「撒き銭、というのですか?」
みゆきが確認すると、かがみはツインテールを揺らして肯く。
「うん。長寿を全うした人―一般的には80歳以上―の葬儀で、あんな風にお金を撒くの。本来は袋じゃなくて、ザルに入れるらしいけどね。撒く金額は故人の享年と、家の財力に比例するの」
「それは想像に難くありませんね」
「お金持ちのところだと、千円札を撒く場合もあるわ」
ここでかがみは小声になり、
「この家は、100円玉が多かったから、まあ普通みたいね。ほとんどが10円玉というとこもあるから」
「500円玉もありましたよ」
みゆきも小声になって、一枚だけ拾えたそれを見せた。
「さすがね。寿司は上ネタ、撒き銭は上『玉』か」
潜めた声のまま、みゆきは不安げな顔になる。
「でも、よろしいのでしょうか? お葬式なのに……」
「部外者が盛り上がって不謹慎だと?」
「ええ。はしゃぎすぎでは……」
小中学生が笑って引き上げていったのを思い出す。葬儀に笑顔なんて……。
「いいのいいの。じゃなきゃ銅鑼まで鳴らして目立つ葬列を組んだりしないし、撒く方だってその辺は承知の上よ。ていうか、撒いた人たちも、地元なら拾いにいった経験ありだと思うわ」
地元でさえないかがみが、あっけらかんとしているのに圧倒される。
「それによく考えてみて。お金を撒くという行為に、日本的な慎ましさとか、近所付き合いの形が見えてこない?」
「えーと……」
近所付き合い。確かに拾いに来るのは、近所の人が多いだろう。
「おすそ分け、ですか? 香典の」
答えを出してみたみゆきに、かがみは「75点」とでも言いたそうな、ちょっと残念な顔をする。
「おすそ分けってのはいい線だけど、長生きした人の葬儀限定って点を考慮してみて。今でこそ平均寿命が延びたけど、昔は80歳以上なんていったら、生きた化石も同然だったんだから」
「長生きできた幸運や、生命力とかいったものですか?」
「そうね。より日本的な捉え方をすると、縁起とか験(げん)てやつかな。だから拾ったお金の扱いに関しても、塩をかけたり土に埋めたりして清めた後、なるべく早く使うべしとする言い伝えの他に、長寿のお守りとして大事にとっておくべしとするものもあるわ」
「……とすると、私達はどうしたら?」
「そりゃ……使わないわけにいかないでしょ?」
「ですよね」
「ま、気にすることないわよ。仏教も宗派によっては死を不浄のものと捉えないで、葬儀出席者同様撒き銭も、塩での清めを行わないところもあるし」
「はあ……」
「第一、お守りにして使わないって決め込んだら、経済学的に好ましくないわ……多分」
「かがみさんはお詳しいのに、対応は現実的でシビアですね」
「ううん。神社の娘で、なおかつその神社の責任者ってわけないからね、都合よく部外者を気取れるのよ。『そんなの関係ねえ』ってね」
「いえ、それはそれで素敵だと思います。たとえ信じてなくても、いわく因縁があれば人は不安に駆られるものですから」
「こなたなら、『そこに痺れる憧れる』とでも言うかな」
「お金は、使いたいときに使うのを旨とする方ですからね」
「『オタク』を綺麗に言い替えると、そうなるのかもね」
「で、その泉さんとつかささんは……?」
境内を見回すと、二人はまだ白砂に目を凝らしていた。
「落穂拾いね」
「残敵掃討ですね」
「落穂拾い」は、軍隊のスラングでは「残敵掃討」と同義である。
「まだ探してるの? もうないでしょ」
ベンチを離れ近付いたかがみが訊くと、待ってましたとばかりにこなたは言った。
「甘いなかがみんや。白砂の上だと、5円玉と10円玉以外はけっこう保護色なのだよ。ほら」
こなたはアホ毛をぴょんと跳ね上げしゃがむと、100円玉を拾い上げた。
「掃討段階での狙い目は、参列者の輪の内側。これ宇宙の真理ね」
「撒いている間は拾えませんからね」
そちらはつかさが担当しているようだ。
「あったよ、こなちゃん」
つかさは100円玉と50円玉を一つずつ発見していた。
「掴み投げだから、うっかり内側にポロりなんてやっちゃうんだよね。それと……」
「まだあるのか」
「踏まれて埋まっちゃったのがあるはずなんだけど」
「じゃあ掘り返す? いいわよ。付き合うわよ。宿題する暇がなくなっちゃうけど」
かがみが言うと笑いが起こった。そこでみゆきの提案で横一列に並び、境内を端から端まで移動することとなった。かがみがさらに100円玉を一つ見つけ、掃討戦も終了となった。
四人はベンチに移動し、それぞれの成果を確かめる。金額・枚数ともこなたが圧倒していた。
「あんた相当場数を踏んでるでしょ」
「うん……まあね」
本当の意味で部外者であるせいか、みゆきはここに言い知れぬ違和感を抱いた。ここに至るまでを嬉々と語るのが、こなたのこなたたる由縁ではないのか?
「私の恋の遍歴と同じだよ」
「……ほう。さぞかしモテるんでしょうねぇ。あんたのお下がりでいいから、誰か紹介してくれない?」
「……」
言ってて空しくなったようだ。うまくジョークに丸めたが、果たしてそれだけだろうか?
二位はかがみだった。視界内に50円以上が入ってる場合は移動してでもそれを優先して拾い、たとえ近くでも5円玉・10円玉は後回しにしたという。
「頭脳プレーですね」
「さすがお姉ちゃん」
「そ、それほどでもないわよ。当たり前でしょ、それくらい」
照れるかがみに、こなたが言う。
「狩りの鉄則だよね。かがみのイメージは、狩られる側のうさちゃんだけど」
「ほっとけ」
三位はみゆきだった。出遅れはしたが、四人の中で唯一500円玉を拾うことが出来たので、つかさを上回った。最下位となったつかさだが、ポケットが一番砂まみれにならなかったのもつかさだだった。
一段落して「さて」と誰が言ってもおかしくない空気になったとき、かがみは自分の拾った撒き線を全部こなたに渡した。
「じゃあこれ、あんたに預けとくわ」
「え……え……??」
「はい、ゆきちゃん」
戸惑っているこなたの横で、つかさもみゆきに全額渡す。
「神社とはいえウチはわりかし開明的ではあるけど、お金が絡むとなるとさすがに、ね」
「持ち帰るというわけにはいかない、ということですか?」
「持ち帰りないのは山々だけど……」
かがみは渋りきり、つかさも苦笑い。
「では、こうしたらいかがでしょう」
今日だけでなく四人で集まる時、全員のための何がしかに使っては?
