いつもより早く登校したある朝のこと。C組の自分の机に荷物を置くや、バスの中での話の続きをと、かがみはB組に直行した。来るのが早かったため登校している生徒は多くはなく、C組にはあやのとみさおの姿はまだなかった。B組もみゆきが不在だったが、鞄はあったので委員会の用事か何かに出向いているのだろう。
姉妹で例の臭いアレについて話していると、二人をじっと観察していたこなたが、不意にこう言ったのだった。
「二人とも、中分けだよね。まあ、私もほぼ真ん中分けだけど」
「何よいきなり。髪型のこと?」
「いやさ、二人とも七三分けについてどう思う? どんなイメージ?」
「イメージって……連想する物でいい? サラリーマンとか」
「そうそう。他には?」
「お堅い、真面目。あとは……」
「バーコードハゲ!」
うーん、と考え込んでいたつかさが、元気よく答える。
「つかさ、あんた……」
「まあそんな感じだよね。垢抜けないっていうか、ダサいっていうか……」
肯きながらこなたは、鞄からアニメ雑誌を取り出した。
「あんた、学校に何持って来てん!?」
びっくりしたかがみは、思わず埼玉弁が出てしまった。鞄には他に、分厚い漫画誌が入っているのも見える。二冊合わせれば、鞄のキャパシティを相当食うはずだ。
「これが、私の人生の教科書なのだよ」
「あっそ……」
教科書を持って帰らない理由が分かったような気がした。「そうなん」て、突き放すように言ってやればよかったと思った。
「これでしょ、これとこれに、あとこの子も」
アニメだけでなくゲーム情報も載ったその雑誌を開いたこなたは、次々とそこに載ったキャラクターを指差していく。みな女性キャラ、それも髪型が七三のものばかりだ。
「どーだね」
こなたはほぼ平らな胸を誇らしげに反らす。
「はいはい。つまり、女性キャラはたとえ七三分けでも萌えがあるって言いたいのね」
「まとめてくれたかがみん萌え」
「うるさい!」
「これは、『七三』という言葉のイメージが固定されちゃっているがための弊害、つまりアニメやゲームに対する偏見と同じことなのだよ。素材の良し悪しもあるんだろうけど、言葉のイメージほど悪くないんだよね」
「はいはい、大した発見ね」
「というわけでさ、どっちか櫛かブラシを貸してくんない?」
「デッキブラシなら、トイレの掃除用具入れにあるわよ」
「ん~、できればヘアブラシがいいんだけど」
……話の筋からすると、こなたは自分の髪を七三にするつもりらしい。
「自分のは?」
「持ってたら借りないよ」
かがみはハッとした。そうだった……。こいつは自分の事にはあまり興味がないんだっけ。
「はい、こなちゃん」
つかさが貸してやると、こなたは教室の出口にすっ飛んでいく。
「はっはっは、変身した私は寝て待つがよいぞ」
「お前は果報か? てか、すぐ戻れよ」
言いつけ通りに(?)うつらうつらし始めたつかさを、つつきながら待つこと数分。自分の事に興味を持ったのだとすればいい傾向なのか、それとも単なるコスプレの延長線なのかなんて考えていると……。
「おまたせ~」
戻ってきたこなたを見て、姉妹は唖然とした。
「こなたさん、それマジっすか!?」
こなたの頭頂付近から生えたアホ毛が、二つに割れていた。
一方が太く、一方が細い。
およそ七対三の割合……。
「いやー、髪の量が多いと短時間じゃ無理だって気付いてねー」
故にアホ毛にターゲットを絞り、それを七三に分けたということか。
「朝はどうしてるの?」
「特になにも。髪形変えてないから、これで癖毛なのかも」
「便利でいいわね」
ガン
ベルギーの都市名ではない。出口付近で何かがぶつかる音がした。
「あ、ゆきちゃん来たみたい」
