kairakunoza @ ウィキ

アンジャベル

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「おい、泉!何描いてんだよ」
「ちょっと、返してよ」
「あれ~、今日はお母さんの絵を描くのに、ど~してお父さんの絵なんだよ」
「ぷぷぷ、あれだろ、泉、お母さんいないんだもん」
「あ、そうか。そういえばいなかったんだっけ」
「ううう、返して……」
「はぁ~聞こえないなぁ~、お母さんのいない泉!」
「ははは、片親、片親」
「う、ひっくひっく、……かえして……」
「はは、泣くのか、泣く…イッて!!」
「コラッ!!いい加減にしなさい、女の子泣かせるなんて駄目じゃない」
「「……ごめんなさい……」」
「今度、泣かせたらおしおき、だからね」
「……さっき、殴ったのに」
「なんか言った」
「な、なんでもないです!!!」
「ふぅ、全く。こなたちゃん、大丈夫だった」
「…うん」
「おとうさん、上手に描けてるじゃない。あげたら喜ぶわよ」
「………うん」


「お父さん、どうしてうちにはお母さんがいないの」
ゴールデンウィークも過ぎたある夜、泉家の一人娘であるこなたは父に向かってそう質問した。
質問を受けた父であるそうじろうは、食器を洗いながらカレンダーを見て一つの事に思い当たる。そういえば、もうす
ぐ母の日だったと。普段、こなたはそうじろうに母であるかなたの事を聞いてはこない。おそらくこなた自身がその事
を聞いてはいけない事だと認識してるためだろう。かなたが亡くなってまだ数年、そうじろう自身もその傷が完全に癒
えた訳ではない。それはしこりの様に一生喉の奥に残り続けるだろうと言う核心があった。そしてそれはこなたにも言
える事である。それなのに今日は聞いてきた、思い出してみれば保育園帰りのこなたはどこか暗かった。保育園で何か
あった事は明白で、きっと母親がいない事をからかわれたか何かだろう、と思い至った。
小説なら、ここで気の利いたセリフの一つや二つでるのだろう。
「……かなたは、天国に行ったんだ……」
が、現実でそんな言葉はでない。たとえ、そうじろうが作家であったとしても。
「………」
「でもな、かなたは何時でも俺達の事を見守ってるぞ」
それはそうじろうの願望でもあった。天国なんてあるかどうかなんか知らないし、特定の宗教に傾倒してる訳でもない。
ただ、そう信じなければ、かなたが死んだ、と言う現実に立ち向かう事など出来なかった。肉体が滅びても魂は残ると
いう願望と愛娘のこなたの存在、この2つがなければ自分はかなたの後を追っていた、そうそうじろうは確信していた。
「………わかんない……」
「こなた……」
呟き、そうじろうを見上げる。ここでそうじろうは始めてこなたの眼を見た。一筋の光も発しない、寧ろ全ての光を飲
み込むような漆黒の瞳だった。初めて見る眼、それは、実の母の死がそこまでの影を落としている事を意味していた。
と、同時に自分が娘の事を何も知らなかったと言う事だった。
「…わかんない…わかんない、わかんない!!お母さん、お母さんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさん!!」
暗い目で喚き始めたこなた。その眼は何も映さない、視線は虚空を彷徨う、言葉は意味を無くし音の羅列に成り下がる。
かなたが亡くなってから溜め込んだ、闇を吐き出すように。
喉の奥から何かが込み上げて来る。今まで腹の底に無理矢理押し込んだモノが。それは、こなたが吐き出した闇と共鳴
しているのだと、そうじろうは理解した。そしてそれは決して表に出してはいけないものだと。しかし、そうじろうは
止めようとはしなかった。喉を競り上がって来るままにした、すでに箍など何処かに吹き込んでいた。

全身を闇に覆われる感覚がする。糸で操られる人形の如くに、右手が大きく上に上がった。

それをどこか醒めた目で見る自分がいた。意志と肉体の切断、何もかもがバラバラだった。

いや、あの日あの時からずっとそうだったのかもしれない。今まで全てを偽って生きてきたのではないのか。

十分に力を溜めた右腕を振り下ろす。

今までした事を、今自分はやろうとしている。もっとも下劣で劣悪なことをしようとしている
そう解っていても、もう止める事はできない

その右手の先には愛する娘の顔。
その左頬に男の掌が吸い込まれるように撃ち抜いた。


「……!?」
一瞬、何をされたか解らなかった。左頬が赤く腫れ、鈍く痛み出すと漸く理解できた。“父に殴られた”と。
そうじろうがこなたを殴る事はもとより、怒ることさえ無かった。何時もにこにこと楽しそうにして、一緒にゲームを
したり、アニメや漫画を観たりするあの優しい父が、殴る、なんて。
視界が歪む。頬に何かが伝う感覚がする。悲しかったし、裏切られたという思いに駆られた。

