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Affair 第3話

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 3. (ゆたか視点)


「う、うーん」
 頬のあたりに微かな刺激を受けて、私は眠りの園を追い出された。
 瞼を開けると、柊つかさ先輩が穏やかな笑顔をみせている。
「ゆたかちゃん。起きた? 」
つかさ先輩、ここは? 」
「ホテルだよ」
「えっ? 」
 戸惑いながら、首をきょろきょろとさせている後輩を楽しそうに眺めながら、先輩は教えてくれる。

「ゆたかちゃんが酔って寝ちゃったから、ここまで運んできたの」
「ご、ごめんなさい」
 つかさ先輩にずっと介抱されていたことにようやく気づいて、恥ずかしくて顔がかっと赤くなる。

「ううん。気にしないで」
「本当にごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」

 お店からホテルまで運ぶことがどれほど大変かを考えると、深い穴を掘ってもぐりたくなってしまう。
「ゆたかちゃんにそんな顔をされると困っちゃうよ。確かにゆたかちゃんを運んでくれた店員さんや、
ホテルの方にはお礼を言わないといけないけれどね」
 デフォルトとなっている笑顔に、少しだけ困惑という感情を混ぜて先輩は言った。

「だから、気にしないでね 」
「は、はい」
 先輩の優しい言葉に頷いたものの、やっぱり反省はしないといけないと思う。
 もし、助けてくれる人がおらず、道端で酔いつぶれてしまったら取り返しのつかない事だって起きかねない。

「それより、ゆたかちゃん。頭とか痛くない? 」
 つかさ先輩は、起き上がった私の隣に座りながら尋ねた。
「いいえ。大丈夫ですけど? 」
 火照りはおさまっていないけれど、二日酔いのような頭痛はない。
 むしろ、身体がふわふわとしていて気持ちが良いくらいだ。

「ゆたかちゃんは、お酒に強くなるかもしれないね」
「そうでしょうか? 」
 お酒に強い自分の姿を、想像することができない。
 小さい頃から病弱と自他ともに認められてきたからかもしれない。
「うん。私みたいにお酒に弱いと、頭が痛くなるからね。アセト…… なんとかというのが上手く分解できないから」
「アセトアルデヒトですか? 」
「うん、そうだよ。流石、ゆたかちゃん」
 手放しで褒めるつかさ先輩を、私は正直、凄いと思った。
 後輩の方が物を良く知っているという時、素直に称賛するのは意外と難しいからだ。


「あっ、そうだ。ゆたかちゃん」
 ひとしきり私を褒めてから、先輩は両手をぽんと叩きながら言った。
「こなちゃんに電話する? 私からはさっき、ゆたかちゃんがホテルに泊まることを伝えておいたよ」
「あっ、します…… それと、ありがとうございます」
「どういたしまして」
 お礼を言ってから、私はこなたお姉ちゃんに電話をかけた。
 既に、午後11時を過ぎていたけれど、お姉ちゃんはまだ起きている時間だ。

「もしもし。おねえちゃん」
『あっ、ゆーちゃん。つかさから話は聞いているよ』
「うん。心配かけてごめんね」
『気にしないで』
 こなたお姉ちゃんの優しい声に、ほっと胸をなでおろす。
「お姉ちゃん。明日もバイトだよね」
『10時からシフト入れているからね』
「う、うん」
 分かってはいるけれど、溜息を漏らすのを止めることはできなかった。
 明日の朝、家に戻っても、こなたお姉ちゃんとはすれ違いになってしまう。

『明日はつかさの相手をしてやってよ。せっかくはるばる名古屋に来たんだし』
「そ、そうだね」
『ゆーちゃんってさ』
「なあに。こなたお姉ちゃん」
『いや、なんでもないよ。それじゃ、体調だけには気を付けてね』
 お姉ちゃんの言葉に、何か引っかかるようなものを覚えたけれど、私は頷いた。
「おやすみなさい。お姉ちゃん」
『おやすみ。ゆーちゃん』

 電話を切ってから、つかさ先輩に声をかける。
「先輩はいつまでこちらに滞在されるのですか? 」
「うーん。とりあえずは明後日までかな。明日は、せっかくだから観光しようと思うの」
「もしよろしければ、ご一緒しませんか? 」
 私の提案に、先輩はとても嬉しそうな顔になった。
「本当にいいの? 」
「ええ。こなたお姉ちゃんは明日もバイトですから」
「ありがとう、ゆたかちゃん」
 つかさ先輩が、私に抱きついてきた。
 先輩にぎゅっと抱きしめられると、ほんわかと温かくなって、揺りかごの中にいるように居心地が良い。

「ゆたかちゃんと一緒に遊べるなんて、とっても嬉しいな」
 素直に喜びを表現できる先輩が羨ましい。
 どうしてこんなに天真爛漫に生きていくことができるのだろう?