分かるのか? かがみは思ったが、ドアを開けて入って来たのは確かにみゆきだった。
例によって例の如く、考え事をしていてドアにぶつかったのだろう。白い絆創膏を交差させた物を額の辺りに貼り、「鼻じゃなくてよかったです」なんて苦笑いしながら、教室に入ってきた。
「ゆきちゃん、おはよー」
「おっす、みゆき」
「つかささん、かがみさん、おはようございます」
「ぶつかったみたいだけど、大丈夫?」
「はい、もう慣れましたから」
余計に心配だ。
「それより、泉さんはご一緒ではなかったのですか? お姿が見えませんが」
時間が止まった。場が凍りついた。
ちょいちょいと、みゆきの制服のすそを引っ張る手。
「あ、泉さん!? いつの間に??」
演技にしてはあまりに真に入った驚きっぷり。本当に気付かなかったようだ。
「みゆきさん、それマジっすか?」
かわいそうに。こなたは泣いていた。
かがみがかくかくしかじかを説明し、みゆきが気付かなかった理由も分析した上でこう結論付けた。
「映画に行った時もそうだったけどさ、あんたそれがないと分かんないから、下手にいじらない方がいいわよ。背景になりたくないでしょ?」
隣のクラスから、特大のくしゃみが二つ聞こえてきた。あやのとみさおが来ているらしい。
「ううっ、これが私のIFF!?」
こなたがうなだれたところでチャイムが鳴り、かがみがC組に退散し、黒井先生が入ってきて出席を取り始める。
「泉。泉ー?」
よせばいいのにこなたは、故意に返事をせず、体を上下させて二つに分かれたアホ毛をにゅんにゅんと動かし、自己の存在をアピールした。
「泉おらんのか?」
教室を見回す黒井先生。やがてこなたの席のあたりに目を留め、
「うおっ!」
と仰け反る。
みゆきとはだいぶ違う反応。
「……あ、なんや泉か。おるんならちゃんと返事せえ」
やった! 先生は気付いてくれた。どーです、私流の七三。萌えるなんてレベルじゃないでしょ!?
「でかいゴキブリかと思ったわ……」
二つに分かれたアホ毛が、触覚か何かに見えたらしい。
おわり
姉妹で例の臭いアレについて話していると、二人をじっと観察していたこなたが、不意にこう言ったのだった。
「二人とも、中分けだよね。まあ、私もほぼ真ん中分けだけど」
「何よいきなり。髪型のこと?」
「いやさ、二人とも七三分けについてどう思う? どんなイメージ?」
「イメージって……連想する物でいい? サラリーマンとか」
「そうそう。他には?」
「お堅い、真面目。あとは……」
「バーコードハゲ!」
うーん、と考え込んでいたつかさが、元気よく答える。
「つかさ、あんた……」
「まあそんな感じだよね。垢抜けないっていうか、ダサいっていうか……」
肯きながらこなたは、鞄からアニメ雑誌を取り出した。
「あんた、学校に何持って来てん!?」
びっくりしたかがみは、思わず埼玉弁が出てしまった。鞄には他に、分厚い漫画誌が入っているのも見える。二冊合わせれば、鞄のキャパシティを相当食うはずだ。
「これが、私の人生の教科書なのだよ」
「あっそ……」
教科書を持って帰らない理由が分かったような気がした。「そうなん」て、突き放すように言ってやればよかったと思った。
「これでしょ、これとこれに、あとこの子も」
アニメだけでなくゲーム情報も載ったその雑誌を開いたこなたは、次々とそこに載ったキャラクターを指差していく。みな女性キャラ、それも髪型が七三のものばかりだ。
「どーだね」
こなたはほぼ平らな胸を誇らしげに反らす。
「はいはい。つまり、女性キャラはたとえ七三分けでも萌えがあるって言いたいのね」
「まとめてくれたかがみん萌え」
「うるさい!」