「今後も今日みたいな集まりをすることもあるでしょうし、他にも例えば、この中の誰かが病気になった時の、見舞いの諸費用に当てるとか」
「それがいいわね。じゃあこなた。あんたが管理しなさい」
「ふぉっ!?」
こなたは意外そうな顔をした。
「卒業後まで残ってたら、残金はあんたの物になるってオプションつきでも嫌?」
「信用なさるのはご自由だが、卒業を待たずして魔が刺さないとでもお思いか?」
「でも、みゆきだとまた忘れそうだし」
「信用を一気に失ってしまいましたね……」
みゆき、眉を下げしょんぼり。
「金額の関しては、みゆきが記録しておいて」
「信用を取り戻しました」
みゆき、眉を上げにっこり。
「もし魔が差したときは、あんたの所有するお宝を売り払って補填する。いいわね?」
結局こなたが預かることとなり、そこで一旦解散となる。柊姉妹は帰宅し、荷物を持って泉家に来る。みゆきはこなたと連れ立って、泉家に向かう。こなたの鞄は、全員分の撒き銭でかなり重くなっていた。
「医者の世話になるかもしれないというのは、拾ってる最中に他の方と激突するかもしれないという事だったんですね?」
「そうだよ。もっともみゆきさんの場合、それと関係なく転びそうだけどね」
「そうですね……」
「……否定しないんだ」
「わたしならともかく、それで他の方に怪我をさせなくてよかったです」
「かがみの言う通り、聖人君子だねぇ」
「携帯電話で何かを確認されていたようですが?」
「みゆきさんの推理を伺おうかな」
「六曜を確認、じゃないですか?」
「さすがマスオ君だ」
「マス……?」
「もとい、みゆきさんだ。昨日が友引で、今日が先負。まあたいていは、お金を撒くのは午後なんだけどね」
泉家では当主のそうじろうが迎えてくれた。みゆきの高スペックぶりを一目で見抜きデレる。ツンデレのデレではなく、単なるデレデレである。
「おとーさん、ほら。拾いもん」
こなたは拾ってきた撒き銭を見せた。
「お、葬式があったのか。だいぶ取り戻したな」
「みんなが拾った分も預かる事になっただけ。でも、私が一番拾ったよ」
「そうかそうか。父さんも行けばよかったなあ」
「カメラ持って?」
「うぐ……ば、バカ言うな。お寺で写真なんか撮るなんて、そんな心霊趣味は父さんにはないぞ」
「そっか。短いスカートでお金を拾ってる女子高生を撮れば、何かいいものが写ると思うけど?」
「それは否定しない。否定しないけどな……」
「……否定しないんだ。あと二人女子高生が泊まる事になるけど、変な事しないでよ。ソードオフしたショットガンで撃たれちゃうから」
「大丈夫だって。記念撮影するだけだから」
そうじろうは一旦引っ込むと急いで戻ってきた。カメラを手にして……。
「こなた、早速撮ってくれ」
そうじろうとカメラに収まり、こなたのあまりくっつくな、肩に手をやるな、腰はもっとダメなんて指示する声を聞きながら、みゆきは思うのだった。
「取り戻した」とは、どういう意味なのでしょう?
みゆきが確認すると、かがみはツインテールを揺らして肯く。
「うん。長寿を全うした人―一般的には80歳以上―の葬儀で、あんな風にお金を撒くの。本来は袋じゃなくて、ザルに入れるらしいけどね。撒く金額は故人の享年と、家の財力に比例するの」
「それは想像に難くありませんね」
「お金持ちのところだと、千円札を撒く場合もあるわ」
ここでかがみは小声になり、
「この家は、100円玉が多かったから、まあ普通みたいね。ほとんどが10円玉というとこもあるから」
「500円玉もありましたよ」
みゆきも小声になって、一枚だけ拾えたそれを見せた。
「さすがね。寿司は上ネタ、撒き銭は上『玉』か」
潜めた声のまま、みゆきは不安げな顔になる。
「でも、よろしいのでしょうか? お葬式なのに……」
「部外者が盛り上がって不謹慎だと?」
「ええ。はしゃぎすぎでは……」
小中学生が笑って引き上げていったのを思い出す。葬儀に笑顔なんて……。
「いいのいいの。じゃなきゃ銅鑼まで鳴らして目立つ葬列を組んだりしないし、撒く方だってその辺は承知の上よ。ていうか、撒いた人たちも、地元なら拾いにいった経験ありだと思うわ」
地元でさえないかがみが、あっけらかんとしているのに圧倒される。
「それによく考えてみて。お金を撒くという行為に、日本的な慎ましさとか、近所付き合いの形が見えてこない?」
「えーと……」
近所付き合い。確かに拾いに来るのは、近所の人が多いだろう。
「おすそ分け、ですか? 香典の」
答えを出してみたみゆきに、かがみは「75点」とでも言いたそうな、ちょっと残念な顔をする。
「おすそ分けってのはいい線だけど、長生きした人の葬儀限定って点を考慮してみて。今でこそ平均寿命が延びたけど、昔は80歳以上なんていったら、生きた化石も同然だったんだから」
「長生きできた幸運や、生命力とかいったものですか?」
「そうね。より日本的な捉え方をすると、縁起とか験(げん)てやつかな。だから拾ったお金の扱いに関しても、塩をかけたり土に埋めたりして清めた後、なるべく早く使うべしとする言い伝えの他に、長寿のお守りとして大事にとっておくべしとするものもあるわ」
「……とすると、私達はどうしたら?」
「そりゃ……使わないわけにいかないでしょ?」
「ですよね」
「ま、気にすることないわよ。仏教も宗派によっては死を不浄のものと捉えないで、葬儀出席者同様撒き銭も、塩での清めを行わないところもあるし」
「はあ……」
「第一、お守りにして使わないって決め込んだら、経済学的に好ましくないわ……多分」
「かがみさんはお詳しいのに、対応は現実的でシビアですね」
「ううん。神社の娘で、なおかつその神社の責任者ってわけないからね、都合よく部外者を気取れるのよ。『そんなの関係ねえ』ってね」
「いえ、それはそれで素敵だと思います。たとえ信じてなくても、いわく因縁があれば人は不安に駆られるものですから」
「こなたなら、『そこに痺れる憧れる』とでも言うかな」
「お金は、使いたいときに使うのを旨とする方ですからね」
「『オタク』を綺麗に言い替えると、そうなるのかもね」
「で、その泉さんとつかささんは……?」
境内を見回すと、二人はまだ白砂に目を凝らしていた。
「落穂拾いね」
「残敵掃討ですね」
「落穂拾い」は、軍隊のスラングでは「残敵掃討」と同義である。
「まだ探してるの? もうないでしょ」
ベンチを離れ近付いたかがみが訊くと、待ってましたとばかりにこなたは言った。
「甘いなかがみんや。白砂の上だと、5円玉と10円玉以外はけっこう保護色なのだよ。ほら」
こなたはアホ毛をぴょんと跳ね上げしゃがむと、100円玉を拾い上げた。
「掃討段階での狙い目は、参列者の輪の内側。これ宇宙の真理ね」
「撒いている間は拾えませんからね」
そちらはつかさが担当しているようだ。
「あったよ、こなちゃん」
つかさは100円玉と50円玉を一つずつ発見していた。
「掴み投げだから、うっかり内側にポロりなんてやっちゃうんだよね。それと……」
「まだあるのか」
「踏まれて埋まっちゃったのがあるはずなんだけど」
「じゃあ掘り返す? いいわよ。付き合うわよ。宿題する暇がなくなっちゃうけど」
かがみが言うと笑いが起こった。そこでみゆきの提案で横一列に並び、境内を端から端まで移動することとなった。かがみがさらに100円玉を一つ見つけ、掃討戦も終了となった。
四人はベンチに移動し、それぞれの成果を確かめる。金額・枚数ともこなたが圧倒していた。
「あんた相当場数を踏んでるでしょ」
「うん……まあね」
本当の意味で部外者であるせいか、みゆきはここに言い知れぬ違和感を抱いた。ここに至るまでを嬉々と語るのが、こなたのこなたたる由縁ではないのか?
