- 4.狐と葡萄
「昔の話です」
朝日が苔の浮いた池に反射し、朝露に湿った草木を照らす。
優しく吹いた風に乗って、声が響いた。
その声に、行き交う女房は気がつかない。
誰も気がつくことのない声。
「私が出会ったのは少女……絶望の少女、希望の少女」
それが始まりだったと、声の主は語る。
そこにあるはずのない言葉が綴られ、紡がれる。
それが誰の耳に届くこともなく、ただ風に舞う。
「人は誰もが、空にある月に思いを馳せます……そこに辿り着こうと、必死に手を伸ばします」
空に映る淡い月が、まだ身を潜めていた。
それがいくら水面に映ろうとも、触れることは叶わない。
ただ空しく、いたずらに波紋を作るだけ。
「絶望の少女が求めたのは一輪の梅の花……けれどそれを欲する事は許されません」
世界がそれを許さない。
誰もがそれを許さない。
絶望の少女が生まれたのは、そんな絶望の世界。
「少女は恨みました……世界の全てを、自分を」
「はんっ」
その時、風が吹いた。
小さく起こった凪が、漂う言葉を捕まえた。
「なによそれ」
誰にも聞こえるはずがない声。
届くはずのない声。
だがそれは、確かに苔の浮く池に波紋を作っていた。
朝日が苔の浮いた池に反射し、朝露に湿った草木を照らす。
優しく吹いた風に乗って、声が響いた。
その声に、行き交う女房は気がつかない。
誰も気がつくことのない声。
「私が出会ったのは少女……絶望の少女、希望の少女」
それが始まりだったと、声の主は語る。
そこにあるはずのない言葉が綴られ、紡がれる。
それが誰の耳に届くこともなく、ただ風に舞う。
「人は誰もが、空にある月に思いを馳せます……そこに辿り着こうと、必死に手を伸ばします」
空に映る淡い月が、まだ身を潜めていた。
それがいくら水面に映ろうとも、触れることは叶わない。
ただ空しく、いたずらに波紋を作るだけ。
「絶望の少女が求めたのは一輪の梅の花……けれどそれを欲する事は許されません」
世界がそれを許さない。
誰もがそれを許さない。
絶望の少女が生まれたのは、そんな絶望の世界。
「少女は恨みました……世界の全てを、自分を」
「はんっ」
その時、風が吹いた。
小さく起こった凪が、漂う言葉を捕まえた。
「なによそれ」
誰にも聞こえるはずがない声。
届くはずのない声。
だがそれは、確かに苔の浮く池に波紋を作っていた。
「お姉ちゃん、ほら行こうよっ」
「……うん」
かがみの頭の奥に、痛みが広がっていく。
弱った体を眩暈と吐気が襲い、足元がふらつく。
頭の中で暴れるのは、『彼』の影。
……『彼』の、言葉。
「我が恋に……か」
「?」
告白の言葉が体を抜けて行く。
だがその言葉もまた、自分の空想ではないかと怯える。
あの感覚。
あの動悸。
あの……口吸いすらも。
それは、当然のことだ。
なぜなら『彼』が居ることは……『ありえない』。
その言葉が、かがみの心臓を締め上げる。
「お姉ちゃん顔色悪いよ? 今日はまだ休んでる?」
「……ううん、平気」
頭痛もする。
眩暈も吐気もする。
本当は、すぐにでも横になりたかった。
現実から目を背けてしまいたかった。
それでも足を奮い立たせなければいけない理由が、かがみにはあった。
「……こなちゃん、入るよ?」
つかさの指が蔀戸を叩く。
その音が、かがみの心臓にも響いていく。
そして部屋の中から聞こえた声が、もう一度脳を揺らした。
「……うん、いいよ」
暗い対屋に光が伸びる。
その闇を少しずつ光が照らし出し、少女の姿が露になった。
その『少女』と、かがみの視線が交わる。
「あ……こ、なた」
必死に頭の中で言葉を廻らせる。
だが続く言葉が思いつかず、かがみが視線を逸らす。
一日目の夜が終わった。
それはつまり……。
「どったのかがみ、顔色……悪いよ?」
