「つかさ、何やってんの?」
私がタンスを漁っていると、お姉ちゃんが後ろから声をかけてきた。
時刻は午後十一時。タンスの前に座り込んだ私の周りには、たくさんの洋服が散らばっている。
正確には散らばらせたわけじゃなくて、中身を出しているうちに散らばっちゃったんだけど……。
「あのね、明日ゆきちゃんとおでかけなの」
「みゆきと? ……あー、ハイハイ。デートね」
「デ……う、うん」
お姉ちゃんは少し意地悪な笑みを浮かべて私を見ていた。
「やっぱりいつになっても、デートの前は浮かれちゃうものなのね」
「えへへ……お姉ちゃんだってそうでしょ?」
「そ、そんなことないわよ。中学生じゃあるまいし……」
「でもお姉ちゃん、最近金曜日の夜はニヤけてること多いよ? 土曜日は朝から見かけなくなるし」
「う、うるさいわね……私そんなにニヤけてた?」
「うん。こなちゃんとデートしてるんでしょ? ここのところ毎週だよね」
「そ、それはこなたがどうしてもっていうから……」
お姉ちゃんは露骨に照れていた。顔を真っ赤にして、ばつの悪そうな表情を私に見せる。
やっぱり恋人とのデートになると楽しみで仕方ないのは二人とも一緒で、それは双子だから似ているとかじゃない。
私とゆきちゃんが恋人同士になってもう三ヶ月になる。私にとってゆきちゃんは、初めての恋人だった。
ゆきちゃんが私の家に泊まりにきたときに、相手の気持ちに気付かないまま両思いだった私とゆきちゃんは、
たくさんのすれ違いもあって色々と起こったけれど、お互いから告白して、晴れて恋人同士になることが出来た。
『好きです、つかささん。世界中の誰よりも好きなんです』
『私も好きだよ、ゆきちゃん。ずっと言えなくてごめんね』
女の子同士だっていうことは、私達の間には些細な問題でしかなかった。私達はただ、幸せで……。
もうわかると思うけど、お姉ちゃんとこなちゃんも恋人同士になっていた。仲良し四人組はもっと仲良しになった。
「でも、あんたとみゆきももう何回かデートしてるんでしょ?」
「うん。このあいだはね、一緒に水族館に行ったんだよー」
「水族館か……私とこなたじゃ絶対行かないところね」
「その前はね、図書館に行ったんだケド……私、途中で寝ちゃって」
「つかさは本が読めないものね」
「お姉ちゃん達はよくどこに行くの?」
「基本はショッピングだけど……まああとは……ゲーセンとか、ゲーセンとか、ゲマズとか……」
お姉ちゃんはがっくりと肩を落とした。こなちゃんっぽいと言えばこなちゃんっぽいけど、お姉ちゃんは不満なのかな?
でも、お姉ちゃんとこういう恋バナができる日がくるなんて思わなかった。しかもお互い恋人持ちの状態で。
二人とも女の子と付き合っているなんて、ちょっとおかしな気もするんだけど……これも双子だからなのかな……。
「でも好きな人と行くと、どんなところも楽しいよね」
「そ、そりゃそうだけど……そんなこと、よくも恥ずかしげも無く言えるわね」
「?」
「で、明日は何時にどこで待ち合わせなの?」
「糟日部駅前に十時だよ」
「どこに行く予定なのよ?」
「あのね、まず糟日部ショッピングモールにお買い物に行って、それからお昼ご飯食べて、遊園地に行くんだ」
「泊まりなの?」
「う、ううん! 門限までには帰るよ」
「そっか……まああんた達に泊まりはまだ早いわよね」
「え?」
「なんでもないわよ。だったら、早く寝た方がいいんじゃないの?」
「そうだ……明日、朝からお弁当作るんだった!」
「ますます寝なさいよ。あんたただでさえ起きないんだから」
「で、でもお洋服が……」
お姉ちゃんの協力もあって、なんとか着ていく服が決まった。みんなで遊びに行くときはここまで悩んだりしないのに、
ゆきちゃんとのデートのときだけは、いつも遅くまで悩んじゃうんだよね……でも、悩んでる時間も楽しいっていうか。
ゆきちゃんはどうなのかな? 私みたいに無闇に張り切っちゃったり、お洋服に悩んだりしているのかな?
そうだったら嬉しいな……そんなことを思って、ベッドに潜り込んではみたけれど、なかなか寝つけなくて。
それに、私にとって明日のデートはそれまでのものと少し違っていた。どうしてもやりたいことがあったから……。
私がタンスを漁っていると、お姉ちゃんが後ろから声をかけてきた。
時刻は午後十一時。タンスの前に座り込んだ私の周りには、たくさんの洋服が散らばっている。
正確には散らばらせたわけじゃなくて、中身を出しているうちに散らばっちゃったんだけど……。
「あのね、明日ゆきちゃんとおでかけなの」
「みゆきと? ……あー、ハイハイ。デートね」
「デ……う、うん」
お姉ちゃんは少し意地悪な笑みを浮かべて私を見ていた。
「やっぱりいつになっても、デートの前は浮かれちゃうものなのね」
「えへへ……お姉ちゃんだってそうでしょ?」
「そ、そんなことないわよ。中学生じゃあるまいし……」
「でもお姉ちゃん、最近金曜日の夜はニヤけてること多いよ? 土曜日は朝から見かけなくなるし」
「う、うるさいわね……私そんなにニヤけてた?」
「うん。こなちゃんとデートしてるんでしょ? ここのところ毎週だよね」
「そ、それはこなたがどうしてもっていうから……」
お姉ちゃんは露骨に照れていた。顔を真っ赤にして、ばつの悪そうな表情を私に見せる。
やっぱり恋人とのデートになると楽しみで仕方ないのは二人とも一緒で、それは双子だから似ているとかじゃない。
私とゆきちゃんが恋人同士になってもう三ヶ月になる。私にとってゆきちゃんは、初めての恋人だった。
ゆきちゃんが私の家に泊まりにきたときに、相手の気持ちに気付かないまま両思いだった私とゆきちゃんは、
たくさんのすれ違いもあって色々と起こったけれど、お互いから告白して、晴れて恋人同士になることが出来た。
『好きです、つかささん。世界中の誰よりも好きなんです』
『私も好きだよ、ゆきちゃん。ずっと言えなくてごめんね』
女の子同士だっていうことは、私達の間には些細な問題でしかなかった。私達はただ、幸せで……。
もうわかると思うけど、お姉ちゃんとこなちゃんも恋人同士になっていた。仲良し四人組はもっと仲良しになった。
「でも、あんたとみゆきももう何回かデートしてるんでしょ?」
「うん。このあいだはね、一緒に水族館に行ったんだよー」
「水族館か……私とこなたじゃ絶対行かないところね」
「その前はね、図書館に行ったんだケド……私、途中で寝ちゃって」
「つかさは本が読めないものね」
「お姉ちゃん達はよくどこに行くの?」
「基本はショッピングだけど……まああとは……ゲーセンとか、ゲーセンとか、ゲマズとか……」
お姉ちゃんはがっくりと肩を落とした。こなちゃんっぽいと言えばこなちゃんっぽいけど、お姉ちゃんは不満なのかな?
でも、お姉ちゃんとこういう恋バナができる日がくるなんて思わなかった。しかもお互い恋人持ちの状態で。
二人とも女の子と付き合っているなんて、ちょっとおかしな気もするんだけど……これも双子だからなのかな……。
「でも好きな人と行くと、どんなところも楽しいよね」
「そ、そりゃそうだけど……そんなこと、よくも恥ずかしげも無く言えるわね」
「?」
「で、明日は何時にどこで待ち合わせなの?」
「糟日部駅前に十時だよ」
「どこに行く予定なのよ?」
「あのね、まず糟日部ショッピングモールにお買い物に行って、それからお昼ご飯食べて、遊園地に行くんだ」
「泊まりなの?」
「う、ううん! 門限までには帰るよ」
「そっか……まああんた達に泊まりはまだ早いわよね」
「え?」
「なんでもないわよ。だったら、早く寝た方がいいんじゃないの?」
「そうだ……明日、朝からお弁当作るんだった!」
「ますます寝なさいよ。あんたただでさえ起きないんだから」
「で、でもお洋服が……」
お姉ちゃんの協力もあって、なんとか着ていく服が決まった。みんなで遊びに行くときはここまで悩んだりしないのに、
ゆきちゃんとのデートのときだけは、いつも遅くまで悩んじゃうんだよね……でも、悩んでる時間も楽しいっていうか。
ゆきちゃんはどうなのかな? 私みたいに無闇に張り切っちゃったり、お洋服に悩んだりしているのかな?
