疑惑
月曜日。
朝からこなたは休日の終わりを嘆き、かがみがそれにつっこみ、つかさは眠そうにし、みゆきはのほほんと見守り……。この日も、いつもと同じように一週間が始まった。
いつもと違う点といえば、こなたがかがみの忘れた本を、忘れずに持ってきて返した点、それを見たつかさとみゆきが、かがみから借りて読んだのだと思って驚いたという点だろうか。
「こなちゃん、それ全部読んだの?」
「ううん。見たけどね」
「あんたにかかると、ラノベも画集ね」
そんな具合で始まった一日も、三時限目を終え休み時間。2-Dの四限は体育であるため、かがみは2-Eにはやって来ない。みさおに引っ張られてグラウンドへと出て行くかがみを、こなたは眺めるともなしに見ていた。おーおー、みさきち必死だね。“ここぞとばかり感”がここまで伝わってくるよ。昼休みの、かがみの2-E行きを阻止するための前哨戦のつもりなのだろう。それにつけても、空腹を感じ出す四限に体育とはご苦労なこって。ダイエットの一環だと思って頑張ってくれたまえよ。私もここから、睡眠時間を削って見守っててあげるから……。
そうそう、空腹といえば……。
「松茸ご飯はおいしかったかい、つかさ?」
近くにいたつかさに尋ねてみる。
「ほえ??」
つかさの反応は至って鈍かった。蓄音機のスピーカーを覗き込む犬のように首を傾げ、クエスチョンマークを出血大サービスで2つも射出する。ここは勘のいいこなた、すぐにある可能性に行き当たり、つかさに二の句を告げさせずにさらに尋ねる。
「土曜の夜は何食べた? ほら、私が電話したすぐ後かな」
「カレーだよ」
カレー! カレーライス! ライスカレー(カレーソースにご飯をかけるとそうなるらしい?)! 「カレー」が敵性語だった頃の「辛味入り味噌かけ飯」! 松茸ご飯に合わない献立、この上を行くものはあるまい。
「こなちゃん家は松茸ご飯だったの?」
「ああ……うん。おいしかったよ……?」
曖昧に、探る様に言ってみる。
「いいねー。私も炊いてみたいなー」
食べたいと言わないあたりが実につかさらしいが、今問題なのはその点ではない。
ゴルゴだったかキートン(マスターの方)だったか、あるいはその両方だったかが言っていたことを思い出す。
戦闘のプロは奇襲を受けた場合、その場に踏みとどまらずに一旦撤退し、体勢を立て直してから逆襲に転ずる。
「松茸ご飯のたれまだあるから、機会があったらあげるよ。どうせシーズン中に使い切らないし」
「わー、ありがとう」
適当に話を切り上げ、こなたは廊下へと出て一人になる。
そして考えた。
朝からこなたは休日の終わりを嘆き、かがみがそれにつっこみ、つかさは眠そうにし、みゆきはのほほんと見守り……。この日も、いつもと同じように一週間が始まった。
いつもと違う点といえば、こなたがかがみの忘れた本を、忘れずに持ってきて返した点、それを見たつかさとみゆきが、かがみから借りて読んだのだと思って驚いたという点だろうか。
「こなちゃん、それ全部読んだの?」
「ううん。見たけどね」
「あんたにかかると、ラノベも画集ね」
そんな具合で始まった一日も、三時限目を終え休み時間。2-Dの四限は体育であるため、かがみは2-Eにはやって来ない。みさおに引っ張られてグラウンドへと出て行くかがみを、こなたは眺めるともなしに見ていた。おーおー、みさきち必死だね。“ここぞとばかり感”がここまで伝わってくるよ。昼休みの、かがみの2-E行きを阻止するための前哨戦のつもりなのだろう。それにつけても、空腹を感じ出す四限に体育とはご苦労なこって。ダイエットの一環だと思って頑張ってくれたまえよ。私もここから、睡眠時間を削って見守っててあげるから……。
そうそう、空腹といえば……。
「松茸ご飯はおいしかったかい、つかさ?」
近くにいたつかさに尋ねてみる。
「ほえ??」
つかさの反応は至って鈍かった。蓄音機のスピーカーを覗き込む犬のように首を傾げ、クエスチョンマークを出血大サービスで2つも射出する。ここは勘のいいこなた、すぐにある可能性に行き当たり、つかさに二の句を告げさせずにさらに尋ねる。
「土曜の夜は何食べた? ほら、私が電話したすぐ後かな」
「カレーだよ」
カレー! カレーライス! ライスカレー(カレーソースにご飯をかけるとそうなるらしい?)! 「カレー」が敵性語だった頃の「辛味入り味噌かけ飯」! 松茸ご飯に合わない献立、この上を行くものはあるまい。
「こなちゃん家は松茸ご飯だったの?」
「ああ……うん。おいしかったよ……?」
曖昧に、探る様に言ってみる。
「いいねー。私も炊いてみたいなー」
食べたいと言わないあたりが実につかさらしいが、今問題なのはその点ではない。
ゴルゴだったかキートン(マスターの方)だったか、あるいはその両方だったかが言っていたことを思い出す。
戦闘のプロは奇襲を受けた場合、その場に踏みとどまらずに一旦撤退し、体勢を立て直してから逆襲に転ずる。
「松茸ご飯のたれまだあるから、機会があったらあげるよ。どうせシーズン中に使い切らないし」
「わー、ありがとう」
適当に話を切り上げ、こなたは廊下へと出て一人になる。
そして考えた。
推理
もはや、かがみが一人で松茸ご飯を食べてしまった事に疑いはない。だが、こなたが直感的に導き出した結論は、それ以外にもかがみの「とんでもない行為」を示唆していた。
捜査とは、「いつ・どこで・誰が・誰と一緒に・誰に対して・何故・どうやって・何をしたか」を調べる行為というが、とりわけ問題なのは「いつ?」であった。
いや、これは考えるまでもなく明白だと思われる。かがみが空腹に耐え、家までたどり着いたとしよう。こなたからのまどろっこしい電話も乗り越えて、カレーライスにありつく。そしてその後、松茸ご飯も独り占めした? いや、あり得ないだろう。かがみなら別腹の可能性もあるが、カレーを食べた後に松茸ご飯はいかがなものか?