どうでもよくなった。なにもかもが、なくなってしまえ、そうおもった。

父を睨む。憎しみを籠めた目で睨もうとした。だが……


父の殴った右手は震えていた。右手だけじゃない、全身も震えていた。
「…かなたはな、かなたは……もう死んじまったんだ!もうこの世の何処にもいないんだよ!!!!」
父も、泣いていた。大粒の涙を流して。
そして理解した、自分も父に酷い事してしまったのだと。

自分がした事、父にしてしまった事、母の事、保育園での事
様々な事がこなたの中で絵の具を混ぜたパレットの様にぐちゃぐちゃになった
そのぐちゃぐちゃの心のまま
「……お父さんなんか……大嫌い!!!」
そう叫んで、外に飛び出した。

「ハハハ、何やってんだろうな、俺」

そんな自虐的な言葉が背後から聞こえた気がした。


走って、夜の住宅地を駆け抜ける。そして、とある一軒の家の前で足を止める。
インターホンを鳴らして出てきたのは、
「は~い。こんな遅くに誰?…ってこなたちゃんじゃない!?どーしたの?」
「…こんばんは、ゆきおばさん…」
こなたの叔母、小早川ゆき、であった。


ドアの隙間から光が洩れる。暗い部屋の中に一筋の線が出来る。その線を手繰るようにずっと見つめる。膝を抱え、小
さく丸くなって。


こなたの姿に驚いていたゆきの脇を抜けて、家の中に上がる。右には開け放たれたガラス戸、その影から中学生位の女
の子と、まだ歩き始めたばかりに見える小さな女の子の2人がこなたを奇異の目で見ていた。2人はこなたのいとこであ
り普段は実の姉妹みたいに仲がよいのだが、この時ばかりは互いに無言であった。一言も発せず2人の横を通る、背後
からはゆきの、心配する声がするが、それを全て無視し、こなたは廊下の奥の部屋に入り、閉じこもってしまった。鍵
を掛けてはいない、だがこなたの異常な雰囲気からか、誰も扉を開けようとはしなかった。


扉から洩れる光を見つめる。
何故、あんな事をしてしまったのだろう、と後悔の念が押し寄せてくる。生涯の伴侶となるべき者を失った人に対して
なんて酷い事を、心の傷を抉るような事をしてしまったのだと。
ほんの些細な切っ掛け、母への想いの爆発。それは、自分と父の両方を、家族を傷つけた。
新たに涙が頬を伝う。虚無感と喪失感が自分を何処かに連れ去ろうとしていた、だからさらに力を籠めて自身を抱きし
める。
もう、終わってしまったのだろうか。自分は母だけでなく父も失ってしまったのであろうか。

光が揺らめいた。
誰かが扉の前に立ったみたいだ。ノックの音が三回する。
「…こなたちゃん、何があったの」
ゆきの声だった。
声を出そうとするが、喉の奥で詰まりだだ空気の塊を吐き出すだけだった。悲しみは喉を犯し声を奪う。それでも、こ
なたは何とか意味の有る音を発そうとした。
途切れ途切れ、嗚咽を漏らしながらもこなたはここまでの経緯を話した。
「……そっか……」
一時の呼吸を置きゆきが扉越しに質問する。
「お母さんがいなくて寂しい?」
「うん」
嗚咽混じりの返事する。当たり前の話だった、実の母親が死んで寂しくない者などいない。
「やっぱり兄さ……お父さんだけじゃ駄目?」
「…………」
今度はすぐに返事が出来なかった。
お母さんがいないの寂しい。だけど、お父さんだけじゃ嫌なのか…ワカラナイ。
でも、今までは普通に暮らしてきた。お父さんと遊んでてた。その時はどうだったか……楽しくなかったのか………
「……新しいお母さん欲しい?」
「いや」
それは絶対に。お母さんは、お母さんで泉かなた、ただ一人なのだ。かなた以外を呼ぶ気もなければ認める気もない。
それに、そんな事あるはずがない。ある日、父が知らない誰かを伴って「こなた、今日からこの人が新しい母さんだ」
なんて事が。深海に住むチョウチンアンコウが火星の大気中を泳ぎ回ることぐらいにありえない。
「……お父さんはそんな事しない、だって」
お父さんはお母さんを、そうじろうはかなたを愛しているから。過去も現在も、そして未来永劫、それこそ彼が命の灯
火が尽きるその時まで、決してかなた以外を愛す事はない。
「ふふふ、そう。じゃあ、心配要らないかな」
「…どうして」
そんな楽観的な事が言えるのだろうか。父に嫌われたかもしれないのに。
「自分達じゃ気付かないかもしれないけど、あなたと兄さんはよく似てるのよ。だから、今頃はあなたと同じように嫌
 われたんじゃなかってやきもきしてるんじゃないかな」
「………」
「世界で二番目に愛してる娘の事を嫌う訳ないじゃない」
あつい、体が頬が。
そう言われてしまうと、こそばゆくてしかない。世界で一番は母に譲るとして、自分が二番目なんて。

