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優しすぎて痛い

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 細やかな事にまで気を配れるみなみちゃん。
 その優しさに私はきっと惹かれたのだろう。
 そう、思っていた。





 優しすぎて痛い





「ただいまー」
 私の他に誰もいない静寂を被る玄関に、訪問を知らせるチャイムの後に私の声が反響する。
「お帰りゆーちゃん」
 そのどちらかを聞いてかは分からないけど、お姉ちゃんが私を出迎えに来てくれた。
「ただいまお姉ちゃん」
 私は靴を脱ぎながら先に帰っていて私服に着替えていたお姉ちゃんと、帰宅の際の儀礼的な言葉を取り交わした。
 置いていた鞄を再度掴み家に上がる。
「今日は遅かったね」
 私に続いてリビングへと居場所を移すお姉ちゃんの声が私の背中に降り掛かった。
「うん。皆と遊んでたから」
「みなみちゃんやひよりんやパティと?」
「うんそうだよ」
 居間を歩きながら今日の放課後の事についての会話を交わす。
 制服のリボンを解き荷物と一緒にソファーの上に置く。一旦自室に行こうかとも思案したが、リビングで一番大きな机には既に今晩の食事が並べられてあった。
 私の帰りを二人して何も食べずに待っていてくれたのだろう。そう思うとこれ以上待たせるのは自然と憚られ、私は食卓へついた。
「やあゆーちゃん、お帰り」
「おじさんただいま」
 今日の食事当番である、料理を盛りつけた皿を運ぶおじさんと椅子を座りやすいように動かしながら一言交わす。
 まだ忙しなく働くおじさんを見て、もしかしたら出来上がって間もなかったのかなと考えながら、私はおじさんが戻ってくるのを座って待つ事にした。
 本日の献立は野菜炒めに白米、秋刀魚の塩焼き。やはり出来立てらしく、その事実を明示するように蒸気が立ち上っている。
 程なくしておじさんが食器類を持ってきて、私達は三人揃って夕食を取り始めた。
「いただきまーす」
 合唱の声が一致して響く。
 箸を使って、一口の大きさに切られて味つけされた人参を口に入れると、口内に温かさが広がっていった。外がとても寒かったからだろう、いつにも増して美味しく感じる。
 ご飯を噛んでいたお姉ちゃんが、口の中のものを嚥下して私に言った。
「ゆーちゃん、楽しかった?」
 その質問には主語が見当たらなかったが、食事前に話した事から今日皆と遊んだ事を聞いているのだろうと読み取る。
「うん、楽しかったよ」
 私も食事の手を止めて答えると、お姉ちゃんは優しげに笑った。
 私がつられるとおじさんも嬉しそうにうんうんと頷く。微笑ましい光景だとか思っているのだろうか。
 まだきっと、ばれていない。
 私は和やかな雰囲気の中、そう悟った。

「お姉ちゃん、お風呂空いたよー」
「ほーい」
 リビングでくつろいでいたお姉ちゃんに入浴を済ませた事を伝える。返事をした後お姉ちゃんはクッションに沈めていた身体を起こして、ゆったりとした歩みで扉の方に向かった。
 台所ではおじさんが夕食の後片付けをしている。私が浴室に向かう前からやっていたからもうすぐ終わる頃だろう。
「部屋に行こうかな……」
 濡れた髪を首の後ろに回して肩に掛けたタオルで拭きながら呟く。特にする事はなかったが、それは此処にいても同じ事だった。
 冷えきった廊下に私の階段を上る足音が響く。現在地と先程の浴室の温度差に、私は次第に急ぎ足になって自室に入った。
 ファンヒーターのコンセントを差して電源を入れる。点火するまではまだ時間が必要だ。
 だが特に有効な暇つぶしの手段を心得ているわけはなく、ただその時を待つしかない私は椅子を引いて腰を下ろした。
 ふと机に目を移すと、そこには昨日おねえちゃんから借りた本。昨夜からずっと、いけない感じの表紙を大っぴらにして置きっぱなしだったらしい。
 おじさんに見つかったら色々と言われるだろうし、お姉ちゃんに返そうかな……
 そうとも考えたが、私はそのまま目線を外した。
 まだこの本の架空の人物を羨ましく思っているのだろうか。
 叶うはずもない願望を未練がましく抱き続けているのだろうか。
 私は立ち上がってベッドに移動すると仰向けに寝転んだ。
 発光する蛍光灯に僅かに目を刺激され、目を細める。主に視界の上方の明度が弱まり、感じる光の量が減少した。
「疲れたなぁ……」
 精神的な気だるさを感じながら、私はおでこに手の甲を宛がう。
 思い返せば色々とあった、というか自分が起こした一日だった。
 みなみちゃんが一緒に遊ぼうって言ってくれた時、とても嬉しかった。
 そして今日、私はみなみちゃんに触れる機会が多かった。意識はしてなかったのに、必然のようにみなみちゃんを求めていった。
 頭ではこの想いを伝えてはいけないと理解しているのに、それよりも愛しい気持ちの方が強くなっているのだ。
 そんな私に、みなみちゃんは顔を赤くしてそっぽを向くだけであった。
 どうしてそこまで過剰なスキンシップをするのか分からない、とでも言うように。
 みなみちゃんが赤面したのは、恥ずかしがっているからだろう。
 それはただ単にみなみちゃんが極度の照れ屋だからで、別に私じゃなくても、田村さんでもパティちゃんでも同じ反応をするだろう。決して私だけに見せる姿ではない。
 ―――つまりみなみちゃんは、私の事を恋愛感情では何とも思っていない。
「…………」
 とっくの昔に分かっていた事のはずなのに、改めて思い直すと残酷な現実に打ちひしがれてしまいそうだった。
 でもそれは当然の事と言えば当然の事。現実は仮想の物語みたいに必ずしも幸せな結末が待っているわけではない。
 このまま叶わぬ恋の相手に想いを寄せ続けても辛いだけだ。
 けれど、諦められない。止めようとは思わない。
 みなみちゃんを好きになった事自体は、後悔していないのだから。
 けれど、この気持ちを伝えなかった時と、想いを押しつけて今の関係を壊してしまった時と―――
 どちらの方が、後悔が大きいのだろうか。
 しんとした私の部屋に、ファンヒーターが仕事を始める合図が広がった。
 私が後悔しないと思える道は、どちらなのだろうか。

