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Elope 第6話

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 6. (こなた視点)


「ゆーちゃん。地下鉄の券、買った? 」
「うん」
 ゆーちゃんが微笑んで、切符をひらひらとさせる。
 私はゆーちゃんの笑顔に頬をゆるめてから、周囲に目線を配って……
顔が青ざめる。
(見つかった! )
 数十メートル先にみゆきさんがいる。
 彼女は携帯に耳にあてている。みゆきさんから離れた、
みなみちゃんが、既に改札口を抑えにかかっている。

 私は、何気なくゆーちゃんに近寄り、そっと耳打ちした。
「逃げるよ。ゆーちゃん」
「う、うん」
 私たちは、切符を持ったまま『東山線』の改札を通ることを
断念して、別の道を駆け出す。
 後ろを振り返ると、みゆきさんとみなみちゃんが
慌てて追ってくる。
「はぁ、はぁ」
 早くもゆーちゃんの息遣いが荒い。このままでは
早晩追いつかれてしまう。
 焦りながらも、私たちは『桜通線』の改札口がある、
地下2階へと降りていく。

「お、おねえちゃん。苦しい」
「ちょっとこれ以上は無理だね…… 」
 私は呟くと、階段を降りたところで身体を反転させて、ゆーちゃんを
後ろに隠して待ち構える。
 すぐに追っ手のみなみちゃんと、みゆきさんに向き合うことになった。


「泉さん。これ以上、逃げないでください」
 整った顔立ちをしたみゆきさんの額にも、薄っすらと汗が
浮かんでいる。
「みゆきさんこそ、何でここまで追いかけまわすのかな」
「あいかわらず、平行線ですね」
 言いながら私に踊りかかり、腕を掴もうとしたが、強引に振り払う。
 みゆきさんは、バランスを崩したたらを踏む。

 その間に、みなみちゃんが私の横をすり抜け、ゆーちゃんに迫る。
「こ、こないで! 」
 ゆーちゃんの悲鳴が聞こえる。私は脚を高く振り回して、
みゆきさんを牽制しておいてから、素早くみなみちゃんの
後ろに迫り、背中を押す。
「くっ…… 」
 小さな悲鳴をあげて、みなみちゃんが転倒するが、俊敏な動作で
跳ね起きる。

 私は、再びゆーちゃんの盾となり、立ち塞がる。
「これ以上、ゆーちゃんに手を出すと、みゆきさん、みなみちゃん
といえども容赦しないよ」
 心の底では悲鳴をあげながら、冷淡な声を敢えてつくって叫ぶ。
「ゆたかを返して…… 」
 みなみちゃんの瞳が猛禽のように鋭い。ゆたかちゃんに完全に標準を
合わせている。
「泉さん。ここは退きませんよ」
 みゆきさんも、改めて身構える。
 状況は決して良くない。みなみちゃんは、格闘技の経験の有無は
知らないけど、運動神経は抜群だ。更に、みゆきさんは運動もできる
万能選手だ。

 ゆーちゃんを抱えたまま、この二人と格闘しても先の
見通しは厳しい。
 全力で倒しにかかれば勝てるだろうが、つい先日まで親しく
つきあっていた友人と、大好きなゆーちゃんの親友に本気を出すことに
躊躇いがあった。
 二人とのにらみ合いが続き、じりじりと時間がすぎる。
 それは、私とゆーちゃんにとって致命傷に近い結末を引き起こした。


「こなたっ! 」
 みゆきさんから連絡を受けた、かがみとつかさが、走りこんできたのだ。
「まずっ」
 私は悲鳴に近い叫び声をあげる。
 その時―― 後ろにいた、ゆーちゃんが自分のリュックを私に渡しながら
囁いた。
「おねえちゃん…… 逃げて」
「駄目」
 小声で返す。ゆーちゃんを見捨てて逃げることなんかできないよ。

「ううん。お姉ちゃんは『撤退』して…… 私は、捕まっても
逃げ出すから。家で待ってて」
 ゆーちゃんと、刹那、視線が絡み合う。
「でも…… 」
 私の返事を聞かずに、ゆーちゃんが、『後ろ』に走り出した。
「ゆたかっ!」
 みなみちゃんが、血相を変えて追いかけるが、私は反射的に動いて
割り込む。
「どいてっ! 」
 鋭く叫んだみなみちゃんと、ごく短時間ながらも激烈な攻防を
繰り広げる。

 これ以上は無理か――
 わずかに時間を稼いだあと、みなみちゃんと、みゆきさんを
やむなく素通りさせて、私は『前に』ダッシュをかける。
 既に、かがみとつかさが間近に迫っている。

 私は、ゆーちゃんを見捨てた自分自身に対して、猛烈に怒っており、
かがみは、怒りの『とばっちり』をもろに受ける形になった。
 ダッシュした私を捉えようと伸ばした、かがみの腕を掴んで、
梃子の要領で振り回す。

