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もどかしすぎて辛い

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 ゆたかの身体は驚くほど華奢だった。
 抱き締めたら壊れてしまいそうで。
 何よりとても温かかった。





 もどかしすぎて辛い





「ゆたか……」
 静かに目を閉じている少女の名前を、応答が返ってこないと分かっていても呼ぶ。
 壁には健康や医療にまつわる様々なポスター、ストーブで温められた室内には数々の器具や戸棚。
 中学生の頃は世話になる事がほぼなかった保健室だが、付き添う形でだが高校に入って随分と通うようになった。
 窓際に設置されたベッドに横たわるゆたかと、傍でパイプ椅子に腰掛けている私。
 先生は今重要な会議中らしく、私達が保健室に来るなり急いでいると出て行ってしまった。ベッドは貸してくれたので、先生が戻ってくるまで私がゆたかの様態を見る事にした。
 時刻は二時限目に差し掛かろうとしている。確か連続で体育の授業が入っていたはずだ。
 まだ皆は運動しているのだろうか。窓に目線を向けると、晴れ渡った外の景色が飛び込んできた。
 日は照ってはいるものの、気温は冬のそれ。暖房の効いた室内から見る限りは日中の気候のようなのだが、少し前まで私もそこで身にしみる寒風を受けていたから分かる。
 部屋にはゆたかの規則正しい寝息だけが響いている。
 薄らと汗ばんで前髪が張りついている額に、自分の手を当てて体温を確認する。正確な数値は分からないが、かなりの高熱だという事は伝わった。
 少しうなされているような寝顔、呼吸の度に僅かに揺れる身体が、ゆたかの状態の悪化を物語っている。
 胸に尖ったものが突き刺さる。
 目の前で大切な人が苦しんでいるのに、私は何もしてやれない。
 自分の無力さを思い知る。
「ゆたか……」
 呼び掛けても何の解決にもならないし、当然返事もない。
 話したい事は、伝えたい事は、いっぱいあるのに。
 真っ直ぐにゆたかを見つめる。
 聞こえるはずないけど、心の中で語り掛ける。
 ―――ねぇ、ゆたか。
 私はあなたから、色々な事を教わった。
 人の心を和ませる、笑顔の大切さ。
 何もしなくても、一緒にいる事の意味。
 人付き合いが苦手だった私に、恋をするという事。
 あなたのおかげで、色々な事が変わった。
 読書でしか過ごせなかった休み時間も、会話の花が咲くようになった。
 一人で帰っていた帰路も、多人数になるようになった。
 あまり使う事がなかった電話も、結構な頻度で私宛に掛かってくるようになった。
 全ては、あなたのおかげ。
 でも、私はどうなのだろう。
 ゆたか、あなたは今現に私の前でこんなにも苦しんでいる。
 それなのに、私は一人勝手に思いを連ねて自己満足して。
 伝える勇気もないくせに、ただ気持ちを増幅させて。
 言いたい事も言えずに、迷惑や心配ばかり掛けて。
 私はあなたに……何をしてあげられている?

