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カケラ 7

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匿名ユーザー

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7.

『名古屋ー、名古屋ー、ご乗車有り難う御座いました。
 新幹線、中央線、関西線ご利用のお客様は─────』

「ぷはっ」
扉が開いたと同時に私を含めた大勢の客が一気に吐き出される。
私はこの土石流のような流れに押され、私は危うく頭から転ぶところだった。危ない危ない。

荷物も無事だった。怪しいものが入っている紙袋も、多少くしゃくしゃになっただけで、穴は一つも開いていない。
「これ以上あの列車に乗るのは無理だわ。普通列車に乗りましょ」
そう決めた私は、これまた改装前の名古屋駅のホームで体を伸ばし、たまたま目に入った列車の切り離し作業を観察する。
車両と車両が切り離されるシーンは、例え『鉄道少年』でなくても見ていて楽しい。
この駅ではごく日常的な景色なのだけれども、少なくとも私はこういうシーンに遭遇する事は滅多にない。
多分お父さんから借りたのだろう、数人の小学生が緑とオレンジの電車の前でパシャパシャと写真を撮っている。
何だか見ていて微笑ましい。
小学生だけではない。高校生くらいの人や「如何にも」なお爺さんまで、その『非恒常的なシーン』をただ見たり、写真を撮っていたりした。

私は階段を降りて、階下のコンコースへ向かう。
名古屋駅は全ての線路が橋の上にあるいわゆる「高架駅」で、階段の下は連絡通路となっている。
大都市の駅の割にその通路の天井は低く、幅もそれほど広くはない。
連絡通路は3箇所あるようで、今私が歩いているのは「中央通路」というらしい。
壁はコンクリートで出来ていて、ただペンキでクリーム色に塗ってあるだけで、特にこれといって面白味は無い。
蛍光灯がまばらで、天井が低いのにも拘わらず、通路は薄暗かった。
時間は朝6時。ちらほらと通勤客の姿が見えるが、ラッシュはまだ始まっていない。

「3・4」番ホームへの階段が見えた所で、やっと改札口が現れた。
あまりにもがらんとしていて拍子抜けする。本当にここは大都市の駅なの?
(後で気付いたのだが、既にラッシュは始まっており、駅が空いているのはただ単に通勤列車が到着していないだけであった)

次の米原方面への列車はまだ時間があるので、私は一旦改札口を出ることにし、朝食をとることにした。
時代が時代だから、自動改札機はまだ設置されていない。
私は駅員に途中下車する旨を伝え、改札口を出る。
JR(この当時は国鉄か)には『途中下車制度』というのがあるそうで、それを知ったのは、
夜行列車のデッキで会ったあの大学生らしき男の人だった。


名古屋駅の地下街は梅田(大阪)の地下街と並ぶ『迷宮』として知られている。
特に名古屋の場合は複数の地下街が繋がっており、
更に名鉄の新名古屋駅(現在の名鉄名古屋駅)や近鉄名古屋駅といった大きな地下駅があるため、初心者は必ず迷うという。
そして私は今、何故か駅前の市場をうろうろしている。

「まさかこんな所に市場があるとは、ねぇ」
名古屋駅から散々地下街を歩き回り、やっと地上に出られたと思った所が、この市場のある区域だった。
名古屋駅から徒歩5分。素直に地上を歩けば良かった。
いや、地下街と行ったら何か食べる所があると思ったから行っただけよ。
でも、その期待は見事に裏切られた。
確かに店はあったものの、まだ一軒も開いていなかった……。
うぅ、私もやっぱり『田舎者』なのね………。別にいいけど。


市場の中の狭い道をぐるっと周り、都市高速の名駅入口ランプのある大通りに出て、名古屋駅の方向へ歩く。
幸い、(おそらく)地元のチェーンと思われるコンビニエンスストア(!)を見付け、何とか朝食をゲットすることが出来た。
というか、この時代にコンビニがあることに驚いた。つい最近出来たものだとてっきり思っていたので。
もしかしたら同じ様なことが起こるかも知れない。
私は『非常食』としてお菓子も幾つか買い、バッグに詰め込んだ。
こんな所で飢え死にする位なら、多少太っても構わない。
どうせならお腹じゃなくて胸の方に肉が付いて欲しいんだけどねぇ。