そうだったら嬉しいな……そんなことを思って、ベッドに潜り込んではみたけれど、なかなか寝つけなくて。
それに、私にとって明日のデートはそれまでのものと少し違っていた。どうしてもやりたいことがあったから……。
*
AM 10:10
「ゆ、ゆきちゃーん! お、遅れてっ、ご、めーん……!」
トートバックを揺らしながら、私は駅のホームへと向かって走っていた。息を切らしていたから、うまく喋れない。
そこには私の好きな人がひとり佇んで……私に向かって笑顔をみせながら手を振っていた。
「おはようございます、つかささん。……大丈夫ですか?」
「ご、ごめんね……ちょっと遅れちゃった」
「私も今来たところですので、気になさらないでください。ゆっくり来られてもよかったのですが……」
そういうとゆきちゃんはポケットからハンカチを取り出して、私に差し出してくれた。心配そうな顔で私を見つめている。
「あ、ありがとう……」
「何かお飲み物を買ってきましょうか?」
「ううん、大丈夫だよ。それより、お買い物いこ?」
「そうですね。では、モールのほうに向かいましょうか」
「ゆきちゃんは何買うの?」
「ブックストアに寄りたい……と思いましたが、本はかさばるのでまた今度ですね」
「私、お洋服や小物が見たいかな」
「私も……時期的に春物が少し気になるんです」
「じゃあまずはお洋服だね~……ねえ、ゆきちゃん」
「はい、なんですか?」
「この服なんだけど……わ、私に似合うかな?」
私がこの日選んできたのは、アイボリーカラーのダッフルコートの下に、オフホワイトのガーリー風ブラウス。
リボンのついたホワイトのショートパンツで、足元はお小遣いをはたいて買ったアンクル丈のトランパーブーツ。
精一杯のおしゃれを、ゆきちゃんはしっとりとした目で見つめていた。緊張がピークに達していた。
「大丈夫です。とても可愛らしいですよ」
ゆきちゃんはにこやかに答えてくれた。私はほっと胸を撫で下ろす。悩んだ甲斐があった。ありがとう、お姉ちゃん。
「それにつかささん……いつもとは違うリボンですよね」
「えっ!」
私の胸が一瞬、大きく高鳴る。たしかに、リボンもいつもより少しいいものをつけてきていた。
でもそれを指摘されるなんて、少しだって思ってなかった。単純に、気合を入れるためのようなものだったから。
「えへへ……気付いてくれたんだ……」
「はい。そのリボンも、すごく似合ってますよ」
顔が真っ赤になる。家族ですら気付かなかったそんな微妙な変化まで、気付いてくれていたなんて……。
するとゆきちゃんは、少し迷ったような表情を見せると、頬をそめてうつむきながら私に訊ねてきた。
「あの……私のほうはどうでしょうか」
「ゆきちゃんのお洋服?」
「はい……お恥ずかしながらつかささんとのお出かけのときは、いつもより洋服選びに迷ってしまうんです」
胸の中に喜びが溢れる。やっぱりゆきちゃんも、私と同じだったんだ。でも、二人とも女の子なんだから当然、かな?
ゆきちゃんはといえば、グレーベージュのシンプルなボーダータートルに、バルーンラインでライトグレーのミニスカート。
ベルト付きのスエードブーツ、ブラウンのトレンチロングコートを羽織って、スタイルのおかげですごく大人っぽかった。
胸元にはシンプルなデザインのシルバーネックレス。なんだかドキドキしてしまうくらい……綺麗だった。
「うん、すごく似合ってる……でも」
「で、でも?」
「なんか……並んだら年の離れた姉妹みたいに見えちゃうかも~。こ、子供っぽくてごめんね……」
ゆきちゃんはちょっと困ったような顔で微笑んでいたケド、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。
「それじゃ、いきましょうか」
「うん!」
私達はおしゃべりをしながらモールへと歩いた。ゆきちゃんのお話を聞きながらも、私はずっとゆきちゃんに見とれていた。
私とは比べ物にならないくらい綺麗だし、服装もシンプルなのにすごくお洒落だし、何より雰囲気がすごく優しくて……。
トートバックを揺らしながら、私は駅のホームへと向かって走っていた。息を切らしていたから、うまく喋れない。
そこには私の好きな人がひとり佇んで……私に向かって笑顔をみせながら手を振っていた。
「おはようございます、つかささん。……大丈夫ですか?」
「ご、ごめんね……ちょっと遅れちゃった」
「私も今来たところですので、気になさらないでください。ゆっくり来られてもよかったのですが……」
そういうとゆきちゃんはポケットからハンカチを取り出して、私に差し出してくれた。心配そうな顔で私を見つめている。
「あ、ありがとう……」
「何かお飲み物を買ってきましょうか?」
「ううん、大丈夫だよ。それより、お買い物いこ?」
「そうですね。では、モールのほうに向かいましょうか」
「ゆきちゃんは何買うの?」
「ブックストアに寄りたい……と思いましたが、本はかさばるのでまた今度ですね」
「私、お洋服や小物が見たいかな」
「私も……時期的に春物が少し気になるんです」
「じゃあまずはお洋服だね~……ねえ、ゆきちゃん」
「はい、なんですか?」
「この服なんだけど……わ、私に似合うかな?」
私がこの日選んできたのは、アイボリーカラーのダッフルコートの下に、オフホワイトのガーリー風ブラウス。
リボンのついたホワイトのショートパンツで、足元はお小遣いをはたいて買ったアンクル丈のトランパーブーツ。
精一杯のおしゃれを、ゆきちゃんはしっとりとした目で見つめていた。緊張がピークに達していた。
「大丈夫です。とても可愛らしいですよ」
ゆきちゃんはにこやかに答えてくれた。私はほっと胸を撫で下ろす。悩んだ甲斐があった。ありがとう、お姉ちゃん。
「それにつかささん……いつもとは違うリボンですよね」
「えっ!」
私の胸が一瞬、大きく高鳴る。たしかに、リボンもいつもより少しいいものをつけてきていた。
でもそれを指摘されるなんて、少しだって思ってなかった。単純に、気合を入れるためのようなものだったから。
「えへへ……気付いてくれたんだ……」
「はい。そのリボンも、すごく似合ってますよ」
顔が真っ赤になる。家族ですら気付かなかったそんな微妙な変化まで、気付いてくれていたなんて……。
するとゆきちゃんは、少し迷ったような表情を見せると、頬をそめてうつむきながら私に訊ねてきた。
「あの……私のほうはどうでしょうか」
「ゆきちゃんのお洋服?」
「はい……お恥ずかしながらつかささんとのお出かけのときは、いつもより洋服選びに迷ってしまうんです」
胸の中に喜びが溢れる。やっぱりゆきちゃんも、私と同じだったんだ。でも、二人とも女の子なんだから当然、かな?
