「にがっ」
ひよりの独り言を聞くものは、勿論誰もいない。誰も聞かないから独り言なのだ。
夜中に同人誌の原稿を描くとき、コーヒーが欠かせない。その中に含まれるカフェインは
眠気と戦うための大きな武器になるからだ。その濃度が濃いほど効能が高くなることから、
ブラックで飲んでみた。そしてこの感想である。
「なんでコーヒーなんて飲むんだろうなあ」
ただ単にカフェインが欲しいだけなら、緑茶でも紅茶でもいい。それなのに、なぜコーヒー
なのか。お茶と比べて、コーヒーは苦味が遥かに強い。だからわざわざミルクや砂糖を入
れて飲むことになるわけだ。そのコーヒーを、あえてブラックで飲む者も多い。
「こんなに苦いのに、毎回飲んじゃうんだよなぁ」
苦い。苦すぎる。すぐに砂糖とミルクをとってこようと思う。
人には、選択の自由がある。コーヒーにするか、お茶にするか。砂糖を入れるか入れない
か。その中で、なぜ自分はコーヒーのブラックという最も苦い選択をしてしまったのか。
「お兄ちゃんだろうなぁ」
ある夜の作業中、兄がひよりを労うために、コーヒーを淹れてくれた。眠気に効くようにと
ブラックで。それ以来、作業中にはコーヒーというのが、ひよりの中では定番になった。
つまりは他人による刷り込みである。兄がコーヒーを出してくれた理由は、同じように誰か
からコーヒーを差し出されたことがあるからに違いない。
「別に、コーヒー飲まなきゃいけないって決まってるわけじゃないのに」
ひよりは、コーヒーをちらっと見る。
人には、選択の自由がある。ミルクや砂糖を入れるという選択肢が存在するにも関わらず
ブラックを飲むのならば、その苦さを受け入れなければならない。ブラックの効能が欲しい
のにブラックの苦さは受け入れられないというのは、卑怯だ。
「ま、いいや」
ひよりは、そのコーヒーから目をそらした。
人には、選択の自由がある。ブラックのコーヒーを好きになるか、ならないかだ。世の中の
誰が何を言おうと、嫌うという選択肢があったっていいではないか。
「原稿は、無理して描くほどのものでもないんだよね」
ひよりは、原稿をちらっと見る。まだスケジュールには余裕がある。
人には、選択の自由がある。夜中にこんなものを描かないという選択肢だってある。時間
的な意味でも、内容的な意味でも、自分がこんなことをやっていると人様に堂々と言えるも
のではない。他人に知られたら何を言われるかわかったものではないし、それを受け入れ
る覚悟がないなら、同人活動などするべきではないだろう。
「えーっと……」
ひよりは、時計をちらっと見る。もう草木も眠る時間だ。
人には、選択の自由がある。他人に迷惑をかけるという選択肢と、かけないという選択肢
だ。人間は自分のやったことの結果を受け入れなければならないが、受け入れれば何を
やってもいいというわけでもない。自分が何と言おうと、迷惑をかけられた人が何らかの害
を被ったことに変わりはない。明日(日付的には今日)の朝、誰が自分を起こしてくれるの
か。もし遅刻してしまったら、誰がそのフォローをしてくれるのか。もし寝不足で体調を崩し
たら、誰が自分を病院まで連れていってくれるのか。それが部活の最中だったら、誰が
そういった後始末をしてくれるのか。
「こーちゃん先輩……」
ひよりは、携帯電話をちらっと見る。二時間前に来ていたメールを読み返す。
人には、選択の自由がある。他人の忠告に従うか従わないかだ。大抵の場合、他人の
忠告を無視すると痛い目を見るものだ。メールにはこう書いてある。
『そろそろ寝ろ』
メールが来たときには完全に無視していた。その時は原稿が好調に進んでいたからだ。
だが、こうして一度落ち着いてみれば冷静に物事を考えることができる。
――お前が頑張るのはいいことだけど、それで周りに迷惑する人がいることを考えろ。
幾度となく、親や兄たちから説教されてきた。
人には、選択の自由がある。頑張らないという選択肢があったっていい。
「ふあ~ぁ~」
もう、結論は出ている。
「……もう寝よ」
ひよりは、コーヒーを片付けて原稿を整理してトイレに行き、ベッドに入って電灯を消した。
夜の暗闇と静寂がひよりをすぐに眠りへと誘い、その選択肢が正しいことを示していた。
ひよりは安らかに寝息を立てている……はずが、いきなり飛び起きて、メモ帳を探す。
「……さっきの夢、これだ、これっスよ!」
結局人は正解を知ってても選ばないことがあるものなのだ。