「……ぁ」
笑え、と頭の中で自分に言い聞かせる。
だが上手く笑顔が作れず、表情が強張る。
「んーお腹空いたなぁー。つかさ、ご飯まだ?」
「あ、う、うん。すぐ用意するね」
こなたの言葉に反応し、つかさが部屋から消える。
そして対屋に残されたのは、二人だけだった。
かがみが少し視線をあげ、声を絞る。
「ねぇ、かがみ」
だがその言葉が止まる。
こなたの言葉が、それを遮ったから。
「な、何?」
反射的にかがみの口が言葉を返す。
そんな定型文しか、今は頭が回らなかった。
そして一時、ただこなたの言葉を待った。
「かがみは私の事……好き?」
「えっ」
それが数刻だったのにも関わらず、かがみの口から素っ頓狂な言葉が出た。
その返事も、定型文のようなものだった。
だがその意味を考え、かがみの頬が染まる。
「……うん、好き」
頬の熱が、胸の奥の感情を教えてくれる。
声に出して確認して、かがみの心が落ち着く。
大丈夫だと、心で叫ぶ。
離れていても、きっと繋がっている。
それだけが、心の支えだった。
……はず、だった。
声が響いた。
小さな、こなたの声。
それがかがみの奥で、ゆっくりと再生された。
「みさきち、より?」
「えっ……」
空気が、凍った。
いつしかこなたの眼は、かがみから外れていた。
光を失ったそれはもう、何も捕らえることはない。
「な……に、それ」
「かがみはいいよね」
言葉を失ったかがみを見ることもせず、空を仰ぐ。
まだ暗闇の残る天井がこなたの視界を覆う。
「かがみには、みさきちがいるもん」
「だから何よ、それ!!」
思わず声が荒くなる。
こなたが口にした言葉が、体の奥へ侵食していく。
黒いその感情が指先まで広がり、眩暈がかがみを襲う。
「……かがみは」
光を失った瞳がかがみを見る。
声が、二人を穿った。
冷たい、こなたの声。
二人を穿つ……言葉だった。
「かがみは私じゃなくても、いいんでしょ?」
「……うん」
かがみの頭の奥に、痛みが広がっていく。
弱った体を眩暈と吐気が襲い、足元がふらつく。
頭の中で暴れるのは、『彼』の影。
……『彼』の、言葉。
「我が恋に……か」
「?」
告白の言葉が体を抜けて行く。
だがその言葉もまた、自分の空想ではないかと怯える。
あの感覚。
あの動悸。
あの……口吸いすらも。
それは、当然のことだ。
なぜなら『彼』が居ることは……『ありえない』。
その言葉が、かがみの心臓を締め上げる。
「お姉ちゃん顔色悪いよ? 今日はまだ休んでる?」
「……ううん、平気」
頭痛もする。
眩暈も吐気もする。
本当は、すぐにでも横になりたかった。
現実から目を背けてしまいたかった。
それでも足を奮い立たせなければいけない理由が、かがみにはあった。
「……こなちゃん、入るよ?」
つかさの指が蔀戸を叩く。
その音が、かがみの心臓にも響いていく。
そして部屋の中から聞こえた声が、もう一度脳を揺らした。
「……うん、いいよ」
暗い対屋に光が伸びる。
その闇を少しずつ光が照らし出し、少女の姿が露になった。
その『少女』と、かがみの視線が交わる。
「あ……こ、なた」
必死に頭の中で言葉を廻らせる。
だが続く言葉が思いつかず、かがみが視線を逸らす。
一日目の夜が終わった。
それはつまり……。
「どったのかがみ、顔色……悪いよ?」
「……ぁ」
笑え、と頭の中で自分に言い聞かせる。
だが上手く笑顔が作れず、表情が強張る。
「んーお腹空いたなぁー。つかさ、ご飯まだ?」
「あ、う、うん。すぐ用意するね」
こなたの言葉に反応し、つかさが部屋から消える。
そして対屋に残されたのは、二人だけだった。
かがみが少し視線をあげ、声を絞る。
「ねぇ、かがみ」
だがその言葉が止まる。
こなたの言葉が、それを遮ったから。
