ある日の放課後。ひよりは友人を一人、自宅へ招いていた。完成した原稿を読んで貰うためだ。
「ん~……Good job!! ヒヨリの漫画は見るたびにスキルアップしてるでス!」
原稿にじっくり目を通し終えたパティは、グッと親指を立てて称賛の声を上げた。
「そ、そうかな? どうもありがとう」
重度のオタクであり、百合にも薔薇にも精通したパティは、ひよりにとって良き友人であり、また良き読者の一人だ。高校生が描いたり読んだりするのはちょっとどうかなと思われる作品も、気兼ねなく見せることが出来る。
「……しかしヒヨリ」
不意にパティが渋い表情になった。原稿を丁寧に封筒へ収めながら言葉を続ける。
「ここ最近のあなたの漫画には、足りないものがあるでス」
「足りないもの?」
パティは十分な間と溜めを取ってから、ひよりにビシリと指を突きつけた。
「ずばりっ、ボーイズラヴが足りてないのでス!!」
「や、やはりそこか……でも、私の周りって百合の妄想するには困らないんだけど、そっち系のモデルたり得る人がいないんだよね……」
「なにをなさけないこと言ってるですかヒヨリ! こんな時はアレを使うのでス!」
「あれとは?」
「偉大なる日本文化の一つ『脳内補完』でス! 未消化の伏線や設定の齟齬などの強い味方!」
「味方か? いやそれ以前に日本文化?」
「そのとーりでス! ベリーポジティブでアグレッシブなメソッド! はじめてしったとき、ワタシはカンメイを受けましタ!」
「それはまあいいとして、脳内補完をこの場合どう使えと?」
「チッチッチ……今ヒヨリは確かに言った! 百合の妄想するには困らない、と! ならばその妄想内で、そっくり性別を入れ替えてしまえばいいのでスッッ!!」
「そ、その手があったかーっ!!」
「そうすればめくるめくBLの世界! ミナミは冷徹そうな仮面の下に優しい心を秘めた長身の美少年! ユタカはそんなミナミを慕う病弱な童顔少年!」
「おおおっ……!」
「カガミとツカサは耽美で妖しげな関係を匂わせる双子の美少年! ミユキは知性溢れるクールな眼鏡の優等生(CV:森川智之)!」
「眼鏡キャラでBLは何と言っても森川だね!」
「Yes!! 『BLの帝王』の名は伊達ではありませン!」
「よーっし! 燃えてきたーっ!! やるよパティ! 次の本は表紙を見るだけで世の乙女という乙女を※※させるような極上のBL本を描いてみせるよ!!」
「Great!! オタクならやってやれだーッ!!」
オタク燃やすにマッチはいらぬ。妄想一つあればいい。
「ん~……Good job!! ヒヨリの漫画は見るたびにスキルアップしてるでス!」
原稿にじっくり目を通し終えたパティは、グッと親指を立てて称賛の声を上げた。
「そ、そうかな? どうもありがとう」
重度のオタクであり、百合にも薔薇にも精通したパティは、ひよりにとって良き友人であり、また良き読者の一人だ。高校生が描いたり読んだりするのはちょっとどうかなと思われる作品も、気兼ねなく見せることが出来る。
「……しかしヒヨリ」
不意にパティが渋い表情になった。原稿を丁寧に封筒へ収めながら言葉を続ける。
「ここ最近のあなたの漫画には、足りないものがあるでス」
「足りないもの?」
パティは十分な間と溜めを取ってから、ひよりにビシリと指を突きつけた。
「ずばりっ、ボーイズラヴが足りてないのでス!!」
「や、やはりそこか……でも、私の周りって百合の妄想するには困らないんだけど、そっち系のモデルたり得る人がいないんだよね……」
「なにをなさけないこと言ってるですかヒヨリ! こんな時はアレを使うのでス!」
「あれとは?」