私はサンドイッチを囓りながら、再び名古屋駅の方へ歩き出す。
途中、名古屋の待ち合わせスポット(とテレビで紹介されていた)『ナナちゃん人形』の下をくぐったのだが、本当に履いていなかった。
……って、私はオヤジか。

紙パックのマンゴージュースを飲み干し、ゴミ袋と化した袋を駅備え付けのゴミ箱へ投げ入れる。
それと同じタイミングで、『また』携帯電話が着信した。
「『奴』ね…。次は何かしら?」
私は人気の無い所で携帯電話を開き、何故か受信したメールの内容を確認する。
メールには、こう書いてあった。

『指定した列車に乗り、鍵を見付けよ。
 ここで言う鍵とは、「条件」のことである』

「はぁ?」
まるで『謎々』のようなその内容に、私は思わず声をあげてしまった。


その時だった。


「ヒッヒッ、よぉ姉ちゃん、そんな所で何してんでい?」
下品な声が私の『足下』から聞こえてきた。
不審に思い、辺りを見回す。誰もいない。
「ココだよココ、なんでい、今日は水色の縞模様かい? ヒャッハッー!!」
水色の縞模様?
私はすぐに「水色の縞模様」に関する情報を脳内で検索した。
コンマ5秒で1件だけヒットした。
「ちょっと!! 何私のパンツ覗いてんのよっ!!」
今すぐ出てこい。そこの排水溝に沈めてやる。

「まだ気付かねーのか? おめーさんの足下だよ、あ・し・も・と。ヒッヒッ」
いちいち笑うな。まるでどっかのバカデカい本みたいね。
私は足下を確認してみた。すると、右足の靴の側に『何か』が落ちていた。
ひょっとして、さっきからケタケタ笑ってる助平野郎の声って…………、
その『何か』を拾い上げる。それはペンダントだった。形は今読み直しているラノベに出てくる『アレ』とよく似ている。
「おー、やっと気付いたか? ヒーッヒッヒッ」
「ペ…ペンダントが喋った………」
流石に驚いた。益々あのラノベに出てくる『アレ』みたいだ。喋り方は同じラノベに出てくる『バカデカい本』みたいだけど。
「おめーか。噂の『時の旅人』とはよ。俺は『時の流れを司るモノ』だ。姉ちゃんはワケあってこの時代に飛ばされた。分かるか?」
『時の旅人』と聞いて中学の合唱祭で歌った曲を思い出す私。
「え、ええ。何となく。でも、ここに飛ばされた理由はサッパリ分からないし、今は『米原に行け』と言われてそこに向かっている所よ」
「ほぉ? で、それは誰が言ったんだ?」
「知らないわよ。厳密に言うと………」
そう言いかけて、私は携帯電話を取り出し、ペンダントの前に『例のメール』が表示された画面をかざす。
何となくだけど、そうやったら「見える」と思ったからだ。
「へぇ。姉ちゃん、随分ハイテクなもん持ってんな? 変わった電子機器だぜ。ヒャッヒャッ」
こいつ、携帯電話は知らないらしい。
「ねぇアンタ。『元の時代』に戻る方法、知ってるんでしょ?」
「おー、ヒントくらいなら出せるぜ?」
何よ、それ。
「それは姉ちゃんにやって貰わねーとならねーんだ。
 おめーさんは『元の時代』に戻るために『鍵』を見付けなきゃなんねー。分かるか?」
そういや2通目のメールに『鍵を見付けろ』と書いてあったわね。
「その鍵はこの『世界』の何処かにある。俺はその気配を感じる事は出来るが、生憎この身なんで、
 姉ちゃん自身がそれを見付け出さなきゃならねー」
「もし、その『鍵』が見付からなかったら?」
「姉ちゃんは『消える』。そう、跡形もなく、な。ヒャッハッー!」
こいつ、今とても『重要』な事を軽々しく言いやがった。
「『死ぬ』とは違ぇぞ? 『消える』っつーコトはな、おめーさんが『最初からこの世に存在しねー』コトになんだぜ?」
「えぇ?! ってコトは……もぅ………」
「そう、その通りだ。だからこそ、姉ちゃんはその『鍵』を見付けて、ある『奇蹟』を起こす必要がある。
 出来るよな?」
「そこで『だが断る』と言えば、私は元の時代に帰る前に綺麗サッパリ『無くなる』という訳ね」
この変なペンダントの言うことが正しければ、私は家族や友人、それに大切な人を失う事になる。
そして、私に関わった全ての人から私の『情報』が全て抹消されることになる。
似た様な流れを色んなラノベで体験しているけれど、まさか自分がその立場になるとは思わなかった。