「私の恋の遍歴と同じだよ」
「……ほう。さぞかしモテるんでしょうねぇ。あんたのお下がりでいいから、誰か紹介してくれない?」
「……」
言ってて空しくなったようだ。うまくジョークに丸めたが、果たしてそれだけだろうか?
二位はかがみだった。視界内に50円以上が入ってる場合は移動してでもそれを優先して拾い、たとえ近くでも5円玉・10円玉は後回しにしたという。
「頭脳プレーですね」
「さすがお姉ちゃん」
「そ、それほどでもないわよ。当たり前でしょ、それくらい」
照れるかがみに、こなたが言う。
「狩りの鉄則だよね。かがみのイメージは、狩られる側のうさちゃんだけど」
「ほっとけ」
三位はみゆきだった。出遅れはしたが、四人の中で唯一500円玉を拾うことが出来たので、つかさを上回った。最下位となったつかさだが、ポケットが一番砂まみれにならなかったのもつかさだだった。
一段落して「さて」と誰が言ってもおかしくない空気になったとき、かがみは自分の拾った撒き線を全部こなたに渡した。
「じゃあこれ、あんたに預けとくわ」
「え……え……??」
「はい、ゆきちゃん」
戸惑っているこなたの横で、つかさもみゆきに全額渡す。
「神社とはいえウチはわりかし開明的ではあるけど、お金が絡むとなるとさすがに、ね」
「持ち帰るというわけにはいかない、ということですか?」
「持ち帰りないのは山々だけど……」
かがみは渋りきり、つかさも苦笑い。
「では、こうしたらいかがでしょう」
今日だけでなく四人で集まる時、全員のための何がしかに使っては?
「今後も今日みたいな集まりをすることもあるでしょうし、他にも例えば、この中の誰かが病気になった時の、見舞いの諸費用に当てるとか」
「それがいいわね。じゃあこなた。あんたが管理しなさい」
「ふぉっ!?」
こなたは意外そうな顔をした。
「卒業後まで残ってたら、残金はあんたの物になるってオプションつきでも嫌?」
「信用なさるのはご自由だが、卒業を待たずして魔が刺さないとでもお思いか?」
「でも、みゆきだとまた忘れそうだし」
「信用を一気に失ってしまいましたね……」
みゆき、眉を下げしょんぼり。
「金額の関しては、みゆきが記録しておいて」
「信用を取り戻しました」
みゆき、眉を上げにっこり。
「もし魔が差したときは、あんたの所有するお宝を売り払って補填する。いいわね?」
結局こなたが預かることとなり、そこで一旦解散となる。柊姉妹は帰宅し、荷物を持って泉家に来る。みゆきはこなたと連れ立って、泉家に向かう。こなたの鞄は、全員分の撒き銭でかなり重くなっていた。
「医者の世話になるかもしれないというのは、拾ってる最中に他の方と激突するかもしれないという事だったんですね?」
「そうだよ。もっともみゆきさんの場合、それと関係なく転びそうだけどね」
「そうですね……」
「……否定しないんだ」
「わたしならともかく、それで他の方に怪我をさせなくてよかったです」
「かがみの言う通り、聖人君子だねぇ」
「携帯電話で何かを確認されていたようですが?」
「みゆきさんの推理を伺おうかな」
「六曜を確認、じゃないですか?」
「さすがマスオ君だ」
「マス……?」
「もとい、みゆきさんだ。昨日が友引で、今日が先負。まあたいていは、お金を撒くのは午後なんだけどね」
泉家では当主のそうじろうが迎えてくれた。みゆきの高スペックぶりを一目で見抜きデレる。ツンデレのデレではなく、単なるデレデレである。
「おとーさん、ほら。拾いもん」
こなたは拾ってきた撒き銭を見せた。
「お、葬式があったのか。だいぶ取り戻したな」
「みんなが拾った分も預かる事になっただけ。でも、私が一番拾ったよ」
「そうかそうか。父さんも行けばよかったなあ」
「カメラ持って?」
「うぐ……ば、バカ言うな。お寺で写真なんか撮るなんて、そんな心霊趣味は父さんにはないぞ」
「そっか。短いスカートでお金を拾ってる女子高生を撮れば、何かいいものが写ると思うけど?」
「それは否定しない。否定しないけどな……」
「……否定しないんだ。あと二人女子高生が泊まる事になるけど、変な事しないでよ。ソードオフしたショットガンで撃たれちゃうから」
「大丈夫だって。記念撮影するだけだから」
そうじろうは一旦引っ込むと急いで戻ってきた。カメラを手にして……。
「こなた、早速撮ってくれ」
そうじろうとカメラに収まり、こなたのあまりくっつくな、肩に手をやるな、腰はもっとダメなんて指示する声を聞きながら、みゆきは思うのだった。
「取り戻した」とは、どういう意味なのでしょう?