「な、何?」
反射的にかがみの口が言葉を返す。
そんな定型文しか、今は頭が回らなかった。
そして一時、ただこなたの言葉を待った。
「かがみは私の事……好き?」
「えっ」
それが数刻だったのにも関わらず、かがみの口から素っ頓狂な言葉が出た。
その返事も、定型文のようなものだった。
だがその意味を考え、かがみの頬が染まる。
「……うん、好き」
頬の熱が、胸の奥の感情を教えてくれる。
声に出して確認して、かがみの心が落ち着く。
大丈夫だと、心で叫ぶ。
離れていても、きっと繋がっている。
それだけが、心の支えだった。
……はず、だった。
声が響いた。
小さな、こなたの声。
それがかがみの奥で、ゆっくりと再生された。
「みさきち、より?」
「えっ……」
空気が、凍った。
いつしかこなたの眼は、かがみから外れていた。
光を失ったそれはもう、何も捕らえることはない。
「な……に、それ」
「かがみはいいよね」
言葉を失ったかがみを見ることもせず、空を仰ぐ。
まだ暗闇の残る天井がこなたの視界を覆う。
「かがみには、みさきちがいるもん」
「だから何よ、それ!!」
思わず声が荒くなる。
こなたが口にした言葉が、体の奥へ侵食していく。
黒いその感情が指先まで広がり、眩暈がかがみを襲う。
「……かがみは」
光を失った瞳がかがみを見る。
声が、二人を穿った。
冷たい、こなたの声。
二人を穿つ……言葉だった。
「かがみは私じゃなくても、いいんでしょ?」
「駄目ね、全然駄目よ」
誰もいない嘲るような声が響いたとに、空気が少し張る。
漏れた感情が空気の温度を下げていく。
「何が絶望よ……鼻で笑ってやろーじゃない」
「……どうしてですか?」
怒りの感情で硬直した空気を、もう一つの言葉が和らげた。
全てを包むような優しい声。
それに負け、怒りの混じった声が緩む。
それでも感情の濁りが心を掴み、声が荒くなる。
「大切な人と結ばれない? 伝えてもないくせによくも言えたものよ」
「……それを伝えることは許されません、それは」
「世界が許さないって?」
言葉が言葉を遮る。
誰が悪いわけでもない。
そんな言葉が、『彼女』を苛立たせる。
「何よそれ、勘違いも甚だしい……結局それを決めてるのも、自分じゃない」
世界の物差しがなんだ、と切り捨てる。
そこにあるのは、身勝手な言い訳だけ。
周りがそれを許さないから。
その言葉を盾に、逃げているにしかすぎない。
「何が花が欲しかった、よ……花は折りたし、とでも続けるつもり?」
その梢の高さがどんなに低くても、その手が届くことはない。
なぜならそう……その高さでさえも、自らが決めてしまっているのだから。
「そんなの、葡萄を欲しがる狐と一緒……あの葡萄はきっと苦いからって、あきらめてるだけ」
その先にある未来に、少女は絶望する。
救いのない未来。
救いのない世界。
それが絶望の少女の、全てだった。
「面白い解釈ですね」
「そんなもんよ……世界ってのは、自分の両手で決めるもんよ」
それを定義するのは、他の誰でもない。
自分だけがそれを決められる。
自分の世界が狭いのか、広いのか。
それは決して他人が決めたりするものではない。
「……そうです、そして絶望の少女は……世界を定義します」
大切な人と結ばれない、惨めな世界。哀れな世界。
それが世界の秩序。理。
その世界の深淵に囚われ、世界を怨む。
それは自身を戒めていることでしかないのに。
「そして世界を……壊してしまった」
苔の海が波紋を作る。
まるでそれはプレリュード。
絶望の波が音色が音もなく、消えていった。
誰もいない嘲るような声が響いたとに、空気が少し張る。
漏れた感情が空気の温度を下げていく。
「何が絶望よ……鼻で笑ってやろーじゃない」
