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喧嘩をやめて

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「……はァ、はァ、はァ……」

 夕日に照らされた校庭を、二人の少女がよろよろと走っている。
 汗に濡れたシャツは身体に張り付き、むき出しの腕を、脚を、額を玉のような汗が流れる。

 おぼつかない足元で、歩くのと変わらないほどの遅さで。
 それでも、隣を走るライバルに負けまいと、必死で身体を進めている。

 ……どうして、こんなことになってしまったんだろう。

 ……私のせいだ。
 私が、二人を炊きつけるような真似をしたから……

「……やめてぇっ! もう、やめてよぉっ!」

 いつ終わるともわからない、意地の張り合い。
 ――私は、そんな二人に向かって駆け出していた……


――――――――――――
  『喧嘩をやめて』
――――――――――――


 それは、昼休みの何気ない一言がきっかけだった。

「お姉ちゃん、いつも私たちのクラスでお昼食べるよね~」
 白いご飯を箸で切り分けながら、つかさ
「べっ、別にいいじゃない」
 と、私。
「……もしかして、クラスで孤立されているということはないですよね?」
 心配そうに、みゆき。
「いやいやいや、それも私の魅力ゆえなのだよ、ねぇかがみん?」
 噛みちぎったチョココロネをもごもごやりながら、こなた。……つか、口に物を入れたまま喋るな。

「C組の友達より、私の方が魅力的だってことだよねー」
「……その自信がどこから来るのか、いっぺんじっくり問いただしてみたいわ」

 ううっ、たぶん今、顔真っ赤なんだろうなあ、私。

 こなたの指摘は、半分図星と言えなくもない。
 重度のオタク(しかも、言動は男オタクのそれだ)で、何かというと私をからかうこなた。
 なぜ一緒にいるのか、と言われると、即答する自信はない。自分でもわからないんだから。

 それでもなぜか、こなたといると変に安心している自分がいる。
 こなたがいないと、何か物足りない自分がいる……
 自分でもよくわからないけど、この目の前にいる小さな女の子が、気になってしかたがない。

「ん~? お顔が赤いのではないですかな、かがみんや」
「うっ、うるさいっ!!」
「かがみは素直でいい子だね~、よしよし」

 いつの間にか後ろに回りこんだこなたが、私の背中に頬をすり寄せ、私の頭を撫でながら言った。
「……う、う、う、う~~~~っ!!」


 それは、いつもの昼食の光景。
 ……でも、この『いつもの光景』が、まさかこんな事態を招くことになるなんて……


  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  


「聞いたぞぉ、柊~」

 日下部が話しかけてきたのは、その日の放課後だった。
 風紀委員会に出るために、あやのが教室を出たその後。
 いつもの連中と、いつものように帰ろうと、B組に行こうとした時のこと。

「へ? 聞いたって、何をよ?」
「あんたさー、あのちびっ子とデキてるんだって?」

「で、デキ……人聞きの悪いこと・」
『言うなぁっ!』……と、叫ぼうとした私。

 ……でも、そこで何も言えなくなった。
 だって日下部は、いつにもなく真剣な顔をしていたから。

「……あのさ、今日という今日は言おうと思ってんだけど」
 射るような視線に、気押される私。
「あんたにとって、私らって何なわけ?」
「ぅ……」

 すぅ、と息を吸い込んで、……日下部は一気にまくし立てた。
「私らだって、中学校からの腐れ縁だぜ?それを差し置いて、何かというとちびっ子ちびっ子ってさ……
親友を持ってかれて、残される私の気持ちって、あんたわかってんのか?
私だって、我慢の限界だっての!」

「…………」
 何も言えない。言い返せない。

「柊、あんた気づいてないかも知れないけどさ。あんたがちびっ子とくっついてると……」
 そこで急に、声のトーンが小さくなる。
「……その……なんか、その、すっげぇくやしいっていうか……その……」
 なぜか真っ赤になって、視線を逸らす。

 ……ちょ、え、それって、どういう意味?
 なんか、ちょっと雲行き変じゃない?

 そんな『プチ修羅場』を知ってか知らずか、こなたが現れた。

「おーい、かがみ様~、帰りましょ~」
「その呼び方はやめれっていっとろーが!」

 うつむいたままの日下部の身体が、ぴくっ、と動いた。

「お、かがみのクラスメイトの……えーと、名前なんだっけ……」
 未だに日下部の名前を覚えていない、こなた。失礼なヤツ……

「……だ」
「ん?」
 依然としてうつむいたままの日下部を、下から覗き込もうとするこなた。

 そのこなたをビシッ、と指差して、

「勝負だ、ちびっ子!!」
 渾身の力を込めて、日下部が吼えた。


  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  


 梅雨も開けて、夏の太陽が降り注ぐ校庭。
 ようやく日がかげり始めたといっても、まだまだ日は高い。
 陽炎が揺らめくトラックを、こなたと日下部は走り続けている。

 ただ、驚くばかりだった。
 普段運動なんてしないこなたなのに、日下部が圧倒されるほどの気迫で走り続けている。
 陸上部とはいえ、短距離(スプリント)型の日下部。彼女もぶっちゃけ、もうヘトヘトだ。

 動かず立っているだけでも、汗が吹き出る灼熱の太陽の下。
 二人はもう一時間以上、『どちらかが倒れるまで』のデスマッチを繰り広げている……


  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  


「勝負?」
 きょとん、とした顔で、こなたが言った。
「もしこの勝負に私が勝ったら、柊はもうそっちのクラスには行かせない!
私が負けたら、潔くあきらめる!もう柊にとやかく言わない!」
 熱血モードに入ってしまった日下部が、一方的に宣言する。