「う~、この寒いのに体育なんて……」
 学校から指定されたジャージの袖に腕を通しながら田村さんがぶつくさ文句を言う。私は苦笑い混じりに愚痴を聞いていた。
 今日は一時限目に体育の授業が予定されている。冬の朝の異常なほどの寒さがまだ続く中、寒風吹き荒れるグラウンドで持久走を行うとなるとほぼ全員の生徒が憂鬱だろう。
「ゆーちゃん、身体は大丈夫なの?」
 ファスナーを限界近くまで引き上げている田村さんが聞いてきた。
「うん、大丈夫だよ」
 その問い掛けに私は、嘘をつく。と言っても多少疲れ気味なだけで、立っているのがやっとといったような状態ではないのだけれど。悪いか悪くないかどちらか選べと言われたら、渋々前者を選択するぐらいの体調だ。
 ごめんね田村さん。私の我儘の所為で必要ない嘘ついちゃって―――
「お待たせシマシタ」
 心の中で謝罪していると、パティちゃんの声がした。その方を向くとパティちゃんとみなみちゃんが体育着に着替えて立っていた。
「じゃ、行こっか」
 私はそう言って自ら先陣を切った。その後に皆が続く。
 外と大して気温が変わらないであろう廊下を、息を白くしながら歩く。背後から田村さんとパティちゃんの楽しげな笑い声が聞こえる。
 別にこんな事したくてしているわけじゃない。いつもみたいにもっとみなみちゃんと話したり笑ったりしたい。
 でも私には、そのいつもを演じれる自信がなかった。
 みなみちゃんを見ているだけで、心が騒ぎ出す。
 寒さに上気した顔、長身でスレンダーな体型、鋭くも時に優しく見つめる瞳。
 みなみちゃんの全てが私の脈動を、募る一方の想いと共に加速させる。
 その想いが私のキャパシティーを超えて、零れてしまうのなら。
 みなみちゃんにバレて、大事なものを傷つけてしまうのなら―――
「ゆたか」
 私のネガティブな思考の迷宮に手を差し伸べたのは、みなみちゃんの声だった。闇を切り裂いて現れた救いの手を掴み、私は現実世界へと戻って来る。
「何?みなみちゃん」
 なるべく優しい微笑のまま受け答えする。幾ら普段を装えないといっても、あからさまに避けていては逆に不審に思われてしまうから。
「今日は体育やるみたいだけど……体調はどう?」
 半ば予想していた質問だ。想定していたなら当然答えも考えているわけで、私予め用意していた返答を一字一句変えずに伝えた。
「平気だよ、最近調子良いから」
「そう……」
「もしかして悪そうに見えた?」
 聞き返すと、みなみちゃんは少し考える様を見せた後、静かに頷いた。
「ちょっと寒そうに見えたから……」
「そっか。でも大丈夫だよ」
 歩きながら拳を握る。
 始業まで後数分といったところで、私達はグラウンドに着いた。
 当然の事なのだが、外は室内よりも格段に寒く、あまり長い事運動するのは危険な気もしてきた。実際体調も万全ではないのだし、今事実を告げて保健室へ直行するという手もある。
 けれど、その選択肢は絶対に選ばない。
「体調が悪くなったら、遠慮なく言って」
 そう、気遣いの言葉をくれるみなみちゃんに―――
「うん、分かったよ」
 私は素直に頷いた。
 しかし、実際に言う事はないだろう。

