- 21.外に出よう!
「うん、可愛いんじゃない?」
「……」
風呂場の鏡の前で、こなたが少し不機嫌そうに自分の姿を見つめる。
いや、これは照れてるのか……分かりにくいな。
「いいよ、こんなの」
「駄目よっ、少しは女の子らしくしなさい」
「むぅ……かがみは五月蝿いなぁ」
そう文句を言いながら、手の櫛で自分の髪を梳く。
瑞々しく潤った髪は自然な流れを作り、綺麗に輝く。
久々に入ったお風呂の所為か、肌も何処か艶々してる。
「やっぱ駄目、こっちこっち」
「あ、こらっ!」
適当にスカートやらを脱ぎ散らかし、今度は服を一新。
……。
ズボンて。
「なんか、男の子みたい」
「いいのっ、動きやすいからっ!」
そう言って髪を後ろでまとめてから帽子を深く被る。
ああ、こりゃもう高校生には見えないな。
確実に中学生……小学生でもいけるか。
「じゃあお父さん、行ってくるね」
「……一人で大丈夫かい?」
「うんっ」
こなたが笑顔を見せる。
お父さんに、面と向かって。
昨日、一緒にご飯を食べた。『一緒に』。
凄く久しぶりだったって……後で話してた。
とても嬉しそうに、ね。
前に進むって、決めたんだね。
だから、今度はその次。
「病院へはバスで一本だからな、ちゃんと帰りの時間も考えるんだぞ? 電話くれれば父さん迎えに行くからな?」
「あははっ、大丈夫だよっ」
「いやいや、それよりゆいちゃんに車で迎えに来てもらったほうが……いやむしろ、俺も一緒に」
この親父……甘やかしすぎだろ。
「大丈夫だって、いってきまーっす」
軽やかに父親を退け、玄関で靴を履く。
本当に久々だったのか、靴紐を結ぶのに時間を食った。
そしてようやく立ち上がり……玄関の扉に、手をかけた。
「……」
「こ、こなた?」
心臓の音が加速する。
前に進む。
言葉では分かっていても、体は簡単には納得しない。
それが汗となって、手に張り付く。
「や、やっぱりまた来週にすれば? すぐに土曜日だしさ」
「……ううん、決めたの。今日……『出る』って」
今日は休日。
そこでこなたは、決めた。
その決意まで、伝わってくる。
彼女は出ようとしてるんだ……『外』に。
「きっと先延ばしにしたら、また繰り返し……またきっと、駄目になっちゃう」
まずは、一歩ずつ。
とにかく、外へ。
病院……ゆたかちゃんの、お見舞いに。
それが今日の目標、かな。
「だから見ててね、かがみ」
「……うん、分かった」
彼女が扉に力を入れる。
その扉からゆっくりと漏れた太陽が、眩しく私たちを照らしていた。
「……」
風呂場の鏡の前で、こなたが少し不機嫌そうに自分の姿を見つめる。
いや、これは照れてるのか……分かりにくいな。
「いいよ、こんなの」
「駄目よっ、少しは女の子らしくしなさい」
「むぅ……かがみは五月蝿いなぁ」
そう文句を言いながら、手の櫛で自分の髪を梳く。
瑞々しく潤った髪は自然な流れを作り、綺麗に輝く。
久々に入ったお風呂の所為か、肌も何処か艶々してる。
「やっぱ駄目、こっちこっち」
「あ、こらっ!」
適当にスカートやらを脱ぎ散らかし、今度は服を一新。
……。
ズボンて。
「なんか、男の子みたい」
「いいのっ、動きやすいからっ!」
そう言って髪を後ろでまとめてから帽子を深く被る。
ああ、こりゃもう高校生には見えないな。
確実に中学生……小学生でもいけるか。
「じゃあお父さん、行ってくるね」
「……一人で大丈夫かい?」
「うんっ」
こなたが笑顔を見せる。
お父さんに、面と向かって。
昨日、一緒にご飯を食べた。『一緒に』。
凄く久しぶりだったって……後で話してた。
とても嬉しそうに、ね。
前に進むって、決めたんだね。
だから、今度はその次。
「病院へはバスで一本だからな、ちゃんと帰りの時間も考えるんだぞ? 電話くれれば父さん迎えに行くからな?」
「あははっ、大丈夫だよっ」
「いやいや、それよりゆいちゃんに車で迎えに来てもらったほうが……いやむしろ、俺も一緒に」
この親父……甘やかしすぎだろ。
「大丈夫だって、いってきまーっす」
軽やかに父親を退け、玄関で靴を履く。
本当に久々だったのか、靴紐を結ぶのに時間を食った。
そしてようやく立ち上がり……玄関の扉に、手をかけた。
「……」
「こ、こなた?」
心臓の音が加速する。
前に進む。
言葉では分かっていても、体は簡単には納得しない。