ゆきちゃんはといえば、グレーベージュのシンプルなボーダータートルに、バルーンラインでライトグレーのミニスカート。
ベルト付きのスエードブーツ、ブラウンのトレンチロングコートを羽織って、スタイルのおかげですごく大人っぽかった。
胸元にはシンプルなデザインのシルバーネックレス。なんだかドキドキしてしまうくらい……綺麗だった。
「うん、すごく似合ってる……でも」
「で、でも?」
「なんか……並んだら年の離れた姉妹みたいに見えちゃうかも~。こ、子供っぽくてごめんね……」
ゆきちゃんはちょっと困ったような顔で微笑んでいたケド、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。
「それじゃ、いきましょうか」
「うん!」
私達はおしゃべりをしながらモールへと歩いた。ゆきちゃんのお話を聞きながらも、私はずっとゆきちゃんに見とれていた。
私とは比べ物にならないくらい綺麗だし、服装もシンプルなのにすごくお洒落だし、何より雰囲気がすごく優しくて……。
*
AM 10:35
「ゆきちゃんは春物探してるんだよね? どんな物が欲しいの?」
アパレル関係のショップが並んだ階で、私とゆきちゃんはお店を冷やかしつつ歩いていた。
「そうですね、ブラウスが欲しいと思っているんです。この間衣類の整理をして、暖色系が少なくなってきたので」
「じゃああっちのお店に寄ってみない? お姉ちゃんがね、好きなお店なんだ」
「かがみさんがですか? では、泉さんと二人で来られてることもあるかもしれませんね」
「来てるのかなあ……? う~ん、なんか想像しにくいような……」
「失礼だとは思いつつ、私もあまり想像できませんね……」
休日だからかもしれないけれど、まだ朝なのにお客さんは結構たくさんいた。
やっぱり私達は周りの人から、お友達か姉妹に見えてるんだろうな……本当は恋人ですなんて、誰も思っていないはず。
そういうことは本当はもっと気を引き締めないといけないはずなのに、なぜか私の気持ちは浮かれていた。
私とゆきちゃんとで秘密を共有してることも原因のひとつなのかもしれないけど、それよりも私は自慢したい気持ちだった。
ゆきちゃんみたいに素敵な人が、私の恋人なんだから。もちろん誰にも言わないけど、みんなに宣言したいくらい。
「あ、このパンプスかわいいー。でも私全然似合わないんだ」
「私もあまりはきませんね。いざはいても、私ではすぐに転んでしまいそうなので……」
「ゆきちゃん、ドレスとかと合わせたら似合いそうなのにね」
「つかささんも、ワンピースなどと合わせてみては……」
「ゆきちゃんきっとすごく綺麗だよ」
「つかささんも絶対すごく可愛らしいですよ」
私達はすぐに褒めあいに進展する。私がゆきちゃんを褒めるのはわかるけど、私は褒められるところあまりないんだけどな……?
ブラウスを手にとって私が品定めをしていると、ゆきちゃんはちらちらと下着コーナーのほうを見ていた。
「下着買うの?」
「あっ、いえ……今日はさすがにやめておきます」
「また……サイズあわなくなったとか~?」
するとゆきちゃんは顔を真っ赤にして、それから小さく頷いた。大きくなっちゃったんだね……。
ゆきちゃんはピンクのブラウスと赤いニット帽、私はソックスとハンカチを買ってお店を出た。
「あの、つかささん……」
「なあに?」
「実は私……他に欲しいものがありまして」
「何が欲しいの?」
「その……つかささんのご迷惑になるとは思うんですけれど」
私の迷惑になる、ゆきちゃんの欲しいもの? 私には全然予想がつかなかった。
「ゆきちゃん、何が欲しいの?」
「実はですね、つかささんとペアになるものが欲しいんです」
「二人で一緒のものが欲しいの?」
「はい……あの、やっぱり恥ずかしいですよね?」
ゆきちゃんは申し訳なさそうに、どこか気恥ずかしそうに、私の顔を覗き込んできた。
そんなお願いに恥ずかしいとか迷惑だとか、私が思うわけがないよ、ゆきちゃん。ただ、少し驚いていた。
そういうことはいつも、私から口にするものだと思っていたから。私からしても、そのお願いは嬉しい限りで……。
「私も欲しいな……? ゆきちゃんとお揃いのもの」
「つかささん、よろしいんですか?」
「うん! じゃあ二人で一緒に探そっ」
なんだか駆け出したくなった。喜びが溢れてきて、身体が衝動的に動き出しそうになっていたから。
安心したような顔を見せたゆきちゃんは、少し前に進む私に引きずられるように歩いている。私のほうが嬉しいみたい。
「どんなのにしよっか」
「小物がいいのではないでしょうか。アクセサリーとかいかがでしょう?」
「あ、いいね。身に着けられるものだったら、いつでも思い出せるね」
「そうですね。いつでも……つかささんをそばに感じられます」
色々検討した結果、ペアリングにしようということになった。小物やアクセ関係のショップを二人で見て回る。
ガラスケースの中にきらりと光るシルバーリングを見付けた。いくつものハートが象られていて、ゆきちゃんに似合いそうな。
「ゆきちゃん、これなんか可愛いよ」
「本当ですね。つかささんにすごく似合いそうで……」
「うん。あっ、でもこれ……」
「お値段が……少々張りますね」
「……別のにしよっか」
「そうですね……」
シルバーで作られたリングはみんな、高校生が親からもらったお小遣いで買うにはちょっときついようなものばかりだった。
安いものでもひとつ六千円はする。せっかくのペアリングなんだからとも思ったんだけど、このあとのデートができなく……。
「つかささん、これなんかいいのではないですか?」
別のお店でゆきちゃんが手に取ったのは、木製の小さなリングだった。柄のないものからけばけばしい柄まである。
ひとつ千円から二千円。これなら手が届く。それに、私は木製の暖かな感じに惹かれちゃっていた。ゆきちゃんも同じみたい。
「あ、かわいいね。どの柄にしよっか」
「シンプルなのもいいですね」
「サイズもぴったりみたいだし……あっ、これ!」
「お気に入りの柄が見つかりましたか?」
私が手に取ったのは、シンプルに真っ赤に塗られたリングだった。それを指で弄んでみる。
「それが気に入りましたか? つかささんには少し、派手なようですけれど……」
「うん……そうだね。派手……だよね。別のにしようね」
「……」
ゆきちゃんは私がじっと見つめていたリングを手に取ると、にっこりと微笑んで……レジへと向かった。
「すみません、これを二ついただけますか?」
「ゆ、ゆきちゃん?」
二つの真っ赤なリングは、代金を支払われるとそのまま私達の小指に納まった。私は左手に、ゆきちゃんは右手に。
「少し疲れましたね。そこのベンチで休みましょうか?」
「うん……」
モールの所々に設置されている休憩用のベンチを指差しえ、自動販売機でジュースを買うと二人で腰掛けた。
「ねえ、ゆきちゃん……」
「はい、なんでしょう?」
「ペアリングなんだけど……ゆきちゃんはこの色でよかったの?」
「もちろんですよ。つかささんが選んだリングなのですから」
「うん……ありがとう」
「それにしても少し意外でした。つかささんは赤色がお好きなんですか?」
「ううん。そういうわけでもないんだけどね? ただ、これ……」
「何か特別な理由がある、とかでしょうか?」
私は迷った。このリングを選んだ本当の理由を言うべきかどうか。でも、ゆきちゃんがそれを知らないのは可哀想だし。
頬を染めて、私はこくりと頷いた。
「あのね、ゆきちゃん……笑わないで聞いてね?」
「はい」
「こうやって二人で小指に赤いリングつけてるとね……運命の赤い糸、みたいじゃない?」
「赤い糸、ですか?」
「うん……こういうの、お姉ちゃんからは『つかさって乙女だねー』とかってからかわれちゃうんだけど……。
昔から憧れだったんだ。私の運命の赤い糸が繋がってる人にいつか会えたらなって。恥ずかしい話なんだけどね。
これは糸じゃなくてリングだけど、その相手がゆきちゃんだったら、嬉しいなって思って……ダメ、かな?」
胸のうちを口にしながら、私は赤いリングを指で撫でていた。特別に綺麗でも可愛くもない、ただ赤いだけのリング。
ゆきちゃんにはどう思われたかな。変な子だと思われたらどうしよう。重いとか思われたら、ちょっとイヤだな。
「つかささん……」
「うん……」
「ペアリング……お互いにずっと、大事にしましょうね」
「……うん!」
私達はお互いのリングを優しくぶつけて、カチカチと音を鳴らした。まるで、リング同士が何度もキスするみたいに。
周りの人が不思議そうな目で見ていたけれど、全然気にはならなかった。私達の耳には、カチカチだけが聞こえる。
アパレル関係のショップが並んだ階で、私とゆきちゃんはお店を冷やかしつつ歩いていた。
「そうですね、ブラウスが欲しいと思っているんです。この間衣類の整理をして、暖色系が少なくなってきたので」
「じゃああっちのお店に寄ってみない? お姉ちゃんがね、好きなお店なんだ」
「かがみさんがですか? では、泉さんと二人で来られてることもあるかもしれませんね」
「来てるのかなあ……? う~ん、なんか想像しにくいような……」
「失礼だとは思いつつ、私もあまり想像できませんね……」
休日だからかもしれないけれど、まだ朝なのにお客さんは結構たくさんいた。
やっぱり私達は周りの人から、お友達か姉妹に見えてるんだろうな……本当は恋人ですなんて、誰も思っていないはず。
そういうことは本当はもっと気を引き締めないといけないはずなのに、なぜか私の気持ちは浮かれていた。
私とゆきちゃんとで秘密を共有してることも原因のひとつなのかもしれないけど、それよりも私は自慢したい気持ちだった。
ゆきちゃんみたいに素敵な人が、私の恋人なんだから。もちろん誰にも言わないけど、みんなに宣言したいくらい。
「あ、このパンプスかわいいー。でも私全然似合わないんだ」
「私もあまりはきませんね。いざはいても、私ではすぐに転んでしまいそうなので……」
「ゆきちゃん、ドレスとかと合わせたら似合いそうなのにね」
「つかささんも、ワンピースなどと合わせてみては……」
「ゆきちゃんきっとすごく綺麗だよ」
「つかささんも絶対すごく可愛らしいですよ」
私達はすぐに褒めあいに進展する。私がゆきちゃんを褒めるのはわかるけど、私は褒められるところあまりないんだけどな……?