「じゃあ、先に入るわよ」
柊姉妹が階下へと姿を消す。
つかさの料理講座もつつがなく終了し、宿題も粗方片付いて、いうなれば掃討戦の段階。誰の目にも一段落ついた格好となったので、入浴を開始した。時間はもう遅く、四人もいると効率が悪いということで、姉妹はまとめて入る事になった。なお、なぜかそうじろうは最後に入るといって聞かない。
見送ってみゆきと二人きりとなったこなたは、伸びを一つ打つと宿題の卓を離れ、そろそろをPCに向かいかける。一息一息……。なんて呟きが聞こえてきそうな背中を、みゆきが呼び止めた。
「泉さん……」
「ん?」
振り返ったが、みゆきはそれっきり思いつめたように黙りこくる。
「私たちも一緒に入る?」
「そうしますか……」
答えるみゆきはぎこちなく言い、ぎこちなく笑う。その思い詰めた顔。
「その呼び方だけどさ……」
「『泉さん』ですか?」
「今ここだと、呼んでもいないおとーさんが来ちゃうかもよ」
こなたはわざとらしく声を潜める。
「あ、そうでしたね。お仕事の邪魔になるといけませんね」
「いや、そういう意味でもないんだけど……」
「では…………こなたさん」
何か突拍子もない呼び方を心のどこかで期待していたこなたは、少し拍子抜けした。でも、「なたちゃん」でもなあ……。
「なあに?」
「……」
不安に慄いたまま、みゆきはまたも黙りこくる。こなたは苦笑すると近付き、さも当たり前のようにみゆきの膝に座った。それは猫が、飼い主の膝で丸くなるのに似ていた。
「そのお父様のおしゃった、『取り戻した』という言葉が、気になって仕方なくて」
「ああ、あれ……」
こなたは体を傾け、みゆきの胸を枕にする。
「詮索するのは失礼に当たるのかもしれませんが……」
こなたは内心、自分の体にはない何じゃこりゃ的な感触に驚き、そしてそれを楽しみながら、みゆきの体から直接響いてくる声を聞く。
「へーきへーき。おとーさんの方が先に失礼があったくらいだからね。気にすることはないと思うよ。そうだ。やっぱり一緒に入ろう、お風呂。みゆきさんを一人で入れさせるには、危険すぎる」
「……」
みゆきは答えない。ただ呼吸し、ゆっくり体を上下させるだけだ。
「じゃあ、みゆきさんの推理を伺おうかな」
「!」
みゆきが緊張したのが分かる。
「失礼だと言うなら、それなりの不埒な結論がみゆきさんの中で出てるんでしょ」
言ってから、しまったと思う。真に受けたみゆきが、余計喋りたがらなくなるかもしれない。
「まあ、その、ね……。不埒な想像は私の専売特許みたいなものだから、たまには人のそれを聞くのも面白いかなって思ってね」
「……」
これも逆効果だったかもしれない。ならば最後の手段―
「あっ……」
「話してくれるまで離さないよ」
こなたは体の向きを反転させ、みゆきの胸に顔を埋めた。腕を背中に回し、髪ごと抱き締める。みゆきが震えたのは、こなたの声が真剣で怖いと思ったから。でもその声の主の頭を思わず撫でてしまったのは、声とはミスマッチで優しい顔をしていたから。自分の不安を半分引き受けてくれたから。
「では……」
みゆきがおずおずと話し出す。まず言及したのは、何故かこなたの両親の出身地だった。
柊姉妹が階下へと姿を消す。
つかさの料理講座もつつがなく終了し、宿題も粗方片付いて、いうなれば掃討戦の段階。誰の目にも一段落ついた格好となったので、入浴を開始した。時間はもう遅く、四人もいると効率が悪いということで、姉妹はまとめて入る事になった。なお、なぜかそうじろうは最後に入るといって聞かない。
見送ってみゆきと二人きりとなったこなたは、伸びを一つ打つと宿題の卓を離れ、そろそろをPCに向かいかける。一息一息……。なんて呟きが聞こえてきそうな背中を、みゆきが呼び止めた。
「泉さん……」
「ん?」
振り返ったが、みゆきはそれっきり思いつめたように黙りこくる。
「私たちも一緒に入る?」
「そうしますか……」
答えるみゆきはぎこちなく言い、ぎこちなく笑う。その思い詰めた顔。
「その呼び方だけどさ……」
「『泉さん』ですか?」
「今ここだと、呼んでもいないおとーさんが来ちゃうかもよ」
こなたはわざとらしく声を潜める。
「あ、そうでしたね。お仕事の邪魔になるといけませんね」
「いや、そういう意味でもないんだけど……」
「では…………こなたさん」
何か突拍子もない呼び方を心のどこかで期待していたこなたは、少し拍子抜けした。でも、「なたちゃん」でもなあ……。
「なあに?」
「……」
不安に慄いたまま、みゆきはまたも黙りこくる。こなたは苦笑すると近付き、さも当たり前のようにみゆきの膝に座った。それは猫が、飼い主の膝で丸くなるのに似ていた。
「そのお父様のおしゃった、『取り戻した』という言葉が、気になって仕方なくて」
「ああ、あれ……」
こなたは体を傾け、みゆきの胸を枕にする。
「詮索するのは失礼に当たるのかもしれませんが……」
こなたは内心、自分の体にはない何じゃこりゃ的な感触に驚き、そしてそれを楽しみながら、みゆきの体から直接響いてくる声を聞く。
「へーきへーき。おとーさんの方が先に失礼があったくらいだからね。気にすることはないと思うよ。そうだ。やっぱり一緒に入ろう、お風呂。みゆきさんを一人で入れさせるには、危険すぎる」
「……」
みゆきは答えない。ただ呼吸し、ゆっくり体を上下させるだけだ。
「じゃあ、みゆきさんの推理を伺おうかな」
「!」
みゆきが緊張したのが分かる。
「失礼だと言うなら、それなりの不埒な結論がみゆきさんの中で出てるんでしょ」
言ってから、しまったと思う。真に受けたみゆきが、余計喋りたがらなくなるかもしれない。
「まあ、その、ね……。不埒な想像は私の専売特許みたいなものだから、たまには人のそれを聞くのも面白いかなって思ってね」
「……」
これも逆効果だったかもしれない。ならば最後の手段―
「あっ……」
「話してくれるまで離さないよ」
こなたは体の向きを反転させ、みゆきの胸に顔を埋めた。腕を背中に回し、髪ごと抱き締める。みゆきが震えたのは、こなたの声が真剣で怖いと思ったから。でもその声の主の頭を思わず撫でてしまったのは、声とはミスマッチで優しい顔をしていたから。自分の不安を半分引き受けてくれたから。
「では……」
みゆきがおずおずと話し出す。まず言及したのは、何故かこなたの両親の出身地だった。
それはいつだったか、教室でみゆきが埼玉方言について話題にした時の事だった。
「―以上が埼玉東部特有の、『埼玉特殊アクセント』についての概要です。東京系でも東北系でもない、独自のアクセントということですね。東京系アクセントに飲み込まれつつあり、若い世代からは聞かれなくなってるそうですが」
「たしかに、私たちはあまり使わないわね」
椅子に座ったかがみが肯いた。
「でもかがみは稀に、すごく訛る事があるよ。つかさもだけど」
潰れたように机に体を引っ付けていたこなたが、見上げながら言う。
「あー、うちは神社だからね。古い世代との付き合いが割りと多いのよ。こなたの場合はなんと言うか、わざと埼玉言葉を使うようなことあるわよね?」
「おとーさんが石川出身だから、あまり染まってないかもね」
「言葉は親に習いますものね」
「だから石川の言葉が出ちゃうことが、たまーにあるんだよね。喋ってからあれー? ってなってさ。誰かが使っているのを聞いたことないのに、何で知ってるんだろうって思って、おとーさんに聞いてみたらそりゃ石川弁だって言われた。おとーさんもこっちでの暮らしが長くなるにつれて、使わなくなったっていうから」
「怒る時だけ無意識に方言が出るって人いるけど、似たようなものかもね」
「でも、待てよ……」