「偉大なる日本文化の一つ『脳内補完』でス! 未消化の伏線や設定の齟齬などの強い味方!」
「味方か? いやそれ以前に日本文化?」
「そのとーりでス! ベリーポジティブでアグレッシブなメソッド! はじめてしったとき、ワタシはカンメイを受けましタ!」
「それはまあいいとして、脳内補完をこの場合どう使えと?」
「チッチッチ……今ヒヨリは確かに言った! 百合の妄想するには困らない、と! ならばその妄想内で、そっくり性別を入れ替えてしまえばいいのでスッッ!!」
「そ、その手があったかーっ!!」
「そうすればめくるめくBLの世界! ミナミは冷徹そうな仮面の下に優しい心を秘めた長身の美少年! ユタカはそんなミナミを慕う病弱な童顔少年!」
「おおおっ……!」
「カガミとツカサは耽美で妖しげな関係を匂わせる双子の美少年! ミユキは知性溢れるクールな眼鏡の優等生(CV:森川智之)!」
「眼鏡キャラでBLは何と言っても森川だね!」
「Yes!! 『BLの帝王』の名は伊達ではありませン!」
「よーっし! 燃えてきたーっ!! やるよパティ! 次の本は表紙を見るだけで世の乙女という乙女を※※させるような極上のBL本を描いてみせるよ!!」
「Great!! オタクならやってやれだーッ!!」
オタク燃やすにマッチはいらぬ。妄想一つあればいい。
(とはいえ、ことはそう簡単に運ばないんだよねぇ……)
パティに発破を掛けられた翌日。授業中にも関わらず、ひよりは漫画のネタを頭の中で練っている。
(仮に岩崎さん♂×小早川さん♂の方向で考えるとして……)
単純に性別を入れ替えて×××を○○○だけでいいなら苦労はしない。やはり百合と薔薇では色々と機微の違いがある。その辺りのリアリティをしっかり把握しておかなければ、目の肥えた読者には通用しない。
とはいえ、あまりリアルに男の同性愛を描くわけにもいかない。雑誌『G-○en』や『SAMS○N』などの世界と、乙女達が好む801の世界とは根本的に違っている。描くのはリアルゲイではなく、あくまでボーイズラヴなのだ。
(小早川さんは萌えが服着て歩いてるみたいなキャラだし、そのまま病弱だけど優しい少年……うん、病弱っていう点を前面に押し出すかな。あくまでキャラ付けとして。
岩崎さんも基本そのまま……うーん、多少ツンデレ気味にするのはどうかな。ぶっきらぼうなんだけど、ホントは小早川さんのことを凄く気に掛けてるみたいな――)
「――むら。おい田村!」
「は、はひっ?」
何度か呼ばれているのに気が付かなかったらしい。壇上の桜庭先生は不機嫌そうな面つきでひよりを見下ろしている。実際は背丈のお陰で見下ろすという風にはなっていなかったが、気分的に。
「随分熱心に考え事をしていたようだな」
「いえ、決してそんなことは……」
「ほう。ならば私の授業をとてもとても熱心に聞いていたわけか? それこそ私の声が耳に入らないぐらい」
「うぅ……すみませんでした」
「では罰としてこの問題を解け」
「はい……」
渋々と黒板へ向かうひより。
(……そういえば、桜庭先生ってBL系の読み物が好きなんだよね)
何か参考になる話は聞けないだろうか、とひよりはしばし考え込んだ。アニ研の顧問でもあるし、放課後ぐらいに話をする機会はあるだろう。
「……黒板前に立ってまたぼんやりするとは度胸があるな」
「はうっ!?」
問題が三つほど追加されましたとさ。
パティに発破を掛けられた翌日。授業中にも関わらず、ひよりは漫画のネタを頭の中で練っている。
(仮に岩崎さん♂×小早川さん♂の方向で考えるとして……)