それが汗となって、手に張り付く。
「や、やっぱりまた来週にすれば? すぐに土曜日だしさ」
「……ううん、決めたの。今日……『出る』って」
今日は休日。
そこでこなたは、決めた。
その決意まで、伝わってくる。
彼女は出ようとしてるんだ……『外』に。
「きっと先延ばしにしたら、また繰り返し……またきっと、駄目になっちゃう」
まずは、一歩ずつ。
とにかく、外へ。
病院……ゆたかちゃんの、お見舞いに。
それが今日の目標、かな。
「だから見ててね、かがみ」
「……うん、分かった」
彼女が扉に力を入れる。
その扉からゆっくりと漏れた太陽が、眩しく私たちを照らしていた。
「……」
少し、緊張した面持ちで道を歩く。
休日の朝と言っても、人通りはないわけじゃない。
犬の散歩をする人も居れば、休日出勤の人だって居るだろう。
「ほら、来たわよ」
「う、うん」
向こう側から、犬を連れた老人が歩いてくる。
それだけで、こなたの心臓がまた高鳴る。
なかなか、対人恐怖症は克服出来てはいないらしい。
おじさんにはもう平気になったんだけどねぇ……。
「大丈夫、勇気を出してっ」
「……」
犬の荒い息が近づいてくる。
まるでこなたの鼓動とシンクロするみたいに、荒く。
「お、おはっようございますっ」
「あら、おはよう」
こなたの裏返った声に、そのお婆さんも笑顔を返してくれた。
そのまま軽く会釈をして、こなたの横を過ぎていく。
……。
やばい、過呼吸気味だ。
「だ、大丈夫?」
「……うんっ、平気」
近くの壁に手をつき、息を整える。
挨拶だけでこれ……まだまだ、先は長いなぁ。
「バスなんか、大丈夫なの?」
あんな密閉の箱に人と一緒に押し込められたりしたら、発狂したりしないわよね?
「大丈夫だよっ、あんなの券とってお金入れるだけじゃん」
今の醜態が恥ずかしかったのか、頬を染めながら先に進んでいく。
……少し可愛いな、とか思ってしまった。何か変だなぁ、私。
「うげっ……」
こなたから雑巾を絞ったような声が漏れる。
見るとその先にはバス停……あらら、こりゃまた大判賑わいね。
見るにユニフォーム姿の小学生が多数。
ああ、試合でもあるのかしらね。
「……」
「ちょ、ちょっと! 何素通りしてるのよ! バス来るわよ、バス!」
「せ、折角早く出たんだから……のんびり行くよ」
って歩いていく気かよ!
まぁそりゃ、それほど遠くはないけどさ。
はぁ……意気地なしなんだから。
「かがみのさ」
「うん?」
バスで通るはずだった道を、ひたすら歩く。
こなたみたく小さい体だと歩くだけでも大変よね。
まぁ、私は浮いてるだけだけど。
「お母さんって……どんな人?」
「私の?」
少し思い出すのに、時間がかかった。
そっか、もう……結構会ってないな。
今から行く病院には、私も居る。
もしかしたら、会えるかもね。
「私そっくりよ、見た目はね」
「じゃあ、中身は違うんだ」
んぐっ、鋭い。
た、確かにお母さんみたく優しくはないけどさ。
でも家族の中じゃ一番似てるって言われるんだから……容姿は。
「他は?」
「お父さんに、お姉ちゃんが二人……あと、」
「妹さん、だっけ」
言い澱んだのを見抜かれたのか、向こうが先に答えを言う。
「ゆーちゃんは、その子がかがみを突き飛ばしたのを見たんだって?」
「……そう、みたい」
ある程度はこなたには話した。
まぁ、警察の話を盗み聞きしたぐらいの脚色はしたけどね。
いくらなんでも天使だとかゆーちゃんも同じ状態だとかは、話せないしね。
……本当はすぐにでも、ゆたかちゃんに話を聞きに行きたい。
それは、私がこの体だから出来ること。彼女と同じ、この虚ろな存在だから。
でも今は、駄目。
約束したんだ、こなたの傍で一緒に居て……見ててあげるって。
「そんな証言したから、ゆたかちゃんも多分……つかさに」
「そこは、変だと思うなぁ。私は」
「変?」
「だってもし本当に妹さんだったらさ、そんなの『私を疑ってください』って言ってるようなもんじゃん」
確かに、そう。
ゆたかちゃんが死んで徳をする人間は、この段階でつかさしかいない。
そこから逆に考えれば、つかさが犯人であるとは考えにくい。
まぁ、犯人の心理状態なんてそうそう分からないものだけどね。
もしかしたらそんなのを気にする余裕がないくらいに、焦ってたとか?