「これは、『七三』という言葉のイメージが固定されちゃっているがための弊害、つまりアニメやゲームに対する偏見と同じことなのだよ。素材の良し悪しもあるんだろうけど、言葉のイメージほど悪くないんだよね」
「はいはい、大した発見ね」
「というわけでさ、どっちか櫛かブラシを貸してくんない?」
「デッキブラシなら、トイレの掃除用具入れにあるわよ」
「ん~、できればヘアブラシがいいんだけど」
……話の筋からすると、こなたは自分の髪を七三にするつもりらしい。
「自分のは?」
「持ってたら借りないよ」
かがみはハッとした。そうだった……。こいつは自分の事にはあまり興味がないんだっけ。
「はい、こなちゃん」
つかさが貸してやると、こなたは教室の出口にすっ飛んでいく。
「はっはっは、変身した私は寝て待つがよいぞ」
「お前は果報か? てか、すぐ戻れよ」
言いつけ通りに(?)うつらうつらし始めたつかさを、つつきながら待つこと数分。自分の事に興味を持ったのだとすればいい傾向なのか、それとも単なるコスプレの延長線なのかなんて考えていると……。
「おまたせ~」
戻ってきたこなたを見て、姉妹は唖然とした。
「こなたさん、それマジっすか!?」
こなたの頭頂付近から生えたアホ毛が、二つに割れていた。
一方が太く、一方が細い。
およそ七対三の割合……。
「いやー、髪の量が多いと短時間じゃ無理だって気付いてねー」
故にアホ毛にターゲットを絞り、それを七三に分けたということか。
「朝はどうしてるの?」
「特になにも。髪形変えてないから、これで癖毛なのかも」
「便利でいいわね」
ガン
ベルギーの都市名ではない。出口付近で何かがぶつかる音がした。
「あ、ゆきちゃん来たみたい」
分かるのか? かがみは思ったが、ドアを開けて入って来たのは確かにみゆきだった。
例によって例の如く、考え事をしていてドアにぶつかったのだろう。白い絆創膏を交差させた物を額の辺りに貼り、「鼻じゃなくてよかったです」なんて苦笑いしながら、教室に入ってきた。
「ゆきちゃん、おはよー」
「おっす、みゆき」
「つかささん、かがみさん、おはようございます」
「ぶつかったみたいだけど、大丈夫?」
「はい、もう慣れましたから」
余計に心配だ。
「それより、泉さんはご一緒ではなかったのですか? お姿が見えませんが」
時間が止まった。場が凍りついた。
ちょいちょいと、みゆきの制服のすそを引っ張る手。
「あ、泉さん!? いつの間に??」
演技にしてはあまりに真に入った驚きっぷり。本当に気付かなかったようだ。
「みゆきさん、それマジっすか?」
かわいそうに。こなたは泣いていた。
かがみがかくかくしかじかを説明し、みゆきが気付かなかった理由も分析した上でこう結論付けた。
「映画に行った時もそうだったけどさ、あんたそれがないと分かんないから、下手にいじらない方がいいわよ。背景になりたくないでしょ?」
隣のクラスから、特大のくしゃみが二つ聞こえてきた。あやのとみさおが来ているらしい。
「ううっ、これが私のIFF!?」
こなたがうなだれたところでチャイムが鳴り、かがみがC組に退散し、黒井先生が入ってきて出席を取り始める。
「泉。泉ー?」
よせばいいのにこなたは、故意に返事をせず、体を上下させて二つに分かれたアホ毛をにゅんにゅんと動かし、自己の存在をアピールした。
「泉おらんのか?」
教室を見回す黒井先生。やがてこなたの席のあたりに目を留め、
「うおっ!」
と仰け反る。
みゆきとはだいぶ違う反応。
「……あ、なんや泉か。おるんならちゃんと返事せえ」
やった! 先生は気付いてくれた。どーです、私流の七三。萌えるなんてレベルじゃないでしょ!?
「でかいゴキブリかと思ったわ……」
二つに分かれたアホ毛が、触覚か何かに見えたらしい。
おわり