では翌日に食べたのだろうか? 他の家族が帰宅してるかどうかはさておき、つかさとまつりの二人より早く起き出し、一人で食べた? あるいはまつりと結託してつかさの分を……? 可能だ。可能ではある。
だがそもそも、一人(二人)占めという行為自体、かがみらしくないのだ。つかさの分を残しておくか、起こしてでも食べさせてこそかがみではないだろうか。
それに「何故?」の問題がある。土日の柊家の冷蔵庫の状態はこなたには分からないが、食糧が十分にあったのなら、松茸ご飯を独り占めする動機がない。
そう、動機。
かがみのあの物欲しげな顔を思い出し、こなたは身震いする。イキたくて……じゃない、食べたくてしょうがない、あの顔。独り占めしてでも食べたいという動機を有していたのは、泉家を辞去してから柊家に到着するまでを置いて他にない。
電話口での挙動不審さも、それで納得がいく。耐え難いほどの空腹を抱えていたのならもっと苛立ちを露にするだろうし、何と言ってもバッグの話題。「何かが足りないはず」と言われて、喋れなくなるほど呆然としていた。こなたは本が足りないはずと言いたかったのだが、かがみは松茸ご飯がもうないということを見透かされたと思ったというわけだろう。
やっぱり、か……。
論理と直感、ともにかがみが自宅に帰着する前に松茸ご飯を食べたと告げていた。そして同時に、独り占めしたという事実以外にもう一つの「いじめどころ」があることを告げていた。土曜のそうじろうなら、「弱点が二つある(性的な意味で)」とでも言うところだろうか。
「むっふ~」
こなたは鼻息も荒く、露となったかがみの二つの恥部をどう弄んでやろうか、かがみはどんな可愛い反応を見せてくれるか。そういったことで頭が一杯になり、四限はおろか、五限、六限の睡眠時間をも削ってしまったのだった。
捜査とは、「いつ・どこで・誰が・誰と一緒に・誰に対して・何故・どうやって・何をしたか」を調べる行為というが、とりわけ問題なのは「いつ?」であった。
いや、これは考えるまでもなく明白だと思われる。かがみが空腹に耐え、家までたどり着いたとしよう。こなたからのまどろっこしい電話も乗り越えて、カレーライスにありつく。そしてその後、松茸ご飯も独り占めした? いや、あり得ないだろう。かがみなら別腹の可能性もあるが、カレーを食べた後に松茸ご飯はいかがなものか?
では翌日に食べたのだろうか? 他の家族が帰宅してるかどうかはさておき、つかさとまつりの二人より早く起き出し、一人で食べた? あるいはまつりと結託してつかさの分を……? 可能だ。可能ではある。
だがそもそも、一人(二人)占めという行為自体、かがみらしくないのだ。つかさの分を残しておくか、起こしてでも食べさせてこそかがみではないだろうか。
それに「何故?」の問題がある。土日の柊家の冷蔵庫の状態はこなたには分からないが、食糧が十分にあったのなら、松茸ご飯を独り占めする動機がない。
そう、動機。
かがみのあの物欲しげな顔を思い出し、こなたは身震いする。イキたくて……じゃない、食べたくてしょうがない、あの顔。独り占めしてでも食べたいという動機を有していたのは、泉家を辞去してから柊家に到着するまでを置いて他にない。
電話口での挙動不審さも、それで納得がいく。耐え難いほどの空腹を抱えていたのならもっと苛立ちを露にするだろうし、何と言ってもバッグの話題。「何かが足りないはず」と言われて、喋れなくなるほど呆然としていた。こなたは本が足りないはずと言いたかったのだが、かがみは松茸ご飯がもうないということを見透かされたと思ったというわけだろう。
やっぱり、か……。
論理と直感、ともにかがみが自宅に帰着する前に松茸ご飯を食べたと告げていた。そして同時に、独り占めしたという事実以外にもう一つの「いじめどころ」があることを告げていた。土曜のそうじろうなら、「弱点が二つある(性的な意味で)」とでも言うところだろうか。
「むっふ~」
こなたは鼻息も荒く、露となったかがみの二つの恥部をどう弄んでやろうか、かがみはどんな可愛い反応を見せてくれるか。そういったことで頭が一杯になり、四限はおろか、五限、六限の睡眠時間をも削ってしまったのだった。
告発(ではなくて)
「それで、話って?」
放課後。
こなたはかがみと連れ立って、空き教室の多い一角の廊下へとやってきた。
「つかさやみゆきには聞かれたくないの?」
「まあね。つかさとみゆきさんには先に帰ってもらったよ。かがみはクラスの用事だって言って、ね」
「そうなんだ……」
かがみは警戒態勢に入る。嘘までつくとはよっぽどのことだろう。普通に考えればそうだ。では、こなたがどうしても二人きりになりたい動機とは?