「ちなみに、だ。あ、コレはまだ言っちゃぁならねーかな? ウヒヒ」
「『ウヒヒ』じゃないわよ! 早く言いなさいよ!!」
「後悔しても知らねーぜ? ヒッヒッ。姉ちゃんの『本体』はまだ、おめーさんが元居た時代に残ったままだ。
 つまり、おめーさんは『中身』だけこの時代に飛ばされて、自分のアタマに思い描いた姿が『仮の姿』として顕現してるっつーワケだ」
コイツの言っていることを翻訳すると、私自身は元の時代、つまり2007年12月に残ったままで身体ごと飛ばされた訳ではない。
で、今いる『この時代』で動き回るのにもう一つ「本体」が必要なため、代わりの身体を私自身でイメージして『創った』という訳だ。

………という事は?
「ねぇ、つまり、元の時代に居る私はどうなってるの?」
「さぁてな。今頃葬式でもしてんじゃねーのか?」
「ひ、他人事みたいに言わないでよ!! こっちは真剣なのよ!!?」
「俺にとっちゃ他人事さ」
「何か隠してるわね。言いなさい」
「それは出来ねー。これでおめーさんが鍵を探す気が失せて、消えちまっちゃこっちも困るんだぜ」
「どうして? 私が消えるだけなんだからアンタにとっては問題無いでしょ?」
「いやー、それが困んだよなー。鍵が誰かに盗られちまったら姉ちゃんの時代はごっそり『歴史』から消えることになる」
「つまり?」
「『世界の終わり』だ」
それって私『だけ』が消えるんじゃなくって、私達の時代そのものが無くなるってことじゃない!!
「さぁどーする? 自分の命が助かってついでに世界も救えるんだ。一石二鳥だろ? ヒャッヒャッヒャッ」
段々苛々してきた。コイツはマジで言ってるのか、どうも話し方に真剣味が足りなさすぎる。
てか、コイツ自身はどうなってもいいのか?
「俺は構わねーぜ? 俺は俺の使命を果たすだけだ。まぁ、使命を果たさずに消えるのは少々心残りだが、な。ヒャッーハッハッ」

「分かったわよ。元々探すつもりだったんだし。でも、『元の時代の私』の事は後でちゃんと説明しなさいよね?」
「おー、約束するぜ? ところでおめー、なんつー名前でぃ?」
「私? 私はかがみ。『柊かがみ』よ」
「ヒーラギカガミ? 変な名前だなぁ」
「お前、今すぐ排水溝に流すぞ」
「おーっと、世界が無くなる世界が無くなる♪」
「わわわわわ分かってるわよ!! 名前、無いの?」
「だから言ったじゃねーか。俺は『時の流れを司るモノ』だ」
「何か長ったるくて呼びにくいわね」
私はコイツにニックネームを付ける事にした。そうね、性格が例のバカデカい本に似てるから……、
「『マルコシアス』」
「は?」
「マルコシアスって呼ぶわね。あ、『バカマルコ』でいっか」
「おいおいおい、何だそのミョーチクリンな名前はよォ。名前に『馬鹿』はねーだろ『馬鹿』はよォ、薄幸の美少女・ヒーラギカガミ?」
変な称号を付けるな。
「あー、もう!! 五月蠅いわね!! 今首に付けるから静かにしてなさいよ!!」
「おー、ところで?」
「何よ!!??」
「そろそろ電車、出るんじゃねーのか?」
「あ、やばっ、急がなきゃ」