 しかし、かなり長い間抱きしめた後、ゆっくりと身体を離した時には、先輩の顔つきはとても厳しいものに変わっていた。
「どうしたのですか? 」
 急激な表情の変化に戸惑いを覚えて尋ねると、つかさ先輩はいきなり深々と頭をさげた。
「ごめんなさい。ゆたかちゃん」
「せ、せんぱい? 」
 つかさ先輩は、土下座をせんばかりの勢いで身体を折り曲げている。
「ごめんなさい。私、ゆたかちゃんにひどいことばかりして、本当にすみませんでした」
 うつむいた先輩の瞼からは、涙がとめどもなく零れ落ちて床に幾つもの染みをつくりだす。
「今年の夏。ゆたかちゃんとこなちゃんを、無理やり引き離そうとして、ゆたかちゃんにクロロホルムを嗅がせて拉致したり、
ベッドで襲ったりして、二人の生活を無茶苦茶にしてしまったことを、ずっと後悔していたの」
 嗚咽を漏らしながら、つかさ先輩は堰を切ったように懺悔をする。
「私って最低だよね。苦しんでいるゆたかちゃんを見て、とても喜んでいたの。本当に酷いよね。人間以下のごみくずだよね」
 自分自身を罵倒しまくる先輩に圧倒されてしまい、声をかけることができない。

「あのときね。私、ゆたかちゃんとこなちゃんの運命が、まるで自分の掌の上にあるように思ったりしたの。
馬鹿だよね、狂っているよね。何、考えていたのだろう。私が存在していると、みんなが迷惑するよね。
だから、だから私は生きていく価値なんてないの! 」

 機関銃のように言葉をまくしたててから、怯えるような目をして言った。
「ごめんね」
 呻くような謝罪の直後、つかさ先輩はバッグに飛びついて中身を漁る。

「私が消えてもなんの足しにもならないけれど、許してもらえるとは到底思えないけれど…… でも、こうするしかないの」
 バッグから取り出した、カッターナイフの刃を伸ばして、右手首に向ける。
「や、やめてください! 」
 刃先が照明の光を浴びて怪しく煌めいた瞬間、ようやく硬直が解けた私は叫びながらつかさ先輩に飛びかかった。
「きゃあ! 」
 悲鳴があがり、もつれるように床に倒れる。
 私は、先輩に覆いかぶさり、ナイフを持った左手首を無我夢中で掴む。

「離して! 」
 先輩は叫びながら、私を振りほどこうとする。
 己の非力は十分に承知しているが、ここで先輩に自殺させるわけにはいかない。

「ゆたかちゃん。お願い! 離して! 私は生きている価値なんてない! 人間失格なの! 」
「違います。そんな人は世界のどこにもいないです! 」
 髪を振り乱しながら暴れる先輩の、凶器を持った手首を掴んだまま、必死に説得を試みる。
「お願いです! ナイフを離してください! 」
「怖いの、私、自分が怖いの! 」
 つかさ先輩の瞳の色は、恐怖に染まっている。

 私は、先輩から視線を逸らさずにはっきりと言った。
「先輩は大丈夫です。お願いですから、私を信じて! 」
「ゆ、ゆたかちゃん…… 」
 先輩の左手がひどく痙攣して…… やがてカッターナイフは床に落ちて転がった。


「はあっ、はあっ」
 つかさ先輩は床に倒れこんで荒い息をついている。
 私も荒れた呼吸を整えながら、自殺を断念した先輩の傍に歩み寄った。
「私、もう恨んだりしませんから」
「ううん」
 つかさ先輩は、弱々しい声を出してかぶりを振る。
「私は、ゆたかちゃんにとても酷いことをしたの。許される資格なんてないよ」
「先輩…… 」
 私は、涙を流している先輩にそっとハンカチをあてた。
「ゆたか…… ちゃん」