 みなみちゃんは優しい。
 自身の感情や気持ちの表現が苦手で、表情もそんなに豊かじゃないから初見の人には誤解される事が多いみたいだけど、本当は胸の内に穏やかな情を秘めた女の子。
 高校生になってその事を最初に知ったのは、多分私。
 心の中に詰まった沢山の友愛の気持ちを、私は分けて貰った。
 私にはないものを持っているみなみちゃんに対する感情が、一方的に大きく深くなっていくのにそんなに時間は掛からなかった。
 そして今その想いは、許容量を超えてしまいそうになっている。私はいつの間にか片道の恋をし続けて、慕う気持ちを募らせていった。
 でも、気づいてしまったんだ。正確に言えば再認識させられてしまったんだ。
 みなみちゃんが私の世話を焼いてくれるのは、親友だからだって。
 親切で心配性な性格のみなみちゃんは、身体の弱い私を放ってはおけないのだろう。
 ただ、それだけ。
 みなみちゃんがくれる優しさは、あくまで友達としてのものでしかないのだ。
 それが幸せだった時もあった。
 でも今は違う。
 みなみちゃんが好きで好きでしょうがない今は。
 私はこんなにも想いを抑えるのに必死なのに。
 私はこんなにもみなみちゃんと結ばれたいと思っているのに。
 みなみちゃんの惜しみない友達としての思い遣りが、私の胸を締めつける。
 本来は嬉しいはずの友情なのに、胸が痛い。心が悲痛な叫び声を上げている。
 虚弱な私は、この苦しみにいつかは耐えられなくなってしまうだろう。
 想いが伝わらない辛さと、それなのに優しくされる辛さ。
 二重の苦痛に耐え切る自信は、ない。
 そう思うと、多少の体調不良は我慢出来る。
 心に突き刺さる激痛に比べれば、大した事はない。
 少しでも無理した方が、みなみちゃんにも手間を掛けさせずに済む。
 その方が、私も辛くないしみなみちゃんも迷惑しない。
「はあっ……はあっ……」
 そうは言ったものの、日常で殆ど運動をしない私の体力はたかが知れている。私は息を荒げて列の最後尾を走っていた。
 肺は焼けるように熱く全身は鉛のように重たい。私に襲い来る全ての感覚が走る事を止めろと訴えているようだった。
 今までの私ならリタイアしていたかもしれない。だが私は走り続ける事を選んだ。
 私の為、そしてみなみちゃんの為、心配をさせるわけにはいかないから。
 遥か前方を軽やかに疾走するみなみちゃんの迷惑になるような事をしてはいけないから。
 私はトップを独走するみなみちゃんに追いすがるように、軋む足を懸命に動かす。しかし差は開く一方だった。
 競争しているわけじゃないんだけど、私達の距離が徐々に離れていくのが怖くて。
 このままみなみちゃんが何処かへ行ってしまいそうで、私はまだ走り続ける。

 結局私とみなみちゃんのタイムは雲泥の差だった。元々の体力に違いがありすぎるから当然の結果なのだけれど。
 その前に私は何を張り合おうとしていたのだろうか。呼吸を整えながら考える。
 そもそも勝てる見込みは皆無だったのだし、負けたからといって何かあるわけでもない。
 開いた距離は心の遠さではないのに。物理的な空白でしかないのに。
 みなみちゃんが私から離れるなんて事は恐らくないだろう。これからも、私達は共に過ごし助け合っていく。
 本当の気持ちを隠したまま―――かけがえのない親友同士として。
 頭に浮かんできた考えを振り払うように頭を振る。途端にずきずきと痛み出した。
 少し無茶をしてしまったらしい、身体はふらつき視界に闇が広がり始めている。
 倒れそうなほど重症だったのに、私は驚くほど冷静だった。
「ゆたか……大丈夫?」
 霞む視界にみなみちゃんが現れる。
「あまり無理しない方が・・・…」
 いつものように、私を気遣ってくれている。
 でもねみなみちゃん、私は―――
「!ゆたかっ」
 薄れゆく意識の中、私はみなみちゃんの温もりを感じた。
 ふわりと抱き留められるように、とても温かかった。
















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  • 心理描写が驚くほど繊細に
    表現されてて、凄い文才! -- チャムチロ (2012-10-22 12:43:21)

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