「いや、松茸ご飯の感想を聞こうと思ってね」
「松茸ご飯!」
ボロが出かける。普通に考えれば、当たり障りのない話題のはずだ。普通に食べてさえいれば。
「おいしかった?」
こなたの意図が掴めず、いや、掴んでいなくもないのだが、確信が持てず、加えてどのような経路で攻めて来るか予想が出来なかったので、思わず対策もなしに正直に答える。
「うん……いい味だったわ。ご飯にも味がついてて」
「出版社のつてで、業務用の松茸ご飯のたれ貰えてね」
「な、なるほどー」
かがみは大きく手を打つ。内心の焦りが、不自然な言い方と大げさなジェスチャーに表れてしまう。
「あ、あー……んーと、松茸の切り方も絶妙だったわ」
指揮者のように手を振り回し、かがみがなおも言う。
「切り方?」
この点にはこなたは純粋に興味を持ったので、それを前面に押し出して反問すると、かがみは安心したのか不要に饒舌になる。
「そ、そうよ、切り方。あ、あ、厚すぎず薄すぎず、おおお、大きすぎず小さすぎず……あー……うー……松茸からたれが染み出したし、ご飯からも松茸の香りがちゃんとした」
「確かにおいしかったね」
「そうね、そう、うん。あー、おじさんにお礼言っといてくれる? おいしかったですよー、って」
「いいよ」
早く切り上げたがっているように見える。さて、そろそろかね……。
「話はそれだけ?」
「まあね」
「それじゃ帰りましょ」
かがみが歩き出す。
「いやー、よかったよ。感想が聞けて」
隣に並んで言う。
「そ、そう?」
だいぶ涼しくなっているのに、かがみは大汗をかいている。性的なところなど何もないはずなのに、なんかやらしいねー。
「うん、つかさに聞いたら食べてないって言ってたから」
「!!」
かがみの凍りついたように固まる。床に置いた金魚鉢に、片足をつっこんでしまったかのような顔をしていた。
「この分だとまつりさんに聞いても、答えは同じなんだろうねー」
こなたはそう言いながら、かがみの前に回る。かがみを“愛でる”時のあの顔で。
「そうよ……」
かがみは荷を降ろすように、肩を落とした。
「あんたん家からもらった松茸ご飯、全部私が食べちゃったわ。ダイエット中にも拘らず、一人で全部、ね。笑いたければ笑うがいいわ」
「むっふー」
こなたは注文通りに笑った。笑われたかがみはしかし、安堵の表情を浮かべていた。
「で、どうしたいわけ? つかさにでもチクる?」
批判でも軽蔑でも罵倒でも、傲然と受けて立とうといわんばかりだ。
「いやいや、そんな無粋なことしないよ」
こなたはアホ毛を鞭のように振るって否定する。
「無粋って何だよ?」
「ここは記念日にするのが粋ってもんでしょ。食べちゃった 君が言ったから 松茸記念日
ってね」
「そうやって一生揺する気か?」
かがみ、思わず頭を抱える。
「ただ可愛いかがみんが見たいだけだよ」
「ああ、そういえば私、あんたのおもちゃだったけ……」
「そういうつもりはないんだけど、志願するなら24時間受付中」
「しないわよ!」
「それじゃおもちゃついでに、かがみが隠し通したいもう一つの秘密を暴いちゃおうかなー」
「え?」
ずっと赤面し通しだったかがみの顔が、今度は一転し青ざめる。
「な、何よ。もう隠してることなんてないわよ」
「それにしては動揺してるね」
「そんな言いがかりつけられれば、誰だって動揺するわよ」
「言いがかり……それはどうかな?」
こなたは謎解きをする名探偵のように、右に左にと神経質に歩き始めた。
「つかさは食べてないって言ったけど、それは正確さを欠くよね」
「そうかな」
「厳密には、つかさは松茸ご飯の存在自体を知らなかったんだからね。食べなかったって言っても、存在を知ってて食べなかったわけじゃないんだよね」
「そうかもしれないけど、それが何か?」
「重要なことだよ。というのも、かがみは松茸ご飯をいつ食べたんだろね? あ、言わなくていいよ」
「……」
かがみの顔に、再び焦りの表情が浮かぶ。白状するのとこなたに言われるの、どちらが恥ずかしくないか秤にかけるているかのようだ。
「もし家までもって帰ったのなら、つかさとまつりさんに見つからないように隠していた事になるよね。でも土曜の夜はカレーだったから、さすがのかがみでもその日の内に食べようとは思わないでしょ。といって、日曜までとっておくと見つかっちゃうかもしれない。冷蔵庫に入れておかないと傷んじゃうし、食べる時は電子レンジで暖めてからじゃないと、さすがに硬くて食べられないでしょ。いかにかがみのお腹が特別でも」
「どうでもいいが、私を怪物か何かと思ってないか?」
「いやいや、かがみ様の優しさと慈悲深さは、よーく存じておりますよ。主に宿題的な意味で。だからね、かがみが松茸ご飯を独り占めすること自体、おかしいと思うんだよね。もし持って帰っていたら、二人に分けないはずない。ということは、かがみが松茸ご飯を独り占めしてでも食べたかったのって、家に着くまでの間ということになる。でも、それもそれでおかしいんだよね」
「何がよ」
「かがみが忘れていった本を見つけた時、私はすぐに時計を見て、そろそろ帰った頃かなと思って電話したんだよ。電話に出たのはつかさだったけど、その後いくらもしない内に、かがみ帰ってきたよね」
「それが何か?」
「いやー、私もかがみの家に自転車で行った事あるから、どれくらい時間がかかるのか知っててね。だからこそ、そろそろ帰ったかなと思ったんだけど……おかしいよね?」
「そう?」
「おとーさんが言った事を覚えてる? 『中ぐらいのおにぎりが三つ分くらいにはなる』って」
そして袋詰め下のはこなたである。だからこなたも、そのことは良く覚えている。
「いくらかがみでも、それだけの量の松茸ご飯を食べて、全く時間のロスなく家に着く。そんなこと出来るのかなー。かがみは大食いだけど、早食いじゃないからねー」
「うぅ……」
反論できなくて、ただ呻くよりない。
「そうなると、こう考えるよりないんだ。かがみん……」
こなたはニヨニヨと笑いながら、ぐいと顔を寄せる。
「自転車に乗りながら松茸ご飯を食べちゃったね」
放課後。
こなたはかがみと連れ立って、空き教室の多い一角の廊下へとやってきた。
「つかさやみゆきには聞かれたくないの?」
「まあね。つかさとみゆきさんには先に帰ってもらったよ。かがみはクラスの用事だって言って、ね」
「そうなんだ……」
かがみは警戒態勢に入る。嘘までつくとはよっぽどのことだろう。普通に考えればそうだ。では、こなたがどうしても二人きりになりたい動機とは?
