考を奪う。
なに、これ?
ナニコレ?
ナニ……コレ。
「おはようございます、つかささん」
放心する私の耳に、扉の開く音がする。
そこから現れたみゆきがつかさの姿に気がつき、声をかけようと近寄ってくる。
「……っ」
だけどそれも、私と同じだ。
机の上の『異物』に気がつき、言葉を失う。
だけど、私とは違う。
彼女には触れる手がある。
喋れる口がある。
そのまま珍しく眉をしかめると、『それ』を手にとり、声を張り上げた。
「誰ですか!? こんな事をしたのは!」
教室に響くその言葉は、震えていた。
珍しいな……みゆきが、怒るなんて。
そんな単純な動作も、ゆっくりとしか租借できない。
私がそうなのだ。
きっとつかさはもっと……辛かったのかもしれない。
「……」
教室から返ってこない返事にみゆきが呆れ、そのまま『それ』をグシャグシャに丸める。
それ。
だって、それは、それ。
その『紙』を他にどんな形容すればいいって言うの?
そんな、余ったプリントなんかを。
「お姉、ちゃん……」
つかさの口から言葉が漏れた。
その聞き覚えのある音に……私の心のドアが、開いた。
「オネエチャン、オネエ、チャン……」
「つかささん……」
その言葉を繰り返し、空虚な目をするつかさ。
そんな痛々しい彼女を、みゆきが優しく抱きしめてくれた。
その目にも……涙。
彼女の暖かさが今はただ、救いだった。
その手から落ちた紙が、私の前に落ちる。
乱暴に丸められたプリントが反動で外に広がり、もう一度その裏面を広げていく。
そこには……あった。
赤く太い、文字。
……。
読み上げるのが、恐ろしい。
言葉の暴力なんてのは、優しいものかもしれない。
だって、暴力よ? 殴られるだけじゃない。
その言葉は、私に……つかさに、突き刺さったんだから。
病室でも家でも良かったはずなのにここを選んだのは……まだ、踏ん切りがつかないからだろうか。
うん、多分そう。
今だって、つかさの教室じゃなくて私の教室に来てるし。
土日をはさんだんだから、つかさだってもう学校に来てるはず。
だけどまぁ……まだあんまり、体が動かないわけで。
こなたのさっきのあれを、引きずってるのかもしれない。
「?」
私の教室に入ると、妙な感覚が肌を突いた。
何ていうか、その空気の悪さに反応したんだと思う。
「……」
「みさちゃん、まだ怒ってるの?」
異変の原因は、日下部。
いつもの笑顔と八重歯を見せることもなく、黙って眉をしかめている。
こいつとは長年付き合ってきたが、こんな表情は始めて見るかもしれない。
どうやら彼女は、不機嫌らしい。
それもいつもの頬を膨らます、ってレベルとは段違いな程に。
「だって、あやのも聞いただろ?」
「うん、そう……だけど」
峰岸からも日下部に近いそれを感じる。
私はその二人の異変の原因も分からず、聞き耳を立てるしかない。
「ただの噂、だよ。柊ちゃんを知ってる人はそんな事……信じないよ」
私?
私の話なの?
噂……その単語が妙に喉にひっかかった。
そしてもう一度不機嫌そうに、言葉を漏らす。
「柊はいつも、話してくれてたもんな……優しい、『妹』だって」
「えっ……」
その単語に、心臓が跳ねる。
胸の奥の閉じていた扉から、ノックの音が響く。
それが心臓の脈打つ音と重なり、耳を劈く。
「だから信じられっかよ、その妹が……」
日下部の言葉が最後まで紡がれるのを、私は聞いていられなかった。
何時の間にか体が勝手に動き出していたからだ。
「つかさっ!?」
聞こえるはずのない声を張り上げ、つかさの教室に向かう。
そこには……居た。
見覚えのある場所に、座る私の妹。
少し痩せたような印象を受けるその表情に……生気は感じられなかった。
まるで空虚なその表情のまま、何もない一点を見続ける。
「つかさ……」
ゆっくりと、その儚い姿の傍に近づく。
だけど、彼女の傍まで来て……私の心臓の脈打つ音が跳ねる。
きつく放たれたピチカートが心臓から肌まで打ちつけ、私から思考を奪う。
なに、これ?
ナニコレ?
ナニ……コレ。
「おはようございます、つかささん」
放心する私の耳に、扉の開く音がする。
そこから現れたみゆきがつかさの姿に気がつき、声をかけようと近寄ってくる。
「……っ」
だけどそれも、私と同じだ。
机の上の『異物』に気がつき、言葉を失う。
だけど、私とは違う。
彼女には触れる手がある。
喋れる口がある。
そのまま珍しく眉をしかめると、『それ』を手にとり、声を張り上げた。
「誰ですか!? こんな事をしたのは!」
教室に響くその言葉は、震えていた。
珍しいな……みゆきが、怒るなんて。
そんな単純な動作も、ゆっくりとしか租借できない。
私がそうなのだ。
きっとつかさはもっと……辛かったのかもしれない。
「……」
教室から返ってこない返事にみゆきが呆れ、そのまま『それ』をグシャグシャに丸める。
それ。
だって、それは、それ。
その『紙』を他にどんな形容すればいいって言うの?