「ん……」
「!」
 不意に聞こえたゆたかの声に、私は慌てて目尻を拭う。少し涙腺が緩んでいたが、幸いにも濡れていた形跡はなかった。
「……みなみちゃん」
 完全に開ききっていない目のままゆたかが私を呼ぶ。
「ゆたか……大丈夫?」
 彷徨うように心の中で渦巻いていた考えを忘却の地へと追いやって、私は聞いた。
「うん……大分楽にはなった」
 力なく笑うゆたかがとても健気で、私はどうしようもない心の躍動を覚えてしまう。
 こんな状況でも、いや、こんな状況だからこそだろうか、ゆたかを愛しく思ってしまう。
 私を見据えて純粋な瞳で逃がさないゆたかを見ていると、自分の気持ちを打ち明けたくなってしまう。
 こんなにも、ゆたかが可愛い。
「そう……」
 だがそれを伝えて何になるのだろうか。
 今の私では、想いを伝えるのではなく押しつけてしまいそうだった。
 私がゆたかから貰った大切なものを全てなくしてしまいそうだった。
 ゆたかはまるで小さな子供のように、私に触れてくる。
 普通の友達同士が軽くスキンシップを楽しむ感じで。
 それなのに、私の胸はいちいち高鳴ってしまう。
 ゆたかを意識してしまう。
 それが紛れもない私が片想いをしているという証拠。
 ゆたかは私の事を友達としか見ていないのだ。
「みなみちゃん……どうかしたの?」
 ゆたかの目に心配の色が混じる。
「さっきから悲しそうにしてるけど……何かあった?」
 負の連鎖に巻き込まれていたからだろう、私は相当落ち込んだ顔をしていたらしい。
「いや……何でもない」
 私はふるふると首を左右に振った。
 病人に気を遣わせるなんて、私は何をやっているのだろうか。
 私がゆたかに何かしてあげるべきじゃないのか。
「みなみちゃん……ごめんね」
 すると、ゆたかが急に謝った。
「私、迷惑掛けてるよね」
 そう呟いて俯いてしまうゆたか。
 私は否定しようとしたけど、微かに涙を浮かべ目を伏せるゆたかに何も言えなかった。
 違う。
 そんな事ない。
 それはゆたかの誤解。
 心の中なら幾らでも言葉が浮かぶのに、そのどれもが喉を通過するのを拒否する。
 ゆたかは何も悪くないのに。
 何も謝る必要はないのに。
 迷惑を掛けているのは私の方なのに。
「迷惑なんかじゃ……ない」
 やっとの事で絞り出せた、蚊の鳴くような声。
 だが届かなかったのか、ゆたかは表情一つ変えずに私と目線を合わせなかった。
 慣れているはずの静けさが、今はこの上なく辛い。
 沈黙が、痛い。
 暫く時間が経った後、授業の終了を知らせるチャイムが校内に響いた。
「みなみちゃん、私は大丈夫だからもう行って良いよ」
 ゆたかが私の方を向いて言った。
「私の所為でみなみちゃんが授業を受けられないのは嫌だから」
 ゆたかの目には確固たる決意のようなものが秘められているような気がした。
「……分かった」
 ここで嫌だと首を振ってもゆたかを困らせるだけだ。
 私はゆっくりと立ち上がり出口へと一歩ずつ進んでいく。
「またね、みなみちゃん」
 扉に手を掛けたところで、私の背中にゆたかの声が掛かった。
「……じゃあね、ゆたか」

 保健室の温度と廊下の温度とではかなりの差があった。今まで暖かい場所にいたから余計に寒く感じる。
 けれど、不思議と急ぐ気にはなれなかった。
 教室も同じぐらいの気温だから、とかではない。
 振り返る。
 私が先程閉めたばかりの保健室へと続くドアが見えた。
 あの中で、ゆたかは何をしているのだろうか。
 何を考えているのだろうか。
「あれ、みなみちゃん?」
 ゆたかではない、けれど聞き慣れた声が私を呼んでいる。
 その声の発信源に向き直ると、田村さんが立っていた。
「ゆーちゃんは?」
 どうやらゆたかの様態を心配して、長くない休み時間を使って見に来たらしい。
「大分良くなったみたい。もう大丈夫だって」
「そうなんだ」
 簡潔にゆたかの状態を伝えると、田村さんは数度頷いた。
「まぁもう授業始まるし、みなみちゃんが言ってるんだから平気だよね」
 最後に私達も戻ろっかと付け足して、踵を返す田村さん。
 ―――私が言うから、か……
 私はゆたかの良き理解者のような目で見られているのだろうか。
 ゆたかの気持ちも考えられなくて、色々と不要な心配をさせた私が。
 私はゆたかの大切な事は、何一つ分かっていないというのに。
 そんな事を考えながら、手を擦り合わせながら前方を歩く田村さんの背中を追いかける。
「それにしても……」
 田村さんが顔を斜め上に向けて呟くように言った。
「何でゆーちゃんあんなに無理したんだろう」
 体育の授業の事を言っているのだろう。私も気になっていた事だ。
「いつもは体調が悪かったらすぐに言うのにね」
「そう、だよね……」
 相槌を打つと、田村さんは腕を組み考え込んでしまった。
 私もゆたかを見ている時から考えてはいたが、答えは出てこないままだった。
 どうしてゆたかは自身の不調を隠してまで走ろうと考えたのだろうか。
「あのさ……」
 私が思考の螺旋に嵌っていると、田村さんが真剣な表情で私を見ずに尋ねてきた。
「今日のゆーちゃん、何だか辛そうじゃなかった?」
「!」
 田村さんがもう一つの気に掛かっていた事を指摘して、私の方を向く。
「それは、体育をする前の事……?」
「うん」
 一応確認の為問うてみたが、田村さんはあっさりと肯定した。
 そう、私も不審に思っていた。
 ゆたかは何処となく身体の調子が悪いような気はしていたのだ。
 私だけじゃなくて田村さんも気づいていたのだから、見間違いなどでは決してないだろう。
 だがゆたかは大丈夫だと言った。
 だから私はその言葉を信じて、頭に浮かんだ疑惑をいつの間にか消し去っていた。
「私も……同じように感じた」
「だよね……謎は深まるばかりね」
 今の言葉で思い知らされた。
 いかに私が、上辺だけの感情しか持ち合わせていなかったを。

