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二輪の花 第13話

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【13話:you】

 9月24日、水曜日。
 退屈な午前の授業が終わり、四人は表面上はわいわいと四方山話に花をさかしている。
 あっという間、とは間の抜けた言葉だが、光陰矢のごとし、6時間目が終わり、担任の黒井のホームルームも終わってからしばらくした後、
 昨日のアニメのこと(こんな時でもこなたはチェックは欠かさない)を机に伏して物思いにふけっていると、こなたに二つの影が背後からしのびよっていた。
 柊かがみは独りで帰ったのか、クラスに残っているのか、いつもの3ーB教室には来ておらず、どことなく間の抜けた思い出、こなたは座っている。
「泉さん」
 みゆきの呼びかける声をきき、こなたは「うにゃ?」といいながら振り向く。高良みゆきと柊つかさが、二人して立っていた。
「んー?」
「泉さん、ちょっと相談があります」
「うん、相談」
「二人が、わたしに?」
 こなたは椅子ごと二人のいる方向に向ける。それから、後ろの空いた席に座るように促した。
 席主は帰宅済みだから何も遠慮することはない。
「泉さん、正直に話してください」
「……な、なにが?」
 いきなりの修羅場展開にこなたは、苦笑を交える。
 最近はこんなんばっかりだ、とため息をつきながら。
「こなちゃんと、お姉ちゃんのこと」
「だから、それは」
「いえ、わかっています。今起きていることがイレギュラーで、なにかが起きてること」
「そんなこと、ないよ」
 顔を伏せながら、こなたはあいまいに返す。
 みゆきは顔をほとんど触れ合うくらいまで、こなたと顔を近づけた。
 こなたが「ち、近い」と抗議すると、呼吸した空気がみゆきの口元にかかった。

 みゆきは数度瞬きをして、
「お願いです、泉さん。話してください。私たち、友達ですよね? どうしてそんなに他人行儀なんですか?
 困ったことがあったらいってください。私たちでよければ、いくらでも手を貸しますし、貸したいんです。だから、お願いします!」
 早口でまくしたてたせいで、唾がとんでこなたのほっぺたにかかる。
 みゆきはすぐさま「あ、申し訳ありません!」と平謝りし、制服のポケットからハンカチを取り出し、丁寧にこなたのほっぺたを拭いた。
 くすぐったい感触にくすりと笑った。
「――お願いします、泉さん」
 後ろからつかさの涙をすすりながら、「お姉ちゃんのこと、私もどうにかしたい」と訴える声が、かすかに響く。
 沈黙。部活動を行う生徒の声が、相対的に拡大され、耳障りな雑音となって耳に届いていた。

 今日も埼玉はピーカンで、太陽の恵みが、際限なくいきわたっていた。
 まさに快晴といった天候で、日が傾き始める4時になっても空は真っ青で、時折気晴らし程度のそよ風が吹いている。天気予報によるとこれが一週間ほど続く。

 こなたはあきらめるように、あるいは自重気味に笑った。
「――敵わないよみゆきさんには。もちろん、つかさにも」
「泉さん?」
 こなたは立ち上がり、ぱたぱたと制服の埃をはたいた。立ち上がったことに別段意味を見出せるわけではない。
 つられるようにみゆきとつかさが立ち上がると、身長差が浮き彫りになる。こなたは気持ち程度に顔をあげ、真顔になった。
「多分、みんなには――特につかさには、辛い話になると思うよ。それでもいい?」
 確認するかのように、返事を促す。
 みゆきとつかさはお互いに顔を見合わせ、確認するようにうなづく。その後こなたのほうに向きに直し、
「かまいません……ですよね、つかささん」
「う、うん!」
 短い言葉に、強いいい意思。
 そっか、と自分を励ますようにこなたは相槌を打った後、間をおいた。

 二人の気持ちを斟酌するならば、本当にするべきことはひとつだ。
(あっているんだよね? お母さん)
 こうすることで、かがみに嫌われるかもしれない。
 こなたとかがみの、細い細い脆弱な糸で繋がっていた関係までも、跡形もなく途切れるのかもしれない。もう後には戻れない。
 かなたのことを思い浮かべ、正しいのかを尋ねた。答えが返ってくるわけではないから、何の意味もない。
 それでも。
 これ以上は隠しことはできないし、どうしようもない。
 鞄にしまってある、真っ白な一輪のカーネーションを心に供えてある花瓶に飾った。
 必要がないのに、水を与えてやると、その恵みを享受した造花が、嬉しそうに輝いているようだった。