「いや、松茸ご飯の感想を聞こうと思ってね」
「松茸ご飯!」
ボロが出かける。普通に考えれば、当たり障りのない話題のはずだ。普通に食べてさえいれば。
「おいしかった?」
こなたの意図が掴めず、いや、掴んでいなくもないのだが、確信が持てず、加えてどのような経路で攻めて来るか予想が出来なかったので、思わず対策もなしに正直に答える。
「うん……いい味だったわ。ご飯にも味がついてて」
「出版社のつてで、業務用の松茸ご飯のたれ貰えてね」
「な、なるほどー」
かがみは大きく手を打つ。内心の焦りが、不自然な言い方と大げさなジェスチャーに表れてしまう。
「あ、あー……んーと、松茸の切り方も絶妙だったわ」
指揮者のように手を振り回し、かがみがなおも言う。
「切り方?」
この点にはこなたは純粋に興味を持ったので、それを前面に押し出して反問すると、かがみは安心したのか不要に饒舌になる。
「そ、そうよ、切り方。あ、あ、厚すぎず薄すぎず、おおお、大きすぎず小さすぎず……あー……うー……松茸からたれが染み出したし、ご飯からも松茸の香りがちゃんとした」
「確かにおいしかったね」
「そうね、そう、うん。あー、おじさんにお礼言っといてくれる? おいしかったですよー、って」
「いいよ」
早く切り上げたがっているように見える。さて、そろそろかね……。
「話はそれだけ?」
「まあね」
「それじゃ帰りましょ」
かがみが歩き出す。
「いやー、よかったよ。感想が聞けて」
隣に並んで言う。
「そ、そう?」
だいぶ涼しくなっているのに、かがみは大汗をかいている。性的なところなど何もないはずなのに、なんかやらしいねー。
「うん、つかさに聞いたら食べてないって言ってたから」
「!!」
かがみの凍りついたように固まる。床に置いた金魚鉢に、片足をつっこんでしまったかのような顔をしていた。
「この分だとまつりさんに聞いても、答えは同じなんだろうねー」
こなたはそう言いながら、かがみの前に回る。かがみを“愛でる”時のあの顔で。
「そうよ……」
かがみは荷を降ろすように、肩を落とした。
「あんたん家からもらった松茸ご飯、全部私が食べちゃったわ。ダイエット中にも拘らず、一人で全部、ね。笑いたければ笑うがいいわ」
「むっふー」
こなたは注文通りに笑った。笑われたかがみはしかし、安堵の表情を浮かべていた。
「で、どうしたいわけ? つかさにでもチクる?」
批判でも軽蔑でも罵倒でも、傲然と受けて立とうといわんばかりだ。
「いやいや、そんな無粋なことしないよ」
こなたはアホ毛を鞭のように振るって否定する。
「無粋って何だよ?」
「ここは記念日にするのが粋ってもんでしょ。食べちゃった 君が言ったから 松茸記念日
ってね」
「そうやって一生揺する気か?」
かがみ、思わず頭を抱える。
「ただ可愛いかがみんが見たいだけだよ」
「ああ、そういえば私、あんたのおもちゃだったけ……」
「そういうつもりはないんだけど、志願するなら24時間受付中」
「しないわよ!」
「それじゃおもちゃついでに、かがみが隠し通したいもう一つの秘密を暴いちゃおうかなー」
「え?」
ずっと赤面し通しだったかがみの顔が、今度は一転し青ざめる。
「な、何よ。もう隠してることなんてないわよ」
「それにしては動揺してるね」
「そんな言いがかりつけられれば、誰だって動揺するわよ」
「言いがかり……それはどうかな?」
こなたは謎解きをする名探偵のように、右に左にと神経質に歩き始めた。
「つかさは食べてないって言ったけど、それは正確さを欠くよね」
「そうかな」
「厳密には、つかさは松茸ご飯の存在自体を知らなかったんだからね。食べなかったって言っても、存在を知ってて食べなかったわけじゃないんだよね」
「そうかもしれないけど、それが何か?」
「重要なことだよ。というのも、かがみは松茸ご飯をいつ食べたんだろね? あ、言わなくていいよ」
「……」
かがみの顔に、再び焦りの表情が浮かぶ。白状するのとこなたに言われるの、どちらが恥ずかしくないか秤にかけるているかのようだ。
「もし家までもって帰ったのなら、つかさとまつりさんに見つからないように隠していた事になるよね。でも土曜の夜はカレーだったから、さすがのかがみでもその日の内に食べようとは思わないでしょ。といって、日曜までとっておくと見つかっちゃうかもしれない。冷蔵庫に入れておかないと傷んじゃうし、食べる時は電子レンジで暖めてからじゃないと、さすがに硬くて食べられないでしょ。いかにかがみのお腹が特別でも」
「どうでもいいが、私を怪物か何かと思ってないか?」
「いやいや、かがみ様の優しさと慈悲深さは、よーく存じておりますよ。主に宿題的な意味で。だからね、かがみが松茸ご飯を独り占めすること自体、おかしいと思うんだよね。もし持って帰っていたら、二人に分けないはずない。ということは、かがみが松茸ご飯を独り占めしてでも食べたかったのって、家に着くまでの間ということになる。でも、それもそれでおかしいんだよね」
「何がよ」
「かがみが忘れていった本を見つけた時、私はすぐに時計を見て、そろそろ帰った頃かなと思って電話したんだよ。電話に出たのはつかさだったけど、その後いくらもしない内に、かがみ帰ってきたよね」
「それが何か?」
「いやー、私もかがみの家に自転車で行った事あるから、どれくらい時間がかかるのか知っててね。だからこそ、そろそろ帰ったかなと思ったんだけど……おかしいよね?」
「そう?」
「おとーさんが言った事を覚えてる? 『中ぐらいのおにぎりが三つ分くらいにはなる』って」
そして袋詰め下のはこなたである。だからこなたも、そのことは良く覚えている。
「いくらかがみでも、それだけの量の松茸ご飯を食べて、全く時間のロスなく家に着く。そんなこと出来るのかなー。かがみは大食いだけど、早食いじゃないからねー」
「うぅ……」
反論できなくて、ただ呻くよりない。
「そうなると、こう考えるよりないんだ。かがみん……」
こなたはニヨニヨと笑いながら、ぐいと顔を寄せる。
「自転車に乗りながら松茸ご飯を食べちゃったね」
(回想)
人間の歴史上、餓死した人間は何人くらいいるのだろうか?