こうして私は現代へ戻るための『鍵探し』のため、この口数の多い変なペンダントを相棒に米原を目指すことになった。


「ところでアンタ」
「おー、何だ?」
「私の読んでるラノ……えーっと小説みたいにさ、私とアンタだけで会話するって事出来ないの?
 ほら、よく物語であるみたいに、『私達にだけ通じて、周りに聞こえない会話』ってやつ」
「出来ねーコトもねーぜ? 麗しき旅人・ヒーラギカガミ?」
「じゃあそれで会話しましょ? 『鍵』を狙ってる奴も居るんでしょ? 聞こえたらマズいわ」
「おー、それもそうだなー。長けき賢者・ヒーラギカガミ」
「それに」
「それに?」
ある程度席が埋まっている電車の車内を見回して、
「ハタから見たら『私が』さっきからブツブツ独り言を言っている変な人に見られるわよ」
「なんでぇ、そんなことか」
「そんなことじゃないわよ!!!」
私はさっきからお喋りを止めないペンダントに向かって、思わず怒鳴ってしまった。
乗客全員が私の方を見、何やらヒソヒソ話している。
(あの子、ちょっと変じゃない?)
(そうね、さっきからペンダントに話しかけてるし)
あー、もう、最悪。
さっさと『鍵』を見付けてこのバカを焼却炉にブチ込んで元の時代に帰りたい。

「しゃーねーな。ホレ」
一瞬、車内に閃光が走った。ペンダントの濁った紅い玉は輝きを増して、銀色のチェーンが金に変わった。
このチェーン、『本物』かしら?
〈ホレ、こうすりゃ周りの奴にゃ聞こえねーだろ?〉
私にバカマルコの声が届く。耳にではなく、『アタマ』に。
私は彼(?)に話す様子をイメージしながら、話してみる。
〈うん、その様ね。〉
〈試しに俺に向かって叫んでみな?〉
〈うん〉
私はペンダントに向かって叫ぶイメージをし、心の中で叫ぶ。

「うわぁぁぁああああああ!!!!」

刹那、車内が騒然となった。私は恥ずかしくなって電車のトイレに避難する。
〈アッヒャーッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!!!!!!!! こりゃ傑作だぜ!!!!!! ヒーッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!!!!! げほっげほっ〉
ペンダントの中でむせるな。
すっげームカついた。コイツ、用が済んだら絶対即刻必ず確実に溶鉱炉にブチ捨てる。
〈ヒーッヒーッヒーッ、笑い過ぎて死にそうだぜっ、ヒーッヒッヒッヒッ。
 『ちゃんと』イメージしねーとさっきみてーに爆弾ブチ撒けるコトになっから気ぃ付けな。アヒャーッハッハッ!!!!!!〉

絶対潰す。金槌で粉末になるまで潰す。潰したから溶鉱炉に捨ててやる。




とんだ騒動に見舞われた米原行き普通列車は無事に関ケ原を越えて、米原駅に到着した。
これで最初の任務は終了。私はマルコシアス(と名付けたペンダント)と共に携帯電話の着信を待った。




間.

翌朝──────。
「あやのが待ってる筈だ。だから学校に行け」
「嫌だ、行かない。私、兄貴と一緒に『探す』」
「駄目だ。学校へ行け。お前はお前でやる事がある。
 昨日言った通り、あやのと一緒にかがみちゃんとその身近にいる子達の事を調べるんだ」

おれとみさおが朝の納豆ご飯を食べながら言い合っているのは、今日の予定の事である。
今日は月曜日で平日だが、おれは元々用事があったので有給をとっていた。
結局その用事は後日延期となったので、おれはその日を『例の事故』の現場に行って色々調べようと考えた。
一方、みさおの学校はまだ冬休みが始まっていない。だから、あやのと一緒にかがみちゃん達の事を調べて欲しいのだ。
みさおが嫌がっているのは、自分の友達が何人か事故に巻き込まれていることを懸念しているからだ。
おれも「大丈夫だ」とは言うが、本当に大丈夫かどうかは分からないし、もしもの事があっても責任が取れない。

「分かった。学校まで一緒に行こう。帰りにも迎えに行ってやる。それでいいな?」
現在、通学ルートである東武伊勢崎線は東武動物公園駅より先は運休となっている。
しかし、みさおは元々自転車通学なので、道路が寸断されない限り通学は可能だ。20km離れているのでそれなりに時間は掛かるが。

納豆ご飯を食べ終え、もう一度歯磨きをして出掛ける準備をする。
「「行ってきます」」
「行ってらっしゃい。本当に気をつけてね。みさおもちゃんと学校行くのよ?」
「ああ、大丈夫だよ、母さん」
「うん…………」

おれは、我が自慢の妹と共に家を出た。


「全く、私が仕事だったらどうするつもりだったのよ?」
「そしたら自転車で行くつもりだった」
「馬鹿。何キロあると思ってるのよ? いい加減免許取りなさいよね?」
「五月蠅いなぁ。どうせ免許取ったって、ウチには車は無いよ」