 こなたはもう一度「そっか」と言い、それを決心の言葉とした。

「わかった。とにかくここじゃ人が多いし、万一かがみが来ても困るから、場所を変えようよ」
「それならば、いいところがあります」
「あそこだね、ゆきちゃん?」
「ええ」
「あそこ?」

 こなたは頭にクエチョンマークを浮かべていると、みゆきが「未使用の教室です。ここなら邪魔も入りません」と説明した。
 つかさが張り切って、私が案内するよ! というのでこなたは黙ってついていった。
 道中は無言だった。上履きのカツンカツンとする音が廊下に響いた。

 すでにホームルーム終了即帰宅という時間帯も過ぎた後で、人はまばらだ。大抵これは最終下刻時刻まで続く。
 下刻時刻付近になると部活組が集団を成して校門を出て行くので、登校時と変わらない喧騒を生み出すのだ。
 その中間地点に位置するホームルームからしばらくたった後というのは、学校特有の賑やかさからずっと離れた異質な空間に位置しており、どことなく郷愁を帯びている。
 階段を下りたとき、かがみによくに似た髪型をしている女性と見つけ、こなたの表情がこわばった。
 が、通り過ぎるときにちらりと盗み見をすると、別人であったので安堵した。
 ここだよと明朗な声とともに立ち止まる。中は以前と同じように誰もいなかった。

 しばらく「こんな教室があったんだね」とか「サボりに最適だ」とか、日常会話に終始した。
 それもすぐに尽きる。一度沈黙が訪れた後は誰も言葉を発しなかった。
 こなたは、もう逃げてもしかたないか、と思い決心して切り出した。


「それは――本当のことですか?」
「残念ながら。私も信じられなかったんだけどね」
「ゆたかちゃんが……うそ」
 こなたは今までのことを二人に話した。ゆたかとかがみがプラトニックではなく、肉体関係をもって付き合っているということ。
 それが、少なくてもこなたにとっては、かがみの本心には思えないこと。
「確証はありますか?」
「ないけど……確信はあるよ。証拠はないけど」
「ひどい……。いくらゆたかちゃんでも、ひどいよ」
 瞳にいっぱいに涙を浮かべたつかさは、涙をこぼすのを我慢しようと躍起になっていた。
「しかし嫌ならかがみさんも、断ればいいと思うのですが。
 ……もちろんそんな単純なことであれば、泉さんも悩んでいらっしゃらないのでしょうが。
 それならば、なんなのでしょう。何がかがみさんの桎梏となっているのでしょう」
「うん。おそらく何か弱みでも握られているんじゃないかな。
 べたなところだけど、あまり見られたくないものを写真に撮られているんだと思う」
「なあに、それ」
「それは、できれば空気を読んでよ」
 相変わらずのつかさに、こなたは少し呆れながらも、すぐに真剣になる。
「それならば、どうすればいいんでしょう? 警察に相談しますか?
――そうしたものは、一度流出すると大変困ります」
「できれば、私としては、あまり物騒なことは避けたいよ。
 多分ゆーちゃんもまだそこまではしていないと思う。
 あくまでもゆーちゃんはかがみのことが好きみたいだし、無益だろうから。
 だからこそかがみも黙っているんだと思うし」
「でも、お姉ちゃんが!」
 つかさは錯乱気味だった。大声をだして、こなたと正面に向き合う。
「わかってるけど……かがみだって警察沙汰で済ますんだったら、最初からしていたと思う。
 かがみ法学部志望だし、かがみは強いから。こうしたことは経験になるだろうし――嫌な経験だけど」
「とにかく、講じるべき手段をできる限り考えましょう。早急な行動は自体を深刻化するだけです」
 それでいいですか、つかささん? とみゆきは心配そうに付け加えた。

 こなたは二人の関係に少々不思議に思いながらも、
「私もそう思う。今すぐの行動はかがみのためにも良くないと思うよ」
「うん、わかった」
 つかささんは消沈気味だったが、言葉を搾り出すように力なくうなづいた。
 無理もない。姉のピンチに何もできない自分が嫌なのだ。
 つかさは、今すぐにでもかがみから事情を問いただし、かがみに協力したいと思ったが、二人の意見を聞き、それに従うことにした。
 ゆきちゃんも言っていることだし、きっとあってると、つかさは言い聞かせた。
「いますぐの行動はどうかと思うけれど、私に良い案があるよ」
「……良い案とは?」