……なんて考えてみる。答えは出ない。
人間は空腹になると、無駄に(または無駄な部分が)活性化されて、変に哲学的になるものだ(またはその結果、変な問いを発するものだ)。かがみは正にこの時がそうだった。
ハンドルを握る両手と、ペダルを踏む両足が萎えそうになる。空腹で。それだけならまだしも、痺れて力が入らなくなるというのは困りものだ。
これもダイエットのせいだ。食欲の秋のせいだ。いや、松茸ご飯のせいだ。
突然だが、かがみの内なる声が断言する。魔法は存在する。松茸ご飯は空腹の魔法を使う、と。
だってそうだ。理不尽だ。不合理だ。あんまりだ。
その姿を見て、匂いを嗅いだだけなのに、何故に手足が痺れるまでに空腹になるのか?
「……」
突然だが、かがみは空腹状態の解消と、忌々しくも愛らしい空腹の原因の抹殺、その両方を達成する一挙両得的妙手を思いついた。将棋の某九段でなくても、「うひょー」と叫んでしまいそうなほどにいい手だった。
思いついたら即実行。これぞ合理主義のキワミ。
開けたバッグの中では、教科書やらノートやらの書籍が壁を作っていた。目指すものは体に対して外側だったか、内側だったか? これは同じく壁で隔てられていた頃のドイツ人が感じたもどかしさの、毛一本には匹敵するだろう。
みつけた。
ようやく見つけた松茸ご飯を取り出す。食品用ポリ袋は口の部分の外側に反しがついていて、そこに巻き込むように中身を包んでいた。
家ではつかさとまつりが待っている。これ以上遅くなるわけにはいかない。転ばないように、止まらないように、落とさないように……。痺れた左手で返しの中から松茸ご飯を解放する。袋の底を持つが、上部のひだが邪魔である。それを舌で払い、袋の中に口元を突っ込むと、松茸の香りが一足早く嗅覚にご入来。なんという生殺し! だが、それも長続きしなかった。
「んん~~~!」
冷えてはいたが水分を失っていない松茸ご飯を口に含むと、かがみは唸った。
うまい、うますぎる! 道行く車のヘッドライトとテールランプ、それにすれ違いざまに奇妙な視線を向ける人たちの姿が、感涙に滲むほどに。
行儀が悪い? それがそうした? 今宵は土曜日。味覚の秋は人の業ほどに深く、絶好の松茸ご飯日和。日本中で松茸ご飯が炊かれているだろう。
だが分かる。日本一とまでは言わないが、今埼玉で一番おいしい松茸ご飯を食べているのはこの私だ。いかなる異議・異論も認めない。
赤信号で食う足止めが、至福の時間に変わる。両手を使える喜びは、味覚のさらなる喜びへ。
醤油ベースに出汁を利かせたたれで味付けされたご飯は、重厚なハーモニーとなって全体を支える。その中を、刻まれた松茸がソリストの音色のように舞う。上顎と舌で挟むと滲み出す甘苦くも深い味わいは、年月を経てセピア色の煌きを纏った名匠の名器のよう。嗅覚から味覚から、そして消化器から、脳へと直接響くそれは、アルコールよりも麻薬よりも気持ちの良い快楽となって心を溶かし、犯す。
信号が青に変わって、家路を再開しようともそれは変わらない。
果て知れぬ欲望。食欲の奈落。
そして突然、かがみは気付いたのだった。左手が軽いことに。
「し、しまった~」
左手が軽いのは、なかったからである。松茸ご飯が。
正確を期すならば、この世から消滅したのではなく、かがみのお腹に大部分が取り込まれたということだった。だからあるにはあるのである。左手じゃない場所に。
要するに、全部食べちゃったのである。
かがみの左手に残っていたのは、その残滓ともいうべきご飯粒と、松茸の破片が若干であった。
「……つかさと姉さんの分、食べちゃったわ」
悔やんでも仕方ない。現実主義者で、かつB型のかがみは、万事につけて合理的だった。
まず松茸ご飯の残滓を、まるで弔うように丁寧に舐めとる。そしてコンビニを見つけると、きれいになったポリ袋をゴミ箱に入れ、そしてひたすら自転車を漕いだ。そうする事で物質的のみならず、記憶としても葬ることが出来るとでもいうように。
……なんて考えてみる。答えは出ない。
人間は空腹になると、無駄に(または無駄な部分が)活性化されて、変に哲学的になるものだ(またはその結果、変な問いを発するものだ)。かがみは正にこの時がそうだった。
ハンドルを握る両手と、ペダルを踏む両足が萎えそうになる。空腹で。それだけならまだしも、痺れて力が入らなくなるというのは困りものだ。
これもダイエットのせいだ。食欲の秋のせいだ。いや、松茸ご飯のせいだ。
突然だが、かがみの内なる声が断言する。魔法は存在する。松茸ご飯は空腹の魔法を使う、と。
だってそうだ。理不尽だ。不合理だ。あんまりだ。
その姿を見て、匂いを嗅いだだけなのに、何故に手足が痺れるまでに空腹になるのか?