ひよりの独り言を聞くものは、勿論誰もいない。誰も聞かないから独り言なのだ。
夜中に同人誌の原稿を描くとき、コーヒーが欠かせない。その中に含まれるカフェインは
眠気と戦うための大きな武器になるからだ。その濃度が濃いほど効能が高くなることから、
ブラックで飲んでみた。そしてこの感想である。
「なんでコーヒーなんて飲むんだろうなあ」
ただ単にカフェインが欲しいだけなら、緑茶でも紅茶でもいい。それなのに、なぜコーヒー
なのか。お茶と比べて、コーヒーは苦味が遥かに強い。だからわざわざミルクや砂糖を入
れて飲むことになるわけだ。そのコーヒーを、あえてブラックで飲む者も多い。
「こんなに苦いのに、毎回飲んじゃうんだよなぁ」
苦い。苦すぎる。すぐに砂糖とミルクをとってこようと思う。
人には、選択の自由がある。コーヒーにするか、お茶にするか。砂糖を入れるか入れない
か。その中で、なぜ自分はコーヒーのブラックという最も苦い選択をしてしまったのか。
「お兄ちゃんだろうなぁ」
ある夜の作業中、兄がひよりを労うために、コーヒーを淹れてくれた。眠気に効くようにと
ブラックで。それ以来、作業中にはコーヒーというのが、ひよりの中では定番になった。
つまりは他人による刷り込みである。兄がコーヒーを出してくれた理由は、同じように誰か
からコーヒーを差し出されたことがあるからに違いない。
「別に、コーヒー飲まなきゃいけないって決まってるわけじゃないのに」
ひよりは、コーヒーをちらっと見る。
人には、選択の自由がある。ミルクや砂糖を入れるという選択肢が存在するにも関わらず
ブラックを飲むのならば、その苦さを受け入れなければならない。ブラックの効能が欲しい
のにブラックの苦さは受け入れられないというのは、卑怯だ。
「ま、いいや」
ひよりは、そのコーヒーから目をそらした。
人には、選択の自由がある。ブラックのコーヒーを好きになるか、ならないかだ。世の中の
誰が何を言おうと、嫌うという選択肢があったっていいではないか。
「原稿は、無理して描くほどのものでもないんだよね」
ひよりは、原稿をちらっと見る。まだスケジュールには余裕がある。
人には、選択の自由がある。夜中にこんなものを描かないという選択肢だってある。時間
的な意味でも、内容的な意味でも、自分がこんなことをやっていると人様に堂々と言えるも
のではない。他人に知られたら何を言われるかわかったものではないし、それを受け入れ
る覚悟がないなら、同人活動などするべきではないだろう。
「えーっと……」
ひよりは、時計をちらっと見る。もう草木も眠る時間だ。
人には、選択の自由がある。他人に迷惑をかけるという選択肢と、かけないという選択肢
だ。人間は自分のやったことの結果を受け入れなければならないが、受け入れれば何を
やってもいいというわけでもない。自分が何と言おうと、迷惑をかけられた人が何らかの害
を被ったことに変わりはない。明日(日付的には今日)の朝、誰が自分を起こしてくれるの
か。もし遅刻してしまったら、誰がそのフォローをしてくれるのか。もし寝不足で体調を崩し
たら、誰が自分を病院まで連れていってくれるのか。それが部活の最中だったら、誰が
そういった後始末をしてくれるのか。
「こーちゃん先輩……」
ひよりは、携帯電話をちらっと見る。二時間前に来ていたメールを読み返す。
人には、選択の自由がある。他人の忠告に従うか従わないかだ。大抵の場合、他人の
忠告を無視すると痛い目を見るものだ。メールにはこう書いてある。
『そろそろ寝ろ』
メールが来たときには完全に無視していた。その時は原稿が好調に進んでいたからだ。
だが、こうして一度落ち着いてみれば冷静に物事を考えることができる。
――お前が頑張るのはいいことだけど、それで周りに迷惑する人がいることを考えろ。
幾度となく、親や兄たちから説教されてきた。
人には、選択の自由がある。頑張らないという選択肢があったっていい。
「ふあ~ぁ~」
もう、結論は出ている。
「……もう寝よ」
ひよりは、コーヒーを片付けて原稿を整理してトイレに行き、ベッドに入って電灯を消した。
夜の暗闇と静寂がひよりをすぐに眠りへと誘い、その選択肢が正しいことを示していた。
ひよりは安らかに寝息を立てている……はずが、いきなり飛び起きて、メモ帳を探す。
「……さっきの夢、これだ、これっスよ!」
結局人は正解を知ってても選ばないことがあるものなのだ。