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小さな恋

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こなたとつかさは付き合っている。

一体いつから気付いていたかと言われれば、本当は最初から全部気付いていた。
それは別に私の勘が意外と鋭かったからということではなく、そもそも二人とも
嘘をつくのも隠し事をするのも下手だったからだ。
だから私の目に見えないように手をつないだつもりなんであっても本当は気付いていたし、
たまの休日につかさが早起きして満面の笑顔で出かけていくのも別に不思議に思ったりは
しなかった。夜遅くに帰ってきたつかさの顔が、明らかに赤かったのを覚えている。
あの日二人が何をしたのか、わかりきっているのに最近はそんなことばかりを考える。
二人のことで頭がいっぱいになっている。
梅雨が始まって夏のように蒸し暑く、冷房をつけっぱなしにして寝ていたのが
悪かったのだろう、風邪をひいた。
油断してこじらせて、もう学校を休んで四日目になるというのに完治する気配はまだなく、
日がな一日、こうしてベッドで横になっている。眠りたいときに好きなだけ寝ているせいで昼夜の
感覚がおかしくなってきていて、ゆうべは数時間しか眠れず、眠いような、眠くないようなおかしな
気分がする。熱は上がったり下がったりを繰り返し、頭がぼうっとして色々な思考がまぜこぜになる。
ふたりは、いまなにをしているんだろう。
ふわふわする頭でなんとか輪郭を保つのは、そんな考えだけだった。
いったん考え始めると、二人の行為の細部まで浮かんでくる。妄想と言っていいかもしれない。
今はちょうど十二時半で、昼休みの時間だ。
二人だけで御飯を食べたりしているのだろうか。
談笑していると、不意にこなたがつかさの頬にキスをする。そういういたずらはこなたの
得意とするところだ。つかさは驚いて身をよじらせ、顔を赤くしながら、でもいやがったりは
せず、笑いながら「やだ、こなちゃんたら」、とか言っている。
制服の中に手を伸ばしたこなたは、最近少し大きくなってきたつかさの胸を玩び、声を
上げようとするつかさの唇を自分の唇でふさいでしまう。
立ち入り禁止の屋上で、お弁当なんかそっちのけで、二人は情事に興じている。
梅雨の時期、運良く燦々と輝く太陽が顔をのぞかせた日の昼、そんなことが起こっている。

思い浮かぶ映像は鮮明で、胸に空洞が空いたような虚脱感を感じる。
ひどくだるい体を起こして一階に降り、冷蔵庫から牛乳を取り出す。手先がふるえ、白い液体が
こぼれて床を濡らした。拭くのもおっくうで、コップになみなみと注がれたそれを一気に飲み干した。
そういえば、今日は朝から何も口にしていなかった。
甘ったるい水分が喉を潤してくれて、ほんの少しだけ頭がはっきりする。汗にまみれた体が
すうっと冷えるのを感じる。やっと雑巾で床を拭き、膝から崩れるように椅子に腰を下ろし、だらりと
両手を落とす。テーブルの脇に置いてあった体温計を腋に差し、天井を見上げると、私の部屋の
ものによく似た電灯がある。頭痛がひどくなり、すべての映像を遮断しようと目を閉じる。
私の小さな恋は、なんのドラマも起こらず、なんの結末も迎えず、そして私以外の誰にも
知られることもなく、始まる前に静かに終わった。
いつからこなたに惹かれていたのか、それはわからない。気がついたら、いつも目でこなたを
追っていた。小さく華奢な体、長く綺麗な髪、やわらかそうな唇……私はこなたに夢中だった。
かがみ、と呼ばれるたびに胸が跳ねた。ふざけて抱きついてくるたびに、抱きしめ返したくなった。
かがみ、かがみ、かがみ。こなた。
私も何度もこなたの名前を呼んだ。名前を呼び合うだけで距離が近づく気がしていた。
なんて独りよがりで、わがままな妄想だろう。
こんな少女趣味な考えは、きっとつかさでも持たない。馬鹿馬鹿しすぎて、恥ずかしくなってしまった。
ふと、私とつかさがどう違うか考える。つかさはお料理が得意だ。私と違って素直で、優しくて、
笑った顔はとっても可愛くて……こなたはそのどれに惹かれたのだろう。
もしかしたらそのうちの一つ。もしかしたらその全て。
もし、私がもう少しつかさと似た女の子だったら、こなたは私を選んでくれただろうか。

