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大切なひと

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だれでも歓迎! 編集
「柊さんお願い! ノートコピーさせて」
「……ったく、あんたは……」
 私のとっては今日の最後となる四限目の講義の後、友達が私の前で手を合わせた。
 大学生ともなると書き写すのではなくコピーするのが当たり前になってくるらしい。
変にお金や便利な道具を持つと物臭になるという典型的な例と言っていい。
「山崎先生のテストの過去問コピっとくから」
「ツテがあんの?」
「うん、縦飲みで知り合った先輩から」
 ちなみに縦飲みというは、同じ学科の先輩後輩の親睦を目的とした飲み会のことだ。
 大学になると教わることは途端に難しくなるから、過去問を見せてもらえるというのは
非常にありがたい。ただでさえ法律というものは難解なのに、専門家の性なのか先生たち
は何故か難しい言葉で説明しようとしたがるせいでさらに理解が困難になる。私も講義の
内容についていくのが精一杯だし、彼女のようにノートを写したがる気持ちは理解できな
くもない。
「ちゃんと返しなさいよ」
 高校を卒業してこなたがいなくなったと思ったら、似たようなのはどこにでもいる。
いや、こなたなんかと比べるのは失礼かもしれないけど……。
「ありがとう! 柊さん好きっ」
「ちょ、ちょっと、何言ってんのよ!」
「ふふっ、柊さん照れてるー」
「あんたね……」
 訂正。やっぱり似たようなのはどこにでもいる。性格に偏差値は関係ないのね。というか
なんで私の周りにはこんなのが集まってくるんだろう。
 だけど、こんなのでも私の友達でいてくれて嬉しいと思うのも確かだった。
「貸しといて言うのもなんだけど、勉強はちゃんとやりなさいよ。こんなの続けてたら
いつかついていけなくなるんだから」
「それでも貸してくれるんだよね。やっぱり柊さん優しいな」
「優しいって……」
 優しい。そんなふうに言われたのは久しぶりな気がする。慣れない言葉に、うまく反応
できない。
「でもタダは悪いよね。ケーキ奢るよ」
「ケーキねぇ」
 今でも一応スタイルは気にしているので、ケーキは鬼門だ。でもせっかく友達が奢って
くれるって言ってるんだから……。
「そうね。あんたが奢ってくれるんだから受け取っておくべきよね」
「ケーキって言ったとき目が輝いていたのをわたしは見逃してないよ。素直じゃないねー」
「うっ……」
 素直じゃない。そんなふうに言われるのも久しぶりだった。
「そ、それでそのノートは何人分コピーする気なの?」
「えーと」
 彼女は指を折りながら数える。
「五人分かな。今のところは」
「全部あんたにやらせんのかよ」
 楽をするんならせめてコピーくらい自分でやれとも思うのだけど。
「じゃあ全員にケーキ奢らせよっか?」
「……いや、やっぱいいわ」
 想像してげんなりした。いくらなんでも食べ過ぎだ。
「代価はいいけど、少しは――」
 マナーモードにしておいた私の携帯が振動してメールの着信を知らせてきた。
 送信者はこなた。何ヶ月ぶりかのメールだった。
 私の誕生日を過ぎて、もうすぐやってくる試験に向けて周囲は慌しくなり始めている。
そんな今に貰ったメッセージは
『今電話できる?』
 誕生日にメール一つ寄越さなかったのに今更何を連絡するというのだろう。
 いや、そんなこと関係ないんだけど。
「ごめん、今電話したいんだけどいいかな?」
 余り引き伸ばすのも意味がない。今ここでやってしまえばいいだろう。
「いいよ」
 その言葉に甘えて、メモリからこなたの番号を呼び出して電話発信した。

「もしもし、こなた?」
『かがみだよね? メール読んだ?』
「読んだわよ。どうしたの? 私の誕生日もスルーしてたのに」
『してほしかった?』
「そ、そういうわけじゃないんだけど……」
 大学への進学で進路も別れて、もう三ヶ月も経っている。その間、全くの音信不通だった。
 こなたの中では私との付き合いはもう終わっていて、誕生日だからって連絡を寄越すこと
のないような、そんな関係になってしまったと思っていたのだ。だから、どんな用であれ
私にメールをくれたことは、まあ……ちょっとだけ嬉しい。
『つれないなー。前はもっと激しくリアクションしてくれたのに。『そんなわけねえだろ!』
って』