そんな、余ったプリントなんかを。
「お姉、ちゃん……」
つかさの口から言葉が漏れた。
その聞き覚えのある音に……私の心のドアが、開いた。
「オネエチャン、オネエ、チャン……」
「つかささん……」
その言葉を繰り返し、空虚な目をするつかさ。
そんな痛々しい彼女を、みゆきが優しく抱きしめてくれた。
その目にも……涙。
彼女の暖かさが今はただ、救いだった。
その手から落ちた紙が、私の前に落ちる。
乱暴に丸められたプリントが反動で外に広がり、もう一度その裏面を広げていく。
そこには……あった。
赤く太い、文字。
……。
読み上げるのが、恐ろしい。
言葉の暴力なんてのは、優しいものかもしれない。
だって、暴力よ? 殴られるだけじゃない。
その言葉は、私に……つかさに、突き刺さったんだから。
『姉殺し』
『殺人者』
『人殺し』
『殺人者』
『人殺し』
そんな文字の、大小の交錯。
それが縦横無尽に書かれた紙が、私の世界を歪ませる。
耳に届くのは、不思議な音の羅列。
それが縦横無尽に書かれた紙が、私の世界を歪ませる。
耳に届くのは、不思議な音の羅列。
ききーっ
ぐしゃどさっ
がしゃん
ばきっ
どくどくどく
ざわざわ
うぅーうぅー
オネエチャン
オネエチャン
むちゃくちゃに並んだ、幼稚な音符たち。
最初のが確か、耳を切り裂くようなブレーキの音。
あとは何だっけ?
そうそう、なんか重い荷物が壁に叩きつけられたような音。
周りを取り囲む雑踏の話し声が、妙に耳に付いた気もする。
あとドップラー効果のない、乱暴なサイレンの音も。
それとそう……つかさの、叫び声。
それが今のつかさの言葉と、重なる。
でも、待って。
待って、止めて……巻き戻して。
何処か今のビデオには欠陥がある。
そうだ、最初がおかしい。
どうして最初に聞こえる音が、ブレーキの音なの?
もっとあるはずでしょう? それまでの会話とか、足音とか、服の歯切れ音だっていい。
なのに私の記憶はいつも、そこから始まる。
そこまでしかビデオに撮っていないから?
いいえ、そんなはずないわ。
だって私は見ていたはず。
その光景を、その一瞬を……その一秒を。
……。
そうだ。
今なら、思い出せる。
心の奥の扉から漏れるのは、記憶。
最初は『ききーっ』、なんてブレーキの音じゃない。
そう、『どんっ』。
まるで重い荷物を突き飛ばすような、そんな前奏曲。
そこから紡がれたのが、私が覚えていた音の羅列。
世界を赤く染めた……原因。
私は、事故にあった。
だから今、こうやってこの体でいる。
そう、事故に。
事故?
ううん、それは違う。
私は……突き飛ばされた。
誰か、に。
……つかさに?
それが、峰岸たちの言っていた『噂』。
その容疑は今、妹……つかさに向けられている。
そんな……そんなはずない!
確かに『あの日』、事故に遭った日……一緒だった。
だって聞こえてるじゃない、『オネエチャン』って慟哭が。
そんな泣き叫ぶ子が、私を突き飛ばしたって?
そんなわけない!
だって、私たちは双子。
そう、いつだって……一緒だった。
二人だけの秘密だってある、お互いに知らない事だってある。
かけがえのない血を分けた姉妹。
神様が分けた、命の芽。
だからつかさが……つかさがそんなことするはずがない!
じゃあ、誰?
誰が私という存在を、摘み取ったの?
どうして?
何のために!?
「それを知って、どうするんですか?」
「!」
その時だ。
歪んでいた世界が、徐々に戻っていく
私の視界の中に……天使が、現れたからだ。
最初のが確か、耳を切り裂くようなブレーキの音。
あとは何だっけ?
そうそう、なんか重い荷物が壁に叩きつけられたような音。
周りを取り囲む雑踏の話し声が、妙に耳に付いた気もする。
あとドップラー効果のない、乱暴なサイレンの音も。
それとそう……つかさの、叫び声。
それが今のつかさの言葉と、重なる。
でも、待って。
待って、止めて……巻き戻して。
何処か今のビデオには欠陥がある。
そうだ、最初がおかしい。
どうして最初に聞こえる音が、ブレーキの音なの?
もっとあるはずでしょう? それまでの会話とか、足音とか、服の歯切れ音だっていい。
なのに私の記憶はいつも、そこから始まる。
そこまでしかビデオに撮っていないから?
いいえ、そんなはずないわ。
だって私は見ていたはず。
その光景を、その一瞬を……その一秒を。
……。
そうだ。
今なら、思い出せる。
心の奥の扉から漏れるのは、記憶。
最初は『ききーっ』、なんてブレーキの音じゃない。
そう、『どんっ』。
まるで重い荷物を突き飛ばすような、そんな前奏曲。
そこから紡がれたのが、私が覚えていた音の羅列。
世界を赤く染めた……原因。
私は、事故にあった。
だから今、こうやってこの体でいる。
そう、事故に。
事故?
ううん、それは違う。
私は……突き飛ばされた。
誰か、に。
……つかさに?
それが、峰岸たちの言っていた『噂』。
その容疑は今、妹……つかさに向けられている。
そんな……そんなはずない!
確かに『あの日』、事故に遭った日……一緒だった。
だって聞こえてるじゃない、『オネエチャン』って慟哭が。
そんな泣き叫ぶ子が、私を突き飛ばしたって?
そんなわけない!
だって、私たちは双子。
そう、いつだって……一緒だった。
二人だけの秘密だってある、お互いに知らない事だってある。
かけがえのない血を分けた姉妹。
神様が分けた、命の芽。
だからつかさが……つかさがそんなことするはずがない!
じゃあ、誰?
誰が私という存在を、摘み取ったの?
どうして?
何のために!?
「それを知って、どうするんですか?」
「!」
その時だ。
歪んでいた世界が、徐々に戻っていく
私の視界の中に……天使が、現れたからだ。