「……どうしてですか?」
怒りの感情で硬直した空気を、もう一つの言葉が和らげた。
全てを包むような優しい声。
それに負け、怒りの混じった声が緩む。
それでも感情の濁りが心を掴み、声が荒くなる。
「大切な人と結ばれない? 伝えてもないくせによくも言えたものよ」
「……それを伝えることは許されません、それは」
「世界が許さないって?」
言葉が言葉を遮る。
誰が悪いわけでもない。
そんな言葉が、『彼女』を苛立たせる。
「何よそれ、勘違いも甚だしい……結局それを決めてるのも、自分じゃない」
世界の物差しがなんだ、と切り捨てる。
そこにあるのは、身勝手な言い訳だけ。
周りがそれを許さないから。
その言葉を盾に、逃げているにしかすぎない。
「何が花が欲しかった、よ……花は折りたし、とでも続けるつもり?」
その梢の高さがどんなに低くても、その手が届くことはない。
なぜならそう……その高さでさえも、自らが決めてしまっているのだから。
「そんなの、葡萄を欲しがる狐と一緒……あの葡萄はきっと苦いからって、あきらめてるだけ」
その先にある未来に、少女は絶望する。
救いのない未来。
救いのない世界。
それが絶望の少女の、全てだった。
「面白い解釈ですね」
「そんなもんよ……世界ってのは、自分の両手で決めるもんよ」
それを定義するのは、他の誰でもない。
自分だけがそれを決められる。
自分の世界が狭いのか、広いのか。
それは決して他人が決めたりするものではない。
「……そうです、そして絶望の少女は……世界を定義します」
大切な人と結ばれない、惨めな世界。哀れな世界。
それが世界の秩序。理。
その世界の深淵に囚われ、世界を怨む。
それは自身を戒めていることでしかないのに。
「そして世界を……壊してしまった」
苔の海が波紋を作る。
まるでそれはプレリュード。
絶望の波が音色が音もなく、消えていった。
泣くことも出来なかった。
笑い飛ばすことも出来なかった。
繋がっているはずだった。
分かりあっているはずだった。
それなのにどこかお互いの歯車が噛み合わず、すれ違う。
好きなのは、一人のはずなのに。
彼女されいれば、それで良かったのに。
「私じゃなくてもいいんだよね」
こなたの声がかがみの胸に突き刺さる。
そんなはずがない、と心を抑える。
それなのに、心の深淵には彼女以外の誰かが居た。
彼女だけのはずだったのに。
カノジョダケノハズダッタノニ。
「こ、なた……」
「……でてってよ」
必死に漏らした言葉も、彼女の一声に切り捨てられる。
言葉がのどの奥から出ていかない。
否定しろ、と自分に必死に言い聞かせる。
「ち、ちがっ」
「何が違うの?」
それでも冷たく返ってきた言葉に、息が詰まりそうになる。
否定できるはずがない。
たった一瞬でも。
たった一夜でも。
違う誰かに、その身を任せようとしたのは事実だった。
「……ご、めんっ」
口から出せる言葉が見あたらず、漏れたのはかすれた声。
全ては事実。
あの最後の一瞬。
その刹那の一瞬だけは、かがみの中から消えた。
大切な人を奪われる嫉妬も。
悔しさも、慟哭も。
その……面影さえも。
「……」
耳からはい言った謝罪の声が、ようやくこなたの脳に届いた。
ゆっくりとそれを噛みしめながら、足を一歩前に。
もう一歩。
また一歩……。
「こ、こなたっ」
もう視線は、かがみを見なかった。
それを追いかけようとしたかがみを見るふりをして、一別する。
「……かがみ」
その、冷たい言葉にかがみの体が強ばる。
自分がどんな表情でその言葉を聞いたのかも、かがみには分からない。
世界が反転し、強烈な吐き気が襲う。
それでも強制的に、脳が言葉を認識する。
もう、体は動かない。
こなたを追いかけることすらできない。