ブラウスを手にとって私が品定めをしていると、ゆきちゃんはちらちらと下着コーナーのほうを見ていた。
「下着買うの?」
「あっ、いえ……今日はさすがにやめておきます」
「また……サイズあわなくなったとか~?」
するとゆきちゃんは顔を真っ赤にして、それから小さく頷いた。大きくなっちゃったんだね……。
ゆきちゃんはピンクのブラウスと赤いニット帽、私はソックスとハンカチを買ってお店を出た。
「あの、つかささん……」
「なあに?」
「実は私……他に欲しいものがありまして」
「何が欲しいの?」
「その……つかささんのご迷惑になるとは思うんですけれど」
私の迷惑になる、ゆきちゃんの欲しいもの? 私には全然予想がつかなかった。
「ゆきちゃん、何が欲しいの?」
「実はですね、つかささんとペアになるものが欲しいんです」
「二人で一緒のものが欲しいの?」
「はい……あの、やっぱり恥ずかしいですよね?」
ゆきちゃんは申し訳なさそうに、どこか気恥ずかしそうに、私の顔を覗き込んできた。
そんなお願いに恥ずかしいとか迷惑だとか、私が思うわけがないよ、ゆきちゃん。ただ、少し驚いていた。
そういうことはいつも、私から口にするものだと思っていたから。私からしても、そのお願いは嬉しい限りで……。
「私も欲しいな……? ゆきちゃんとお揃いのもの」
「つかささん、よろしいんですか?」
「うん! じゃあ二人で一緒に探そっ」
なんだか駆け出したくなった。喜びが溢れてきて、身体が衝動的に動き出しそうになっていたから。
安心したような顔を見せたゆきちゃんは、少し前に進む私に引きずられるように歩いている。私のほうが嬉しいみたい。
「どんなのにしよっか」
「小物がいいのではないでしょうか。アクセサリーとかいかがでしょう?」
「あ、いいね。身に着けられるものだったら、いつでも思い出せるね」
「そうですね。いつでも……つかささんをそばに感じられます」
色々検討した結果、ペアリングにしようということになった。小物やアクセ関係のショップを二人で見て回る。
ガラスケースの中にきらりと光るシルバーリングを見付けた。いくつものハートが象られていて、ゆきちゃんに似合いそうな。
「ゆきちゃん、これなんか可愛いよ」
「本当ですね。つかささんにすごく似合いそうで……」
「うん。あっ、でもこれ……」
「お値段が……少々張りますね」
「……別のにしよっか」
「そうですね……」
シルバーで作られたリングはみんな、高校生が親からもらったお小遣いで買うにはちょっときついようなものばかりだった。
安いものでもひとつ六千円はする。せっかくのペアリングなんだからとも思ったんだけど、このあとのデートができなく……。
「つかささん、これなんかいいのではないですか?」
別のお店でゆきちゃんが手に取ったのは、木製の小さなリングだった。柄のないものからけばけばしい柄まである。
ひとつ千円から二千円。これなら手が届く。それに、私は木製の暖かな感じに惹かれちゃっていた。ゆきちゃんも同じみたい。
「あ、かわいいね。どの柄にしよっか」
「シンプルなのもいいですね」
「サイズもぴったりみたいだし……あっ、これ!」
「お気に入りの柄が見つかりましたか?」
私が手に取ったのは、シンプルに真っ赤に塗られたリングだった。それを指で弄んでみる。
「それが気に入りましたか? つかささんには少し、派手なようですけれど……」
「うん……そうだね。派手……だよね。別のにしようね」
「……」
ゆきちゃんは私がじっと見つめていたリングを手に取ると、にっこりと微笑んで……レジへと向かった。
「すみません、これを二ついただけますか?」
「ゆ、ゆきちゃん?」
二つの真っ赤なリングは、代金を支払われるとそのまま私達の小指に納まった。私は左手に、ゆきちゃんは右手に。
「少し疲れましたね。そこのベンチで休みましょうか?」
「うん……」
モールの所々に設置されている休憩用のベンチを指差しえ、自動販売機でジュースを買うと二人で腰掛けた。
「ねえ、ゆきちゃん……」
「はい、なんでしょう?」
「ペアリングなんだけど……ゆきちゃんはこの色でよかったの?」
「もちろんですよ。つかささんが選んだリングなのですから」
「うん……ありがとう」
「それにしても少し意外でした。つかささんは赤色がお好きなんですか?」
「ううん。そういうわけでもないんだけどね? ただ、これ……」
「何か特別な理由がある、とかでしょうか?」
私は迷った。このリングを選んだ本当の理由を言うべきかどうか。でも、ゆきちゃんがそれを知らないのは可哀想だし。
頬を染めて、私はこくりと頷いた。
「あのね、ゆきちゃん……笑わないで聞いてね?」
「はい」
「こうやって二人で小指に赤いリングつけてるとね……運命の赤い糸、みたいじゃない?」
「赤い糸、ですか?」
「うん……こういうの、お姉ちゃんからは『つかさって乙女だねー』とかってからかわれちゃうんだけど……。
昔から憧れだったんだ。私の運命の赤い糸が繋がってる人にいつか会えたらなって。恥ずかしい話なんだけどね。
これは糸じゃなくてリングだけど、その相手がゆきちゃんだったら、嬉しいなって思って……ダメ、かな?」
胸のうちを口にしながら、私は赤いリングを指で撫でていた。特別に綺麗でも可愛くもない、ただ赤いだけのリング。
ゆきちゃんにはどう思われたかな。変な子だと思われたらどうしよう。重いとか思われたら、ちょっとイヤだな。
「つかささん……」
「うん……」
「ペアリング……お互いにずっと、大事にしましょうね」
「……うん!」
私達はお互いのリングを優しくぶつけて、カチカチと音を鳴らした。まるで、リング同士が何度もキスするみたいに。
周りの人が不思議そうな目で見ていたけれど、全然気にはならなかった。私達の耳には、カチカチだけが聞こえる。
*
PM 12:13
「そろそろお昼にしましょうか」
モールから出た私達は、湾岸近くの公園を歩いていた。売り子のワゴンがいろんなところに止まっている。
「あ、今日はお弁当作ってきたんだよー」
「そうなんですか? ありがとうございます。つかささんは、お料理がお上手ですからね」
「あのね、サンドイッチとね、ミートボールとね、それからそれから……」
港が見える欄干近くのベンチに座って、私はトートバックから取り出したバスケットを開けた。
色とりどりに盛られたお弁当。いつもよりちょっと気合を入れてみたり……。
「このサンドイッチ、とても美味しいですね。レタスにかかったソースのほのかな酸味が……」
「それね、バルサミコ酢使ってるんだよー」
「このミートボール、とても美味しいですね。お肉がやわらかくて」
「それね、バルサミコ酢使ってるんだよー」
「このリンゴはうさぎの形をしていますね。お上手です」
「それね、バルサミコ酢使ってるんだよー」
「私ももっと、お勉強しないといけませんね」
「ねえ、ゆきちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「……はい、あーん」
フォークに刺したミートボールをゆきちゃんに向ける。ゆきちゃんは頬をぽっと染めると、そっとそれを口にした。
「……つかささん、お返しです。はい、あーん……」
モールから出た私達は、湾岸近くの公園を歩いていた。売り子のワゴンがいろんなところに止まっている。
「あ、今日はお弁当作ってきたんだよー」
「そうなんですか? ありがとうございます。つかささんは、お料理がお上手ですからね」
「あのね、サンドイッチとね、ミートボールとね、それからそれから……」
港が見える欄干近くのベンチに座って、私はトートバックから取り出したバスケットを開けた。
色とりどりに盛られたお弁当。いつもよりちょっと気合を入れてみたり……。
「このサンドイッチ、とても美味しいですね。レタスにかかったソースのほのかな酸味が……」
「それね、バルサミコ酢使ってるんだよー」
「このミートボール、とても美味しいですね。お肉がやわらかくて」
「それね、バルサミコ酢使ってるんだよー」
「このリンゴはうさぎの形をしていますね。お上手です」
「それね、バルサミコ酢使ってるんだよー」
「私ももっと、お勉強しないといけませんね」
「ねえ、ゆきちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「……はい、あーん」
