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渚の真実 またはラッコ以来の快挙

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 二学期が始まったばかりのまだ暑い九月。
 放課となった学校を後にした四人は、ファーストフード店のテーブルのひとつを占拠し、取り留めのないおしゃべりを興じていた。
 「日焼け止めってさ、してるとほんとに焼けないよね」
 かがみが言う。
 「でもあんまりサラサラしたのだと、塗ったかどうかわかんなくなっちゃってさ。海に行った時も塗り忘れた場所があって、後で大変だったんだから」
 「そこだけ焼けちゃって、水膨れまで出来ちゃったんだよね」
とつかさ。
 「そうそう。つかさに皮を剥いてもらったんだけど、その箇所を見て何て言ったと思う?」
 「え、何て言ったんだっけ? ひどい事言った?」
 「絶海の孤島」
 「う……そこだけポツンて感じだったから……」
 つかさ、赤くなって縮こまる。
 「姉妹でそういうことしてるのを想像すると、萌えるよね。当然脱ぐんだろうし」
 こなたは想像し、萌えながら言った。
 「一人っ子では無理ですよね。母には頼みづらいですし」
 「そこ、勝手に想像するな。勝手に萌えるな。みゆきもたまにはツッコミなさいよ」
 「いえ、羨ましかったもので……」
 「ウチなんかおとーさんと、剥かせろ、焼けてないよ、って一悶着あって大変だったんだから」
 「……海までついて来なかっただけ奇跡だな」
 「あ~、ひょっとしたらいたかもね」
 ふと……。
 話題はその海に行った時の、みゆきの行動へと移った。
 「そういえばみゆきさん、何やってたの?」
 かがみが肯く。
 「そうよね。海に入れないのは分かるけど、パラソルの方を見た時、成実さんや黒井先生と一緒にいなかったけど?」
 「ええ、実は……」
 「分かった! お使いで黒井先生にビール買いに行かされてたんだ」
 こなた、自説を提唱。
 「そんなわけ…………ありそうね、あの人なら」
 かがみ、意外にも賛同。
 「ゆきちゃん大人っぽいから、自然に買えそう」
 「そんな、つかささんまで……」
 今度はみゆきが赤くなって縮こまったが、元が大振りなためこなたよりずっと大きかった。
 「その……地形を見て回ってまして」
 「地形??」
 「ええ、あの海岸がどのように形成されたかに興味が湧きましたもので……」
 「「「……」」」
 「それから沖を流れる黒潮の事、コロネット作戦の事なども……」
 三人は顔を寄せて、ひそひそと話す。
 「天然で生真面目でカナヅチだと、こうなるんだね」
 「ていうかコロネット作戦て……」
 「どんだけ~」
 他の話題に切り替えようと思った三人。だがみゆきの次の発言で、彼女らの興味のゲージは一気に振り切れて破裂してしまった。
 「そうしていましたら、若い男性に声をかけられまして……」

 ガタ ガタ ガタッ

 ……三人が身を乗り出す音。
 「ナンパ!? ねえ、ナンパ!?」
 「くっそ~、みゆきと行動してれば……」
 「ゆきちゃん、私というオンナがありながら……」
 三方をオンナの野生に輝く瞳たちに囲まれ、みゆきは座席に背を張り付かせて固まる。
 「あの、みなさん……?」
 「「「ん、何?」」」
 「顔が……近いです」
 「気にしない気にしない。みゆきさんきれいだし、いいニオイもするし無問題」
 「後半は親父の発想だと言いたいが、敢えて否定はしない」
 「ささ、続きをどうぞ」
 尋問される容疑者の心境を味わいながら、みゆきは続けた。


 「君、今一人?」
 「え、ええ」
 「何見てるの?」
 声を掛けてきたのは二人組で、一人は長めの髪を金に染めたサーファー風、もう一人は黒髪を短く刈ったスポーツマンタイプ。鍛え上げられた腹筋・胸肉とも引き締まっていて、顔つきも精悍。見栄えは悪くなかった。
 ……というのは、聞き手が問うて引き出させた男たちの印象であって……。


 「ま、三割引くらいでイメージしとくわ。みゆきが他人を悪く言うとは思えないし」
 「夢がないかがみん、キター……」
 「キター……」
 「そ、それでですね、ありのままをお話したのですが……」