「だからね、お父さんにね…」
「おーい!!ゆきぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!開けてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
突然外から大声と共にドアを打ち鳴らす音が聞こえて来た。借金の取立てに追い詰められた債権者のような声で叫ぶの
はどう考えても父、そうじろうだった。
「来たみたいね」
そういい、ゆきの気配が扉の向こうから消えた。
「ちょっと、兄さん近所めい…わ……く………」
徐々にゆきの声がフィードバックしていく。と同時に2人のいとこの盛大な笑い声が空気を揺さぶった。
「ゆき!!こなたはいるかぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「え、ええ」
「どこだー!!こなたぁぁぁ!!!!!」
足音が響く。まるで象の大群が横切るかのように。
「ここかぁー!それともこっちかぁー!!!」
あちらこちらの扉を酷く開け閉めしてるのがわかる。それだけ必死なのだ。
「……おとうさん」
そしてついにこなたの引き篭もった扉の前に、
「こなたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
勢いよく、扉が開かれた。
一筋の光が拡散して、暗い室内を照らし出した。
その光源にいるのは父であるそうじろう、その姿が映し出された。
「お父…さ……ん…………ぷっ、ふははははははは」
光の幻惑から開放された目に写しだされたのは、確かに父であったが、なぜかその父は白いワンピースを着ていた。
要するに、女装していたのだ。
「お父さんが悪かった、許してくれ。これからはお父さんがお母さんとして…ってあれ…」
「あはははは、ぷはははっは、ちょ、お、父さん…はははっはは」
笑った、心底笑った。何もかも吹き飛ばすくらいに。
やがてそれはそうじろうにも伝染し苦笑交じりに笑った。
そうじろうの後ろにやってきたゆきも2人のいとこも、屈託なく笑ったのだ。
とても楽しく、とても面白く


その帰り道、こなたはそうじろうに背負われていた。
ちなみにそうじろうは、義弟の服を借りて今は普通の格好である。
空には星が無数に煌く。
「…こなた、今日はごめんな」
「ううん、私こそ、ごめんね」
星は優しく煌き、月は仄かに地上を照らす。
「…お母さん欲しいか」
「ううん、いらない。気持ちはお父さんと同じだから」
「そっか」
悠久の時を刻む光たち、永遠を意味を語りかけるように。
「それにね、お母さんは空から見守ってる、でしょ」
ゆっくりと心に染み渡る言葉。それはそうじろうの願望とは、暗示とは違った。実に温かみのあるものだった。
「ああ、そうだな。死んで、空に還って、俺達を見ているんだな」
初めて、かなたは死んだ、そう実感が持てた気がする。と同時に、何処かで見守っているとも。
死んでしまった。でもいろいろなものを残してくれた。その一つが今背中にある。
「なぁ、こなた。父さんの事好きか?」
「うん、大好き!お父さんは」
「当然、大好きに決まってるだろ!!」

星は2人の親子を優しく見守る。高い、高い空の上から、かなたから。
何時までも、何時までも仲が良い様にと願いを込めて。



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  • そうじろーさん最高の父 -- 名無しさん (2011-04-13 00:39:01)
  • 感動した。ゆきさんがいい。ゆきぃぃぃぃぃ -- K−もんず (2009-02-16 00:02:05)
  • いいな、こういう話も -- 名無しさん (2009-02-14 18:33:33)



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