「私、先輩が前にしたことは確かに間違っていたと思います。その時は嫌だったし、先輩に会いたくないと思っていました」
「そ、そうだよね」
 つかさ先輩は寂しそうな表情をみせたまま、うなだれる。
「でも、完璧な人間なんてどこにも存在しません。もちろん私もですよ。ひとりよがりなことばかりして、周りのひとのことを考えずに、
こなたお姉ちゃんを独占しようとしました」
 もちろん私は、こなたお姉ちゃんと駆け落ちをしたことの全てを後悔している訳ではない。
 しかし、周りの全てから目を背けて、お姉ちゃんだけを愛する自分自身はとても偏狭だったことを今では分かっている。
 こなたお姉ちゃんの両手を握って、他を全て拒絶した結果、私もこなたお姉ちゃんも多くのものを失ってしまった。
 そして、こなたお姉ちゃんと親しくしていた、つかさ先輩やかがみ先輩を深く傷つけてしまったことに、ようやくにしても
気づくことができていた。
 自己中心的な態度と行動が、どれだけ周囲に迷惑をかけていたのか…… 私は、決して悲劇のヒロインではなく、わがままなお子様だった。

 しかし、「覆水盆に返らず」という有名なことわざがある。決して過去を取り消すことはできない。
 だからこそ、己の所業を悔やむつかさ先輩を責めることなどできなかった。そんな資格は、私にはないのだから。

「先輩…… 私だって、いろいろな間違いを犯しました」
 ハンカチで濡れた先輩の頬を拭いながら、ゆっくりと話す。
「私は、父や母、友達や先輩方、みんなの忠告から背を向けました。ひとりよがりな行動が、周囲にどれだけの迷惑になるのか、
全く分かっていませんでした」

「ゆたかちゃん!? 」
 つかさ先輩は、驚いた表情を浮かべて、私を見つめている
「でも、どんなに後悔しても過去の行いを取り消すことはできません。だからこそ、間違いに気付いた事は直していきませんか? 」
 私は全てを言い終え、先輩の小刻みに震える身体をそっと抱きしめた。
「ゆたかちゃん。私、私っ」
 つかさ先輩は、私の胸に顔をうずめて、涙が枯れるまで泣いた。


「落ち着きましたか? 」
 私はポットのお湯を使って、まだ少ししゃくりあげている先輩に紅茶を淹れる。
「飲んでくださいね」
「ありがとう。ゆたかちゃん」
 つかさ先輩は、ようやく小さく微笑んでカップに唇をつける。
「美味しい」
「ありがとうございます」
 先輩の感想を嬉しく思いながら、私は穏やかに言った。

「つかさ先輩…… そろそろ寝ませんか? 」
「そ、そだね。ゆたかちゃんの寝巻き、私のパジャマの替えでいいかな? 」
「少しサイズが大きいですけれど」
 私は悪戯っぽく言うと、つかさ先輩はちょっとだけ困った顔を浮かべた。
「ゆたかちゃんの意地悪」
 先輩はようやく、いつもの魅力的な笑顔を浮かべてくれた。

 シャワーを浴びて、借りたパジャマを着た直後、私の携帯が震える。
「もしもし」
『もしもし、高良です』
 思わぬ相手からの電話と言ってよい。
「こんばんは。小早川です。あの…… 」
『小早川さん。今日、つかささんが名古屋に来ていますよね』
 嫌な胸騒ぎを覚える。

「は、はい。私は、つかさ先輩が滞在しているホテルに今夜泊まります」
 ひゅっと、息を漏らす音が電話越しに聞こえた。
「どうしたのですか? 」
『小早川さん。つかささんは今、あなたの傍にいますか? 』
「先輩は今、シャワーを浴びています。折り返し電話をするように伝えましょうか? 」
『いえ、それはいいのです。あの…… 』
 高良先輩は言葉を切った。そして、しばらく躊躇った後に要件を切り出した。

『小早川さん。つかささんを信用しないでください』

「どういう事ですか? 」
 確か、高良先輩とつかさ先輩は親友同士だったはずだ。
『つかささんは、あなたと泉さんの仲を裂こうといろいろ画策しています。くれぐれも油断しないでください』
 高良先輩の忠告に、私は、わたしは!


