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non-sugar coffee. but…

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某月某日、午後10時48分。
ワタシ、永森やまとは寒さに身を震わせている。
めまぐるしく過ぎていく忙しい日々。
桜籐祭の準備も今がピークなのか、こんな時間に帰宅することも珍しくない。
そう、珍しくない。毎日こうなのだ。毎日毎日……
この"毎日"もこれで何度目だろうか。
寒空の下で自身の吐く白い息を見つめながら電車を待つのも、
日々の疲れから瞼が重く感じるのも、もう数え切れないほど経験してきた。
ひときわ強い寒風が、ワタシの髪を凪ぐ。


―寒い―


見下ろせば、繰り返してきた毎日の残骸が。
見上げれば、先見えぬほどの毎日が。
いつからだろうか、毎日と毎日の狭間に取り残された私の心は、
私の世界は、この寒空のごとく凍てついてしまっていた。




――――――――――――――――――――

non-sugar coffee. but…

――――――――――――――――――――

「寒い」

ワタシの隣に座るこの男は、そう呟いて肩を強張らせた。
繰り返される毎日に現れた特異点、ワタシ以外のイレギュラー。
曖昧ながらも、前回の毎日を覚えているらしい。
それゆえに、繰り返される毎日の中にあるか細い可能性の糸を選んで手繰ることが出来る存在。

「先に帰ったら?君までここにいる意味ないでしょ」
「いや、珍しく一緒にいられるんだから最後まで付き合うよ」
「……勝手にすれば」

突き放すように会話を切る。
彼の言うとおり、ワタシ達が接触できる機会は少ない。
いや、ほぼ無いと言ってもいい。
イレギュラー同士が近づくことを世界は許さない。
その機会のほとんどは"偶然"によって修正されてしまうのだ。
その"偶然"をもすり抜けて出来たこの時間は、未来を変える一つのチャンスであるのに。

彼の視線を受け止められない。
次の毎日で、その視線が別の誰かに向けられるのが苦痛だから。
差し出された手をとることが出来ない。
掴もうとした瞬間、またいつもの朝に戻るのが怖いから。

私の心の奥底には、誰かに甘えたいという欲求がある。
しかし甘えるとは、自分の弱ささえも他人に預けるということ。
それを受け止めてもらえなかったとき、
むき出しの私の心は、この長いループの間に積もった孤独や寂しさに耐えられない。
つもりに積もった負の経験は、私の心を覆う忌々しい氷であると同時に、本来の弱さを隠す氷の仮面でもあるのだ。

ふと隣にいるはずの彼に目を向けてみる、が

「○○君?」

いつの間にか、彼がいない。

彼が、いない

ただ、それだけなのに

今までいた駅のホームがどこか別の場所のように感じる。
凍えるような夜風が肌をさす。

「……寒い」

暫く忘れていた寒さ、ひとりぼっちの寒さ、終わりの見えない寒さ。
ならばいっそ、全てを諦めてしまえば。
目を閉じ耳をふさぎ、心さえも閉じてしまえば、少なくとも凍りついたこの心が砕けることは……熱っ!?!!

「ぅわひゃっ!?!!」
「おおう!? 予想外の反応に俺のほうがびっくりだ」
「な、にするのよいきなり。どういうつもり……!!」

コイツ、頬に缶を当ててきやがった。
いったい何なの?
人が今後のことについて考えて……いなかった。

少なくともさっきまでの私はそんなこと考えていなかった。
それ以上にただ寂しかった、怖かった、そしてどうしようもなく

「ごめんごめん。なんかさ、さっきから永森さん寒そうにしてたから」

―寒かった―

「はいこれ、暖かいうちに飲みなよ。驚かせちゃったお詫びってのも変だけど、これは奢りってことで」

―寒"かった"―

でも今は、彼がいる今だけは、あの寒さを感じない。
未来が過去へ続く毎日の中で、彼のほんの小さな優しさが今を実感させてくれる。
あの寒さを過去にしてくれる。
たかが一本の缶コーヒーが、私を……


うん、ワタシね、コーヒーあまり好きじゃないんだけど。
むしろ嫌いな部類かも、甘くないし。
カフェオレとか、そういう系統ですらつい避けちゃうんだけど。

「今のうちに軽くスッキリしとかないと、電車の中で寝ちゃったら洒落にならないし」

しかもブラックかよ。
まったく、人の好みとかお構いなしなんだから。
普通、何がいいか聞いてから行くでしょうに。

……けど、

「ま、そういうことなら貰っておくし、さっきのイタズラも不問にするわ。今回は、ね」

今回はの部分を強く言って、ワタシはプルタブに指をかける。
彼の苦笑いの理由はコーヒーの苦さだけじゃないはずだ。
そう思いながらコーヒーを一口、途端に口内に広がるあの焦げ苦い味。

だけど、何故だろう。
彼の横でなら、この苦さもそれなりに美味しく感じる。


コーヒーがほんの少し好きになれそうな、そんな夜。


「……にが」
「今にがって言った? ねぇ言った?」
「うっさい、黙りなさい」

……訂正、やっぱ嫌いなものは嫌い。


end.




















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  • すごく、おもしろかったです。  -- 名無しさん (2008-08-02 00:29:08)

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