 みゆきの真摯の瞳を一心に受けながら、こなたは拳を握った。強く握ってしまい、爪が肉に食い込んで手のひらに痕を残した。
「まあ、まずは私の話を聞いてね」
 ふふと自信の笑みを見せる。
 最近はゆーちゃんにやられっぱなしだったけど、これまでだ。
「フラグはもう、十分にたったからね――!」


「なあ柊」
「何?」
「ねえ柊ちゃん」
「だから、何?」
「やっぱし変だよ、柊ぃ」
「だーかーらー、何が」
「いろいろ」
「いろいろでわかるか」

 みさおとあやの、二人に呼び止められたかがみは、それからずっとこんな調子だった。
 帰ろうにも、こなたのクラスにいくにも、逃げ出せる雰囲気がない。
 そのくせして聞いてくるのは「最近の柊はおかしい」とか「柊ちゃん、何か困っているの?」とここ最近、下手したら三桁くらいは聞かされた言葉の応酬だった。
 うんざりとしながら、繰り返される質問を曖昧に答える。
 二人に話したところで何も変わらないのだから、かがみは二人に話すつもりはなかったし、みさおとあやのも、はいそうですかといって引き下がるつもりはなかった。
「柊ちゃん。何か困っているんじゃないの? 最近泉ちゃんと一緒にいてもあまり楽しそうに見えないわ」
「――そんなことないわよ」
「うそをつくな柊ぃ! 私にはわかるんだからな!」
「何がだよ」
「――何かが変なの」
「あっそ……」

 こうした堂々巡りを、かがみは途中から無意識で返していた。頭の中では別のことを考えていた。
 こなたのこと。
(こなた、こなた……)
 無表情、不機嫌を装っていたが、本心は泣き出したくって、かがみの心は無残なまでにぼろぼろに壊れていたのだ。
 たとえ体が汚れたものだとしても、プラトニックな、真の愛はこなたのもの、そうかがみは思っていた。
 ……学校があった日の、こなたの態度を思うと、またそれに対して喜ぶゆたかを考えると、余計にかがみは死にたくなって、右手首を左手でそっとつかんだ。

「柊ぃ! 私の言うこと聞いているのかあ!」
「はいはい聞いているよ。だからなんともないって」
「むう、あやのー、柊ぃ手ごわい」
「そうね……」

 いつに終わるのだろうか。いつに終わってもいい。
 そもそも、終わっているのだから、とかがみは二人の詰問を聞き流していた。

「―――これが、私の作戦。だいたいはわかった?」
「……はい。つかささんは大丈夫ですか?」
「うん、まかせて、ゆきちゃん」
「頼むよ。二人が失敗したら台無しだから。みゆきさんはあんまり心配していないけど、特につかさ。パソコンの使い方はわかる?」
「うーん、ちょっと自信ないかも」
「まあ、正直なことはいいことだよ」
 はっきりとしたつかさの物言いにこなたは苦笑しつつも、
「みゆきさん、任せられる? もう一度詳細の手順は追ってメールするから。それでつかさに教えてあげて」
「はい。任せてください」
「ごめんね、こなちゃん」
「いーや。正直二人が協力してくれないとうまくいかない作戦だから、結局はいつかは話そうと思っていたし、私のほうが感謝したいくらいだよ」
 こなたは説明用に書いた黒板を消した。
 こなたの身長では当然最上部は届かないので、大体使用した高さは半分から下だけだ。
 説明時間は一時間ほど。

「…ですが、別に泉さんひとりでもできなくはない気がしますが」
「昨日みなみちゃんの家にいったんだよ」
「みなみさんの家に?――確かにみなみさんには警戒されている、というかもう一度みなみさんの家に行くのは危険ですね」
「その時にみなみちゃんが教えてくれたけど、おそらくひよりんとパティに私から言っても、だめだと思う。
 その上ふたりとも、とくにひよりんはパソコンに詳しいほうだから、まず間違いなく私がやったら警戒されるよ。たぶん触れさせてくれないと思う」
「みなみさんが、おっしゃったのですか?」
「うん。どうにもみなみちゃんの意図が読めないのが気がかりだけど」
「……ねえ、こなちゃん」
 つかさが控えめに話しかける。二人がつかさに注目すると、つかさは「あはは」と顔を赤らめて口を濁し、
「たぶん、心の底ではこなちゃんを応援しているんじゃないかな。
私がゆきちゃんの――ううん、なんでもないよ? だってみなみちゃんにとってはゆたかちゃんが大切な人なわけだから」
 大切な人、というつかさらしい乙女チックな言葉にこなたは口元を綻ばして、
「そう、かもね。なんにせよつかさ。つかさにかかってるんだよ。お願いだからどじらないでね」
「う、うん」
 まかせてと、頼りない言葉だったけど、こなたはそれに賭けることにした。