フォークに刺したミートボールをゆきちゃんに向ける。ゆきちゃんは頬をぽっと染めると、そっとそれを口にした。
「……つかささん、お返しです。はい、あーん……」
*
PM 13:20
遊園地へとやってきた私達。お化け屋敷には入らないよね? できれば絶叫ものも……。
「つかささん、メリーゴーラウンドに乗りませんか?」
「メリーゴーラウンド? これなら怖くないかもー」
「はい……あっ、でもすごい行列が」
「メ、メリーゴーラウンドなのに行列?」
「『世界一メルヘンチックなメリーゴーラウンド』と書いてありますね」
「どんだけ~……」
「どうします? 待ちますか?」
行列は思っていたよりも長くなかった。ゆきちゃん曰く、これなら三十分もすれば乗れるみたい。
私達は待つことにした。時間なら、まだまだたくさんあったから。それに、ゆきちゃんとなら長くないしね。
小指のリングをじっと眺めてみた。それから横目でゆきちゃんのリングを見ると、思わず顔がニヤけちゃう。
(おそろい……ゆきちゃんとおそろい……私、おっちょこちょいだから、これは大事に扱わなきゃ)
ゆきちゃんと目が合って、私達はまた小指のリングを優しくぶつけあう。よくわからないけど、クセになりそう。
「ゆきちゃん」
「はい、なんですか?」
「……えへへ、なんでもない」
「ふふ、変なつかささんですね」
「楽しいね」
「楽しいですね」
穏やかな時間が流れた。私達は微笑みあって、辺り障りのない話に盛りあがる。
ふと、お姉ちゃんやこなちゃんも私達のように、ありふれたような時間を幸せに感じているのかな、と考えてみた。
私が言うのもなんだケド、あの二人はぴったりだと思う。だから二人が付き合っているのを知ったときは嬉しかった。
私とゆきちゃんもああいう風になれるのかな。パズルがぴったりはまるように、完成した二人になれるのかな。
「そろそろ三十分経ったかなあ? でも行列全然動かないね」
「えと……今は15時30分ですね。……えっ!」
「あれ!? ゆきちゃん、私達、行列から弾かれてるよ!?」
「もしかして……私達は2時間近くもその場で立ちっぱなしだったみたいです」
「そんなぁ……全然気がつかなかったよー……」
「ごめんなさい、つかささん。私がぼーっとした性格なばかりに……」
「ううん、私もだよ……」
私の心配は無駄だったのかも。あんまり良い方向だとは思わないけど、すごく気が合ってるみたいで……。
「つかささん、メリーゴーラウンドに乗りませんか?」
「メリーゴーラウンド? これなら怖くないかもー」
「はい……あっ、でもすごい行列が」
「メ、メリーゴーラウンドなのに行列?」
「『世界一メルヘンチックなメリーゴーラウンド』と書いてありますね」
「どんだけ~……」
「どうします? 待ちますか?」
行列は思っていたよりも長くなかった。ゆきちゃん曰く、これなら三十分もすれば乗れるみたい。
私達は待つことにした。時間なら、まだまだたくさんあったから。それに、ゆきちゃんとなら長くないしね。
小指のリングをじっと眺めてみた。それから横目でゆきちゃんのリングを見ると、思わず顔がニヤけちゃう。
(おそろい……ゆきちゃんとおそろい……私、おっちょこちょいだから、これは大事に扱わなきゃ)
ゆきちゃんと目が合って、私達はまた小指のリングを優しくぶつけあう。よくわからないけど、クセになりそう。
「ゆきちゃん」
「はい、なんですか?」
「……えへへ、なんでもない」
「ふふ、変なつかささんですね」
「楽しいね」
「楽しいですね」
穏やかな時間が流れた。私達は微笑みあって、辺り障りのない話に盛りあがる。
ふと、お姉ちゃんやこなちゃんも私達のように、ありふれたような時間を幸せに感じているのかな、と考えてみた。
私が言うのもなんだケド、あの二人はぴったりだと思う。だから二人が付き合っているのを知ったときは嬉しかった。
私とゆきちゃんもああいう風になれるのかな。パズルがぴったりはまるように、完成した二人になれるのかな。
「そろそろ三十分経ったかなあ? でも行列全然動かないね」
「えと……今は15時30分ですね。……えっ!」
「あれ!? ゆきちゃん、私達、行列から弾かれてるよ!?」
「もしかして……私達は2時間近くもその場で立ちっぱなしだったみたいです」
「そんなぁ……全然気がつかなかったよー……」
「ごめんなさい、つかささん。私がぼーっとした性格なばかりに……」
「ううん、私もだよ……」
私の心配は無駄だったのかも。あんまり良い方向だとは思わないけど、すごく気が合ってるみたいで……。
*
PM 16:35
遊園地を出て、もう一度湾岸近くの公園まできた私達。
結局、遊園地ではほとんど遊べなかったけど、それなりに満足していた。ゆきちゃんといれば、アクシデントも面白い。
ゆきちゃんもそれは一緒だったみたいで、私達はずっと笑顔のままだった。そばにいるだけで十分すぎた。
「冷え込んできましたね」
「もうすぐ夕方だからねー」
「この季節は外が暗くなるのが早いですからね。できるだけ早く帰るようにしないといけませんね」
「うん……そっかあ。もうそんな時間になろうとしてるんだね」
二度と会えなくなるわけでもないのに、ゆきちゃんとの別れはいつも気持ちを暗くさせる。
本当はもっと明るい気持ちで別れたいのに、寂しがり屋の私はこういうときにダメな方向に傾いちゃう。
でも今日は、明るく別れるために……やらないといけないことがあった。昨日からずっと、決心していたこと。
(今日はきちんとお願いしないと)
売り子のワゴンが消えた公園を、二人で並んで歩く。寒さがますます増して、頬を突き刺してくる。
私とゆきちゃんの間なら、もうそれほど心配はいらないはず。私は息を大きく吐いた。
「ね、ゆきちゃん」
「はい、なんですか?」
「あのね……」
「あれーw お姉ちゃん達ふたりっきりでなにしてんのーwww」
私の声を邪魔したのは、男の人の野太いダミ声。私達は驚いて振りかえった。
「お、このねーちゃんいいスタイルしてんじゃんwwww」
「俺はこっちの子がタイプだなーw 俺貧乳好きだしwwww」
「うはwwww おめー変態だべwwww 超ヤバイじゃんwwww」
ニヤニヤして私達に近付いてきたのは、ガラの悪そうな男の人三人組。ダボダボの服に真っ金々の髪型、ピアス。
人を見た目で判断しちゃいけないってわかっているケド、これはいわゆる『不良』の人達……。
「こんなところで女の子二人で危ないよーwwww それともナンパ待ち?wwww」
「こんな真面目そうな子がかよwwww うはwwww」
「ゆきちゃん……この人達、怖いよ」
「は、はい……ここはひとまず、逃げましょう」
私達に緊張が走る。ゆきちゃんも不安になっていることが、私にもわかった。足がすくんでしまいそうになる。
それでも、私はゆきちゃんに肩を押されて、男の人達に関わらないようにその場から離れようとした。けど……。
「ちょっと待ってってばwwww 一緒に遊ぼうよwwww」
「無視すんなよwwww お高くとまってんじゃねーぞwwwww」
「すみません……やめていただけますか」
「やめていただけますか、だってよwwww お嬢さまだぜこの子wwww」
「マジかよラッキーwwww ほら、遊ぼうよってwwww」
「つかささん、走りましょう」
「えっ、うん」
私達はばっと駆け出した。後ろの三人組は、しつこく私達を追ってくる。こんなときに限って、公園は人影がなかった。
ゆきちゃんの足の早さなら、私達は逃げられたかもしれなかった。問題は私の足だった。すぐに息が上がって、足元がふらつく。
「つかささん、大丈夫ですか!」
ゆきちゃんは私に合わせようとしてくれていた。その間にも三人組との距離はどんどん縮まっていった。
「はい、おいついたwwwww」
「ひゃーはーwwww」
気が付けば三人組は私達の前に再び立ちはだかっていた。一人の手がゆきちゃんの右手を掴む。
「痛っ……や、やめてください! 人を呼びますよ!」
「今誰もいないしwwww」
「ゆきちゃん! お、お願いだからゆきちゃんを離して!」
「お嬢ちゃんは俺と遊ぼうやwwwww」
「や、やだっ、やだよぉっ!」
もう一人の手が私の手に伸びてきた。掴まれそうになったけれど、私はそれを必死に振り払った。
「痛ぇwwww 何すんだこのガキwwww」