こなたは体を起こし、遠くを見つめる目になる。
「お母さんが生きてたら、もっと石川弁に染まってたかな。会話があるとないじゃ全然染まり方が違うだろうし……。ということは……」
今度はこなたの顔が青ざめる。
「こなた……?」
空気はしんみりとするが、そこでこなたの「突っ込みづらい雰囲気の時に変なことを言う」ぶりが遺憾なく発揮された。
「いやね、おとーさんが、最近私がお母さんに似てきたって喜んでたんだけど、時期に言葉遣いも似るように調教されちゃうかな、なんて思って」
「あんたな……」
「―以上が埼玉東部特有の、『埼玉特殊アクセント』についての概要です。東京系でも東北系でもない、独自のアクセントということですね。東京系アクセントに飲み込まれつつあり、若い世代からは聞かれなくなってるそうですが」
「たしかに、私たちはあまり使わないわね」
椅子に座ったかがみが肯いた。
「でもかがみは稀に、すごく訛る事があるよ。つかさもだけど」
潰れたように机に体を引っ付けていたこなたが、見上げながら言う。
「あー、うちは神社だからね。古い世代との付き合いが割りと多いのよ。こなたの場合はなんと言うか、わざと埼玉言葉を使うようなことあるわよね?」
「おとーさんが石川出身だから、あまり染まってないかもね」
「言葉は親に習いますものね」
「だから石川の言葉が出ちゃうことが、たまーにあるんだよね。喋ってからあれー? ってなってさ。誰かが使っているのを聞いたことないのに、何で知ってるんだろうって思って、おとーさんに聞いてみたらそりゃ石川弁だって言われた。おとーさんもこっちでの暮らしが長くなるにつれて、使わなくなったっていうから」
「怒る時だけ無意識に方言が出るって人いるけど、似たようなものかもね」
「でも、待てよ……」
こなたは体を起こし、遠くを見つめる目になる。
「お母さんが生きてたら、もっと石川弁に染まってたかな。会話があるとないじゃ全然染まり方が違うだろうし……。ということは……」
今度はこなたの顔が青ざめる。
「こなた……?」
空気はしんみりとするが、そこでこなたの「突っ込みづらい雰囲気の時に変なことを言う」ぶりが遺憾なく発揮された。
「いやね、おとーさんが、最近私がお母さんに似てきたって喜んでたんだけど、時期に言葉遣いも似るように調教されちゃうかな、なんて思って」
「あんたな……」
「以上のことから、いず……こなたさんのご両親が、石川出身だということが分かります。にも拘らず、こなたさんは埼玉出身。ということは、従って亡くなったお母様の葬儀は、埼玉で行われた可能性が高いということになります」
「……」
こなたは沈黙を守る。何も言わなかった事に、みゆきは怯えたようだ。続けたのはだいぶ経ってからだった。
「……そしてお父様の『取り戻した』という発言。これは多様な解釈が可能ですが……」
「そうだね~」
こなたが茶化すように言う。海苔目・猫口はネタを楽しむ時の顔。
「例えばパチンコですっちゃった分を、健気な娘が取り戻したとか、いかにもありそうな話だよね~」
「あぅ……」
真相はそんなもなのかもしれない。得てしてそういうものだという事に思い当たり、みゆきはぐうの音ならぬ「あぅ」の音が出てしまった。
「浦和競馬で、ってのもありかな。競艇はこの辺だと―」
「で、ですが、私はこう考えました。こなたさんのお父様は、お母様の葬儀で撒き銭を行ったのではないか、と」
遮り、一気に言い切ると、沈黙が部屋を支配した。聴覚が刺激を失ったせいか、触角の感覚が生々しく脳に伝わるようになる。あったかいな……。
「ふーむ」
こなたはへの口になり、考える顔。
「推理小説だと完全にアンフェアだけど……」
「……はい?」
「この期に及んで意地悪く、みゆきさんが得てない材料を提示するとだね……」
「はい……」
「わたしの従姉妹、おとーさんの妹の子達なんだけど、その二人も埼玉出身だよ。ていうかその一人がゆい姉さんなんだけど」
「!!」
ということは、泉家はそうじろうだけでなく、他の構成者も石川から埼玉への大規模な移住を行っていて、そうじろうはこなたが生まれるはるか前に、埼玉で葬儀を経験した可能性があるということになる。ならばその誰かしらの葬儀で、撒き銭を行った可能性だってあるわけで、そこで撒いた分を取り戻したというニュアンスかもしれないではないか。
「すみません。やはり、私なんかが立ち入るべきではなかったですね」
みゆきはこなたの肩に手をやって、体を離そうとするが、こなたの方が離そうとしない。
「こなたさん……?」
「いや、材料は材料として、みゆきさんの推理は正解。お母さんの葬式を行う段になって、初めてその存在を知ったんだって。私は覚えてないけど、お母さんの葬式で撒き銭をやったんだっていうけど、それが顔に似合わず気障な話でね」
「気障、ですか?」
「撒き銭て、本来はお年寄りの葬式でやるもんなんだけど……あ、かがみから聞いた? 何で若くして死んだお母さんの時もやったのか聞いたらね、こう言ったの。『かなたは俺の心の中で生き続ける。撒き銭がおすそ分けなら、俺はかなたがくれた幸せを撒き銭に込めて、みんなにおすそ分けしてやろうじゃないか』」
いい話じゃないです。それを気障と斬って捨てるのはいかがなものかと……。そう思うみゆきの顔が曇り、こなたはそれを見て取る。
「いや、みゆきさんの言いたいことは分かる。間抜けな後日談がなければ、わたしだってそれを信じてあげてもいいと思うんだけどね」
「間抜けな後日談……??」
「まあ……そのせいで今の私が、撒き銭拾いの達人としてあるとでも言うのかな。そういう意味で間抜けであって……」
「どういうことですか?」
「うん……」
話しづらそうにはぐらかしたりしたのは、あるいはその後日談のせいかもしれない、とみゆきは思った。
「お母さんの葬式をした頃って、まだ作家として駆け出しで、生活も良くなかったからね。撒き銭をしたことを後悔するようなところがあったみたいで、私が物心つくと、近所の葬式情報を熱心に集めて、撒き銭をやるとなると私を連れてよく出陣したの。『撒いた分を取り戻すぞ』とかなんとか、思えば生まれて初めて見た鼻息の荒い人間て、その時のおとーさんだったな。撒き銭拾いのための英才教育みたいなものを受けた覚えもあるし……」
こなたは遠くを見る目になる。自嘲含みで。
「そのために適当な理由つけて、私を学校から早退させた事もあるんだよ。そしたらクラスメートの子の家の葬式で、忌引きしてたその子と鉢合わせちゃったこともあって、誤魔化すのに苦労したなあ……」
「うふふ」
みゆきは一緒に笑う。五月病を欠席の理由にするセンスも、その辺で培われたのかもしれない。そんな風に気楽に捉えたのだが、次のこなたの言葉に、みゆきは戦慄にも似た強い衝撃を受けた。
「その上、毎回自分で拾った分も全部私に渡してさ、『今月の小遣いこれな』なんて言ったんだよ」
セコいよねー。
そう言おうとしたこなたの肺腑が、強く圧迫された。みゆきの腕によって。抱き締められたということに気付くのにさらに一瞬を要する。このまま窒息死も男のロマンだなあ、と思ったがみゆきが迷惑だろうから身をよじり、水から上がりたてのアザラシのように首を振り伸ばして、みゆきの肩に頭を乗せた。
「みゆきさん……泣くことないのに」
みゆきの頬を伝う物を、こなたの指が掬う。
「ごめんなさい……取り乱してしまって」
みゆきの中では、限りなく確信に近い仮説として、そうじろうの行為が理由付けられていた。
かがみは言っていた。撒き銭は長寿のお守りとなる、と。
ならば娘に撒き銭を拾わせ、自分で拾った分も渡すというのは、親として娘の長寿を願う行為そのものではないか?