だけど空しく、声だけが響いていた。
「かがみ……もう、いいよ」
それは短くて、それでいて……残酷で。
ただ、拒絶を表すだけの言葉だった。
笑い飛ばすことも出来なかった。
繋がっているはずだった。
分かりあっているはずだった。
それなのにどこかお互いの歯車が噛み合わず、すれ違う。
好きなのは、一人のはずなのに。
彼女されいれば、それで良かったのに。
「私じゃなくてもいいんだよね」
こなたの声がかがみの胸に突き刺さる。
そんなはずがない、と心を抑える。
それなのに、心の深淵には彼女以外の誰かが居た。
彼女だけのはずだったのに。
カノジョダケノハズダッタノニ。
「こ、なた……」
「……でてってよ」
必死に漏らした言葉も、彼女の一声に切り捨てられる。
言葉がのどの奥から出ていかない。
否定しろ、と自分に必死に言い聞かせる。
「ち、ちがっ」
「何が違うの?」
それでも冷たく返ってきた言葉に、息が詰まりそうになる。
否定できるはずがない。
たった一瞬でも。
たった一夜でも。
違う誰かに、その身を任せようとしたのは事実だった。
「……ご、めんっ」
口から出せる言葉が見あたらず、漏れたのはかすれた声。
全ては事実。
あの最後の一瞬。
その刹那の一瞬だけは、かがみの中から消えた。
大切な人を奪われる嫉妬も。
悔しさも、慟哭も。
その……面影さえも。
「……」
耳からはい言った謝罪の声が、ようやくこなたの脳に届いた。
ゆっくりとそれを噛みしめながら、足を一歩前に。
もう一歩。
また一歩……。
「こ、こなたっ」
もう視線は、かがみを見なかった。
それを追いかけようとしたかがみを見るふりをして、一別する。
「……かがみ」
その、冷たい言葉にかがみの体が強ばる。
自分がどんな表情でその言葉を聞いたのかも、かがみには分からない。
世界が反転し、強烈な吐き気が襲う。
それでも強制的に、脳が言葉を認識する。
もう、体は動かない。
こなたを追いかけることすらできない。
だけど空しく、声だけが響いていた。
「かがみ……もう、いいよ」
それは短くて、それでいて……残酷で。
ただ、拒絶を表すだけの言葉だった。
「希望の少女は言いました」
紡ぐ声は暖かく、日の沈んだ庭の草木が少しだけ微笑む。
その慈愛の言葉に包まれれながら、ゆっくりと月の光を受け止める。
「生きることとは……戦うこと、辛い現実に立ち向かうこと」
「……それこそ、面白い解釈ね」
どこかで聞いた言葉を、改めて反芻する。
記憶の奥底にある一つの言葉。
だがそれが、何万回も紡がれた言葉だと『彼女』は知っている。
「希望の少女は戦います……自らを飲み込んだ、絶望と」
それは孤独な道。
知っている誰もが、知らない世界。
そんな暗闇の世界の中で、もがいた。
最後のその一瞬まで。
命、尽きはてるまで。
「そして、起きました……奇跡が」
それは奇跡というにはあまりにも、儚い。
吹けば消えてしまいそうな、虚ろな奇跡。
それでも確かに起きた。
それはちっぽけで、わずかで。
それでいて……神にも起こせない、奇跡だった。
「いいえ、それを奇跡と呼ぶのは失礼かもしれません……なぜなら彼女はその手で、それを掴みとったのだから」
「……あんたが言うなら、そうなんでしょうね」
見上げると空の橙を、黒が埋め尽くしていく。
半分の闇が、世界を包んでいく。
浮かび上がる金の瞳に、誰もが夢を描く。
そこにたどり着こうと、思いを馳せる。
「それでも……うまくはいかった、そうでしょ?」
「……」
その奇跡が、少女を救った。
希望の少女を、絶望の少女を。
世界の鎖から、絶望から。
「……確かに全ては元に戻ったはずでした」
全てが終わり、少女は救われた。
大切な人想いを告げ、世界と向き合った。
そこにはもう、逃げ続けた絶望の少女はいない。