「……」
突然だが、かがみは空腹状態の解消と、忌々しくも愛らしい空腹の原因の抹殺、その両方を達成する一挙両得的妙手を思いついた。将棋の某九段でなくても、「うひょー」と叫んでしまいそうなほどにいい手だった。
思いついたら即実行。これぞ合理主義のキワミ。
開けたバッグの中では、教科書やらノートやらの書籍が壁を作っていた。目指すものは体に対して外側だったか、内側だったか? これは同じく壁で隔てられていた頃のドイツ人が感じたもどかしさの、毛一本には匹敵するだろう。
みつけた。
ようやく見つけた松茸ご飯を取り出す。食品用ポリ袋は口の部分の外側に反しがついていて、そこに巻き込むように中身を包んでいた。
家ではつかさとまつりが待っている。これ以上遅くなるわけにはいかない。転ばないように、止まらないように、落とさないように……。痺れた左手で返しの中から松茸ご飯を解放する。袋の底を持つが、上部のひだが邪魔である。それを舌で払い、袋の中に口元を突っ込むと、松茸の香りが一足早く嗅覚にご入来。なんという生殺し! だが、それも長続きしなかった。
「んん~~~!」
冷えてはいたが水分を失っていない松茸ご飯を口に含むと、かがみは唸った。
うまい、うますぎる! 道行く車のヘッドライトとテールランプ、それにすれ違いざまに奇妙な視線を向ける人たちの姿が、感涙に滲むほどに。
行儀が悪い? それがそうした? 今宵は土曜日。味覚の秋は人の業ほどに深く、絶好の松茸ご飯日和。日本中で松茸ご飯が炊かれているだろう。
だが分かる。日本一とまでは言わないが、今埼玉で一番おいしい松茸ご飯を食べているのはこの私だ。いかなる異議・異論も認めない。
赤信号で食う足止めが、至福の時間に変わる。両手を使える喜びは、味覚のさらなる喜びへ。
醤油ベースに出汁を利かせたたれで味付けされたご飯は、重厚なハーモニーとなって全体を支える。その中を、刻まれた松茸がソリストの音色のように舞う。上顎と舌で挟むと滲み出す甘苦くも深い味わいは、年月を経てセピア色の煌きを纏った名匠の名器のよう。嗅覚から味覚から、そして消化器から、脳へと直接響くそれは、アルコールよりも麻薬よりも気持ちの良い快楽となって心を溶かし、犯す。
信号が青に変わって、家路を再開しようともそれは変わらない。
果て知れぬ欲望。食欲の奈落。
そして突然、かがみは気付いたのだった。左手が軽いことに。
「し、しまった~」
左手が軽いのは、なかったからである。松茸ご飯が。
正確を期すならば、この世から消滅したのではなく、かがみのお腹に大部分が取り込まれたということだった。だからあるにはあるのである。左手じゃない場所に。
要するに、全部食べちゃったのである。
かがみの左手に残っていたのは、その残滓ともいうべきご飯粒と、松茸の破片が若干であった。
「……つかさと姉さんの分、食べちゃったわ」
悔やんでも仕方ない。現実主義者で、かつB型のかがみは、万事につけて合理的だった。
まず松茸ご飯の残滓を、まるで弔うように丁寧に舐めとる。そしてコンビニを見つけると、きれいになったポリ袋をゴミ箱に入れ、そしてひたすら自転車を漕いだ。そうする事で物質的のみならず、記憶としても葬ることが出来るとでもいうように。
自白(ではなくて)
「―で、どうするの?」
かがみの顔から、“金魚蜂に片足を突っ込んじまった感”はすっかり消えていた。行儀が悪いことを軸に、からかい倒してやろうと思っていたこなたの当ては、どうやら外れてしまったようだ。では、どうするべきか?
「つかさにチクる? いいわよ。好きにすれば?」
突き放すように言って、完全にツンモード。
「あの……なんで開き直ってるのカナ?」
思惑通り行かない……というより、無視されているような感じがこなたには気に入らないが、それ以上に不安にさせる。つかさにチクったら、まるで姉妹仲に亀裂を入れようとしているみたいではないか。
「衣食足りて礼節を知るって言うでしょ」
「初耳だけど」
「やっぱりね」
「予想通りってわけかい」
「とにかく言うのよ。だから土曜の夜に関して、恥じるところは何もないわ。それに」
かがみは急に夢見る乙女の顔になって言う。
「おいしかったんだから!」
「はい?」
「何が」ではなく、「何故熱弁するのか」という点に向けられた「?」である。だがかがみはおかまいなしに熱弁をふるい続ける。
「おいしかったの、松茸ご飯ー」
言いながらこなたの小さな肩を掴んで、がたがた揺する。かがみん、いつお酒を飲んだのかな?
「あのおいしさの前では、いかなる行儀も礼節も意味をなさないわ! ああ、松茸ご飯、松茸ご飯、松茸ご飯! バッハが生きていたら、あのおいしさと喜びを余すところなく伝えて、『松茸カンタータ』を作曲してもらうわ」
「……」
まことに音楽選択らしい言い回しではあるが、かがみの勢いは、このまま錬金術か何か研究して死者を生き返らせる方法を編み出し、バッハを生き返らせた後「松茸カンタータ」を作曲させて、その初演で歌手まで務めそうなものを感じたので、次の選択肢を誤ってはいけないという慎重さをこなたに強いることとなった。
こなたは考えた。
交渉の余地はまだあるようだ。わざわざつかさにチクるかどうかを聞くあたり、黙っていればなにがしかの代償を差し出すということだろう。では何を要求するか?
「ならば次の休みも遊ぼうか。おとーさんにねだって、朝から松茸ご飯にしてもらうよ」
かがみの礼節と遠慮は、1.5秒で決壊した。
「いいの!?」
夢見る乙女かがみが、ツインテールが視界に入らないほどの距離に迫る。
「う、うん。そしたら再現してもらおうかな……」
かがみの顔から、“金魚蜂に片足を突っ込んじまった感”はすっかり消えていた。行儀が悪いことを軸に、からかい倒してやろうと思っていたこなたの当ては、どうやら外れてしまったようだ。では、どうするべきか?
「つかさにチクる? いいわよ。好きにすれば?」
突き放すように言って、完全にツンモード。
「あの……なんで開き直ってるのカナ?」
思惑通り行かない……というより、無視されているような感じがこなたには気に入らないが、それ以上に不安にさせる。つかさにチクったら、まるで姉妹仲に亀裂を入れようとしているみたいではないか。
「衣食足りて礼節を知るって言うでしょ」
「初耳だけど」
「やっぱりね」
「予想通りってわけかい」
「とにかく言うのよ。だから土曜の夜に関して、恥じるところは何もないわ。それに」
かがみは急に夢見る乙女の顔になって言う。
「おいしかったんだから!」
「はい?」
「何が」ではなく、「何故熱弁するのか」という点に向けられた「?」である。だがかがみはおかまいなしに熱弁をふるい続ける。
「おいしかったの、松茸ご飯ー」
言いながらこなたの小さな肩を掴んで、がたがた揺する。かがみん、いつお酒を飲んだのかな?