「ただ、泉さん」
 みゆきは語気の荒い声で、
「いくらなんでも無用心すぎませんか? みなみさんは小早川さんに与しているわけでしょう?
 その相手にわざわざ出向くなんて、泉さんのおっしゃるこれからの作戦を吟味しましても、明らかに間違った行動だと思います。
 泉さんが、かがみさんに冷たい態度をとっていらっしゃるのも、小早川さんに察知されないためなんですよね?」
「わかってるよ。でも、そうするしかなかった。
 さっきもいったけど、私には確信――それ自体は疑いないけど――しかないわけだし、どうしても情報不足だったから。
 危険を冒してでも、なんとかするしかなかった。それはわかって」
「……あ、いえ、別に泉さんを非難しているわけではないんです。
ただちょっと気になってしまって。御気を悪くなさったのなら申し訳ありません」
 自分の声がひどくきつい言い回しになっていたことにみゆきは気づき、慌てて訂正した。

 こなたはわかってると、目だけで返答し、つかさのほうに向いた。
「つらいだろうけど、絶対にかがみには内緒ね。下手するとゆーちゃんに感づかれるから」
「……うん」
「なかない泣かない。私だって辛いんだから。かがみを今、慰められないのは。今だけだから、ね、つかさ。がんばろ」
 かがみの名前を出したとたんに表情が曇るつかさを、こなたは励ました後、
「つかさならまったく無警戒だと思う。口実は私が考えるよ」
「わかりました」
「うん!」
「それとみゆきさんには個人的にも相談事が」
「なんでしょうか? 私にできることでしたら、是非」
 ありがとうとこなたは感謝しながら、その旨を述べると、間髪おかずにみゆきはうなづいた。

 じゃあ、とこなたは一呼吸する。

「決戦は10月4日、土曜日。この日が勝負するつもり。だから二人はそのときまでに、終わらせてね。最後は私にまかせて。
――かがみは、私の嫁だから」
「頼りにしています」
「お姉ちゃん……まっててね」


 二人を見送った帰宅路。こなたはとぼとぼと歩きながら、これからの展開を頭のなかでシミュレートした。
「……どっちみち、 修羅場は避けられないよね」
 田んぼのあぜ道をゆっくりと歩く。駅までは自転車で通学したのに帰りは自転車に乗らなかった。
 そのことに気づいたのは、結構な距離を歩いた後だった。
 後の祭り、明日は早起きしないといけないと思うとため息もでるが、まあしかたないとこなたは前向きに考える。
 せっかくだから赤い扉――ではなく、普段とは別の道を通ってみることにした。
 考え事をしていたし、気分転換になるからと、自己正当化に励んだ。

「かがみ、待っててね」
 いろいろあったけど、もう迷わない。
 それでも、もし本当に本当にかがみがゆーちゃんのことを好きだったならば、その後のことはその時に考えればいい。
 手を引くのか、それとも諦めきれないのかはわからない。恋はそんな簡単に諦められるものではないからだ。
 それでも今は悩まない。
「だってそうだよね」
 こなたは、時折吹くそよ風に前髪をなびかせて、自分自身に語りかけた。

「昔の人も言っているじゃないか――やらない後悔よりも や ら な い か」

 私はかがみのことが好きだから、全力を尽くす。
 白いカーネーションと黄色のカーネーション。二つの意味を私は頭に思い浮かべる。

 こなたはうんっ、と前に一歩ジャンプして帰路を歩いていった。










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  • だまれビッチ
    アッーされたいか? -- 名無しさん (2008-10-02 20:23:37)
  • あっはっは私と戦うつもりか、私をあまり怒らせない方がいいぞ! -- ムスカ (2008-08-06 16:33:08)

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