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初恋の人

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「ねぇねぇ、みんなの初恋っていつ?」
四人で机をくっつけてのお弁当
我が妹、つかさの言葉に飲んでいたお茶を噴き出しそうになる。
「お~、高校三年間彼氏いないこの四人組でこの話を振るとは。
 じゃあ、言いだしっぺから言ってもらおうかな~、つかさ」
面白くなってきたとばかり、ニヤニヤするこなた。
こんな話を振ってきた元凶、つかさも別に動じる様子はない。
ちょっと、つかさ。私の知らないところで誰かと付き合ってたりしたの!!
「う~ん、私はお父さん……かなぁ、小学生の頃だっけ」
あ、え……そういうのもありなの?
ってか、それも初恋ってカウントしていいの?
確かにあの頃のつかさはお父さんべったりだったけど。
「そういえば、お姉ちゃんもあの時お父さんべったりだったよね。お父さんと結婚する~って」
「な、何を言い出すの、つかさ!!」
た、確かに小さい頃そんな事言ってたかもしれないけど、
何もこんな場で言わなくても!!
「へぇ~、かがみん、かわいいねぇ~。
 『お父さん大好き、お父さんと結婚する』なんてちっちゃいかがみに言われたら、
 世の中の半分以上のロリコンはその場で卒倒しちゃうよ」
面白いおもちゃを見つけたとばかり、ニヤニヤするこなた。
つ、つかさぁ~、よりによってこんな奴に教えるなんて……
「み、みゆきは? みゆきは初恋の人誰なの?」
「え、えっと、私はいとこのお兄さんですかね。 小さいころよく遊んでくれていましたし」
あ~、そういえば。
今もバレンタインにチョコを作ってあげているところを見ると、もしかして今もなんじゃない?
「で、こなたはどうなのよ」
そう、これが私の一番聞きたかったところ。
いつもは「かがみは私の嫁」とか言ってるけど、本当はどうなの?
こなたにも、好きな人がいたことがあるの?
「うーん、言ってもいいけど、きっと誰のことか分からないよ?」
「いいから、こなたの初恋は誰なの?」
身を乗り出して聞く私。
こなたは一瞬、遠い目をして、愛しい者の名前を呟くように言った。
「米やん」


……誰だよ、それ。


結局、その初恋の人が分からないままその話は流れてしまった。
けれど、午後の授業中その人のことが気になってしょうがなかった。
誰だろう「米やん」って。
こなたのことだから、ゲームやアニメのキャラだろうか。
いやいや、でもそんなキャラの名前、聞いたことないし。
それに、その名前を呟いたときのこなたが、
とても切ない表情をしていたように思えるのは、私だけだろうか。
帰りの電車。
こなたと二人っきりの電車なのに、こなたはゲームを始めて、
暇をつぶすものもない私はぐるぐると思考の渦から抜け出せないでいた。
「ねぇ、こなた」
「あっ、ちょ、ちょっと待って、いいところだから」
こなたのボタンを連打する指の動きが鈍る。
「あっ、あっ、ああっ……」
画面が暗転し、がっくりとうな垂れる女の子が表示される。
誰だっけ、この子。初音ミク……だっけ?
「う~、いいところだったのに。何、かがみ」
「せっかく一緒に帰ってるのに、ゲームばっかりやってるわけ?」
「えー、何々? ゲームに嫉妬してるのかな? このツンデレかがみんは」
ツンデレ言うな。
でも、パチンとゲームの電源を落とし、こっちを向いてくれることに、ちょっぴり嬉しく感じてしまう。
「それで、お昼言ってた「米やん」って誰なの。あれだけじゃ訳分からないじゃない」
「えーっ、みゆきさんとつかさはともかくとして、かがみは分かると思ったんだけどな」
「どうして?」
「だってかがみ、オタクじゃん」
「ラノベ読んでいるだけじゃオタクじゃありません」
何でこいつは私をオタクの仲間入りさせたがるんだろう。
「違うよ。この前コミケに行ったでしょ? だったら、聞いたことあるはずだけどなぁ……」
こなたに連れて行かれたコミケのことを思い出すけれど、そんな人に出会った記憶がない。
「絶望した!! 米やんのことも知らないでコミケに参加する新参者に絶望した!!」
「って、あんたがいつも無理やり連れて行くだけじゃない!!」
って、その「米やん」ってコミケに関係ある人なの?
「ん~、改めて説明すると難しいな~、米やん、米やん……」
こなたは目を瞑り、ぐるぐる頭を回しながら考えている。
ぐーるぐる、電車の動きに合わせて揺れる体は私のほうにもたれ掛かり……
「ぐーっ」
「って、寝るのかよ!!」
もたれ掛かって眠るこなたからあったかい体温が伝わってくる。
小さい動物は体温が高いって言うけれど、こなたも一緒なのか心地よいあったかさが伝わってくる。
そういえば、昨晩は新刊の発売日でついつい夜更かしして読んじゃったっけ。
急に襲い繰る睡魔に抗う余裕もなく、私は目を瞑った。