ただ大切な人と、有限の時間を紡ぐだけのはずだった。
「理由は分かりません、彼女たちの歯車はもう噛み合っているはずだった」
「……はんっ」
その言葉を、もう一度鼻で笑う声がした。
偉大なる神の一声を、嘲るように笑いとばす。
「わかんないの? こんな簡単な事」
「ふぇ?」
ため息が風になり、草木を揺らす。
返す衣が海に反射し、波を作る。
いつしかそこには確かに『居た』。
「あんたはまだ、分かってないわね……人ってもんを」
「……貴方には、分かるんですか?」
土を踏む音があたりに響く。
地面を踏みつけ、確かな核の鼓動が反響する。
「全部が戻るなんてことはありえない、『絶対』にね……そういうことよ」
「……絶対、ですか」
足を踏み出す音がする。
地面に生えた草木が、なぎ倒される。
重力に、圧力に。
「人は時にその言葉を口にします……ですが、『絶対』という言葉ほどもろい言葉はない」
「……分かってるじゃない」
絶対。
それは、確立された運命。
そんなものは存在しないと、人は口にする。
たれぞ人は口にする。
絶対、と。
「そういう矛盾してる生き物なのよ、人ってのはね」
「……面白い、解釈ですね」
「ふふっ」
言葉が繰り返され、笑い声が漏れる。
それは言葉遊び。
決して紡がれることのない、記号の羅列。
「では問いましょう」
それはまるで退屈を紛らわす子供の遊び。
暇を持て余した神々の、高貴な言葉遊び。
「この世に絶対のものなど……あると思いますか?」
「思うなんてほどのもんじゃないわ」
紡がれれば返す。
答えを求められれば、返す。
それだけの、無邪気な言い争い。
「『ある』」
迷う間もなく、言葉が紡がれる。
そこには確かにある絶対が、空を穿つ。
雲を割り、金色の瞳が地面を照らす。
丸く見開かれた
「世界とは朧……そこに『絶対』が、あるとでも?」
「世界中のどこになくてもいいのよ、そんなの」
指が天を指す。
そのまま、宙を舞いやがて一つの場所にたどり着く。
「『私は絶対に諦めない』……ほら、もう一個あったじゃない」
それはいつからだろう。
いつからかそこに出来た小さな宇宙が、自分を指さし笑う。
「そんなもんよ、絶対なんて……自分の中にあれば十分」
そのまま草を噛みしめ、水面を揺らしながら歩いていく。
まるでそこに最初から、存在していたかのように。
一歩。
また一歩。
土を踏む音が、響く。
草を踏む音が、騒ぐ。
「……どちらへ?」
「ちょっと行ってくるわ、出来の悪い子のためにね」
「……どうか、お気をつけて」
空を仰ぐ。
地面を睨みつける月が、丸く輝く。
紡ぐ声は暖かく、日の沈んだ庭の草木が少しだけ微笑む。
その慈愛の言葉に包まれれながら、ゆっくりと月の光を受け止める。
「生きることとは……戦うこと、辛い現実に立ち向かうこと」
「……それこそ、面白い解釈ね」
どこかで聞いた言葉を、改めて反芻する。
記憶の奥底にある一つの言葉。
だがそれが、何万回も紡がれた言葉だと『彼女』は知っている。
「希望の少女は戦います……自らを飲み込んだ、絶望と」
それは孤独な道。
知っている誰もが、知らない世界。
そんな暗闇の世界の中で、もがいた。
最後のその一瞬まで。
命、尽きはてるまで。
「そして、起きました……奇跡が」
それは奇跡というにはあまりにも、儚い。
吹けば消えてしまいそうな、虚ろな奇跡。
それでも確かに起きた。
それはちっぽけで、わずかで。
それでいて……神にも起こせない、奇跡だった。
「いいえ、それを奇跡と呼ぶのは失礼かもしれません……なぜなら彼女はその手で、それを掴みとったのだから」
「……あんたが言うなら、そうなんでしょうね」
見上げると空の橙を、黒が埋め尽くしていく。
半分の闇が、世界を包んでいく。
