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Affair 第4話

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 4. (みゆき視点)


 小早川さんに電話を切られてからすぐに、私は電話をかけ直しました。
 しかし、着信を拒否されてしまったようで、再び繋がることはありませんでした。
「どうしてこんなに、私は不器用なのでしょうか? 」
 私は、やるせない気持ちになって呟きながら、携帯を机の上に置きました。

「はあ…… 」
 体中の力が抜けていくような感覚に襲われて、崩れるようにベッドに倒れこみます。
 仰向けになって天井を眺めると、蛍光灯の眩い光が飛び込んできて、視界がぼやけてきます。

 一体、どこで、何を間違えたのでしょうか?
 何が原因で、小早川さんの心は氷のように閉ざされてしまったのでしょうか?

「泉さん…… 教えていただけませんか? 」
 私は高校時代に恋心を抱いていたクラスメイトの名前を口にすると、制服に身を包んだ小柄な少女の姿が浮かんできます。
 チョココロネを美味しそうに食べたり、一緒にカラオケに行ったり、教室で雑談したり、ひとつひとつの思い出が
宝石のように大切なものになっています。

 一度失われたものは、二度と取り戻すことは叶わないのでしょうか?
 私は、お節介な事をしているのに過ぎないのでしょうか?

 今日に至る事態の主役達は、駆け落ちをした当事者である泉さんと小早川さんに加えて、かがみさん、つかささん、
みなみさんであり、私は、周辺をうろついているだけなのに、酷く滑稽です。
 しかし、お節介は承知の上で、小早川さんに警告をしなければなりませんでした。

 今、つかささんの傍にいることはとても危険です。
 理由は分かりませんが、彼女の口から発する言葉は何か特別な力があるようで、どうしても逆らえなくなってしまうのです。

 つかささんの命令するまま、身体を弄ばれたことは、一度や二度ではありません。
 裸にされて、体中を舐め回されたり、いろんなオモチャで大切なところを弄くり回されたり、
全身を荒縄で縛られて放置されたり、首輪をつけられて四つん這いで公園を散歩させられたりと、枚挙にいとまがない程、
恥ずかしい行為を強いられました。


 いっそのこと全てを忘れて快楽に蕩ければ楽だったのでしょう。
 しかし、つかささんの言葉の効力は、彼女の傍から離れることによって、失われてしまうのです。
 理性が戻る度に、異常な交わりの記憶が後悔を伴って私を苛むのですが、それでも、
彼女から離れることはできませんでした。

 何故なら、私はつかささんのことが好きだからです。彼女はとても大切な親友です。
 裏表のない、誰もが救われるような天真爛漫な笑顔を取り戻したいだけなのです。
 しかし、今の彼女は、まるで別人のようになっているとしか思えません。
 もしかすると、多重人格という精神的な失調を伴っているのではないでしょうか。

 次の瞬間――
 猛烈な悪寒に襲われて、震える自分自身を抱きしめました。

 つかささんに精神的な障害があるなんて、なんて酷い事を考えてしまったのでしょう。
 そんなことは決してないはずですし、あってはなりません。
 私は、不吉な想像を振り払おうと何度も頭を振りました。
 しかしながら、彼女の今までの言動を冷静に振り返ってみると、不安は増すばかりなのです。
 このままつかささんを、好きにさせておいてはいけないのではないでしょうか?

 私は、暫くの間、寝そべっていたベッドから起き上がりました。
 押し入れから旅行鞄を取り出し、ファスナーをあけて中に着替えを入れていきます。
 心の中に巣食う不安を打ち消す為には、私自身が名古屋に行って、解決に向けた努力をするしかありません。

 鞄の中にレース付きの黒いショーツを入れた時、ポケットに入れておいた携帯が震えました。
 画面を見ることもせずに、反射的に手を伸ばして通話ボタンを押します。
「もしもし。高良ですが」
『こんばんは、ゆきちゃん』
 つかささんです。心臓が飛び跳ねそうになりました。


「こ、こんばんは、つかささん」
 喉がカラカラに乾いて唇が上手く動いてくれません。

『ゆきちゃん。私が電話したのはね…… 』
 つかささんの声は、とても澄んでいます。
 しかし、彼女の言葉は、私の心を包む皮を容赦なく削り取って、瞬く間に裸にしてしまうのです。
『どうしてゆたかちゃんに変な事を吹き込んだの? 』
「ごめんなさい。つかささん」
 酷く混乱したまま、反射的に答えてしまいます。
『ふふ。やっぱり。それで、どういう話をしたのかな? 』
「そ、それは…… 」
 私は言いよどみます。つかささんを警戒せよなんて、本人にとても話せたものではありません。
『いいよ。ゆたかちゃんに聞くから。あっ、ゆきちゃんを問い詰めても同じことかな』