「そんな乱暴な言い方したことないでしょ!」
『そうそうそんな感じ。もしくは『こ、こなたなんかと話したいわけじゃないんだからね!』
って感じかな』
「それは私の真似のつもりか!? 私がいつそんなこと言った!?」
『かがみはツンデレだからね。そういう台詞はデフォだよ』
「誰がツンデレだ誰が!」
 まったく、こなたは相変わらずね。
『あ、うん、ごめん……それでかがみ、用事なんだけど』
「うん?」
 会話が繋がっていないのは、こなたが近くに居る誰かと話していたからだと思う。
『今日……明日でも明後日でもいいんだけど、会えないかな? 話したいことがあって』
「電話じゃダメなの?」
『うん、直接話したいんだ』
「今日は空いてるからいいわよ。どこで会うの?」
 こなたは私とは違う大学の文学部に進学した。それはモラトリアムの延長のようなもだ
ろうけど、そんなことはどうでもいい。私はこなたの家から近くはないけど遠くもない所に
住んでいて、だからあまりこなたと会おうということは意識していなかった。近くなら頻繁
に会っていたかもしれないし、遠くなら連休の度に何か遊ぶ約束を取り付けたかもしれない。
そのどっちもやらない、中途半端な距離が今の私たちだった。
 なんだかんだで秋葉原にある喫茶店で会うことになった。こなたがバイトしてたコスプレ
喫茶の名前は忘れたけど、多分その店じゃないはず。場所決めの打ち合わせに乗じて、また
互いに軽口を叩いたり私のよくわからないオタク話をされたりこなたが近くにいる誰かに
咎められたりして、かなり時間をくったような気がする。
『それじゃ五時半くらいで大丈夫?』
「大丈夫。ケータイで地図は見れるわよね?」
 その時間から会っていたら下宿に帰れる頃には多分夕食の時間だし、そこから準備を始め
ないといけないから食べるのは遅くなるかもしれない。それでも誰も文句を言わないのが、
独り暮らしの自由さと不便さだった。今では慣れたけど、実家暮らしが恋しいこともある。
『見れるよ。じゃあ秋葉原でね』
「うん。じゃあね」
 携帯電話を耳から離して通話を切る。随分長いこと話していたような気がする。
「楽しそうだったね。友達?」
「高校のときのね。ごめん、待たせちゃったわね」
「……敵わないなぁ」
「……え?」
 友達が見せた憂い顔に、なぜか胸が痛んだ。
「柊さんって、第一目標以外は目に入らないタイプでしょ?」
「……そう言われたことあるわね」
「そんな楽しそうな顔、見たことなかったよ。すごくいい笑顔だった」
「…………」
 そういえば表情筋にちょっとした疲れを感じる。今まで笑っていたということだ。
 私が悪いことをしたわけじゃない……とは思うけど、何も言い返せなかった。
「柊さんってオタクだったんだね。趣味の合う人の方が楽しいよね」
「ち、違っ……!」
 人前でツンデレだとか秋葉原だとかいろいろ口走ってしまったことに今更気付いた。
「隠してたけど、わたしもオタクなんだよね。人前で変なこと言えるほどのオタクじゃ
ないんだけど」
「違う、これは違うの!」
 こなたのせいで時間に間に合うギリギリまで弁明し続ける羽目になってしまった。

 秋葉原という街は苦手だ。少なくとも私は自主的に来ようとは思わない。開き直っている
のか何かを悟ってしまったのか、ちょっと変わった恰好だったり変わった行動をする人達が
たくさんいる。こなた曰く、それはここ数年の傾向らしいけど、ゴスロリというやつは何度
見ても慣れる気がしない。
 ともあれ、こなたに連れられることのない今では私がこの街に来る理由はない。
 連れられていない今現在も、ここにいる理由はこなた絡みだった。
 もちろん、すれ違う人達全員が見るからに変人というわけではなくて、大半は普通っぽい
人だし、スーツ姿のサラリーマンっぽい人もいる。同じように全てが全てオタク向けの店と
いうわけではなくて、こなたが指定した喫茶店も、そんな普通の喫茶店だった。
「いらっしゃいませー」
 出迎えた店員もメイド姿とか何かのコスプレをしているわけじゃなくて、普通のウェイト
レスさんだった。この期に及んでそんな当たり前のことを確認しているあたり、知らない
間にこなたに染められていたのかもしれない。別れてから三ヶ月も経ってるっていうのに。
 メールでやりとりをしながらここに来て、こなたは先に店に入っているとのことだった。
店内を見回してこなたの姿を探すと――いた。
 確かにこなたはいた。ただし、知らない女の子と一緒に。
 誰?