浮かび上がる金の瞳に、誰もが夢を描く。
そこにたどり着こうと、思いを馳せる。
「それでも……うまくはいかった、そうでしょ?」
「……」
その奇跡が、少女を救った。
希望の少女を、絶望の少女を。
世界の鎖から、絶望から。
「……確かに全ては元に戻ったはずでした」
全てが終わり、少女は救われた。
大切な人想いを告げ、世界と向き合った。
そこにはもう、逃げ続けた絶望の少女はいない。
ただ大切な人と、有限の時間を紡ぐだけのはずだった。
「理由は分かりません、彼女たちの歯車はもう噛み合っているはずだった」
「……はんっ」
その言葉を、もう一度鼻で笑う声がした。
偉大なる神の一声を、嘲るように笑いとばす。
「わかんないの? こんな簡単な事」
「ふぇ?」
ため息が風になり、草木を揺らす。
返す衣が海に反射し、波を作る。
いつしかそこには確かに『居た』。
「あんたはまだ、分かってないわね……人ってもんを」
「……貴方には、分かるんですか?」
土を踏む音があたりに響く。
地面を踏みつけ、確かな核の鼓動が反響する。
「全部が戻るなんてことはありえない、『絶対』にね……そういうことよ」
「……絶対、ですか」
足を踏み出す音がする。
地面に生えた草木が、なぎ倒される。
重力に、圧力に。
「人は時にその言葉を口にします……ですが、『絶対』という言葉ほどもろい言葉はない」
「……分かってるじゃない」
絶対。
それは、確立された運命。
そんなものは存在しないと、人は口にする。
たれぞ人は口にする。
絶対、と。
「そういう矛盾してる生き物なのよ、人ってのはね」
「……面白い、解釈ですね」
「ふふっ」
言葉が繰り返され、笑い声が漏れる。
それは言葉遊び。
決して紡がれることのない、記号の羅列。
「では問いましょう」
それはまるで退屈を紛らわす子供の遊び。
暇を持て余した神々の、高貴な言葉遊び。
「この世に絶対のものなど……あると思いますか?」
「思うなんてほどのもんじゃないわ」
紡がれれば返す。
答えを求められれば、返す。
それだけの、無邪気な言い争い。
「『ある』」
迷う間もなく、言葉が紡がれる。
そこには確かにある絶対が、空を穿つ。
雲を割り、金色の瞳が地面を照らす。
丸く見開かれた
「世界とは朧……そこに『絶対』が、あるとでも?」
「世界中のどこになくてもいいのよ、そんなの」
指が天を指す。
そのまま、宙を舞いやがて一つの場所にたどり着く。
「『私は絶対に諦めない』……ほら、もう一個あったじゃない」
それはいつからだろう。
いつからかそこに出来た小さな宇宙が、自分を指さし笑う。
「そんなもんよ、絶対なんて……自分の中にあれば十分」
そのまま草を噛みしめ、水面を揺らしながら歩いていく。
まるでそこに最初から、存在していたかのように。
一歩。
また一歩。
土を踏む音が、響く。
草を踏む音が、騒ぐ。
「……どちらへ?」
「ちょっと行ってくるわ、出来の悪い子のためにね」
「……どうか、お気をつけて」
空を仰ぐ。
地面を睨みつける月が、丸く輝く。
交わらないはずの世界。
それが今、もう一度結ばれた。
それが今、もう一度結ばれた。
『絶対』の少女が今、踊る。
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- つ~づ~き~を~‼ -- 名無しさん (2010-06-05 17:02:09)
- 続きを………!!! -- 名無し (2010-05-24 06:43:23)
- やっぱりぶーわ氏は天才です(>_<) -- 名有りさん (2009-12-06 21:00:14)
- ぶーわさん新作乙です。
続き待ってます! -- 名無しさん (2009-11-17 19:55:47)