「あのおいしさの前では、いかなる行儀も礼節も意味をなさないわ! ああ、松茸ご飯、松茸ご飯、松茸ご飯! バッハが生きていたら、あのおいしさと喜びを余すところなく伝えて、『松茸カンタータ』を作曲してもらうわ」
「……」
まことに音楽選択らしい言い回しではあるが、かがみの勢いは、このまま錬金術か何か研究して死者を生き返らせる方法を編み出し、バッハを生き返らせた後「松茸カンタータ」を作曲させて、その初演で歌手まで務めそうなものを感じたので、次の選択肢を誤ってはいけないという慎重さをこなたに強いることとなった。
こなたは考えた。
交渉の余地はまだあるようだ。わざわざつかさにチクるかどうかを聞くあたり、黙っていればなにがしかの代償を差し出すということだろう。では何を要求するか?
「ならば次の休みも遊ぼうか。おとーさんにねだって、朝から松茸ご飯にしてもらうよ」
かがみの礼節と遠慮は、1.5秒で決壊した。
「いいの!?」
夢見る乙女かがみが、ツインテールが視界に入らないほどの距離に迫る。
「う、うん。そしたら再現してもらおうかな……」
再現
馬でなくても肥えてしまいそうな空の下……。
煌く川面に揺れる釣竿。吹き抜ける秋風に、羽ばたくアキアカネ。
河川敷の秋が、自転車を漕ぐ速度で過ぎて行く。
「かがみん、あーんして」
「……」
「あーんしなきゃ食べられないよ、松茸ご飯」
殺し文句炸裂。
「別に舌をねじ込もうっていうんじゃないんだからさ」
「そんなことしたら、二人仲良く自転車の下敷きね」
自転車を漕ぐかがみが仕方なく口を開くと、こなたの腕が肩越しに伸びてきて、松茸ご飯のおにぎりを口元へと運ぶ。小さめなそれを半分くらいかがみが頬張ると、こなたは残りを自分の口に押し込んだ。
「おいしいねー」
「んー」
二人は河川敷の堤防上に敷かれたサイクリングロードを走っていた。一台の自転車で。
再現。
それはかがみが前の土曜の夜にやった「自転車に乗りながら松茸ご飯を食べる」を、もう一度自分の見ているところでやってくれということだったのだ。
「かがみ様、お飲み物はいかがですか」
二人乗りの「後席」から、こなたが問う。
「いただくわ……って、水筒かよ」
肩越しの今度はステンレス製の水筒とその蓋が伸びてきた。
「ペットボトルにしなさいよ」
蓋を受け取りながらも苦言する。
「そう言わずに、ささ、一杯」
「おーとっとっと、ってビール注ぎかよ!?」
どうせなら松茸ご飯を食べるだけじゃなく、他にも色々やってみようというわけで、こなたは何やら肩がけのバッグに色々入れてきたようだった。
自転車に乗りながら松茸ご飯を食べたり、水筒でお茶を飲んだりする人間がそうそういようはずもなく、サイクリングロードを行く他の人たちの容赦ない視線に晒されるわけだが、こなたは元々気にしなかったし、かがみは先週の土曜ですっかり慣れていた。
「再現というより、自転車に乗りながらどれだけ二人羽織が出来るかじゃない、これ。他に何しようって言うんだ?」
「んー、本読んだりゲームしたり?」
「マジか?」
言うが早いや、こなたはそうじろうの著作をバッグから取り出す。最初のページを開き、肩越しにかがみの眼前へ。
「読むの私かい!?」
「字ばかりの本を私が読むわけないじゃん。前は見てるから、」
「親子なら父親の作品くらい―」
煌く川面に揺れる釣竿。吹き抜ける秋風に、羽ばたくアキアカネ。
河川敷の秋が、自転車を漕ぐ速度で過ぎて行く。
「かがみん、あーんして」
「……」
「あーんしなきゃ食べられないよ、松茸ご飯」
殺し文句炸裂。
「別に舌をねじ込もうっていうんじゃないんだからさ」
「そんなことしたら、二人仲良く自転車の下敷きね」
自転車を漕ぐかがみが仕方なく口を開くと、こなたの腕が肩越しに伸びてきて、松茸ご飯のおにぎりを口元へと運ぶ。小さめなそれを半分くらいかがみが頬張ると、こなたは残りを自分の口に押し込んだ。
「おいしいねー」
「んー」
二人は河川敷の堤防上に敷かれたサイクリングロードを走っていた。一台の自転車で。
再現。
それはかがみが前の土曜の夜にやった「自転車に乗りながら松茸ご飯を食べる」を、もう一度自分の見ているところでやってくれということだったのだ。
「かがみ様、お飲み物はいかがですか」
二人乗りの「後席」から、こなたが問う。
「いただくわ……って、水筒かよ」
肩越しの今度はステンレス製の水筒とその蓋が伸びてきた。
「ペットボトルにしなさいよ」
蓋を受け取りながらも苦言する。
「そう言わずに、ささ、一杯」
「おーとっとっと、ってビール注ぎかよ!?」
どうせなら松茸ご飯を食べるだけじゃなく、他にも色々やってみようというわけで、こなたは何やら肩がけのバッグに色々入れてきたようだった。
自転車に乗りながら松茸ご飯を食べたり、水筒でお茶を飲んだりする人間がそうそういようはずもなく、サイクリングロードを行く他の人たちの容赦ない視線に晒されるわけだが、こなたは元々気にしなかったし、かがみは先週の土曜ですっかり慣れていた。
「再現というより、自転車に乗りながらどれだけ二人羽織が出来るかじゃない、これ。他に何しようって言うんだ?」
「んー、本読んだりゲームしたり?」
「マジか?」
言うが早いや、こなたはそうじろうの著作をバッグから取り出す。最初のページを開き、肩越しにかがみの眼前へ。
「読むの私かい!?」
「字ばかりの本を私が読むわけないじゃん。前は見てるから、」
「親子なら父親の作品くらい―」
がたん
石にでも乗り上げたのか、自転車は大きく揺れ、進路が急変更して堤防の斜面へ。
「「ほわ~~!」」