「だからこういう考えも出来るよ。その妹さんに罪をきせるために、このタイミングで事故にみせかけた」
……確かに、それなら偶然でなく処理が出来る。
つかさはこの事件とはまったく無関係。
それさえ分かれば……私の心は落ち着くのに。
「大丈夫、知り合いにそういうの詳しい人が居るんだ」
と、胸を張るこなた。
知り合い? 警察関係の人でも居るのかしらね。
「えっと、こっちのが近道だったっけ」
そう言って公園に足を踏み入れるこなた。
うん確かそう、この公園をつっきればすぐよね。
「とりあえずかがみとゆーちゃんの事故の関連性、二つの食い違った意見かな。論点としては」
食い違った意見、か。
どう考えても……つかさが不利になりそうな意見しかない。
つかさ曰く、
『振り返ると、彼女が轢かれていた』
ゆたかちゃん曰く、
『片方が片方を、横断歩道の直前で突き飛ばした』
「……『逆』、だよね」
「へっ?」
二人の証言を思い返すと、こなたが神妙な顔つきで言葉を漏らす。
「二つの意見だと、『位置』が逆なんだよ。妹さんの」
つかさは振り返った、と証言する。
つまりこの時、私より『前』を歩いていたことになる。
ゆたかちゃんはしかし、横断歩道の直前で突き飛ばしたと証言する。
これは私より、『後』にいなければ不可能だ。
「でもそもそも、私はその二つの意見からしておかしいと思うな」
「何で?」
どっちかが、本当。
それなら……納得出来ないけど、するしかない。
「妹さん、だよね?」
「うん?」
「私はあんまり覚えがないけどさ……普通、一緒に下校って『横』じゃない?」
「横?」
頭の中で一度シミュレートしてみる。
一緒につかさと帰る場合、私たちの位置はどうなる?
……。
お姉ちゃん、帰ろう。と誘われる。
うん、帰ろう。と承諾する。
後は……。
「……そっか、一緒に帰るなら縦に並ぶのはおかしい……!」
「そっ、だからそこでまた可能性」
ピッと指を私に向ける。
「『二人の意見が間違ってる』もしくは、『事故の時どうしても縦に並ぶ必要があった』」
「どうしても?」
でも、縦になることくらいあるでしょ?
こうやって、人が通った時とかさ。
……でも、横断歩道か。
『普通』なら並んで、馬鹿みたいなお喋りをして歩くはず。
そう……横に並んで。
それが、なかった。
『普通じゃない事』がその時、起きていた?
……ああ駄目だ、頭が爆発しそう。
私が思い出せれば、全部は解決するのに……それが出来ないのが悔しい。
「『位置』の不自然。多分ここに何か……」
「?」
その時だ。
こなたの上に、影。
ああ、あと声も聞こえたかも。
「ぉーい! 危ないぞーっ!」
「ふぇ? ……んぎゃっ!