そこまで考えて、思わず笑ってしまった。そんなことを考えても、どうしようもない。
考えること自体、何の意味もない。せいぜい自分を慰めるくらいの役にしか立たない。
こなたがつかさを選んだのは仕方のないことだって……虚しい空想だ。
だが、誓って言える。私はつかさを恨んだことなど、一度もない。
他でもない、私が初めて本気で好きになった、ずっとずっと一緒にいたいと思ったそのこなたが、
つかさを選んだからだ。その気持ちを邪魔することなんて、私には出来っこなかった。
こなたは以前よりもはるかにきらびやかに輝いているように見えたし、つかさも笑っている顔を
よく見せるようになった。
これでよかったのだと思う。私が黙っていれば、石のように何もしゃべらなければ、私たちはずっと
笑っていられる。私が気付いていると知れば、みんなの関係はきっとぎくしゃくする。だから、私は
何も語らず、そぶりも見せず、ただ黙っている。静かな山羊……。
ピピ、と体温計が音を鳴らした。熱はひいていた。
コップにもう一杯牛乳を入れ、一気に飲み干した。
体にひどいだるさを残したまま椅子を立ち、足をふらつかせながら部屋に戻った。
倒れるようにベッドに横になり、天井を見上げた。熱はもうないはずなのに、頭が割れるように痛い。
目を閉じるとちりちりとした映像がまぶたの裏に浮かんだ。
ふわふわした妙な感覚が体を支配し、途端に眠気が襲ってきた。
こなたとつかさが手を繋いでいるところが思い浮かんだ。悲しいのか、そうでないのか、自分でも
わからない感覚に身を浸したまま、私は意識を手放した。

私は青い夢を見る。
風の舞う丘。たなびく草木。白いワンピースの少女。どこまでも伸びる飛行機雲。走るノイズ。
ここはどこ?ここは夏?まぶしいほどの太陽が私の肌を突き刺す。
私はどこに立っている?足に感覚はなく、宙に浮いているような。
さざめく風に木の葉が揺れる。ワンピースの少女が私を見る。長い、長い髪をたなびかせる。
私は彼女を知っている。彼女の名前を呼ぶ。
少女も私の名前を呼ぶ。聞き取れないけれどそれは私の名前である。
見詰めあいながら私は彼女の顔がわからない。麦藁帽子の陰に隠れて。
やがて彼女は私に手を伸ばす。私に触れようとしたその小さな手が、不意に遠くなる。
気付けば少女は樹の下に。私を見つめて立っている。
私は彼女を追いかける。彼女と離れたくないと思っている。私はただひたすらに走って、走って、
息が切れるほど走って、しかし丘の上の樹は近づかない。
彼女の名前を呼ぶ。何度も何度も。喉がつぶれてもかまわないほど、大きな声で呼びすがる。
少女は樹に寄り添って、私の名前を呼ぶ。小さすぎる声で何度も何度も。
まだ。まだ足りない。もっと呼んで。私の名前を。
少女が私の名前を呼ぶたび、私は少しずつ少しずつ樹に近づく。まだ足は動く。
いつか彼女に近づいてその手を取り、私は満たされるだろう。それが私のすべてであり、私の望みだ。
しかし彼女はいつしか私の名前を呼ぶのを止め、麦藁帽子の陰に隠れた瞳を確かに閉じて、
眠ったように崩れ落ちる。私の足が静止する。
私は知っている。その静かに、すべてを包み込むように優しい樹が少女の支え。大切なもの。
その樹に……そのような樹になりたいと私は思った。願った。しかしそれは叶わない。
私は子供のように、その言葉しか知らないように、彼女の名前を呼び続けて……