「あのー……話がよく読めないんだけど?」
 こなたの頭上に、巨大な「?」が浮かんだような気がした。

 ……でも、その数秒後。こなたは、手をポン、と打った。
「……ああ、なるほど。フラグ立っちゃったんだネ?」
 いつものネコ口で、にんまりと笑う。

 ……だから、現実世界にゲームの概念を持ち込むのはやめろっつーに。

 とは言っても、こなたの解釈は間違ってはいない。
 こう見えて、意外に勘の鋭いところがあるからね、こなたは。

「んで、その勝負って何さ?」
 まったく受ける気はないけどね~、といった調子で、こなたが聞く。

 そんなこなたを再び指差して、日下部は言い放った。
「『耐久マラソンデスマッチ』でどーだ!」

 ……いや、ちょっと待て日下部。普通こういう時って、勝負を挑まれたほうが種目を決めるんじゃないのか?
 しかも、陸上部だろお前。

「うげ……この暑いのに、なんて競技持ち出すかな」
 げんなりした顔。そりゃそうだわ。
「大体さー、当のかがみの思惑もわかんないのに、その勝負ってどうなんだろ」
 お、的を得た指摘。

 ……でもこの後、私はとんでもないことを言っちゃったんだ……


  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  


 いつしか日はすっかり傾いて、ねぐらへ帰るカラスの鳴き声が響いている。
 走り出してからもう二時間。二人とも、もう歩くのと変わらないスピードで、よろよろと……
 ……それでも、足を止めようとはしない。
 一歩でも、相手より前へ。一歩でも。

 涙が、止まらなかった。
 私のために……私なんかのために、二人とも……どうして……


  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  


 ……私は、こなたの気持ちを試そうとしてしまった。

「いいわよ、私は」
「……へ?」
「日下部が勝ったら、もうこなたのクラスには行かない」
「…………」

 黙りこくってしまう、こなた。
 ……そして、

「……いいよ、その勝負、受ける」
 こなたは日下部をキッと睨み付けて、言った。

「ちょ、ちょっと?あんた、いくら運動できるったって帰宅部でしょ?オタク生活まっしぐらでしょ?
そんな、勝ち目のない勝負……」

「……男には、負けるとわかっていても戦わねばならぬ時がある!」
 拳を握り締めて言い放つこなたの背後に、漆黒の海賊旗がはためいたような気がした。

『いや、あんたは女だろ』
 いつもなら、そうツッコんでいたと思う。

 でも、こなたの顔を……今までに見たことのない真剣な表情を見たとき、私はもう何も言えなかった……


  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  


 二人とももう、まっすぐ走ることすらやっとの状態。
 おぼつかない足元で、歩くのと変わらない遅さで。
 それでも、隣を走るライバルに負けまいと、必死で……

「……やめてぇっ!もう、やめてよぉっ!」

 トラックの向こう側、ただひたすら前進を続ける二人に向かって、駆け出す。
 汗が噴き出す太ももに、夏服のスカートがまとわりつく。
 見えないゴールを目指して、よろよろと歩みつづける二人。あっという間に差が縮まる。

 ……こんなになるまで、二人は……

 二人の背中から間に割り込み、首に腕を回す。
「……もう……もういいから……やめてぇ……」

 涙で、前がよく見えない。
 私に抱きつかれた二人は、まるで糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた……


  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  


 校庭の向こう、箱根の山の方で、夕日が揺らいでいる。
 私の横で息づいている、二つの荒い息。

「……ごめん……ごめぇん……」
 私はただ、泣くことしかできなかった……

 ……でも、この後まさか、あんな大どんでん返しが待っていようとは。

「……や……」
 先に声を出したのは、日下部だった。

「……やるねぇ……ちびっ子……」
 普段お世辞など言わない日下部の口から、初めて聞く賛辞の言葉。

「……あんたも……さすがだねぇ……」
 こなたも、喋るのがやっと、という感じで日下部を讃える。

 ……そして。

「……ふっ……あはははははははは!」
「あっははははははは!」

 戦いすんで日が暮れて。
 大の字になって校庭に転がった二人は、大声で笑いあっていた。


 ……な、何なのよ、この青春ドラマな展開?


  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  ―x―  


 それから、数日後の昼休みであるところの今。
 私はC組の教室で、つかさが作ったお弁当をぱくついている。

「……でさー、それがケッサクなわけよ」
 ご機嫌な顔で、日下部が箸を振り回しながら喋る。
「みさちゃん、お行儀悪いよ?」
 あやのが、やんわりと叱る。

「そりゃまた貴重な体験だったね、みさきち~」
 チョココロネをかじりながら、こなた。
「あれって臭いよね~」
 タコさんウインナーを箸でつまみながら、つかさ。
「臭いよね~」
 サンドイッチを包んだラップをめくりながら、あやの。
「太いのも困りものですよね」
 今日も『豪華な残り物』のお弁当がちょっとうらやましい、みゆき。

 ……そうよね、最初からこうすればよかったんじゃない。

「いや~、あれはちびっ子にも見せたかったよ~マジで……ゔ・」
 めりっ、という音が聞こえたような気がした。……日下部、またやったな。
「おや、またも口内炎フラグ立っちゃったのかな、みさきち?」
「うぁぁぁぁぁ、ブルーだー……」


― Fin. ―



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  • かがみを取り合う こなたVSみさお。 こーいうの待ってたよ~(ヌフリン☆ -- 名無しさん (2011-04-11 22:03:45)
  • さわやかだ -- 名無しさん (2009-08-27 14:01:24)
  • ええ話です最後ハッピーエンドでよかった乙
    -- 名無しの中の名無し (2009-07-28 19:29:49)

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