「んがぁっ!」
なんか聞き覚えのある声だなぁ、とか思ってたのが遠い記憶だ。
ゴンッ、と鈍い音が響き……頭部に激痛。
くぅうう……今のは効いた。
こなたが食らった所為で巻き添えだわ、畜生。
「だっ、大丈夫かいっ?」
さっきのとは違う声が聞こえ、誰かが近寄ってくる。
その声も聞き覚えがあったが……それよりも頭の激痛のが問題だ。
ぶつかったのは多分ボール。
空から降ってきたバスケットボールは、こなたの頭に直撃した。
くああ……結構な重さがあるのよね、このボール。
「みさお、ほら謝りなっ」
「ご、ごめんなー? 無事かー?」
……。
なんだろう、この沸々と湧き上がる憤りは。
やり場のない怒りというか、理不尽というか。
顔を上げるとそこには……居やがった。
「立てるかー? ほら」
「……っ」
特徴的な八重歯を光らせて、そこに居た日下部がこなたに手を差し伸べる。
その隣りには学校で見たお兄さんも。
まぁ、こなたのほうはまた過呼吸再発気味だけど。
日下部の気まずそうな顔を見るからに、こいつが人の頭にボールを降らせたらしい。
「だ、い丈夫っ……平気」
その日下部の手を借りることなく、立ち上がるこなた。
「具合が悪そうだけど、大丈夫?」
それに駆け寄ってきたのは……峰岸か。
何の因果か、日下部と峰岸。さらには日下部のお兄さんに囲まれるこなた。
休日の朝から何してるんだこいつら……ってバスケか。バスケットボール持ってるしね。
そういや日下部って運動神経いいからね、峰岸でも誘って朝から運動かな。
ちなみにこなたさんは重度の対人恐怖症のため、危険な状態です。
あ……倒れた。
少し、緊張した面持ちで道を歩く。
休日の朝と言っても、人通りはないわけじゃない。
犬の散歩をする人も居れば、休日出勤の人だって居るだろう。
「ほら、来たわよ」
「う、うん」
向こう側から、犬を連れた老人が歩いてくる。
それだけで、こなたの心臓がまた高鳴る。
なかなか、対人恐怖症は克服出来てはいないらしい。
おじさんにはもう平気になったんだけどねぇ……。
「大丈夫、勇気を出してっ」
「……」
犬の荒い息が近づいてくる。
まるでこなたの鼓動とシンクロするみたいに、荒く。
「お、おはっようございますっ」
「あら、おはよう」
こなたの裏返った声に、そのお婆さんも笑顔を返してくれた。
そのまま軽く会釈をして、こなたの横を過ぎていく。
……。
やばい、過呼吸気味だ。
「だ、大丈夫?」
「……うんっ、平気」
近くの壁に手をつき、息を整える。
挨拶だけでこれ……まだまだ、先は長いなぁ。
「バスなんか、大丈夫なの?」
あんな密閉の箱に人と一緒に押し込められたりしたら、発狂したりしないわよね?
「大丈夫だよっ、あんなの券とってお金入れるだけじゃん」
今の醜態が恥ずかしかったのか、頬を染めながら先に進んでいく。
……少し可愛いな、とか思ってしまった。何か変だなぁ、私。
「うげっ……」
こなたから雑巾を絞ったような声が漏れる。
見るとその先にはバス停……あらら、こりゃまた大判賑わいね。
見るにユニフォーム姿の小学生が多数。
ああ、試合でもあるのかしらね。
「……」
「ちょ、ちょっと! 何素通りしてるのよ! バス来るわよ、バス!」
「せ、折角早く出たんだから……のんびり行くよ」
って歩いていく気かよ!
まぁそりゃ、それほど遠くはないけどさ。
はぁ……意気地なしなんだから。
「かがみのさ」
「うん?」
バスで通るはずだった道を、ひたすら歩く。
こなたみたく小さい体だと歩くだけでも大変よね。
まぁ、私は浮いてるだけだけど。
「お母さんって……どんな人?」
「私の?」
少し思い出すのに、時間がかかった。
そっか、もう……結構会ってないな。
今から行く病院には、私も居る。
もしかしたら、会えるかもね。
「私そっくりよ、見た目はね」
「じゃあ、中身は違うんだ」
んぐっ、鋭い。
た、確かにお母さんみたく優しくはないけどさ。
でも家族の中じゃ一番似てるって言われるんだから……容姿は。
「他は?」
「お父さんに、お姉ちゃんが二人……あと、」
「妹さん、だっけ」
言い澱んだのを見抜かれたのか、向こうが先に答えを言う。
「ゆーちゃんは、その子がかがみを突き飛ばしたのを見たんだって?」
「……そう、みたい」
ある程度はこなたには話した。
まぁ、警察の話を盗み聞きしたぐらいの脚色はしたけどね。
いくらなんでも天使だとかゆーちゃんも同じ状態だとかは、話せないしね。
……本当はすぐにでも、ゆたかちゃんに話を聞きに行きたい。
それは、私がこの体だから出来ること。彼女と同じ、この虚ろな存在だから。
でも今は、駄目。
約束したんだ、こなたの傍で一緒に居て……見ててあげるって。
「そんな証言したから、ゆたかちゃんも多分……つかさに」
「そこは、変だと思うなぁ。私は」
「変?」
「だってもし本当に妹さんだったらさ、そんなの『私を疑ってください』って言ってるようなもんじゃん」
確かに、そう。
ゆたかちゃんが死んで徳をする人間は、この段階でつかさしかいない。
そこから逆に考えれば、つかさが犯人であるとは考えにくい。
まぁ、犯人の心理状態なんてそうそう分からないものだけどね。
もしかしたらそんなのを気にする余裕がないくらいに、焦ってたとか?