「なんと言ったらいいか、うまく表現できないのですが」
「Don't think,feel」
「今まで以上に、人の想いの力を信じてもいい……そうfeelしました……だからさっきのあの瞬間は……そういう想いがあることを知ったから……こなたさんの存在がたまらなく愛しかった……」
みゆきはどうにかこうにか言い終える。紅潮した顔は髪の色に近づいている。この上なく真剣かつ真面目に言ったのだろうが、こういう場合は誤魔化した方が恥ずかしさは和らぐものだろう。だからこなたは言った。
「あいにく、黒井先生やかがみに殴られたくらいじゃ、簡単にポックリ逝かない丈夫な子に育っちゃったよ……お母さんが見たら、別の意味で泣くだろうけど」
「あ、すみません……」
こなたの体を力の限り締め付けていたことに気付き、みゆきは腕の力を抜く。
「苦しかった……ですよね」
「んー、天国逝っちゃうかと思ったよ。触覚的な意味で」
こなたは緩められた腕の中で体を少し離すと、みゆきの顔を見つめる。
「恥ずかしい内輪話がみゆきさんの為になったのなら、私も嬉しいよ」
あれ? そんだけ?
「あ、ありがとね」
何に対しての「ありがと」だろ? うーん、言語化が難しいな。
「あはは……」
「うふふ……」
笑いながら、こなたはもう一度みゆきの頬に手を伸ばそうとするが、眼鏡が邪魔だったので外してしまった。改めて手を伸ばし、そこで急に何か忘れているような気がしてきた。
「そういえばそろそろ……」
それが合図だったかのように、ドアが開いた。つかさが立っていた。
「お風呂空いt―」
固まる。
踏み出しかけた右足が空中で止まり、そのまま片足とびで後退。ドアが閉まる。
「どうしたのよ?」
かがみの声がする。
「お姉ちゃん、駄目!」
つかさが制止する声も空しくドアが開き……やはり固まる。
こなたはみゆきの腕の中。何が邪魔か眼鏡を外し、空いた片手は頬に伸び。まさにこれからお楽しみの構図?
「ちょ、こなた! みゆきに何してんのよ!?」
背中に取り付き、引き剥がしにかかる。
「無条件かつ問答無用で、私が悪役かい!?」
こなたの両手は、空中でバタバタ。
「お待ちください、かがみさん。これは私の方からお願いした結果なのです」
かがみは再度固まる。
「そ、そ、目にゴミが入っちゃったんだよね。みゆきさんたら、眼鏡かけたまま取ろうとしててさ。見るに見かねてね、私が取ってあげようとしてたのだよ……。ああ、みゆきさん。ひょっとして、眼鏡かけたまま顔洗っちゃうクチでしょ?」
こなた、意味ありげにウィンク。
「は、はい。眼鏡をかけたまま眼鏡を大捜索したこともありますよ。母まで巻き込んで。探す場所がなくなった頃、母が私の顔を指差して、『あら、見つかったの? 良かったわねえ』って」
頭の回転とは関係なく、みゆきがとっさに嘘をつけるとも思えない。となれば実話だろう。さすが高良親子……。誤魔化さなければならないという至上命題を忘れ、こなたは本気で感心した。
「ささ、みゆきさん。お風呂が空いたそうだよ」
「はい、入りましょう……」
階段を下りる二人の背中に、かがみが床にへたり込む音が聞こえてきた。
「……」
こなたは沈黙を守る。何も言わなかった事に、みゆきは怯えたようだ。続けたのはだいぶ経ってからだった。
「……そしてお父様の『取り戻した』という発言。これは多様な解釈が可能ですが……」
「そうだね~」
こなたが茶化すように言う。海苔目・猫口はネタを楽しむ時の顔。
「例えばパチンコですっちゃった分を、健気な娘が取り戻したとか、いかにもありそうな話だよね~」
「あぅ……」
真相はそんなもなのかもしれない。得てしてそういうものだという事に思い当たり、みゆきはぐうの音ならぬ「あぅ」の音が出てしまった。
「浦和競馬で、ってのもありかな。競艇はこの辺だと―」
「で、ですが、私はこう考えました。こなたさんのお父様は、お母様の葬儀で撒き銭を行ったのではないか、と」
遮り、一気に言い切ると、沈黙が部屋を支配した。聴覚が刺激を失ったせいか、触角の感覚が生々しく脳に伝わるようになる。あったかいな……。
「ふーむ」
こなたはへの口になり、考える顔。
「推理小説だと完全にアンフェアだけど……」
「……はい?」
「この期に及んで意地悪く、みゆきさんが得てない材料を提示するとだね……」
「はい……」
「わたしの従姉妹、おとーさんの妹の子達なんだけど、その二人も埼玉出身だよ。ていうかその一人がゆい姉さんなんだけど」
「!!」
ということは、泉家はそうじろうだけでなく、他の構成者も石川から埼玉への大規模な移住を行っていて、そうじろうはこなたが生まれるはるか前に、埼玉で葬儀を経験した可能性があるということになる。ならばその誰かしらの葬儀で、撒き銭を行った可能性だってあるわけで、そこで撒いた分を取り戻したというニュアンスかもしれないではないか。
「すみません。やはり、私なんかが立ち入るべきではなかったですね」
みゆきはこなたの肩に手をやって、体を離そうとするが、こなたの方が離そうとしない。
「こなたさん……?」