 「黒潮というのは、北赤道海流を起源として東シナ海経由で日本の南岸・東岸を流れ、三陸沖で親潮とぶつかって北太平洋海流となる暖流で―」


 「黒潮のありのままかよ!」
 「海を見ながら黒潮について考えてました、とお答えしたら、お二人とも『黒潮?』、と首を傾げましたので」
 「そりゃ、漁師でもなきゃ首の一つや二つ傾げるわよ! 男の方だってドキドキなんだから、そういう時はもっと気を利かせてね―」
 「気が利かなかったでしょうか?」
 「そうしたのは、別に黒潮が分かんないからじゃなくて……いや、きっとこの二人みたく、分かってなかったろうけど」
 「うびょ~!」
 「いかほど~」
 「だからって、ノリというものがあるでしょ、ノリが」
 「海苔の養殖ですか?」
 「総じてドジッ子だってことだね」
 「どんだけ~」
 「そこへ黒井先生がやって来まして」
 「男に餓えたオンナ、キタッ!」
 「いや、保護者だし。文字通り保護しにきたんだろ? オンナに餓えたオトコどもから」
 「でも、白ビキニの美少女に、黒ビキニのおねいさんだよ。男の嗜好にもよるけど、コンボとしては悪くないんじゃない?」
 「……なるほど。そこに赤ワンピのお団子頭も加われば……」
 「ちょ、かがみ……?」
 「それで先生に『何しとるんや』と聞かれましたので、黒潮についてお話してたと答えたんです」
 「そうじゃないだろ……まあ、そうだけど……」
 「すると先生が―」


 「海まで来て地理の勉強かあ、感心感心。ほな、世界史教師のウチも一講釈垂れよか」


 「缶ビールを手にしてましたが、いたって普通に―」
 「いや、普通じゃないってそれ」
 「酔ってたね」
 「どんだけ~……飲んだのかな?」
 「その日の内に帰れなくなるほどでしょ」
 「どんだけ~」
 「結局、男性二人は行ってしまいまして―」
 「な~んだ……」
 「そりゃ行くわ」
 「よかった……」
 「そのまま黒井先生とお話ししてました」
 「若い時の武勇伝とか聞けた?」
 「まだ若いわ、ってぶん殴られるわよ」
 「いえ、そういう種類のものではないのですが、興味深いものでしたよ」


 「黒潮かあ。この沖を流れとるんやな~」
 「それに乗って、日本人の先祖の一部がやってきたという説もありますね」
 「せやな。まあ、一部らしいがな」
 「チベットやシベリア、中国大陸、東南アジア起源でも陸沿いに来たグループと、太平洋中・西部経由で来たグループなどに分かれるんでしたっけ?」
 「それに縄文時代が始まる前に、すでにヨーロッパ人種も来ていたともいわれとるな。高良なんかは色白やから、先祖はそのクチちゃうか? もっとも、ピンク髪ってどこが起源やろ??」
 「さあ……」
 「ふ~む。時期にウチの授業でも扱うことになるが、ロシアの南下政策が、さまざまな歴史事象を引き起こしたのは知っとるな?」
 「はい。ふとうこうの獲得を目指していたと習いましたが……」


 「不登校?」
 「ひきこもりが欲しかったの?」
 「勉強が辛くてしょうがない人ならではの発想ね」
 「うびょ~~」
 「い、いかほど~」
 「凍らない港の不凍港よ。はい、みゆき。続けて」


 「でも勘違いしちゃいかんで。他の不凍港がなかったわけやないんや」
 「そうなんですか?」
 「(ニヤリ)ムルマンスクって知っとるか?」
 「お恥ずかしながら……。それが以前からあった不凍港ですね?」
 「せや。ロシアの西の方にあるんやが」
 「西というと、サンクトペテルブルクの方ですか?」
 「ん~、確かにバルト海に面したカリーニングラードは、不凍港やな」
 「旧東プロイセンの、ケーニヒスベルクですね」
 「ああ、だがそこがロシア領になったのは戦後や。ムルマンスクはもっと北やな」
 「北というと、北極圏に入ってしまいませんか?」
 「バリバリ北極圏や。さあ、何で凍らないのかな?」
 「え、と……海底火山の活動で水温が高い、とかですか?」
 「それやと外海まで出られへんで」
 「……ですよね。そうすると……う~ん……」
 「高良、お前今までなんについて考えてた? あいつらと何を話した?」
 「黒潮です……はっ、暖流!?」
 「黒潮の別名は?」
 「『上り潮』、『下り潮』、『桔梗水』、『上紺水』……『二大海流』!?」
 「もうひとつの大海流は?」
 「メキシコ湾流です!」
 「はは、正解。ソクラテスにでもなった気分や。魂の助産術や」
 「それは……」
 「ちがうか? まあまあ、ええやんか」
 「でも、そんな北にまで影響を及ぼしていたとは知りませんでした」
 「ウチは大学入ってからやったな、知ったのは。地理も地学も、選択せえへんかったから。『話が違うやないけ~』って、大学の図書館で叫んでもうたよ。まあ、よくよく考えると違うわけでもないんやがな」
 「先生の教え子は、それで叫ぶことはありませんよ」
 「そうだとええんやけどな~。今その辺の海に浮かんどる奴で、万が一史学科に進んでロシア史を専攻するようなことがあれば、たとえウチの教え子であってもそれで叫びそうな奴に心当たりがあって、先生心配やわ~」
 「はあ……」
 「ん、そろそろ昼飯やな。行こか」
 「はい」