「だからこういう考えも出来るよ。その妹さんに罪をきせるために、このタイミングで事故にみせかけた」
……確かに、それなら偶然でなく処理が出来る。
つかさはこの事件とはまったく無関係。
それさえ分かれば……私の心は落ち着くのに。
「大丈夫、知り合いにそういうの詳しい人が居るんだ」
と、胸を張るこなた。
知り合い? 警察関係の人でも居るのかしらね。
「えっと、こっちのが近道だったっけ」
そう言って公園に足を踏み入れるこなた。
うん確かそう、この公園をつっきればすぐよね。
「とりあえずかがみとゆーちゃんの事故の関連性、二つの食い違った意見かな。論点としては」
食い違った意見、か。
どう考えても……つかさが不利になりそうな意見しかない。
つかさ曰く、
『振り返ると、彼女が轢かれていた』
ゆたかちゃん曰く、
『片方が片方を、横断歩道の直前で突き飛ばした』
「……『逆』、だよね」
「へっ?」
二人の証言を思い返すと、こなたが神妙な顔つきで言葉を漏らす。
「二つの意見だと、『位置』が逆なんだよ。妹さんの」
つかさは振り返った、と証言する。
つまりこの時、私より『前』を歩いていたことになる。
ゆたかちゃんはしかし、横断歩道の直前で突き飛ばしたと証言する。
これは私より、『後』にいなければ不可能だ。
「でもそもそも、私はその二つの意見からしておかしいと思うな」
「何で?」
どっちかが、本当。
それなら……納得出来ないけど、するしかない。
「妹さん、だよね?」
「うん?」
「私はあんまり覚えがないけどさ……普通、一緒に下校って『横』じゃない?」
「横?」
頭の中で一度シミュレートしてみる。
一緒につかさと帰る場合、私たちの位置はどうなる?
……。
お姉ちゃん、帰ろう。と誘われる。
うん、帰ろう。と承諾する。
後は……。
「……そっか、一緒に帰るなら縦に並ぶのはおかしい……!」
「そっ、だからそこでまた可能性」
ピッと指を私に向ける。
「『二人の意見が間違ってる』もしくは、『事故の時どうしても縦に並ぶ必要があった』」
「どうしても?」
でも、縦になることくらいあるでしょ?
こうやって、人が通った時とかさ。
……でも、横断歩道か。
『普通』なら並んで、馬鹿みたいなお喋りをして歩くはず。
そう……横に並んで。
それが、なかった。
『普通じゃない事』がその時、起きていた?
……ああ駄目だ、頭が爆発しそう。
私が思い出せれば、全部は解決するのに……それが出来ないのが悔しい。
「『位置』の不自然。多分ここに何か……」
「?」
その時だ。
こなたの上に、影。
ああ、あと声も聞こえたかも。
「ぉーい! 危ないぞーっ!」
「ふぇ? ……んぎゃっ!
「んがぁっ!」
なんか聞き覚えのある声だなぁ、とか思ってたのが遠い記憶だ。
ゴンッ、と鈍い音が響き……頭部に激痛。
くぅうう……今のは効いた。
こなたが食らった所為で巻き添えだわ、畜生。
「だっ、大丈夫かいっ?」
さっきのとは違う声が聞こえ、誰かが近寄ってくる。
その声も聞き覚えがあったが……それよりも頭の激痛のが問題だ。
ぶつかったのは多分ボール。
空から降ってきたバスケットボールは、こなたの頭に直撃した。
くああ……結構な重さがあるのよね、このボール。
「みさお、ほら謝りなっ」
「ご、ごめんなー? 無事かー?」
……。
なんだろう、この沸々と湧き上がる憤りは。
やり場のない怒りというか、理不尽というか。
顔を上げるとそこには……居やがった。
「立てるかー? ほら」
「……っ」
特徴的な八重歯を光らせて、そこに居た日下部がこなたに手を差し伸べる。
その隣りには学校で見たお兄さんも。
まぁ、こなたのほうはまた過呼吸再発気味だけど。
日下部の気まずそうな顔を見るからに、こいつが人の頭にボールを降らせたらしい。
「だ、い丈夫っ……平気」
その日下部の手を借りることなく、立ち上がるこなた。
「具合が悪そうだけど、大丈夫?」
それに駆け寄ってきたのは……峰岸か。
何の因果か、日下部と峰岸。さらには日下部のお兄さんに囲まれるこなた。
休日の朝から何してるんだこいつら……ってバスケか。バスケットボール持ってるしね。
そういや日下部って運動神経いいからね、峰岸でも誘って朝から運動かな。
ちなみにこなたさんは重度の対人恐怖症のため、危険な状態です。
あ……倒れた。
「はい、どうぞ」
「……ども」
峰岸から手渡されたペットボトルを飲み、ようやくこなたも落ち着く。
……と言っても、今は峰岸に膝枕されてる状態。
顔に乗った冷たいタオルが、ひんやりとして気持ちいい。
さっき貧血で倒れた所為もあってか、この三人に介抱された。
……と言ってもほとんど峰岸だったわけだけど。
他二人は仲良く慌ててただけ。
「いやぁ、助かったよあやのちゃん。俺やみさおだけじゃ慌てて何も出来なかったよ」
最年長の癖に役に立たなかったのが恥ずかしいのか、照れくさそうにするお兄さん。
その彼に褒められ、峰岸の顔の熱が一気に上がる。
「えっ、いえ。私も一杯一杯でしたからっ」
そして慌てて弁明する。
ああ、そういやそうだったっけね。
最近忙しくてすっかり忘れてたわ……ここの高得点も。
「もう落ち着いたんだろー? 続きしようぜ、アニキーっ」
そして日下部がお兄さんの腕に飛びつき甘える。
続き?