「いや、材料は材料として、みゆきさんの推理は正解。お母さんの葬式を行う段になって、初めてその存在を知ったんだって。私は覚えてないけど、お母さんの葬式で撒き銭をやったんだっていうけど、それが顔に似合わず気障な話でね」
「気障、ですか?」
「撒き銭て、本来はお年寄りの葬式でやるもんなんだけど……あ、かがみから聞いた? 何で若くして死んだお母さんの時もやったのか聞いたらね、こう言ったの。『かなたは俺の心の中で生き続ける。撒き銭がおすそ分けなら、俺はかなたがくれた幸せを撒き銭に込めて、みんなにおすそ分けしてやろうじゃないか』」
いい話じゃないです。それを気障と斬って捨てるのはいかがなものかと……。そう思うみゆきの顔が曇り、こなたはそれを見て取る。
「いや、みゆきさんの言いたいことは分かる。間抜けな後日談がなければ、わたしだってそれを信じてあげてもいいと思うんだけどね」
「間抜けな後日談……??」
「まあ……そのせいで今の私が、撒き銭拾いの達人としてあるとでも言うのかな。そういう意味で間抜けであって……」
「どういうことですか?」
「うん……」
話しづらそうにはぐらかしたりしたのは、あるいはその後日談のせいかもしれない、とみゆきは思った。
「お母さんの葬式をした頃って、まだ作家として駆け出しで、生活も良くなかったからね。撒き銭をしたことを後悔するようなところがあったみたいで、私が物心つくと、近所の葬式情報を熱心に集めて、撒き銭をやるとなると私を連れてよく出陣したの。『撒いた分を取り戻すぞ』とかなんとか、思えば生まれて初めて見た鼻息の荒い人間て、その時のおとーさんだったな。撒き銭拾いのための英才教育みたいなものを受けた覚えもあるし……」
こなたは遠くを見る目になる。自嘲含みで。
「そのために適当な理由つけて、私を学校から早退させた事もあるんだよ。そしたらクラスメートの子の家の葬式で、忌引きしてたその子と鉢合わせちゃったこともあって、誤魔化すのに苦労したなあ……」
「うふふ」
みゆきは一緒に笑う。五月病を欠席の理由にするセンスも、その辺で培われたのかもしれない。そんな風に気楽に捉えたのだが、次のこなたの言葉に、みゆきは戦慄にも似た強い衝撃を受けた。
「その上、毎回自分で拾った分も全部私に渡してさ、『今月の小遣いこれな』なんて言ったんだよ」
セコいよねー。
そう言おうとしたこなたの肺腑が、強く圧迫された。みゆきの腕によって。抱き締められたということに気付くのにさらに一瞬を要する。このまま窒息死も男のロマンだなあ、と思ったがみゆきが迷惑だろうから身をよじり、水から上がりたてのアザラシのように首を振り伸ばして、みゆきの肩に頭を乗せた。
「みゆきさん……泣くことないのに」
みゆきの頬を伝う物を、こなたの指が掬う。
「ごめんなさい……取り乱してしまって」
みゆきの中では、限りなく確信に近い仮説として、そうじろうの行為が理由付けられていた。
かがみは言っていた。撒き銭は長寿のお守りとなる、と。
ならば娘に撒き銭を拾わせ、自分で拾った分も渡すというのは、親として娘の長寿を願う行為そのものではないか?
「なんと言ったらいいか、うまく表現できないのですが」
「Don't think,feel」
「今まで以上に、人の想いの力を信じてもいい……そうfeelしました……だからさっきのあの瞬間は……そういう想いがあることを知ったから……こなたさんの存在がたまらなく愛しかった……」
みゆきはどうにかこうにか言い終える。紅潮した顔は髪の色に近づいている。この上なく真剣かつ真面目に言ったのだろうが、こういう場合は誤魔化した方が恥ずかしさは和らぐものだろう。だからこなたは言った。
「あいにく、黒井先生やかがみに殴られたくらいじゃ、簡単にポックリ逝かない丈夫な子に育っちゃったよ……お母さんが見たら、別の意味で泣くだろうけど」
「あ、すみません……」
こなたの体を力の限り締め付けていたことに気付き、みゆきは腕の力を抜く。
「苦しかった……ですよね」
「んー、天国逝っちゃうかと思ったよ。触覚的な意味で」
こなたは緩められた腕の中で体を少し離すと、みゆきの顔を見つめる。
「恥ずかしい内輪話がみゆきさんの為になったのなら、私も嬉しいよ」
あれ? そんだけ?
「あ、ありがとね」
何に対しての「ありがと」だろ? うーん、言語化が難しいな。
「あはは……」
「うふふ……」
笑いながら、こなたはもう一度みゆきの頬に手を伸ばそうとするが、眼鏡が邪魔だったので外してしまった。改めて手を伸ばし、そこで急に何か忘れているような気がしてきた。
「そういえばそろそろ……」
それが合図だったかのように、ドアが開いた。つかさが立っていた。
「お風呂空いt―」
固まる。
踏み出しかけた右足が空中で止まり、そのまま片足とびで後退。ドアが閉まる。
「どうしたのよ?」
かがみの声がする。
「お姉ちゃん、駄目!」
つかさが制止する声も空しくドアが開き……やはり固まる。
こなたはみゆきの腕の中。何が邪魔か眼鏡を外し、空いた片手は頬に伸び。まさにこれからお楽しみの構図?