「おとーさん、おとーさん、どこー」
こなたの声。
いや、いつも聞いてる声より、ずっと幼い声。
視界を埋め尽くす、背の高い大人たち。
ついさっきまでそこにいた父親の姿は、人ごみの向こう。
人ごみの中、この子には何もできない。
「お嬢ちゃん、大丈夫?」
周りの人の膝しか見えなかった世界に現れた、男の人の顔。
一瞬びっくりしてから、その人がしゃがみこんでこちらに視線を合わせてくれているのに気づく。
「お嬢ちゃん。お父さんかお母さんは?」
ふるふる、こなたは首を振る。
その男の人はまいったな、とあごをかき、
「分かった。お嬢ちゃん、おじさんと一緒にいいところへ行きましょうね」
普通に聞いたら誘拐犯丸出しの言葉をこなたにかけた。
その人を信じたのは父親から受けた英才教育、
スタッフには従いなさいという刷り込み。
こなたの視線はその人を追っている。
圧倒的な人ごみと、机並べて本を売る姿。
この前行ったコミケと同じ風景。
ただ、同じように見えても違和感を感じる。
遠くの遠景。人ごみに圧倒されてあんまり覚えてないけど、ビッグサイトってこんなところあったっけ?
「おーい、米やん。この娘、迷子」
スタッフ詰め所のところから出てきたのは垂れ目の男の人。
どことなく感じる、タバコの匂い。
「迷子札は……ついてないか。ちゃんとカタログくらい読んでほしいんだけど ……お嬢ちゃん、お名前は」
「いずみこなた」
「ん、こなたちゃんね。おーい、迷子の放送頼む」
わらわら動き出す人達。
見知らぬ人ぱかりの世界。
さっきまで止まっていた涙が、ひくひく言い出してきた声とともにあふれ出しそうになり……
「♪~」
歌が聞こえた。
それは、幼かったこなたが毎週見ているアニメの主題歌。
あふれ出そうになった涙がぴたっと止まる。
男の人の声にあわせてこなたが歌いだすと、男の人は嬉しそうに目を細めた。
それから男の人はいくつもの歌を歌った。
こなたが知ってる曲、知らない曲。
知ってる曲は声を合わせて、知らない曲は耳を澄ませて。
いくつもの歌を声を重ねて歌ううちに、いつの間にか不安は消えていた。
「す、すみません、こちらに娘が……」
外の方から声が聞こえる。
いくつも紙袋を抱えた、いまよりも少し若いそうじろうさん。
「おとーさーん!!」
そうじろうさんに飛びつく幼いこなた。
それを見て、男の人は幸せそうに笑う。
それから、そうじろうさんはスタッフの人からこっ酷く怒られた。
まあ、幼い子供をコミケに連れてくる時点でどうかと思うけど。
別れ際、そうじろうさんに手を引かれながらも、こなたは一緒に歌を歌っていた男の人の方をじっと見る。
男の人はこなたの視線に気づいて、しゃがみこんで視線を合わせた。
「こなたちゃん、漫画は好き?」
「すき、だいすき」
「今日迷子になって、こんなとこ着たくないって思った? アニメや漫画、嫌いにならなかった?」
こなたはふるふると首を振る。
「おじちゃんがいっしょにうたってくれたから、さびしくなかった。たのしかった」
そっか、と男の人は目尻を下げ、こなたの頭を撫でた。
帰りの混み合った電車の中。そうじろうさんはこなたのことをすごく気を使って、
ひざの上に乗せてあげたりアイスを買ってあげたりしていた。
でも、こなたはどこか上の空。
「ねぇ、おとうさん」
「どうした、こなた。何か欲しいものでもあるか?」
「さっきのおとこのひと、なんてひとなの?」
「ああ、あの人か。あの人に会えるなんてすごいことだぞ。あの人はな……」


がくん、と揺れが眠りの世界から引き戻した。
はっ、と我に返り、辺りを見回す。
「ちょっと、こなた。起きなさい」
「むにゃ~、かがみは私の嫁~」
「恥ずかしいこと言ってないで、起きなさい!!」
鉄拳制裁。頭上に落ちる雷。
「ひぅ~、何するの、かがみ」
私は無言で指をさす。
指差した先には、駅名表。
『新栃木』
「あんたに釣られて居眠りしたら、とんでもないとこに来ちゃったじゃない!!」
「って、私のせい!! かがみだって居眠りしてたでしょ」
「ああっ、もう、うるさい。折り返すわよ!!」
ああっ、もう。こなたのせいでとんでもないところまで来ちゃった。
まあ、快速で会津の方まで行かなかっただけでもマシか。
いつの間にか外は真っ暗になって、虫の声も聞こえてきた。
「ねぇ、こなた」
「ん、何?」
「米やんってさ、コミケを作った人だよね」
こなたは一瞬驚いた表情になり、その後嬉しそうに頷いた。
「なんだ、かがみ、知ってるんじゃん」
「たまたま思い出しただけよ」
そうだ、カタログにそんな人の名前、載っていたっけ。
でも、ちょっと前にニュースで流れていた。その人はもう……
「ねぇ、かがみ。米やんはさ、いまも空の上でコミケ、見守ってくれてるのかな?」
そう呟いたこなたが、なんだか寂しそうに見えて……
「ふにゃっ……」
こなたの頭に手を置いて、くしゃくしゃ撫でた。
「かがみぃ、髪ぐしゃぐしゃになっちゃうって」
「私はさ、その米やんがどんな人かは知らないけどさ」
今の今までそんな人がいたことさえ忘れていた。知っていたとしてもニュースで見たほんの一瞬。
私はこなたの言う米やんという人がどんな人かは知らない、でも。
「ずっとコミケのことを愛してたんだからさ、ずっと見守っててくれるんじゃない。きっと」
私の言葉を聞いたこなたは、びっくりしたように円らな瞳を大きくして、
「うん」
嬉しそうに、頷いた。
「でね、かがみ。次のコミケなんだけど……」
「って、あんた。また私をつき合わせる気か!!」
「いいじゃん。次でかがみもコミケ三回目だし、オタクとして一人前になるために東駐車場始発組で!!」
「やらなくていいから!! 私はオタクじゃないから!!」
でも、こうやってこなたとじゃれる時間は楽しくて、
こんな機会を作ってくれた米やんに、私はちょっとだけ感謝した。














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