ああ、さっきのボールか。
朝っぱらからよくやるわね、あんたも。
「駄目だろみさお、バスケは一旦中止」
「ちぇっ、つまんないのー」
と、一人でボールを弄りだす日下部。
話から察するに、そのボールがこなたの頭に直撃したわけだ。
「あっ、いいですよ。私が見てますからみさちゃんの相手してあげてください」
「でも……」
「うんっ、そーだよな。ほら行こうぜアニキー!」
そのまま日下部がお兄さんの腕を引っ張って公園のバスケコートに引っ張っていく。
まぁいいけどね、どうせあんま役に立たないし。
人が多いとこなたも辛いし。
一人ぐらいならまだ我慢できるでしょ。
そして二人になったところで、峰岸がこなたの顔を覗き込む。
「ええと、お名前は何かな?」
「……泉」
上からへりくだって話しかける峰岸。
……この扱いは、確実に子ども扱いしてるな。
同い年ですよ、奥さん。
「ごめんね泉ちゃん、みさちゃん……あの子ったらいつも考えなしにボール投げちゃうから」
じゃああれか、日下部の放った3Pシュートが見事にこなたにクリティカったわけね。
あの馬鹿……いつかしめる。
「ん、もう大丈夫……ありがと」
少ししてようやく峰岸の膝から顔をあげるこなた。
ずっと介抱されて一緒に居た所為か、少しは話しても平気になったらしい。
その様子に日下部兄妹も気がつき、こっちに手をふってくる。
そのお兄さんと眼でもあったのか、顔を赤くして峰岸も手を振り返す。
「……」
「あ、やっ。あははっ」
それをこなたに見られていたのに気がつき、照れくさそうに振った手を誤魔化す。
そして珍しく『こなたから』、話しかけた。
本当に初めてかも……ちゃんと、前に歩けてるじゃない。
「おねーさん、あのお兄さんのこと……好きなの?」
「ふぇ……へぇ!?」
こなたに図星をつかれ、峰岸の顔に火がつく。
いやだから、同い年だってあんたら。
「な、ななな。なぁっ!」
面白いぐらいに顔から火を噴く峰岸。
それを見てから、こなたが椅子から立つ。
「好きなら、伝えたほうがいいよ」
「えっ……」
こなたの感情が伝わってくる。
これは……悲哀も混じった、同情。
「好きって言えるうちに伝えないと、きっと後悔する……それが伝えられなくなった時に、凄く」
その言葉の意味が、私にはよく分かる。
それはこなたから伝わってくるだけじゃない、私も……同じだから。
こなたはもう、伝えられないんだ。
大好きな母親に、もうこれ以上……好きって。
そのまま私に「行こう」と視線で合図を送ると、そのまま歩きだす。
峰岸は何処か考え込むようにこなたの言葉を租借しながら、こなたに手を振ってくれた。
伝えられる間に伝えないと、後悔する……か。
私にも……あるのかな、そういうの。
ううん、「あった」のかな?
……。
やっぱり、駄目だ。
最後の日。
私が事故にあったその日……私の記憶はすっぽり、抜けている。
それを思い出そうとすると少し頭が痛くなる。
残ってるのは、僅かな記憶。
最後のその瞬間だけ、壊れたビデオみたいにこま切れにしか出てくる程度。
その瞬間……やっぱり、『何か』が起きたんだろう。
私が知らない何か。
それが思い出せない。
誰かが私を突き飛ばした……それは、確信。
問題はそれが『誰』で、『どんな状況』だったのかってことか。
目撃者はゆたかちゃん……一人?