目を覚ますと、さっきと変わらない灰色の天井が視界に入った。
映像がぼやけて見え、頬を指でなぞる。うっすらとした水分が付着する。
ひどい夢を見た気がした。殆ど覚えていないのに、ひどく悲しく、寂しい夢だったという感覚が残っている。
袖で顔をぬぐって時計を見ると、夜の七時をまわろうかという時間だった。
体を起こして廊下に出た。眠りすぎて頭がふらふらした。
つかさの部屋の明かりはついておらず、まだ帰ってきていないようだった。
一階のリビングに降りる。姉さんも父さんも母さんもまだ帰ってきていない。今日は皆、遅い。
朝から牛乳しか飲んでいないのにまるでお腹がすかず、何かを食べる気にもなれなかったので
部屋に戻り、窓を開けた。いつの間にか濃い紺色に変わった空で星がまたたいている。
ぼんやりした気分の中で、私はまたこなたとつかさのことを思い出す。
そして、夢。私の見た夢……かすかに覚えている……しろい、ワンピースの……
そのとき、私の携帯がけたたましい音を上げた。しばらく誰からも連絡がなかったので驚いた。
「もしもし」
『もしもし。かがみ?』
体が凍った気がした。四日ぶりに聞いた親友の声だった。
『いやさ、大丈夫かなーって。風邪も放っておくとタチ悪いからね。明日には学校来られるかな?』
「平気よ、これくらい」
『そっか。よかった』
本当に安心したように言う。私は意識の底で、かすかな希望にすがろうとする。
……馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい。
『それでね、ついでって言っちゃアレなんだけど、連絡。今日ね、つかさは私のうちに泊まるから』
「そう」
自分でも寒気がするほど自然な声だった。それくらいのことは、あって当然だと思っていた。
『うん。今、つかさに……』
「替わらないでいいわ。よろしく言っておいて」
『そう?なら、いいけどさ』

どう説明したらいいのか、わからない。私は話を続けたいと思いながら、早く切って欲しいと思っている。
本当は、手間だと思ってるんでしょう?
私となんか話してる時間なんて、ないんでしょう?
隣にいるつかさと、今すぐにでも話したいくせに。
夢。夢。私の見た夢が、何かを引きずっている。
静かに沈黙を守ろうとする、守りたい私をその何かがこじ開けようとしている。
『……かがみ?』
「……」
私の名前を呼ぶ声。呼ぶ声。静かに。
なまえをよばれるたび、きょりがちかづく。
なまえをよばれるたび、きょりがちかづく……
視界が歪んだ。
『かがみ。おーい、かがみー。聞いてるー?』
「……ひ」
私の中で何かが切れた。激しい頭痛とともに喉の痛みを感じた。
『か……』
「ひ、ぐ……うぅ……」
『かがみ?泣いてるの?かがみ……』
ねえ、呼んで。もっと、もっと。私の名前を。
もっと、呼んでよ……

真夏のように暑い梅雨の日の夜だった。
晴れた夜の空で星がまたたいていた。
静かな静かな部屋の中で、私はいつまでも彼女の名前を呼べないでいる。






















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  • あ、あれ?目から汗が・・・ -- 名無しさん (2010-03-10 17:50:36)
  • おかしいな。       ディスプレイが曇って見える  -- パイソン (2010-03-10 01:37:15)
  • かがみ… -- 名無しさん (2009-05-03 03:31:09)
  • なんかかがみが救われないな……(´・ω・`)
    続きないのかな

    切なくなった
    GJです -- 名無しさん (2008-06-11 21:39:56)

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