「ちょ、こなた! みゆきに何してんのよ!?」
背中に取り付き、引き剥がしにかかる。
「無条件かつ問答無用で、私が悪役かい!?」
こなたの両手は、空中でバタバタ。
「お待ちください、かがみさん。これは私の方からお願いした結果なのです」
かがみは再度固まる。
「そ、そ、目にゴミが入っちゃったんだよね。みゆきさんたら、眼鏡かけたまま取ろうとしててさ。見るに見かねてね、私が取ってあげようとしてたのだよ……。ああ、みゆきさん。ひょっとして、眼鏡かけたまま顔洗っちゃうクチでしょ?」
こなた、意味ありげにウィンク。
「は、はい。眼鏡をかけたまま眼鏡を大捜索したこともありますよ。母まで巻き込んで。探す場所がなくなった頃、母が私の顔を指差して、『あら、見つかったの? 良かったわねえ』って」
頭の回転とは関係なく、みゆきがとっさに嘘をつけるとも思えない。となれば実話だろう。さすが高良親子……。誤魔化さなければならないという至上命題を忘れ、こなたは本気で感心した。
「ささ、みゆきさん。お風呂が空いたそうだよ」
「はい、入りましょう……」
階段を下りる二人の背中に、かがみが床にへたり込む音が聞こえてきた。
風呂から上がっても、布団に入り電気を消しても、誤解は解かれないままだった。
かがみは他に空き部屋がないかつかさを通して尋ね、姉妹はそちらに荷物ごと引っ越してしまった。だから相変わらず、こなたはみゆきと二人きり。ベッドは使わず、床に敷いた布団に隣同士……。
「ま、一晩寝て起きれば、頭も冷えるよ」
懸念のけの字も表明しないこなたである。そうなった理由の一つには、こなたが二人に本当の事を話したがらなかった事にある。
「聞かれなきゃ、みゆきさんにだって教えなかったことだし、でも一旦疑問に思われたのなら、間違った結論を出されるのも嫌だったから。ていうか、私の婿になる物好きな男性以外、人に話すことはないと思ってたんだよね……。ということはつまり、実に勿体ない」
「勿体ない、ですか?」
「いやだから、みゆきさんが男じゃないのが」
暗くてよく見えないが(明るくても、視力の関係でどっち道見えないかもしれないが)、多分こなたは口を尖らせているだろうとみゆきは思った。声が拗ねているように聞こえた。
「あんな真摯な態度で攻略を挑まれ、成功させちゃったんだからね。男ならぞっこんだったよ、わたしゃ……」
照れ隠しか、お婆さんみたいな口調でこなたが言う。
「光栄です」
「ね」
ごろんと、こなたはみゆきの方を向いたようだ。シルエットが変わる。
「いっそ私を嫁にしない?」
「それは……まず法律を変えませんと」
真面目に真っ当な答えを返すとは……そこに痺れる憧れる。だが確かに、実現は困難を極めるだろう。
「むぅ……政界に打って出る必要があるのか。まあそれはそれとして、当面の問題は……」
「どう誤解を解くか、ですか?」
「いや、撒き銭の使い道だよ。魔が刺す前に使い切らないと良くないよ。精神衛生的な意味で。」
「私としては、持っていていただきたいのですが……」
「また拾うよ。生きてる内はそれが出来るし」
「あ……それもそうですね」
その方がポジティブかつこなた的で、より良いとみゆきは思う。
「では、使い道に関して一つ考えがあるのですが」
みゆきもこなたの方を向いてようだ。シルエットが変化する。
「何々?」
「お花とお線香を買うというのはいかがですか?」
「……もう」
溜息をつくように言うと、こなたはみゆきの布団に潜り込み、腕に腕を絡めた。
「どこまでも可愛いんだから……」
かなたの墓参りをしようというのだ。四人のために使うかどうかはさておいても、撒き銭の使い道としてこれ以上しっくり来るものは、あるいはないかもしれない。
「お母様の好きだった物は何でしょうか?」
「んーと……あ、こっちでは十万石まん●ゅうが好きだったみたい。おとーさんと5個ずつ食べて、加賀百万石を懐かしんだとかなんとか……」
「では、それもお供えしましょう」
「余ったらかがみが引き受けてくれるもんね」
墓前に立ったら、一番最初にみゆきさんを紹介しよう。
亡き家族まで慈しんでくれる、優しい友達が出来ました、と。
かがみは他に空き部屋がないかつかさを通して尋ね、姉妹はそちらに荷物ごと引っ越してしまった。だから相変わらず、こなたはみゆきと二人きり。ベッドは使わず、床に敷いた布団に隣同士……。
「ま、一晩寝て起きれば、頭も冷えるよ」
懸念のけの字も表明しないこなたである。そうなった理由の一つには、こなたが二人に本当の事を話したがらなかった事にある。
「聞かれなきゃ、みゆきさんにだって教えなかったことだし、でも一旦疑問に思われたのなら、間違った結論を出されるのも嫌だったから。ていうか、私の婿になる物好きな男性以外、人に話すことはないと思ってたんだよね……。ということはつまり、実に勿体ない」
「勿体ない、ですか?」
「いやだから、みゆきさんが男じゃないのが」
暗くてよく見えないが(明るくても、視力の関係でどっち道見えないかもしれないが)、多分こなたは口を尖らせているだろうとみゆきは思った。声が拗ねているように聞こえた。
「あんな真摯な態度で攻略を挑まれ、成功させちゃったんだからね。男ならぞっこんだったよ、わたしゃ……」
照れ隠しか、お婆さんみたいな口調でこなたが言う。
「光栄です」
「ね」
ごろんと、こなたはみゆきの方を向いたようだ。シルエットが変わる。
「いっそ私を嫁にしない?」
「それは……まず法律を変えませんと」
真面目に真っ当な答えを返すとは……そこに痺れる憧れる。だが確かに、実現は困難を極めるだろう。
「むぅ……政界に打って出る必要があるのか。まあそれはそれとして、当面の問題は……」
「どう誤解を解くか、ですか?」
「いや、撒き銭の使い道だよ。魔が刺す前に使い切らないと良くないよ。精神衛生的な意味で。」
「私としては、持っていていただきたいのですが……」
「また拾うよ。生きてる内はそれが出来るし」
「あ……それもそうですね」
その方がポジティブかつこなた的で、より良いとみゆきは思う。
「では、使い道に関して一つ考えがあるのですが」
みゆきもこなたの方を向いてようだ。シルエットが変化する。
「何々?」
「お花とお線香を買うというのはいかがですか?」
「……もう」
溜息をつくように言うと、こなたはみゆきの布団に潜り込み、腕に腕を絡めた。
「どこまでも可愛いんだから……」
かなたの墓参りをしようというのだ。四人のために使うかどうかはさておいても、撒き銭の使い道としてこれ以上しっくり来るものは、あるいはないかもしれない。
「お母様の好きだった物は何でしょうか?」
「んーと……あ、こっちでは十万石まん●ゅうが好きだったみたい。おとーさんと5個ずつ食べて、加賀百万石を懐かしんだとかなんとか……」
「では、それもお供えしましょう」
「余ったらかがみが引き受けてくれるもんね」
墓前に立ったら、一番最初にみゆきさんを紹介しよう。
亡き家族まで慈しんでくれる、優しい友達が出来ました、と。
おわり
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- 全編通しての四人の仲良しな雰囲気、
そして思わず笑みがこぼれたラストシーン。最高でした。
こなたとみゆきさんという一見すると正反対の二人がなぜ仲良しなのかという答えをここに見られた気がします。 -- 名無しさん (2008-05-16 01:08:12)