それともつかさも、『何か』を見た?
誰かが嘘をついてる?
つかさが? ゆたかちゃんが? どっちもが?
……。
「あんまり、考え込まないほうがいいよ」
「!」
公園から出たところで、こなたが私に話しかける。
あ、ああそっか。共有してるんだっけ、なんか恥ずかしいな。
「その妹さんに直接聞けばいいよ、かがみだって一緒の病院なんでしょ?」
「う、うん」
公園を抜けると、もうそこからは病院が見える。
私やゆたかちゃんが居る……正確には、私たちの体がある場所。
今日は休日。
だから、誰か居るとは思う。
つかさが居る可能性だって……ある。
あ、また……体が震えてきた。
「大丈夫、ほら……行こっ」
こなたが私に笑顔を見せて足を前に踏み出してくれる。
私を気遣ったらしい……うう、自分のも伝わってるってなんかやりにくい。
でもその笑顔で、少し震えが収まったのは事実。
そうだ……信じるんだ。
つかさじゃない。つかさのはずがない!
それが事実ならあの事故の瞬間、『何か』があったんだ。
多分、そう。
いや……それしかない。
その『何か』を、私は知りたい。
天使は言う……真実は優しく、残酷だって。
心折れぬように、か。
大丈夫……こなたと一緒なら、きっと。
あははっ、変だな。
まだ出会って少ししか経ってないのに私、こなたの事こんなに信頼してる。
あははっ、もしかして私こなたの事……。
あ、だ、駄目駄目っ、変な事考えたら駄目だって!
共有してるんだから伝わっちゃうって!
ああ、変な事忘れろ忘れろおぉお!
「どったの、かがみ?」
「ぬああっ!」
声をかけられ、慌てる。
やっ、何でもないですうん何でも! ってテンパりすぎ私!
「ほらっ、病院入るよっ」
「うっうん、病室は分かってる?」
「大丈夫、ゆい姉さんから聞いてるから」
病院の扉を押し開け、受付の場所まで入る。
それと同時だった。
声が、聞こえたのは。
「……泉さん?」
その声は、私も知ってる声。
それに気がつき、こなたも振り向く。
そこで……出会った。
一人の女性と。
「……ども」
峰岸から手渡されたペットボトルを飲み、ようやくこなたも落ち着く。
……と言っても、今は峰岸に膝枕されてる状態。
顔に乗った冷たいタオルが、ひんやりとして気持ちいい。
さっき貧血で倒れた所為もあってか、この三人に介抱された。
……と言ってもほとんど峰岸だったわけだけど。
他二人は仲良く慌ててただけ。
「いやぁ、助かったよあやのちゃん。俺やみさおだけじゃ慌てて何も出来なかったよ」
最年長の癖に役に立たなかったのが恥ずかしいのか、照れくさそうにするお兄さん。
その彼に褒められ、峰岸の顔の熱が一気に上がる。
「えっ、いえ。私も一杯一杯でしたからっ」
そして慌てて弁明する。
ああ、そういやそうだったっけね。
最近忙しくてすっかり忘れてたわ……ここの高得点も。
「もう落ち着いたんだろー? 続きしようぜ、アニキーっ」
そして日下部がお兄さんの腕に飛びつき甘える。
続き?
