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フタカタ ~ Lucky Star

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「あ…」
手が触れた。
それは真新しい布の箱だった。
押入の深くに、光もホコリもかぶる事なく、そこにあった。
その模様が目に飛び込んだ矢先、頬は自然と緩み、次には目が熱くなる予兆を感じた。
私は一呼吸おいて、それに手をかけた。



フタカタ ~ Lucky Star



休日の昼間。
折角の休日を有効活用する気はなく、学生時代のような付き合いもない私は、
24時間が退屈となったその日を、およそ3年ぶりの大掃除に費やす事にした。

家は途方もなく広い。
しかし、今となってはその半分が物置部屋みたいなものだ。
私が大学に進学してから、姉達は一年も経たずに家を離れた。
私の半身であるつかさも、大学進学と同時に家を出た。
今は私と両親しかここには住んでいない。
あれほど賑やかで、時折騒がしいと感じたこの家も、今では見違えるほどにおとなしくなった。


箱は、ずっしりとした重量感に満ちていた。
押入から出そうとすると、手が震えてしまうほどに、
それは私の心にもずっしりとのしかかっていた。

光の元に出すと、かぶっていたホコリが日光に照らし出されうっすらと宙を舞った。
蓋に手をかける。
それた指先から、胸に痛みが伝わり、それが全身にじわじわと広がっていくのがわかる。
また、泣きそうになる。

「ほおら、お姉ちゃん起きて」
「ん、え…」
「えへ、今日は私の方が早起きだね」
「ん……毎日そうだと私も楽なんだけどなぁ」
「それは無理だよぉ、明日はお姉ちゃんが起こしてね」

私達は何をするにも一緒だった。
特に小学校にあがってからは、私とつかさが別々に暮らした日は数える程しかない。
周りに性格は似てないと言われるけど、もっと本質的に、私達はちゃっかり双子なのだ。

一緒に遊んで、一緒に勉強して、一緒に寝て。
彩りのある小学校生活を終えて、思春期を抱えた中学校生活が過ぎて、
その中でも、私達は一度も離れようとはしなかった。
つかさが私を求めて、私もつかさの事を強く求めていて、
それに気付いたのは随分後の事だけど。
きっとこれから先も、私達はずっと双子で、ずっと同じ生活の中で暮らして行くのだと、そう信じていた。

「つかさー来たわよー」
「わーい、お姉ちゃんだ~」
「お?噂のお姉さまのご登場ですね?」
「ん、友達出来たんだ、私姉のかがみ、ってもう知ってるみたいね」
「私泉こなた、こなたでいいよーかがみん」

高校生になってから、私達の生活は大きく変わった。
恐らく生涯忘れる事のないであろう私の親友達のおかげだ。
そいつらは二人だけだった生活に、私がどれだけ虚勢を張っても、躊躇無く土足で上がり込んできた。
でも、それは感謝すべき事だ。
私達の高校生活は人生の中で最高に輝いていて、きっとこれから先何があっても、
その時の事を思い出せば乗り切れてしまうような。
私にとってかけがえのない思い出だった。
かけがえのない親友達だった。

どこまでも破天荒な泉こなたを中心に、色々と厄介ごとに巻き込まれる私達は、
そんな中でもやっぱり双子をしていて。
それでも、つかさが少しずつ姉離れをして行こうと努力をしていたのを、私は知っている。
私はそれがとても嬉しくもあり、とても悲しくもあった。
つかさが目標にしているのは私だったから、姉として、一人の人間として、何よりも誇れる事だと思った。
でも、心のどこかでは、やはりいつまでもつかさに甘えて欲しいと、そう願っている自分がいた。
今思えば、甘えていたのは私の方だったのだろう。

「えへへ、明日こなちゃんとプール行くんだ~」
「ふーん…怪我しないようにしなさいよ」
「うん~えへ、今夜寝れるかなぁ~えへへへ」

二人の会話には泉こなたの話題が増えていた。
つかさがこなたの事を気に入っているのは、誰から見てもすぐにわかるほどで、
姉の私は、それがただの友情でない事くらい、すぐにわかっていた。
つかさの部屋には、私ではなくこなたの思い出が飾られるようになった。
つかさの隣には、私ではなくこなたの居場所が用意されるようになった。
それでもやはり私達は双子で、もう片方の手には私の居場所があった。
それがとても嬉しくて、そして自分が情けなかった。