肩に衝撃が走って、私の身体が後ろに飛んだ。突き飛ばされていた。
「つかささん!!」
私の身体が転がった。地面に手を引きずって、視界がぐるぐると回る。ゆきちゃんの叫び声が聞こえる。
「つかささん、つかささん! 大丈夫ですか!」
掴まれえいた手を振りほどいたゆきちゃんが、私に近付いてくる。私は気絶だけはしないですんだみたいだった。
「う……痛いよぉ……うっ」
「……!」
地面を激しく引きずった私の左手は大きく擦りむいて、血が流れていた。ゆきちゃんの目がかっと見開く。
「あ……」
怪我はとても痛くて、たしかにショックだった。でもそれ以上に、私にショックを与えるものがあった。
真っ赤なペアリングが地面にぶつかって擦れたせいで、真っ二つに割れてしまっていた。
「リ、リング……」
「つかささん! 大変です、つかささんが怪我を……!」
「ゆきちゃんとお揃いのリング……」
「つかささんが怪我を……つかささんが怪我を……つかささんが怪我を……つかささんが怪我を……!」
ゆきちゃんの身体からゴゴゴゴという音がする。瞳がギラギラと光っていて、髪の毛が少し逆立っていた。
それよりも私の心を支配していたのは、傷の痛みよりもリングをなくした悲しみだった。
どん底に突き落とされたような気持ちだった。ゆきちゃんの周りの景色が、陽炎のように揺れている。
「つかささんが怪我をつかささんが怪我をつかささんが怪我をつかささんが怪我をつかささんが怪我を」
「どうしよう、リングが……ゆきちゃんとお揃いのリングが……」
「暴れるから怪我するんじゃんwwww おとなしくしてれば痛い目みないってwwww」
「……つかささん」
私の前に現われたのは、さっきとは違って優しい笑みを浮かべたゆきちゃん。その手がそっと、私の頬に伸びる。
「申し訳ありませんが……三分、いえ、一分だけでも構いません。目を閉じて、耳を塞いでもらえますか?」
「えっ……う、うん」
ゆきちゃんがいつもの穏やかな笑顔でそう言ったから、私はその瞬間に自然と恐怖とショックを忘れられていた。
言われるがままに目をしっかりと閉じて、両手で耳を塞ぐ。もちろん何も見えないし、何も聞こえなかった。
でもゆきちゃん、どうする気なんだろう。一人じゃ危ないよ? あとで警察の人、呼んでこなきゃ……!
「お、ねーちゃんw 俺らと遊ぶ気になったか?www だったらちょっと付きあわびゅ」
結局、遊園地ではほとんど遊べなかったけど、それなりに満足していた。ゆきちゃんといれば、アクシデントも面白い。
ゆきちゃんもそれは一緒だったみたいで、私達はずっと笑顔のままだった。そばにいるだけで十分すぎた。
「冷え込んできましたね」
「もうすぐ夕方だからねー」
「この季節は外が暗くなるのが早いですからね。できるだけ早く帰るようにしないといけませんね」
「うん……そっかあ。もうそんな時間になろうとしてるんだね」
二度と会えなくなるわけでもないのに、ゆきちゃんとの別れはいつも気持ちを暗くさせる。
本当はもっと明るい気持ちで別れたいのに、寂しがり屋の私はこういうときにダメな方向に傾いちゃう。
でも今日は、明るく別れるために……やらないといけないことがあった。昨日からずっと、決心していたこと。
(今日はきちんとお願いしないと)
売り子のワゴンが消えた公園を、二人で並んで歩く。寒さがますます増して、頬を突き刺してくる。
私とゆきちゃんの間なら、もうそれほど心配はいらないはず。私は息を大きく吐いた。
「ね、ゆきちゃん」
「はい、なんですか?」
「あのね……」
「あれーw お姉ちゃん達ふたりっきりでなにしてんのーwww」
私の声を邪魔したのは、男の人の野太いダミ声。私達は驚いて振りかえった。
「お、このねーちゃんいいスタイルしてんじゃんwwww」
「俺はこっちの子がタイプだなーw 俺貧乳好きだしwwww」
「うはwwww おめー変態だべwwww 超ヤバイじゃんwwww」
ニヤニヤして私達に近付いてきたのは、ガラの悪そうな男の人三人組。ダボダボの服に真っ金々の髪型、ピアス。
人を見た目で判断しちゃいけないってわかっているケド、これはいわゆる『不良』の人達……。
「こんなところで女の子二人で危ないよーwwww それともナンパ待ち?wwww」
「こんな真面目そうな子がかよwwww うはwwww」
「ゆきちゃん……この人達、怖いよ」
「は、はい……ここはひとまず、逃げましょう」
私達に緊張が走る。ゆきちゃんも不安になっていることが、私にもわかった。足がすくんでしまいそうになる。
それでも、私はゆきちゃんに肩を押されて、男の人達に関わらないようにその場から離れようとした。けど……。
「ちょっと待ってってばwwww 一緒に遊ぼうよwwww」
「無視すんなよwwww お高くとまってんじゃねーぞwwwww」
「すみません……やめていただけますか」
「やめていただけますか、だってよwwww お嬢さまだぜこの子wwww」
「マジかよラッキーwwww ほら、遊ぼうよってwwww」
「つかささん、走りましょう」
「えっ、うん」
私達はばっと駆け出した。後ろの三人組は、しつこく私達を追ってくる。こんなときに限って、公園は人影がなかった。
ゆきちゃんの足の早さなら、私達は逃げられたかもしれなかった。問題は私の足だった。すぐに息が上がって、足元がふらつく。
「つかささん、大丈夫ですか!」
ゆきちゃんは私に合わせようとしてくれていた。その間にも三人組との距離はどんどん縮まっていった。
「はい、おいついたwwwww」
「ひゃーはーwwww」
気が付けば三人組は私達の前に再び立ちはだかっていた。一人の手がゆきちゃんの右手を掴む。
「痛っ……や、やめてください! 人を呼びますよ!」
「今誰もいないしwwww」
「ゆきちゃん! お、お願いだからゆきちゃんを離して!」
「お嬢ちゃんは俺と遊ぼうやwwwww」
「や、やだっ、やだよぉっ!」
もう一人の手が私の手に伸びてきた。掴まれそうになったけれど、私はそれを必死に振り払った。
「痛ぇwwww 何すんだこのガキwwww」
肩に衝撃が走って、私の身体が後ろに飛んだ。突き飛ばされていた。
「つかささん!!」
私の身体が転がった。地面に手を引きずって、視界がぐるぐると回る。ゆきちゃんの叫び声が聞こえる。
「つかささん、つかささん! 大丈夫ですか!」
掴まれえいた手を振りほどいたゆきちゃんが、私に近付いてくる。私は気絶だけはしないですんだみたいだった。
「う……痛いよぉ……うっ」
「……!」
地面を激しく引きずった私の左手は大きく擦りむいて、血が流れていた。ゆきちゃんの目がかっと見開く。
「あ……」
怪我はとても痛くて、たしかにショックだった。でもそれ以上に、私にショックを与えるものがあった。
真っ赤なペアリングが地面にぶつかって擦れたせいで、真っ二つに割れてしまっていた。
「リ、リング……」
「つかささん! 大変です、つかささんが怪我を……!」
「ゆきちゃんとお揃いのリング……」
「つかささんが怪我を……つかささんが怪我を……つかささんが怪我を……つかささんが怪我を……!」
ゆきちゃんの身体からゴゴゴゴという音がする。瞳がギラギラと光っていて、髪の毛が少し逆立っていた。
それよりも私の心を支配していたのは、傷の痛みよりもリングをなくした悲しみだった。
どん底に突き落とされたような気持ちだった。ゆきちゃんの周りの景色が、陽炎のように揺れている。
「つかささんが怪我をつかささんが怪我をつかささんが怪我をつかささんが怪我をつかささんが怪我を」
「どうしよう、リングが……ゆきちゃんとお揃いのリングが……」
「暴れるから怪我するんじゃんwwww おとなしくしてれば痛い目みないってwwww」
「……つかささん」
私の前に現われたのは、さっきとは違って優しい笑みを浮かべたゆきちゃん。その手がそっと、私の頬に伸びる。
「申し訳ありませんが……三分、いえ、一分だけでも構いません。目を閉じて、耳を塞いでもらえますか?」
「えっ……う、うん」
ゆきちゃんがいつもの穏やかな笑顔でそう言ったから、私はその瞬間に自然と恐怖とショックを忘れられていた。
言われるがままに目をしっかりと閉じて、両手で耳を塞ぐ。もちろん何も見えないし、何も聞こえなかった。
でもゆきちゃん、どうする気なんだろう。一人じゃ危ないよ? あとで警察の人、呼んでこなきゃ……!