ああ、さっきのボールか。
朝っぱらからよくやるわね、あんたも。
「駄目だろみさお、バスケは一旦中止」
「ちぇっ、つまんないのー」
と、一人でボールを弄りだす日下部。
話から察するに、そのボールがこなたの頭に直撃したわけだ。
「あっ、いいですよ。私が見てますからみさちゃんの相手してあげてください」
「でも……」
「うんっ、そーだよな。ほら行こうぜアニキー!」
そのまま日下部がお兄さんの腕を引っ張って公園のバスケコートに引っ張っていく。
まぁいいけどね、どうせあんま役に立たないし。
人が多いとこなたも辛いし。
一人ぐらいならまだ我慢できるでしょ。
そして二人になったところで、峰岸がこなたの顔を覗き込む。
「ええと、お名前は何かな?」
「……泉」
上からへりくだって話しかける峰岸。
……この扱いは、確実に子ども扱いしてるな。
同い年ですよ、奥さん。
「ごめんね泉ちゃん、みさちゃん……あの子ったらいつも考えなしにボール投げちゃうから」
じゃああれか、日下部の放った3Pシュートが見事にこなたにクリティカったわけね。
あの馬鹿……いつかしめる。
「ん、もう大丈夫……ありがと」
少ししてようやく峰岸の膝から顔をあげるこなた。
ずっと介抱されて一緒に居た所為か、少しは話しても平気になったらしい。
その様子に日下部兄妹も気がつき、こっちに手をふってくる。
そのお兄さんと眼でもあったのか、顔を赤くして峰岸も手を振り返す。
「……」
「あ、やっ。あははっ」
それをこなたに見られていたのに気がつき、照れくさそうに振った手を誤魔化す。
そして珍しく『こなたから』、話しかけた。
本当に初めてかも……ちゃんと、前に歩けてるじゃない。
「おねーさん、あのお兄さんのこと……好きなの?」
「ふぇ……へぇ!?」
こなたに図星をつかれ、峰岸の顔に火がつく。
いやだから、同い年だってあんたら。
「な、ななな。なぁっ!」
面白いぐらいに顔から火を噴く峰岸。
それを見てから、こなたが椅子から立つ。
「好きなら、伝えたほうがいいよ」
「えっ……」
こなたの感情が伝わってくる。
これは……悲哀も混じった、同情。
「好きって言えるうちに伝えないと、きっと後悔する……それが伝えられなくなった時に、凄く」
その言葉の意味が、私にはよく分かる。
それはこなたから伝わってくるだけじゃない、私も……同じだから。
こなたはもう、伝えられないんだ。
大好きな母親に、もうこれ以上……好きって。
そのまま私に「行こう」と視線で合図を送ると、そのまま歩きだす。
峰岸は何処か考え込むようにこなたの言葉を租借しながら、こなたに手を振ってくれた。
伝えられる間に伝えないと、後悔する……か。
私にも……あるのかな、そういうの。
ううん、「あった」のかな?
……。
やっぱり、駄目だ。
最後の日。
私が事故にあったその日……私の記憶はすっぽり、抜けている。
それを思い出そうとすると少し頭が痛くなる。
残ってるのは、僅かな記憶。
最後のその瞬間だけ、壊れたビデオみたいにこま切れにしか出てくる程度。
その瞬間……やっぱり、『何か』が起きたんだろう。
私が知らない何か。
それが思い出せない。
誰かが私を突き飛ばした……それは、確信。
問題はそれが『誰』で、『どんな状況』だったのかってことか。
目撃者はゆたかちゃん……一人?
それともつかさも、『何か』を見た?
誰かが嘘をついてる?
つかさが? ゆたかちゃんが? どっちもが?
……。
「あんまり、考え込まないほうがいいよ」
「!」
公園から出たところで、こなたが私に話しかける。
あ、ああそっか。共有してるんだっけ、なんか恥ずかしいな。
「その妹さんに直接聞けばいいよ、かがみだって一緒の病院なんでしょ?」
「う、うん」
公園を抜けると、もうそこからは病院が見える。
私やゆたかちゃんが居る……正確には、私たちの体がある場所。
今日は休日。
だから、誰か居るとは思う。
つかさが居る可能性だって……ある。
あ、また……体が震えてきた。
「大丈夫、ほら……行こっ」
こなたが私に笑顔を見せて足を前に踏み出してくれる。
私を気遣ったらしい……うう、自分のも伝わってるってなんかやりにくい。
でもその笑顔で、少し震えが収まったのは事実。
そうだ……信じるんだ。
つかさじゃない。つかさのはずがない!
それが事実ならあの事故の瞬間、『何か』があったんだ。
多分、そう。
いや……それしかない。
その『何か』を、私は知りたい。
天使は言う……真実は優しく、残酷だって。
心折れぬように、か。
大丈夫……こなたと一緒なら、きっと。
あははっ、変だな。
まだ出会って少ししか経ってないのに私、こなたの事こんなに信頼してる。
あははっ、もしかして私こなたの事……。
あ、だ、駄目駄目っ、変な事考えたら駄目だって!
共有してるんだから伝わっちゃうって!
ああ、変な事忘れろ忘れろおぉお!
「どったの、かがみ?」
「ぬああっ!」
声をかけられ、慌てる。
やっ、何でもないですうん何でも! ってテンパりすぎ私!
「ほらっ、病院入るよっ」
「うっうん、病室は分かってる?」
「大丈夫、ゆい姉さんから聞いてるから」
病院の扉を押し開け、受付の場所まで入る。
それと同時だった。
声が、聞こえたのは。
「……泉さん?」
その声は、私も知ってる声。
それに気がつき、こなたも振り向く。
そこで……出会った。
一人の女性と。
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- つづきがきになります!
-- 名無しさん (2008-01-04 13:20:36)