「ご、ごめんなさい。で、でも」
 つかささんに隠し事をしても無駄なのです。それでも、私は懸命に勇気を振り絞って言いました。
「最近のつかささんは、変だとしか思えません」
『どういういうことかな? かな?』
 つかささんの言葉に魂を脅かされながら、私は答えます。
「魅力的な笑顔の裏で、何か良くないことを企んでいるように思えてならないのです」
 私の言っていることは、小早川さんとの通話を経た上での推測にすぎませんが、妙な確信がありました。

『ゆきちゃんは思い違いをしているね』
「何をでしょうか? 」
『私は私だよ。人格が入れ替わっているってことなんてないよ』

 つかささんははっきりと言い切りました。
「でも、以前のつかささんは、誰かを傷つけるようなことは決して言いませんでした。何が、あなたを変えてしまったのですか? 」
『それはね…… 過去の経験かもしれないよ』
 少しだけ、つかささんは寂しそうに言いました。
「確かに、小早川さんのことは辛い事件でした。でも、だからと言って、人を貶めようとする行為は賛成できません」
 私は、懸命に勇気を奮いおこして説得を試みます。

「お願いですから、もう、小早川さんを弄ぶようなことはやめてください。そのような行為は、小早川さんのみならず、
つかささん。あなた自身を貶めることになってしまうのですよ」


 私は話を終えて、返事を待ちます。
 暫くの間、つかささんは何も言わず、重苦しい沈黙が続きます。
『ゆきちゃん』
 ようやく発せられたつかささんの言葉を聞き逃すまいと、全神経を集中します。
『ゆきちゃんは、全く変わっていないんだね』
 つかささんは落ち着いた口調で言葉を続けます。
『でもね。私がどういう生き方をしようと、ゆきちゃんには関係ないと思う』
「そ、そんな」
 ある種の絶望感に襲われながら、私は、心のどこかで『ああやっぱり』と納得する部分もありました。
 ごく短い説得だけで、簡単に改心してくれると考えるのは、いささか虫が良すぎます。
 それでも、説得を続けざるを得ないのが、私のあきらめの悪い部分なのです。

「お願いですから、元のつかささんに戻っていただけませんか? 」
『何にも知らない人の良いだけの女の子に? 』
 自嘲めいた言葉は、私の胸を突き刺します。
「いいえ。誰に対しても温かく、優しいつかささんにです」
『はあ』
 上っ面だけの言葉と受け取ったのでしょうか。つかささんのあからさまな溜息が、覆いかぶさります。
『確かに、笑顔で誰にでも良い顔をしている方が、周囲の人にとっては都合が良いもんね』
「ち、違います! 」
『何が? 』
 つかささんの声が、急に鋭くなりました。

『何が違うのかな? 私はね。ゆたかちゃんが同性の女の子に告白しようかどうか悩んでいた時に、
勇気を出して想いを打ち明けよう、って笑顔で励ましたんだよ。私の言葉で決心したのか分からないけれど、
ゆたかちゃんは目出度く、こなちゃんとお付き合いすることができたんだけどね』


 唐突に暴露された事実に、私は唖然としました。
 ゆたかさんの背中を最後に押したのは、つかささんだったのです。
『本当に滑稽だよね。大好きなこなちゃんを奪ったゆたかちゃんを助けたのは、私だったんだ。
それを知ったのはもっと後なのだけれど、どれだけ人が良いのかなと死にたくなる程に絶望したよ』
「そんな…… 」
 指が細かく震えて、携帯電話を落としそうになってしまいます。
『ゆたかちゃんも、人の恩を忘れて、こなちゃんと二人きりの世界に閉じこもって、
私達を視界から追い出しにかかるし。本当に救われないよね』

 つかささんの中に巣食う闇の本当の姿を、図らずも覗いてしまい、戦慄がはしります。
 もちろん、誰もが心の中に黄昏の領域は持っています。
 しかし、つかささん自身の助言で、泉さんが小早川さんと結ばれてしまった事に対する悔恨と、
その後の悲劇的な展開は、心の中にある怪物を、誰もが手がつけられない程に大きく育ててしまったのです。

「つかささん…… あなたは、小早川さんをどうするつもりなのですか? 」
 喉にこびりついた痰のようなものを飲み下しながら、私は声を震わせました。
『ゆたかちゃんはね。私のすぐ隣で寝ているよ』
「つ、つかささん? 」
 私は酷くうろたえます。急激に不安が膨らみ、胸が苦しくなります。
『ふふ。ゆたかちゃんはとっても安らかに眠っているね。本当に、天使のような無垢で可愛らしい寝顔だよ。
同居していたロリコン趣味のこなちゃんのお父さんは、欲望を抑えるのに必死だったろうね』

 とても嫌な予感がします。
「つかささん。あなたは、何をするつもりですか? 」

『どうしようかなあ』
 金属が擦れるような音が微かに聞こえます。
『ねえ。ゆきちゃん。実は私、カッターナイフを持ってきたんだ』
「ナ、ナイフ? 」
 どうしてそんな物騒なものを持たなくてはならないのでしょう?