「お、ねーちゃんw 俺らと遊ぶ気になったか?www だったらちょっと付きあわびゅ」
*
PM 17:15
薬局から戻ってきたゆきちゃんは、包帯とバンソーコと消毒液が入った紙袋を抱えていた。
私が目を閉じている間に、問題がおさまっていたみたいで……ていうより目を開けたら別の場所にいて……。
最初は少し混乱していたケド、ゆきちゃんが優しい言葉をかけてくれたから、今はこうして落ち着ける。
「少し染みますよ」
「うん……んー!」
ゆきちゃんは私の怪我した左手に消毒液を塗ってくれたあとに、バンソーコと包帯で応急処置を施してくれた。
まだズキズキと痛みはあった。それは左手だけじゃない。しっかりと私の心は、苦しみを訴えていた。
「とんだアクシデントに見舞われてしまいましたね」
「うん……怖かったね」
「今日のことは早く忘れるようにしましょう……手の怪我だけで済んで、幸いと思えるぐらいには」
「忘れられないよ……今日は、ゆきちゃんとの楽しい思い出もあったんだもん」
ゆきちゃんだって怖いに違いなくて、私はそれを感じるたびにやるせなくなった。
忘れられないと言っても、今日のことは思い出すだけで夜も眠れなくなりそうだった。
お姉ちゃん達やお父さん、お母さんには話さないようにしよう。余計な心配は、かけたくなかったから……。
「今日はもう帰りましょうか。その怪我も、きちんと治療しなければいけませんし……」
そう言うと、ゆきちゃんの右手が私の左手をそっと包むように触れた。私の視界に映ったのは、小指の真っ赤なリング。
(あっ、だめ……!)
私の頭の中に、あの真っ二つに割れたリングの姿が蘇って……我慢していたものが、ついに溢れてしまった。
「……ううー、ひっ、うわああん」
「つかささん!?」
突然の私の涙に、ゆきちゃんは驚いていた。これ以上ゆきちゃんを困らせたくなかったのに……それでも止まらない。
「ごめんね、ゆきちゃん……泣きたくないのに、ごめ、ひっ、ごめんね」
「き、傷が痛むんですか?」
「リング……壊れちゃった……」
「……リングですか?」
「ゆきちゃんとのお揃いのリング、ずっと大事にしようって思ってたのに……二人が繋がってる証だったのに……。
運命の赤い糸なのに、私、ぐすっ……すぐに壊しちゃった……ごめんね、ゆきちゃん……ごめんね……。
私達の赤い糸、なくなっちゃった……ひっ、ゆきちゃん、本当にごめんね……あくっ、赤い糸……うわああああん」
本当にごめんね、ゆきちゃん。リングを壊しちゃったどころか、最後まで困らせちゃって。
だから私はゆきちゃんの顔をまともに見れなくて、手の痛みも心のズキズキもおさまらなくて、ただただ泣き続けた。
するとゆきちゃんは私の頭を包み込むようにそっと抱えて……自分の胸に優しく押し付けてくれた。
「つかささんのせいじゃありませんよ。だから、泣かないでください」
「でも、ペアリングはゆきちゃんのお願いだったし……」
「リングならいつでも買えます。でも私は、リングが無くなることよりつかささんが泣いてるほうが悲しいです。
つかささんが自分を責めて泣いていると、私まで泣きたくなってしまいます。つかささんは何も悪くないんですよ」
「でも私、不安だよ。怖いよ。私達の赤い糸、簡単に壊れちゃうんだもん」
「……そうですね。ちょっと待ってください」
私を引き離すと、ゆきちゃんはバックからショップの袋を取り出して、中から『それ』を取り出した。
モールでゆきちゃんが買った、赤いニット帽だった。ゆきちゃんは手早く毛糸を一本引き抜くと、
片方を自分の左手の小指に巻きつけて、もう片方を私の右手の小指に巻きつけた。
「ゆきちゃん?」
「よろしいですか、つかささん」
「……うん」
「目に見えるだけの赤い糸は、いつだって消えたり無くなったりします。これもハサミで切ってしまえばおしまいです。
でも私はこの糸が切れても、つかささんとの繋がりあった心が切れているとは思いません。……これではダメですか?」
涙でぐしゃぐしゃになった私の顔をまっすぐに見詰めるゆきちゃんの目はすごく優しくて、でもとても力強くて。
……私、この優しさを好きになったんだ。それを思いだして、気が付けば涙が嘘のように引っ込んでしまって。
「……ダメじゃないよ。私、まだゆきちゃんと繋がってる」
私達は小指に巻き付けた糸だけで触れ合ったままで、夕暮れの風に吹かれていた。涙はもう渇ききっていて……。
「ゆきちゃん、あのね」
「はい、なんですか?」
「今日ね、ゆきちゃんにお願いがあったんだ」
「お願い?」
「手、繋ぎたかったの」
「……手、ですか?」
「ふたりっきりのときはよく繋いでるけど、お外とか人がいっぱいいるところだと、つないだことなかったでしょ?
ふたりとも周りの目を気にしていたから……でも今日こそは、外でゆきちゃんと手を繋ぎたいなって思って。
私はどんな風に見られてもいいけど、ゆきちゃんまではそうはいかないから……で、でもゆきちゃんがよかったら」
私がそれを言い終えない内に、寂しんぼの手のひらに温もりが伝わってきた。離れなくなりそうなくらいにぎゅっと。
「ゆきちゃんの手、暖かいね」
「つかささんの手も、とても暖かいですよ」
目に見える赤い糸の欠点を、私はもうひとつ見つけた。すぐに消えたり壊れたりするだけじゃない。
そこでしか、それでしか触れ合えないっていうこと。その糸の長さだけ、私とゆきちゃんに距離が生まれる。
でも今の私とゆきちゃんはたしかに触れ合って、手が固く結ばれるたびに目に見えない赤い糸もきっと強く結ばれている。
私達の距離はゼロになった。きっとこれから先もずっと、たとえ遠い場所にいても、ゼロのままでいる。
「そろそろ帰りましょうか」
「うん……このままでもいい?」
「はい、もちろんですよ」
「離さないでね?」
「離れないでくださいね」
「うん!」
私が目を閉じている間に、問題がおさまっていたみたいで……ていうより目を開けたら別の場所にいて……。
最初は少し混乱していたケド、ゆきちゃんが優しい言葉をかけてくれたから、今はこうして落ち着ける。
「少し染みますよ」
「うん……んー!」
ゆきちゃんは私の怪我した左手に消毒液を塗ってくれたあとに、バンソーコと包帯で応急処置を施してくれた。
まだズキズキと痛みはあった。それは左手だけじゃない。しっかりと私の心は、苦しみを訴えていた。
「とんだアクシデントに見舞われてしまいましたね」
「うん……怖かったね」
「今日のことは早く忘れるようにしましょう……手の怪我だけで済んで、幸いと思えるぐらいには」
「忘れられないよ……今日は、ゆきちゃんとの楽しい思い出もあったんだもん」
ゆきちゃんだって怖いに違いなくて、私はそれを感じるたびにやるせなくなった。
忘れられないと言っても、今日のことは思い出すだけで夜も眠れなくなりそうだった。
お姉ちゃん達やお父さん、お母さんには話さないようにしよう。余計な心配は、かけたくなかったから……。
「今日はもう帰りましょうか。その怪我も、きちんと治療しなければいけませんし……」
そう言うと、ゆきちゃんの右手が私の左手をそっと包むように触れた。私の視界に映ったのは、小指の真っ赤なリング。
(あっ、だめ……!)
