「ゆたか」
二人きりの部屋の中、みなみはふと、
自分に抱きつかれるようにして座っている目の前の友人の名を呼びたくなった。
「どうしたの、みなみちゃん」
くるりと顔をみなみのほうに向けてゆたかは言ったが、
不意に出た言葉であったから、みなみの口から続く言葉は出てこなかった。
「ううん、なんでもなかった」
適当な話題を作っても良かったのだが、みなみはそうしなかった。
ただ、ゆたかの顔が見たかっただけかもしれない。
ゆたかを後ろから抱いている今の状態では、後頭部しか見えないから。
だから、こっちを向いてくれたゆたかの顔が見られただけでみなみは重々満足して、
それ以上のことをゆたかに求めはしなかった。
みなみは、ゆたかとのおしゃべりが好きだが、何も話さないでいる時も好きだった。
こうしてゆたかと触れ合っているだけで、みなみはゆたかの全てを感じられる気がした。
また、自分自身のこともゆたかに全て伝わっていると感じていた。
「そっか」
だから、ゆたかがそれ以上の言葉を言わなかったのも、
きっとみなみの心を知っていたからだと思った。
再びみなみに後頭部を見せると、ゆたかは少しだけみなみにもたれかかった。
「静かだね」
みなみの自宅は通りに面しているが、ほとんど車の通行はなかった。
ときおり風に揺られた木々が葉を奏でるだけで、
後はごく稀に小鳥のさえずりが聞こえるだけだった。
目を閉じると、ゆたかの小さい呼吸の音さえも耳に入った。
ふう、ふう、と一定の間隔で聞こえるそれは、
ゆたかが確かにそこにいることを知らせてくれる。
「ひょっとして、ゆたかも目を閉じている?」
ほぼ確信を持って、みなみは聞く。
「うん。目を閉じると、みなみちゃんが呼吸しているのが分かるんだ。
それだけなんだけど、不思議だね。みなみちゃんをもっと近くに感じられる気がする」
「私も」
みなみは今この瞬間、自分達は世界中で一番近くにいる二人だと思った。
単純な体の距離だけでなく、心の距離も。
おそらく、後者は限りなく一つに近いと感じていた。
いつしか呼吸の音も一つに重なると、今度は体だって一つに近づいている気がした。
この心臓の音は自分のだろうか、果たしてゆたかのだろうか、分からなかった。
心地よい温かさはみなみの体温のせいか、ゆたかの体温のせいか、分からなかった。
すると一瞬、みなみはゆたかが消えてしまったのではないかという錯覚に陥った。
そのとき感じた不安は本当に一瞬のものだったが、
思わず閉じていた目を開けさせるくらいにみなみの心を大きく揺さぶった。
もちろん、ゆたかはそこにいた。
しかし、目を閉じる前に見たゆたかの後頭部は見えず、
その代わりに、まるで大切なものを無くしかけたかのようなゆたかの顔が目の前にあった。
「……ふふっ」
「ふふふ、あはははっ」
しばらく見つめあったあと、封を切ったようにみなみ達は笑った。
二人きりの部屋の中、みなみはふと、
自分に抱きつかれるようにして座っている目の前の友人の名を呼びたくなった。
「どうしたの、みなみちゃん」
くるりと顔をみなみのほうに向けてゆたかは言ったが、
不意に出た言葉であったから、みなみの口から続く言葉は出てこなかった。
「ううん、なんでもなかった」
適当な話題を作っても良かったのだが、みなみはそうしなかった。
ただ、ゆたかの顔が見たかっただけかもしれない。
ゆたかを後ろから抱いている今の状態では、後頭部しか見えないから。
だから、こっちを向いてくれたゆたかの顔が見られただけでみなみは重々満足して、
それ以上のことをゆたかに求めはしなかった。
みなみは、ゆたかとのおしゃべりが好きだが、何も話さないでいる時も好きだった。
こうしてゆたかと触れ合っているだけで、みなみはゆたかの全てを感じられる気がした。
また、自分自身のこともゆたかに全て伝わっていると感じていた。
「そっか」
だから、ゆたかがそれ以上の言葉を言わなかったのも、
きっとみなみの心を知っていたからだと思った。
再びみなみに後頭部を見せると、ゆたかは少しだけみなみにもたれかかった。
「静かだね」
みなみの自宅は通りに面しているが、ほとんど車の通行はなかった。
ときおり風に揺られた木々が葉を奏でるだけで、
後はごく稀に小鳥のさえずりが聞こえるだけだった。
目を閉じると、ゆたかの小さい呼吸の音さえも耳に入った。
ふう、ふう、と一定の間隔で聞こえるそれは、
ゆたかが確かにそこにいることを知らせてくれる。
「ひょっとして、ゆたかも目を閉じている?」
ほぼ確信を持って、みなみは聞く。
「うん。目を閉じると、みなみちゃんが呼吸しているのが分かるんだ。
それだけなんだけど、不思議だね。みなみちゃんをもっと近くに感じられる気がする」
「私も」
みなみは今この瞬間、自分達は世界中で一番近くにいる二人だと思った。
単純な体の距離だけでなく、心の距離も。
おそらく、後者は限りなく一つに近いと感じていた。
いつしか呼吸の音も一つに重なると、今度は体だって一つに近づいている気がした。
この心臓の音は自分のだろうか、果たしてゆたかのだろうか、分からなかった。
心地よい温かさはみなみの体温のせいか、ゆたかの体温のせいか、分からなかった。
すると一瞬、みなみはゆたかが消えてしまったのではないかという錯覚に陥った。
そのとき感じた不安は本当に一瞬のものだったが、
思わず閉じていた目を開けさせるくらいにみなみの心を大きく揺さぶった。
もちろん、ゆたかはそこにいた。
しかし、目を閉じる前に見たゆたかの後頭部は見えず、
その代わりに、まるで大切なものを無くしかけたかのようなゆたかの顔が目の前にあった。
「……ふふっ」
「ふふふ、あはははっ」
しばらく見つめあったあと、封を切ったようにみなみ達は笑った。
まるで、「消えるわけないじゃない」とでも言い合うかのように。