 かがみは勢いを殺せずに転んでしまい、つかさは、私の動きに
対応できていない。
「待ちなさい! 」
 かがみは、鋭く叫びながら立ち上がり、ゆーちゃんとは逆方向に
走り出した私を追う。

 つかさも遅れながらも追いかけてくる。
 来た道を逆走した私は。エスカレーターを駆け上がる。
走りではかがみやつかさに負けるはずがない。


 しかし、地下1階にあがったところで、遅れてやってきた
パティと、ひよりちゃんに出くわす。
「ちょっ、罠が二重っ」
 かがみと、みゆきさんを完全に見くびっていた。
 もし、あのまま、みなみちゃんとの格闘に熱中していれば、
私もゆーちゃんも、重囲の中で捕まえられていたに違いない。

「泉先輩。ここを通すわけにはいかないっス」
 ひよりちゃんこと、ひよりんが、両手を立ちふさがるが、
完全に無視して、速度を落とさないまま突っ込む。

「うわっ…… 」
 全速力で私が突入するものだから、直前でひるんで
身体を捩った。
 僅かな隙が生まれ、小さな身体を利して潜り抜ける。
「こなた。待つのデス」
 ひよりんの脇にいたパティは無謀な私の突っ込みに
驚きながらも、長身を生かして追いかける。
「くっ…… 意外に速い」
 でも、自分を犠牲にしてまで、私を救おうとしてくれた
ゆーちゃんの想いに応えなくてはいけない。
 絶対につかまるわけにはいかないんだ。

 後ろから、パティちゃん、遅れてひよりんが、追いかけてくる。
更に後ろには、かがみとつかさも続いているはずだ。
 私は、地下鉄『東山線』の改札口の脇を駆け抜けると、幅が広い
地下街である『ユニモール』に抜け出し、往来する人の間をすり
抜けながら、全力で駆ける。

 名鉄百貨店を横目に見ながら、『メイチカ』を通り過ぎ、
『サンロード』をひた走る。
 後ろを振り向かず『ミヤコ地下街』まで走り抜けると、広大な
名古屋の地下街もようやく終点となる。
 名古屋駅の南側にある『笹島』の出入口をあがり、ようやく追っ手を
振り切ることができた。


 夕焼けを背後に浴びながら、とぼとぼと地上を歩き、私はひとりで
伏見にある、知人のマンションに戻った。
「ゆーちゃん…… 」
 私の両肩に、ゆーちゃんを守れなかった事実が重くのしかかっている。
何度ミスをやらかしてしまったのだろう。

 私は、あの広い地下街で、かがみたちの追跡から逃れることなんて、
いともたやすいことだと、思っていたのだ。
 その傲慢な考えが、判断を誤り、ゆーちゃんを犠牲にしてしまった。
心が鉛のように重く沈んでしまう。

 しばらく、コート姿のままベッドに寝転び、ぼんやりと天井を
眺めていたが、やがて、ゆーちゃんと別れる寸前に渡されたリュックが
気になって中を覗いた。 

 まず、携帯電話が入っている。
「どうして…… 携帯を渡したのかな? 」
 不審に思いながら取り出して、既に教えてもらっていた暗証番号を打ち込む。
暫くいじっていると、着信メールの履歴に『ここの住所』が入っていた
ことが分かる。
 ゆーちゃんが、自分の身の安全より、私達の居場所の秘密を守ろうと
したことにようやく気がついて、愕然となる。


 一旦は捕まっても、本気で脱出するつもりなのだ。
 そして、今の私にはただゆーちゃんを信じて待つことしかできない。
「ゆーちゃん……」
 昔の気弱なゆーちゃんでなくって、強くなったゆーちゃんを信じて
帰りを待つのだ。

 リュックの中からは、携帯の他に、小さなアルバムと日記帳が
入っている。アルバムには、私とゆーちゃんが笑っている写真が、
日付順に収められている。
 日記帳を開くことには、多少の躊躇いを覚えたが、誘惑は勝てずに
ページをめくる。
 ゆーちゃんの性格と同様、とても丁寧な字で、毎日の出来事が
克明に書かれている。
 日を追うごとに、私への想いが綴られている場所が増えていき、
瞼に熱いものがこみ上げてくる。

 クリスマスイブ、即ち、昨日の日記の最後に、
『今日は、お姉ちゃんとずっと一緒に過ごせて最高に幸せな一日だった』
と書かれていて…… そこで途切れている。
 私は溢れる涙を抑えきれずに、大声で泣き出した。

 頬を伝った雫がぽたぽたと落ちて、白いシーツに染みをつくる。
 いつの間にか外は暗くなっていたが、電気をつける気にはならなかった。
 泣き疲れた私は、崩れるようにベッドに倒れ込み、暗闇の中で
泥のように眠った。

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Elope 第7話へ続く














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