 問いかけたい衝動を抑えてその席まで歩いていく。
「おっす、こなた。久しぶり」
「かがみ、久しぶり。まあ座ってよ」
 四人がけの席にこなたと女の子が隣り合って座っているから、必然的に私はこなたの
向かいの側に座ることになる。
 私よりもその子の方が距離が近い。たったそれだけのことに、なぜだか胸がざわついた。
「それで、今日はどうしたのよ? 電話じゃ話せない用事なのよね?」
「話せるけど、やっぱり直接がいいかなってネ」
 普通に考えれば、用事というのはその女の子に関係することだろう。
 その子とこなたが隣り合っているということは、私は客なんだ。
 それを考えると、胸のざわめきが強くなる。落ち着かない。
「…………」
 こなたにしては珍しく口を噤んでいる。でも、それが苦痛じゃなかった。むしろ、この
ままでいてほしいという思いさえあった。
 こなたの次の言葉が怖かった。私のことはもう大切じゃないと言われそうで怖かった。
「黙ってちゃわからないわよ。早く言いなさいよ」
 それとは裏腹に、私は先を促した。だって、こなたは用事があって呼び出したんだから。
話があるんならそれを話すのが当たり前のことなんだから。
「……私たち、付き合うことになったんだ」
「……そうなんだ」
 不思議と驚きはなかった。その代わり戸惑いがあった。一体どう返せばいいというのか。
 『彼女』は女の私から見ても可愛かった。なんとなくお嬢様っぽい清楚な感じがあって、
美少女と呼んでも差し支えない。眼鏡はかけていないけど服装の傾向はなんとなくみゆきに
似ているような気がする。かといって私服にゴスロリとかいかにもオタクですよというもの
を着るようなタイプでもないみたいだ。
 一言で表すなら、いかにもこなたの好みだった。
 ただ一つ、私を見る目に敵意があるような気がしてならなかった。
「はい。わたしがこなたさんの彼女です」
 『彼女』は強い口調でそう主張して自己紹介して、出会いのことを話した。大学で同じ
学科だったのだが、それとは別件でストーカーに狙われていたときにこなたが助けてやった
のが縁だとか。このあたりのことはよく聞いていなかった。私が考え事をしていたからだ。
 話も碌に聞かずに私が考えていたのは――なんでその子なの?
「――実際はそれより前に、イベントで私の本を買ってもらったりしていたんですけど」
 こなたに友達ができるっていうのは当たり前のことだ。私だって大学で友達ができたん
だから。むしろ友達がいないっていう方が困る。
 彼氏ができたっていうんならまだ納得できる。こなたは外見は可愛らしいから。
 でも同性趣味はないって言ってたじゃない。
 百歩譲ってつかさを彼女にするんならまだ納得できる。つかさを助けてあげたっていう
出会い方で、お互い高校生になってから最初の友達だったんだから。
 みゆきを彼女にするというのもまだ納得できる。あれだけ萌えとかなんとか言って普段
からみゆきの魅力をアピールしてたんだから。
 同人誌を作ってるとか趣味が合うとかいうなら田村さんがいる。
 ――なんでその子なの?