私の頭の中に、あの真っ二つに割れたリングの姿が蘇って……我慢していたものが、ついに溢れてしまった。
「……ううー、ひっ、うわああん」
「つかささん!?」
突然の私の涙に、ゆきちゃんは驚いていた。これ以上ゆきちゃんを困らせたくなかったのに……それでも止まらない。
「ごめんね、ゆきちゃん……泣きたくないのに、ごめ、ひっ、ごめんね」
「き、傷が痛むんですか?」
「リング……壊れちゃった……」
「……リングですか?」
「ゆきちゃんとのお揃いのリング、ずっと大事にしようって思ってたのに……二人が繋がってる証だったのに……。
運命の赤い糸なのに、私、ぐすっ……すぐに壊しちゃった……ごめんね、ゆきちゃん……ごめんね……。
私達の赤い糸、なくなっちゃった……ひっ、ゆきちゃん、本当にごめんね……あくっ、赤い糸……うわああああん」
本当にごめんね、ゆきちゃん。リングを壊しちゃったどころか、最後まで困らせちゃって。
だから私はゆきちゃんの顔をまともに見れなくて、手の痛みも心のズキズキもおさまらなくて、ただただ泣き続けた。
するとゆきちゃんは私の頭を包み込むようにそっと抱えて……自分の胸に優しく押し付けてくれた。
「つかささんのせいじゃありませんよ。だから、泣かないでください」
「でも、ペアリングはゆきちゃんのお願いだったし……」
「リングならいつでも買えます。でも私は、リングが無くなることよりつかささんが泣いてるほうが悲しいです。
つかささんが自分を責めて泣いていると、私まで泣きたくなってしまいます。つかささんは何も悪くないんですよ」
「でも私、不安だよ。怖いよ。私達の赤い糸、簡単に壊れちゃうんだもん」
「……そうですね。ちょっと待ってください」
私を引き離すと、ゆきちゃんはバックからショップの袋を取り出して、中から『それ』を取り出した。
モールでゆきちゃんが買った、赤いニット帽だった。ゆきちゃんは手早く毛糸を一本引き抜くと、
片方を自分の左手の小指に巻きつけて、もう片方を私の右手の小指に巻きつけた。
「ゆきちゃん?」
「よろしいですか、つかささん」
「……うん」
「目に見えるだけの赤い糸は、いつだって消えたり無くなったりします。これもハサミで切ってしまえばおしまいです。
でも私はこの糸が切れても、つかささんとの繋がりあった心が切れているとは思いません。……これではダメですか?」
涙でぐしゃぐしゃになった私の顔をまっすぐに見詰めるゆきちゃんの目はすごく優しくて、でもとても力強くて。
……私、この優しさを好きになったんだ。それを思いだして、気が付けば涙が嘘のように引っ込んでしまって。
「……ダメじゃないよ。私、まだゆきちゃんと繋がってる」
私達は小指に巻き付けた糸だけで触れ合ったままで、夕暮れの風に吹かれていた。涙はもう渇ききっていて……。
「ゆきちゃん、あのね」
「はい、なんですか?」
「今日ね、ゆきちゃんにお願いがあったんだ」
「お願い?」
「手、繋ぎたかったの」
「……手、ですか?」
「ふたりっきりのときはよく繋いでるけど、お外とか人がいっぱいいるところだと、つないだことなかったでしょ?
ふたりとも周りの目を気にしていたから……でも今日こそは、外でゆきちゃんと手を繋ぎたいなって思って。
私はどんな風に見られてもいいけど、ゆきちゃんまではそうはいかないから……で、でもゆきちゃんがよかったら」
私がそれを言い終えない内に、寂しんぼの手のひらに温もりが伝わってきた。離れなくなりそうなくらいにぎゅっと。
「ゆきちゃんの手、暖かいね」
「つかささんの手も、とても暖かいですよ」
目に見える赤い糸の欠点を、私はもうひとつ見つけた。すぐに消えたり壊れたりするだけじゃない。
そこでしか、それでしか触れ合えないっていうこと。その糸の長さだけ、私とゆきちゃんに距離が生まれる。
でも今の私とゆきちゃんはたしかに触れ合って、手が固く結ばれるたびに目に見えない赤い糸もきっと強く結ばれている。
私達の距離はゼロになった。きっとこれから先もずっと、たとえ遠い場所にいても、ゼロのままでいる。
「そろそろ帰りましょうか」
「うん……このままでもいい?」
「はい、もちろんですよ」
「離さないでね?」
「離れないでくださいね」
「うん!」
*
「ぶっそうな事件もあったものねー」
「なにがあったの、お姉ちゃん?」
「たまには新聞も読みなさいよ、つかさ。『湾岸近くの公園で暴行事件発生。被害者は男性三人組で全治半年の重体。
うわごとのように鬼が来る、鬼が来ると呟いており、現場はおびただしい血痕と台風が去った後のような荒れ様』
ですって。この現場って、昨日あんたがみゆきとデートした場所の近くでしょ? 巻き込まれなくてよかったわね」
「わあ、怖いねー。そういえばお姉ちゃん、今週はこなちゃんとデートしないんだね?」
「ああ。なんかバイトが変なイベントがどうとかで忙しいみたいなのよ。まあ仕方ないわよね」
「お姉ちゃん、寂しくないの?」
「だ、誰が! 全然、寂しくなんか……ないわよ……」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんとこなちゃんの赤い糸、切れてないよ!」
「……は?」
「なにがあったの、お姉ちゃん?」
「たまには新聞も読みなさいよ、つかさ。『湾岸近くの公園で暴行事件発生。被害者は男性三人組で全治半年の重体。
うわごとのように鬼が来る、鬼が来ると呟いており、現場はおびただしい血痕と台風が去った後のような荒れ様』
ですって。この現場って、昨日あんたがみゆきとデートした場所の近くでしょ? 巻き込まれなくてよかったわね」
「わあ、怖いねー。そういえばお姉ちゃん、今週はこなちゃんとデートしないんだね?」
「ああ。なんかバイトが変なイベントがどうとかで忙しいみたいなのよ。まあ仕方ないわよね」
「お姉ちゃん、寂しくないの?」
「だ、誰が! 全然、寂しくなんか……ないわよ……」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんとこなちゃんの赤い糸、切れてないよ!」
「……は?」
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- みゆきが修羅に!人の恋路を邪魔する
クズ男君達に、鉄拳制裁! -- チャムチロ (2012-09-19 08:18:45) - みゆきさん強すぎワラタw実際怒ったら怖いという設定だし、マジでこんな感じなのかもw
さりげなくつかさのバルサミコ酢もしつこいw
-- アオキ (2012-03-04 03:32:28) - 愛する人のためなら菩薩も明王に変化しますか…
つかさ愛されてるなぁ… -- 名無しさん (2009-02-06 10:46:43) - みwiki覚醒wwwww
こういうほのぼのカポーはええなぁ… -- 名無しさん (2008-12-29 00:29:12) - 空気を読めないバカ三人には軽すぎるお仕置きだと思いました(ぇ
GJです -- 名無しさん (2008-09-17 14:58:46) - 3人に黙祷 -- 名無しさん (2008-08-04 02:41:57)
- 珍しくバルサミコ酢の使い方が正しいですね。
それにしてもみうぃきつぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
-- みみなし (2008-04-25 11:58:04) - 感動しました! -- 名無しさん (2008-02-04 02:48:20)
- ええ話や。。。
-- 名無しさん (2008-02-03 06:06:24)