 私は一人自分の世界で思い悩んでいた。
 ゆたかが私に具合が優れない事を言わなかった理由ではない。
 私がゆたかに何をしてあげられるかという事でもない。
 どうして私は、物言いがはっきりしないのだろうか。
 人見知りが激しく、言いたい事を言えない性格だという事は重々承知している。
 変える事は難しいだろうし、今まで特に粗相もなかったから良いと思っていた。
 でも今日、その性分の所為でゆたかを苦しめてしまった。
 ゆたかがだるそうにしていたのは何となくだけど分かっていた。
 それは他の人の目から見ても理解出来るほど表れていた。
 その時私は、保健委員は、ゆたかの親友は何をやっていたのだろうか。
 気分が悪い生徒の面倒を見るのが、私に与えられた役割ではないのか。
 その事が、私に出来る確実にゆたかのためになる事じゃなかったのか。
 ゆたかが私に体調を偽った理由なんてどうでも良い。
 あの時―――私がゆたかの状態に少しでも異変を感じた時。
 ちょっと強引になってもゆたかを問い質して、保健室まで連れて行っていたら―――
 私が自分の意見をもっとはっきり言えていたら―――
 ゆたかがあんなに苦しむ事はなかったのに。
 ベッドで汗ばみ顔を火照らせるゆたかの姿が脳裏に浮かぶ。
 私の行動力の欠如が、ゆたかを無駄に労させているのだ。
 言いたい事どころか、言うべき事すら言葉に出来なかったのだ。
 ゆたかは、こんな私にいつも優しく微笑んでくれた、掛け替えのない親友。
 なら何で、私は親友を気遣ってやれなかった?
 何故、何もしてやれなかった?
「…………」
 何を一人浮かれて想いを募らせていたのだろうか。
 こんな事ではたとえ想いが通じ合ったとしても、上手くやっていけるわけがない。
 女同士の恋愛なんて、修羅の道になるに決まっている。
 今以上に、ゆたかに苦痛を覚えさせる結果となってしまう。
 ただでさえ辛い思いをさせているのに。
 そして、私は悟った。
 ゆたかは私に大切なものをくれた。
 それはゆたかにしか出来ない事。
 けど、今まで私がゆたかの為に頑張ってきた事は、誰にでも出来る事。
 保健委員は、私じゃなくても良いんだ。
 内気な私なんかより、もっと優しくて気の利いた適任者がいるはずだ。
「みなみちゃん!みなみちゃーん!」
 肩を数回叩かれて、私はやっとの事で現実世界へと意識を戻せた。
 顔を上げると、田村さんが立っていた。
「ゆーちゃん早退するって。それで荷物を持ってきて欲しいって事なんだけど……」
 ―――ほら、やっぱりそうだ。
 私がいなくても、田村さんやパトリシアさん、それに私の知らないゆたかの友人。
 沢山の人々が、ゆたかを心配している。
 私がいなくとも、ゆたかは大丈夫なんだ。
「みなみちゃん……大丈夫?」
 私という存在が、人格が、ゆたかを苦しめるものでしかないのなら―――
 お互いに辛さを感じるぐらいなら―――
 いつか想いが溢れてゆたかを困らせてしまうぐらいなら―――
「ごめん。これから用事があって……田村さん、代わりに行ってくれない、かな」
 私はゆたかからの離別を選ぶ。
 私の身体に満ちるこの感情も、初めからなかったかのように扱う。
 私よりも明るく気配り上手な人に、ゆたかを幸せにしてくれるよう願う。
「え?う、うん、良いよ」
 寂しくないと言えば嘘になるけれど、ゆたかが傷つくぐらいなら―――
 私は喜んで惜別を受け入れる。
 それが私に出来る、一番のゆたかの為になる事なら―――
 私は喜んで己の身に刺を突き入れる。
 ゆたかの荷物を持って教室を出て行く田村さんの後姿を、保健委員は静かに見送った。














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  • この作品のゆたかとみなみ、
    凄く良いですね! -- チャムチロ (2012-10-22 20:36:55)

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