ハンドルを握りながら、おれの幼馴染み、峰岸がブツブツと文句を言う。
いいじゃないか。ちょうど良い所に居たんだから。
「わざわざおれの家に停めてくれたって事は、つまり、こういう事だろ?」
「違うわよ。私は電車が停まってるからあやのを学校まで送っていくついでに、みさちゃんを送っていくつもりだったのよ」

一台のミニバン(エスティマハイブリッド Gセレクション)が現在は県道となった旧国道を南下する。
線路は寸断されても平日の日本人は(一部を除いて)会社や学校に行かなければならない。
国道は大渋滞しているので、おれのアドバイスで併走する旧道へ誘導した。

おれは自動車部品メーカに勤めておきながら、実は、車の免許を持っていない。
母親に取るなと五月蠅く言われたのと、田舎町の割には自転車でも何とか生活出来ること、
それに、わざわざ隣町の教習所に行って高い金出して取るのも馬鹿馬鹿しかったので、免許を取るのを止めにしたのだ。
教習所に行く金があれば、フルカーボンフレームのロードバイクが楽に帰る。

余談だが、今峰岸が運転しているエスティマは『コイツの』所有物である。
新車でしかも現金で買ったらしい。
確かエスティマのハイブリッドは400万近くする筈。そんな金、何処にあるんだ?
「こつこつと貯金してれば、車の一台くらい買えるわよ」
「お前はその前に結婚費用を貯めた方がいいんじゃないのか?」
「アンタに言われたくはないわ。この自転車馬鹿」
「五月蠅いやい」

走っている県道は「もと国道」のくせに道幅が狭く、やたらと曲がりくねっている。
一車線の区間も多く、ここが現役時代は凄まじい地獄絵図が見られたことだろう。
おれは想像するだけで背筋が凍る。
道があまりにもくねっているので、備え付けのカーナビは役に立たない。
そこで裏道に詳しいおれが代わりに最短ルートをナビゲートする。
「次の角を右に」
車は停止線で一時停止し、峰岸は左右を確認。
ハイブリッド車ならではの『キーン』という制御装置の音が静かに聞こえる。まるで最近の電車のよう。
ハンドルをいっぱいに切って、何とか一車線の角を曲がることが出来た。大柄な割に小回りが効くらしい。
そして、再び『キーン』という音と、思い出した様にエンジンが動き出し、それぞれの音を奏でてゆっくりと加速する。


「やっぱり車は要らない。車なんて金ばっか食う乗り物だ。
 自転車はいいぞ? ガソリン代安いし、車検も税金も無い。あるとすりゃあ年一度の部品交換くらいだな」
「それ、何百回目かしら? 鷲宮みたいな田舎じゃ車無きゃ生活出来ないわよ」
峰岸はおれの何百回目(らしい)かの自転車理論をあっさりと否定する。
「だから、おれが良い例だろ? 見てみろ、車は運転出来ないけど、ちゃんと立派に生活してるないか」
「そんな事で威張るな。アンタ、実家暮らしでしょ?」
「残念でした。おれは2月から一人暮らしを始めます」
「へぇ、初耳だわ」
そういやコイツには隣の2DKに引っ越すことを話していなかったな。
「これであの狭苦しい家とはおさらばだ。みさおもやっと『女の子』らしい部屋で暮らせるんだから喜ぶだろう」
「そのみさちゃん、アンタの家に住む気でいるみたいよ?」
「………ああ、そうなんだよ。まぁ、2人でも住めるけどね。おれは…………」
「はいはい、分かったわよ。ところで、」
「ところで?」
「私にも手伝える事があったら言って。送り迎え以外なら何でもやるわ」
「じゃあパンツくれ」
「今すぐ降りろ」
「冗談だって」
「はぁ、全く」


「あのさ」
「何よ?」
「何だか『8年前』みたいだな」


「………………馬鹿」
峰岸は前を見ながらふんっと鼻を鳴らして、知らんぷりをした。


一車線の貧相な県道は次の交差点で二車線となり、やがて四車線の立派なバイパス路となる。
越谷市を抜け、綾瀬川を渡る。
草加市に入り、おれと峰岸を乗せたエスティマは、まもなく事故現場の高架橋に到着する。














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