「イベントで変な男の人に絡まれたときに、偶然近くにいたこなたさんに助けてもらった
んです。その場はそれで収まったのですけど、後で家に押しかけられてしまいまして」
「ちょ、ちょっとそれ警察沙汰じゃない!?」
 たおやかな仕草で語るには、かなりヤバイ話じゃないだろうか。
「同人ではこんな事件が時々あるんだよね。押しかけとか合宿所って呼んでるんだけど」
「それでこなたさんに助けてもらったんです」
「……大変だったのね」
 それ以外に掛ける言葉が見つからない。
「家への押しかけってシャレにならないわよ。どうして住所がバレちゃったの」
「奥付に住所を書いてあったんです……上京して独り暮らしを機に」
「独り暮らしで住所を公開ってあなた……」
「昔は連絡手段として住所を書く人って結構いたんだよネ。あ、今の時代ならサイトURL
とかメールアドレスを書いておけば済む話だよ」
「無知なせいで迷惑を掛けることになってしまいまして……」
 地方から上京したばかりとはいえ無防備すぎる。『彼女』も反省はしてるみたいだけど、
ただでさえ地に足のつかないこなたの彼女がこんな調子で大丈夫なのかしら?
「他に頼れる人がいなくてこなたさんに相談したら泊まりにきてくれたんです」
 外見はかなり頼りないこなたに頼るくらいだからよっぽど切羽詰まってたんだろう。
「……こなたさんがあんなに強いだなんて知りませんでした」
 『彼女』は顔を赤らめてこなたに擦り寄る。そのときに惚れ込んじゃったってことか。
「こなた、大丈夫だったの? 怪我しなかった?」
「見てのとおり大丈夫だよ」
 少なくとも夏服で隠せるような怪我は二人ともないみたいでよかった。
「辛かったんですけど、ずっとこなたさんに助けてもらって――」
 そこから先はひたすらノロケ話だった。
 こなたの良いところを嬉々として語ってみせる『彼女』はとても幸せそうで――
 ――こなた、本当にその子でいいの?
 ――同性愛なのよ?
 ――それは本当に恋なの?
 ――スリリングな経験がもたらした吊り橋効果ってヤツじゃないの?
 聞くことができなかった。
「いろいろあって、もうこの子のこと離したくないって思ったんだよね」
 『彼女』にノロケられてるこなたの笑顔が、見たことないくらい幸せそうで――
 胸が、痛んだ。
 納得できない。だけど、もう私は口出しできない。
「――だから、こなたさんは私のものなんですよ」
 『彼女』がこなたに腕組みしながら私を睨んできた。全然怖くないけど。
 ――なるほど、私は敵として見られていたわけだ。
「こなたさんからもそう言ってやってよ」
「そ、それはちょっと言いづらいような……」
 こなたには敬語じゃなかった。……それはそうだ、みゆきみたいに誰にでも敬語を使う
人なんてそうそういない。この子は私は他人として扱っている。当たり前のことだ。
「……こなたが押されてるなんて珍しいわね」
 私は今、うまく苦笑いできてるだろうか。
「ねえ、一つ聞かせて。なんで私にこのこと教えてくれたの?」
 大体想像はつく。やきもち焼きの『彼女』がこなたと親しい関係のある人にはっきりと
二人の関係を宣言するように迫ったんだろう。『彼女』が勝手にライバルと決め付けた私に。
 しかし、こなたから返ってきた答えは、それとは全然違うものだった。
「――かがみのこと大切だから、知っておいてもらいたかったんだ」
 私はまだこなたと『彼女』の関係を納得してはいない。
 でも、その言葉を聞いて、ちょっとだけ。
 ほんのちょっとだけ、救われたような気がした。

 下宿の自分の部屋のドアを開けても、ただいまって言わなくなった。
 誰もお帰りって言ってくれないから。
 六人家族の実家と比べると私の家は本当に静かだった。
 静かすぎて、気が滅入る。
 ベッドに身を投げ出す。ご飯を作る気になれなかった。何もやる気がしなかった。
 何かをやりたいのに何もやることがない。
 胸の痛みを癒すために何かが必要なはずだった。でもそれが何なのかわからない。
 せめてつかさがいれば多少はマシだったかもしれない。
 友達に会えば、気を紛らわすことができるのかもしれない。
 でも、どんな顔して会えっていうの?