私は姉として、つかさの背を押してやろうと思った。
そしてそれを最後に、私も妹離れをしようと、そのケジメの為にも、そう誓った。

3年目の高校生活。
桜のつぼみはその桜前線の歩みを見せて、
吹き抜ける風にはほのかに春の香りが漂い始めた、そんな春の初めに。
つかさとこなたは交際を始めた。

あの時の事は今でも鮮明に思い出せる。
雪が降る夜、電車が止まった夜に、二人は何時間もかけて、やっと出会えたという。
どこまでも非現実で、漫画的な展開は、きっと二人に用意されたものなんだなと、そう思い。
そして私はもう、役目を終えたのだなと、どこまでも現実的な事実に、強く思い知らされた。

それからのつかさは見違える程に自立していった。
恋というものはここまで人を変えてしまうものなのか。
体験した事のない私には未知の領域だった。
つかさの生活から、私の居場所が消えていく。
とても自然な事なのに、喜ばしい事なのに、ただ悲しかった。
つかさが姉離れをする度に、私の生活は色彩を失ったように、
今までどこの高校生よりも充実した生活を送っていたと自信を持っていたそれが、
本当にありふれた、つまらない物に変わっていった。

せめてもの救いは、つかさの寝坊癖が治らなかった事だ。
朝、つかさを起こす時だけが、私の唯一の救いになっていた。

それからは、驚くくらいにあっという間で。
気付けば私達は大学生になっていた。
みゆきは東京の大学に、つかさとこなたもそれぞれ別の専門学校へ進学した。
私も無事大学生になれたけど、4人グループは見事にばらばらの学校で、
私達はたまに会う程度の付き合いになっていた。

つかさは、進学と共に家を出た。
一人暮らしではなく、こなたとの二人暮らしだ。
小さなアパートの一室で、アルバイトをしながら暮らすと言っていた。
物わかりの良すぎる両親は止める事もなく、むしろ二人なら安心だ、と。
あっさりと承諾し、つかさは晴れて愛する者の元へと巣立ったのだ。

つかさが家を出てから、私の生活に変化などなかった。
元々姉離れが進んでいて、双子らしい付き合いも減っていたから、今更という感想だった。


大学での勉学は充実していて、私はそこに何かを求めるように、意味を求めるように、
ひたすらに、がむしゃらに勉強をして。
資格を取る事に夢中になって。
そして目指していた職種の企業からの内定をもらう頃には、私は気の抜けた炭酸のように、
つまらない人間になっていた。

親友とのたまの交流も、忙しい日々の中で減っていき、
私はすっかり一人になっていた。


気付くのが、遅かったと思う。
私は、こんなにも、つかさを求めていたんだ。
真剣で、切実で、呆れるくらい女々しく。
私はつかさを求めていた。

聞き飽きた目覚まし時計。
たまに早起きした時のつかさが作った朝食。
通学路で後ろを付いてくる足音。
忘れ物をしたと教室に飛び込んでくる泣き顔。
お昼休みに私を迎えてくれる笑顔。
放課後に私を待っている時の仕草。
私を待たせまいと支度を急ぐ姿。
寄り道のコンビニでアイスを迷う真剣な顔。
勉強を教えて貰う時の申し訳なさそうな顔も。
全てが私には足りなくて、その全てを私は求めていて。
私の生活にはそれらが欠けていたと気付いた時には。
朝の家で。
通学路で。
バスから見える景色で。
車窓から見えるビルの窓で。
生活の至るところで、いるはずのないつかさの姿を探していた。



箱にかけた手を、そっと離す。
痛いくらい力を込めたら、こみ上げる涙は我慢出来そうな気がした。

今でもつかさの事は好きだ。姉として、家族として。
会いたくないなんて、嘘でも思いたくない。
それくらい私の想いは強い。

これは後かたづけなんだ。
そう言い返せる。
次は私が妹離れをする番。
あの高校生活で、つかさが何年も苦労してやっと出来た姉離れを。
今度は私が、妹離れをしなきゃいけないんだ。
それが、私達双子の最後の後かたづけ。
姉として、つかさにしてあげられる最後の愛情だ。



私は、その箱を、つかさが残していった思い出達を、押入深くにそっとしまった。





フタカタ ~ Lucky Star

おわり














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コメント:
  • 目から変な汁が… -- 名無しさん (2008-06-30 19:54:21)
  • 涙が…… -- 名無しさん (2008-06-30 19:30:42)

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