自転車上にいたはずの自分の体が、あらぬ方向に飛んでいくのを感じた。
秋枯れの草の上で受身を取る。
世界が回り、自分が回り、目を開けると空が見えた。
二人並んで見上げると、笑いがこみ上げてくる。
何やってんだか……。
「毎週松茸ご飯がいいな……」
笑いが収まると、こなたがぽつんと言った。
それはいいわね、と言いかけて、かがみは寸でのところでその言葉を飲み込む。たかっている関係上、安易に賛同できない。
「そうすれば、毎週かがみと遊ぶ口実になるもんね」
「……バカ言わないでよ。毎週これじゃ、体がもたないわ」
「誤解を招きかねないこと言うかがみ萌え」
「ばーか。第三者が聞いてないのに、誤解も何もないでしょ」
本当にそうなったら、来週は自転車の上で何を試してみようかな。
空がとっても青いから、口ぶりとは裏腹にそう考えてしまうかがみであった。
「「ほわ~~!」」
自転車上にいたはずの自分の体が、あらぬ方向に飛んでいくのを感じた。
秋枯れの草の上で受身を取る。
世界が回り、自分が回り、目を開けると空が見えた。
二人並んで見上げると、笑いがこみ上げてくる。
何やってんだか……。
「毎週松茸ご飯がいいな……」
笑いが収まると、こなたがぽつんと言った。
それはいいわね、と言いかけて、かがみは寸でのところでその言葉を飲み込む。たかっている関係上、安易に賛同できない。
「そうすれば、毎週かがみと遊ぶ口実になるもんね」
「……バカ言わないでよ。毎週これじゃ、体がもたないわ」
「誤解を招きかねないこと言うかがみ萌え」
「ばーか。第三者が聞いてないのに、誤解も何もないでしょ」
本当にそうなったら、来週は自転車の上で何を試してみようかな。
空がとっても青いから、口ぶりとは裏腹にそう考えてしまうかがみであった。
不貞寝
一方その頃、泉家ではそうじろうが不貞寝をしていた。
今週もかがみちゃんが遊びに来るというから、原稿をさっさと書き上げ、朝から松茸ご飯を張り切って炊いたのに……。
「二人とも出かけちゃって、ツマンネ……」
だそうである。
こうなったら、シーズン中は毎週松茸ご飯を炊くことにするか、なんて考えてしまう父であった。
今週もかがみちゃんが遊びに来るというから、原稿をさっさと書き上げ、朝から松茸ご飯を張り切って炊いたのに……。
「二人とも出かけちゃって、ツマンネ……」
だそうである。
こうなったら、シーズン中は毎週松茸ご飯を炊くことにするか、なんて考えてしまう父であった。
おわり
楽屋
かがみ「(台本を読み返しながら)待った」
こなた「待ったはプロ棋士にあるまじき行為だよ、ひふみん」
かがみ「誰が加藤だ!? 声がつくならともかく」
こなた「かがみなら、バナナを房からもがずに食べたり、板チョコを数枚まとめてバリバリもやってそうだから」
かがみ「やるか!」
こなた「っつモぴゅゥーーぐッパ」
かがみ「はいはい、1239段乙。そうじゃなくて、まだもう一つ謎が残ってるじゃない」
こなた「タイトルのことだね?」
かがみ「『埼玉で二番目』って、一番は?」
こなた「松茸ご飯をもらった経緯と食べた動機は違うけど、自転車に乗りながらっていうのは、作者ちゃんの実体験なんだって」
みゆき「同率首位だからどちらも二位ということですね」
つかさ「ゆきちゃん、やっと喋れたね」
こなた「でも二人乗りまではしなかったっていうから、晴れて私たちが一位だね」
かがみ「うれしくないんだけど……」
こなた「待ったはプロ棋士にあるまじき行為だよ、ひふみん」
かがみ「誰が加藤だ!? 声がつくならともかく」
こなた「かがみなら、バナナを房からもがずに食べたり、板チョコを数枚まとめてバリバリもやってそうだから」
かがみ「やるか!」
こなた「っつモぴゅゥーーぐッパ」
かがみ「はいはい、1239段乙。そうじゃなくて、まだもう一つ謎が残ってるじゃない」
こなた「タイトルのことだね?」
かがみ「『埼玉で二番目』って、一番は?」
こなた「松茸ご飯をもらった経緯と食べた動機は違うけど、自転車に乗りながらっていうのは、作者ちゃんの実体験なんだって」
みゆき「同率首位だからどちらも二位ということですね」
つかさ「ゆきちゃん、やっと喋れたね」
こなた「でも二人乗りまではしなかったっていうから、晴れて私たちが一位だね」
かがみ「うれしくないんだけど……」
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- -- 名無しさん (2014-04-29 22:12:31)
- 含蓄に満ちた表現で、実に馬鹿馬鹿しい主張をするかがみん!
こういうの大好きwww -- 名無しさん (2010-07-01 01:19:54) - この作品のかがみめちゃくちゃ可愛い -- 名無しさん (2010-06-30 20:53:00)
- 前半で誰もがオチが分かったろうと思いきや、思わぬこなかがほのぼの展開に、感銘を受けた。作者、いい仕事だった…! -- 名無しさん (2008-07-03 11:49:04)
- 松茸ごはん一つでここまでのSSを作れる作者の手腕に乾杯 -- 名無しさん (2008-06-20 10:11:30)
- 面白かったです。
ところで
同率首位だからどちらも二位ってどういう意味? -- 名無しさん (2008-06-18 18:48:33) - ツンデレのデレが素直になることだとしたら、開き直るとかがみの方が強いか。
そして、普通に遊ぼうと言えないこなたも素直じゃないw -- 名無しさん (2008-06-17 21:55:53)