 何だかわからないけど会ってくれって?
 そんなこと言えるはずがない。
 わかっている。私は素直じゃない。久しくそう言われてなかったけど――
 ――そうだ、思い出した。
 私が『素直じゃない』って言われていなかったのは、こなたが私のことを『ツンデレ』って
呼んでいたからだ。
 おそらく、こなたがそう呼んでくれることはもうないだろう。
 私とこなたの関係は、もう終わったから。
 『大切なひと』
 それは凄くいいことだと思う。でもこなたにはもっと大切なひとがいる。
 こなたにとって私は大切で、でもこなたにとって大切なひとっていうのが他にいて、でも
こなたは私のことを大切に思ってて、でもこなたにとって――
 ――ああ、私は何を考えているんだろう。もうわけがわからない。
 目を閉じて、このまま眠ってしまえればいいんだろうけど……。
「……っ!」
 いきなり携帯電話のバイブ音が鳴った。意識してないとこんな音でもびっくりしてしまう。
 電話の発信者はつかさだった。調理師専門学校に通うつかさは、私とは別のアパートで
独り暮らしをしている。こっちもやっぱり、遠くも近くもない。
『もしもし、お姉ちゃん?』
「私よ。どうしたの?」
『今日、こなちゃんに会ったんだけどね。付き合ってる人がいるって』
「……ああ、それね」
 そうだ。私のことが大切なら、つかさのことも大切に決まっている。当たり前のことだ。
『――相手の子のこと、お姉ちゃんはどう思った?』
 それはその子の印象を聞いているのだろうか。それとも、付き合いを認めるべきかどうか
と聞いているのだろうか。
つかさとみゆきに似ているって思ったわね」
 とりあえず無難な答えを選んでみた。
『私はゆきちゃんとお姉ちゃんに似てるって思った』
「私に? どこが?」
 むしろ正反対な気がするけど。
『好きな人に一途なところ』
「……何よそれ」
『こなちゃんはお姉ちゃんのこと好きだったんだと思う。だからお姉ちゃんとは付き合え
ないってちゃんと言っておきたかったんじゃないかな』
 こなたが私のことを好き?
 好きって、あの子に対するのと同じ意味で?
 じゃあ、私は。私たちは――
『フラれちゃったね、私たち』
 胸の痛みの正体がやっとわかった。私はこなたのことを――

『今日は独りでいたくないんだ。ご飯作るから私の家にきて欲しいな。ゆきちゃんも呼んだ
んだけど……』
 わかっている。本当は、私が独りでいたくない。つかさはそれをわかってくれている。
 私の性格も全部わかってる、大切なひと。
「いいわよ。荷物の準備があるから、そっちに着くのは一時間後くらいかしら」
 私はつかさのためにそっちに『行ってあげる』。そんな体裁を取り繕ってくれる。
 今は顔を見られずにすむから幸いだった。枕もすぐに乾くだろうから幸いだった。
「――うん。それでいいわよね。――うん、今から準備するわ」
 大切なひとが何人もいる私は、多分幸せなんだと思う。
 つかさがいてくれてよかった。本当にそう思う。
 だけど、つかさも私と同じように胸を痛めているかもしれないから……
 まずは、顔を洗うことにした。

-おわり-




















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