 「Zzz」
 「つかさ、寝るな。気持ちは分かるが寝るな」
 「絵的に萌えるはずなのに、話の内容に萌えないのはナンデダロウ?」
 「万が一史学科に進んで、ロシア史を専攻するようなことになれば、たとえ黒井先生の教え子であってもそれで叫びそうな人に心当たりがあるからじゃない?」
 「……つかさ、寝てる間にひどい事言われてるヨ」
 「あんたもだよ!」
 「それで、みゆきさん?」
 「海の家への道すがら、コロネット作戦についてもお話ししました」
 「それおいしい?」
 「よだれ拭け」
 「た、食べるんですか?」
 「コロネの仲間じゃないの?」
 「本土決戦が行われた場合の、関東地方に対するアメリカ軍の上陸作戦の秘匿名なんですが……」
 「……あの辺りから上陸する予定だった、と?」
 「はい、九十九里浜と湘南海岸……ちょうどあの辺ですね。黒井先生は神奈川のご出身なので、ショックを受けておいででした」
 「ああ、だから……」


 「二人とも、何やってんの?」
 「「黙祷(や/です)」」
 「終戦記念日、まだ先だけど……?」
 「おーい、空いてるとこあったよ~。ん? 何をやってるんだい?」
 「黙祷だそうです」
 「おお、そうか。じゃあ私も参加しよっかな~」
 「はい?」
 「いやー、お盆の交通安全課は大変なのよ~。黙祷する暇ナイナイナイ。黙祷の先払いしとこっかな~って思ってね」
 「はあ……」


 「とても黙祷ってテンションじゃなかったわよ、あんたの従姉」
 「まあ、それがゆい姉さんだから」
 「それで、みゆきは平和の尊さを噛み締めていた、と」
 「はい、大変有意義に過ごせました(にっこり)」
 「それ皮肉?」
 「そんなつもりは……」
 「悪かったわ、ほったらかしにして」
 「パッシブ・ソナーに感あり……音紋解析……艦名『ツ・ン・デ・レ』」
 「はい、そこのソナー手、黙ってて」
 「痛っ、ツン的実力行使がこっちに……」
 「でも、午後はみなさんとご一緒でした」
 「おかげでこっちも、大変な発見をさせてもらったわ」
 「お、お恥ずかしながら……」
 「具のないカレー、スパイスかかり過ぎなチキン、プレーンな焼きそば、食べる人が冷め切ってたラーメンの後、黒井先生が何故かビーチボールを買ってくれたんだよね」
 「……食品名に異議あり」


 「おーい、お前ら。沖でぷっかぷっか浮いてばっかおらんで、高良もかまってやり。すでに高良が浮いとるわ」
 「黒井さん、うまい!」
 「先生。これ先生が膨らませたんですか?」
 「おう、そうや。そこで買ってきてな」
 「中の空気使ってアルコール検査したら、間違いなく捕まりますね」
 「おー、いいサンプルが採れた採れた♪」
 「ちょ、成実さん!?」
 「あははー、冗談冗談」
 「……ゆい姉さんもたいがいにね」


 「四人ですから、てっきりビーチバレーでも始めるのかと思ったんですが……」


 「ボールをこうやってお腹に抱えて、バランスを保つんだよ。じゃあいってみよー」
 「はい……あ、浮きました」


 「みゆきってほとんど泳げないんだっけ」
 「はい。水中で目が開けられないもので」
 「いや、水の抵抗が大きすぎるんだと思うよ。このへんの」
 「物理的には正しいと思うが、そういう事を本人の前で言うなよ……」
 「……それで転覆しちゃったんだよね~」
 「お、つかさが起きた」
 「Zzz」
 「寝言かよ!?」


 「きゃあ!」
 「みゆきさん!」
 「ゆきちゃん!」
 「う……ぷ……はぁ、は……息が……出来ます」
 「みゆきさん、浮いてる……」
 「ラッコ以来の快挙ね、これ」


 仰向けになったみゆきは、胸の浮力で見事に浮きながら、ビーチボールをお腹の上に乗せていたのだった。


 おわり























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  • ほのぼのいいですよね…

    >ゆきちゃん、私というオンナがありながら……
    つかさ自重wwww -- 名無しさん (2008-04-27 15:13:53)

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