『ふふ。図工の時間で使うような黄色いやつだよ』
 直後にカチカチと、刃を伸ばす耳障りな音が鳴りました。
「そ、それをどうするのですか? 」
 唾を飲み込みながら、私は尋ねることしかできません。

『小学生の時に、厚紙でお船をつくろうとしたんだけれど、間違えて指を切っちゃって』
 謡うように紡ぎ続ける言葉に、不安は爆発しそうになるくらいに、膨れ上がります。
『結構、深く切れちゃってね。お姉ちゃんがひどく取り乱して泣いていたのを今でもはっきりと覚えているよ』

「つ、つかささん」
『これをね…… 』
 猛烈に危険な香りが電話越しに伝わってきます。
『安らかな寝息をたてている、ゆたかちゃんの首筋にあててね』

「や、やめてください! 」
 私は携帯電話を耳に押し当ててまま、絶叫しました。


『ゆきちゃん。声が大きすぎるよ』
「お願いです。そんな酷い事をしないでください! 」
 私は、なりふり構わずまくしたてました。
「小早川さんが負うべき責めは私が負います。私ならばどのようなことをされても構いません。だから、お願いです。
人を傷つけることをしないでください! 」
 取り乱して涙声になりながら、必死で説得を続けます。

 長い沈黙の後、つかささんはようやく答えてくれました。
『ゆきちゃん。泣かないで』
「で、でも」
『ゆきちゃんが泣くと、私も悲しいよ』
「だって、だって」
 私は溢れる涙を止めることができません。しゃくり上げながら、ひたすら耳を押し当てて、次の言葉を待ちます。

『単なる冗談だから、本気にしないでほしいなあ』
「ほ、本当ですか? 」
 私の問いに、つかささんは普段と変わらない穏やかな口調で言いました。

『ゆたかちゃんも大好きな女の子だから、そんな酷いことしないよ』
「つかさ…… さん 」
『それにね』
 とても愉しそうな声で、話を続けます。
『自分が犯罪者になるようなことはしないよ。激情にかられて法を犯して牢屋にはいるなんて、単なる低能がすることだよ』
 冷徹極まりない言葉に、私の心が一気に冷えていきます。
『私は、ゆたかちゃんに対して身体的な危害を加えることはないと約束するよ。ゆきちゃん。これで満足かな? 』
「つかささん、分かりました」
 精神的な危害はどうなのかという、喉元まで出かかった言葉を無理矢理飲み込んで、私は頷きました。

『ありがと。それじゃあ、眠いから電話を切るね』
「はい」
『おやすみなさい。ゆきちゃん』
「おやすみなさい。つかささん」
 つかささんとの息の詰まるような会話は終わりました。

 私は、先程とは違った意味での絶望感に襲われながら、それでも懸命に思考を巡らせます。
 つかささんは明日、小早川さんをどうするのでしょうか?
 絶対に良からぬことを企んでいるに違いありませんが、それが何なのかが分かりません。
「どうして、このような事になったのでしょう? 」
 再び自分自身に問いかけますが、答えが返ってくるはずもありません。
 しかし、今のつかささんを野放しにしておく訳にはいかないことだけは、はっきりと分かります。

 つかささんは、明らかに暴走しています。
 彼女のたくらみを何としてでも阻止して、少なくとも小早川さんだけは救わなくてはなりません。

「やはり、決着をつけなければなりませんね」
 敢えて言葉に出してみます。
 私自身の失敗から生まれた悲劇なのですから、やはり、自分で『けり』をつけるしかないのです。
「これを使わなければ良いのですが」
 私は、暗澹とした気持ちに襲われながら、押し入れの奥に隠してあった筒状のものを旅行鞄にしまい、
ベッドにもぐりこみます。

 明日は早いのです。
 寝不足でつかささんに相まみえることは、あってはなりません。


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  • 続きマダー?一日千秋の思いで待ってるのー -- 名無しさん (2009-05-24 17:17:04)
  • 続きがすごい気になる -- 松 (2009-03-24 21:33:01)
  • なんか皆怖いな。 -- 鯨 (2009-01-31 21:05:43)
  • RPG-7とかwww -- はまち太郎 (2009-01-25 21:31:42)
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    みゆき砲? -- みみなし (2009-01-20 04:56:45)

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