「ひどいです」
 私は、瞼から涙をこぼれ落ちるのを止めることができなかった。
「どうして、どうしてそんな酷いことがいえるのです! 」
『こ、小早川さん? 』
「つかさ先輩は自分の行ったことの非を悔いています。そして、私に誠意を持って謝ってくれました。
過去を詫びることはとても勇気が要ることです。だから、私はつかさ先輩の謝罪を受け入れます。それなのに、
どうして、つかさ先輩の親友である貴方が、信じてあげられないんですか! 」
『小早川さん。落ち着いてください! 』
「私は、落ちついています! 」
 高良先輩はひどく慌てながら、憤りを露わにする私をなだめようとする。
『小早川さん。私は、つかささんの事を良く知っています。つかささんは本来ならば、とても真面目で優しい人です。
しかし、泉さんと小早川さんと離れ離れになってから、変わってしまいました』
 高良先輩は、とても辛そうな声で続ける。

『今のつかささんは、悪だくみをしていても、1分後には同情を誘う涙を流すことができてしまいます。
だから、小早川さん。十分に注意してください』
「ひどい…… 酷過ぎます」
 私は声を震わせた。他人を信じない高良先輩がどうしようもなく腹立たしい。

「どうして、どうして親友をそんな酷い言葉で貶めることができるのですか! 
高良先輩、あなたこそ去年の暮れにいろいろ私を貶めようと企んだじゃないですか! 
あなたは、自分のしたことを悔やみもしないし、謝りもしないじゃないですか! 」


『ごめんなさい…… 私、どうしても言い出せなくて、ごめんなさい…… 』
 先輩は、私の激しい言葉にあきらかに怯えている。
「いえ。私こそすみません」
 急に心が酷く冷える。体温がすっと外に抜けていく。
『小早川…… さん? 』
「他人に向かって謝罪を要求するなんて、傲慢も良いところですね。今の言葉は忘れてください」
『そ、そんな…… 』
「用件はそれだけですか。もう良いでしょう。電話きりますね。あとそれから」
 私は、ひとつだけ呼吸を置いてから通告した。

「もう電話、かけてこないでくださいね」

 高良先輩の言葉を待たずに、電話を切る。
 携帯を操作して、先輩の番号を着信拒否の一覧に加える。

 携帯を鞄に仕舞うと、頭にタオルを巻いたつかさ先輩が顔をのぞかせた。
「どうしたの、ゆたかちゃん? 」
 身体からほんのりと湯気をたてている先輩は、どこか艶めいた色気を放っている。
「ううん。何でもありません。ただのイタズラ電話がかかってきただけで」
「そっかあ」
「ええ。先輩、私は先輩のこと信じています」
 高良先輩が何を言おうと、私は目の前にいるつかさ先輩の言葉を信じよう。

「ありがとう。ゆたかちゃん」
 つかさ先輩はゆっくりと近づいて、私を優しく抱きしめてくれた。
「ゆたかちゃん…… 」
「はい」
 先輩の顔がゆっくりと近づく。
「キスして、いいかな? 」
 先輩の声は鈴の音のように、とても清らかで透き通っている。
「はい…… 」
 私は、ゆっくりと瞼をとじて、心持ちくちびるを上に向けた。


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Affair 第4話へ続く
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  • つかさが神キャラ過ぎる -- 名無しさん (2009-12-23 00:12:19)
  • いやー、さすが面白いっす。
    前回からこなたが気になるなぁ、なんか素っ気無いし。
    実は精神的に疲れてきてるんじゃ…。 -- 名無しさん (2009-01-07 17:39:28)
  • つづきまだかな?
    今思ったんだけど「まだかな」と
    「まなかな」って似てない? -- 15 (2008-12-29 08:01:16)
  • 果たしてどうなるのかすごく気になる。この作品ほんと素晴しい
    -- 鯨 (2008-12-25 23:40:13)
  • これってどこの大映テレビ? -- 名無しさん (2008-12-25 19:57:01)
  • 泊ってるのってあそこでしょ?

    ミユキステーションホテル -- みみなし (2008-12-25 00:54:14)
  • 人間って怖い 



    つかさって怖い -- 名無しさん (2008-12-24 05:18:54)

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