単純に性別を入れ替えて×××を○○○だけでいいなら苦労はしない。やはり百合と薔薇では色々と機微の違いがある。その辺りのリアリティをしっかり把握しておかなければ、目の肥えた読者には通用しない。
とはいえ、あまりリアルに男の同性愛を描くわけにもいかない。雑誌『G-○en』や『SAMS○N』などの世界と、乙女達が好む801の世界とは根本的に違っている。描くのはリアルゲイではなく、あくまでボーイズラヴなのだ。
(小早川さんは萌えが服着て歩いてるみたいなキャラだし、そのまま病弱だけど優しい少年……うん、病弱っていう点を前面に押し出すかな。あくまでキャラ付けとして。
岩崎さんも基本そのまま……うーん、多少ツンデレ気味にするのはどうかな。ぶっきらぼうなんだけど、ホントは小早川さんのことを凄く気に掛けてるみたいな――)
「――むら。おい田村!」
「は、はひっ?」
何度か呼ばれているのに気が付かなかったらしい。壇上の桜庭先生は不機嫌そうな面つきでひよりを見下ろしている。実際は背丈のお陰で見下ろすという風にはなっていなかったが、気分的に。
「随分熱心に考え事をしていたようだな」
「いえ、決してそんなことは……」
「ほう。ならば私の授業をとてもとても熱心に聞いていたわけか? それこそ私の声が耳に入らないぐらい」
「うぅ……すみませんでした」
「では罰としてこの問題を解け」
「はい……」
渋々と黒板へ向かうひより。
(……そういえば、桜庭先生ってBL系の読み物が好きなんだよね)
何か参考になる話は聞けないだろうか、とひよりはしばし考え込んだ。アニ研の顧問でもあるし、放課後ぐらいに話をする機会はあるだろう。
「……黒板前に立ってまたぼんやりするとは度胸があるな」
「はうっ!?」
問題が三つほど追加されましたとさ。
放課後。ひよりはアニ研の部室へと歩いていた。その途中、
「あ、かがみ先輩。こんちはっス」
「ああ田村さん。こんにちは」
廊下で三年生の先輩の柊かがみとばったり出会った。
「今日は泉先輩やつかさ先輩と一緒じゃないんスか?」
「別に四六時中一緒ってわけじゃないわよ」
「そうっスか? 泉先輩はともかく、つかさ先輩とは御神酒徳利って感じっスけど。神社の人だけに」
「あはは……まあ、否定はしないけどね」
何でもない会話をしているうち、ひよりはちょっと思いついて尋ねてみた。
「そういえばかがみ先輩って、ラノベ読むの好きでしたよね?」
「うん、そうだけど」
「つかぬことを伺いますが、BLについてはどうでしょうか?」
「え? ……び、びーえる?」
「そうっス。ボーイズラヴ。男同士がくんずほぐれつする、女性向けのやつっス。角川ルビー文庫のとか、読みますか?」
「い、いや、私は、そういうのは全然読まないから。本当に……」
顔を赤くして目を逸らし、殊更に興味が無いことを強調する。その様子を見て、ひよりはキラリと眼鏡を光らせた。
「つまりあれっスか。何かでそういうジャンルを目にする機会があって物凄く気になってはいるけど、最初の一歩を踏み出せず躊躇っていて、それでもなお好奇心だけは抱き続けている状態っスか」
「な、な、な……」
ひよりの発言がズバリ的を射ており、かがみは言い返せず口を金魚みたいにぱくぱくさせた。
「フフフ……図星ですね。真のオタクは自分の好きなジャンルに関しては第六感どころか第七感まで全開になるんスよ。いわば心のダメコスモ」
ひよりは不敵な笑みを浮かべながら、人差し指で眼鏡の位置をクイッと直す。どこから反射しているのか気になるほどレンズが光っていた。
「そ、そんなことないわよ。私、本当にそういうのに興味無いんだか――ひやあっ!?」
いつの間にやら傍へ忍び寄っていたこなたが、かがみのほっぺたをペロリと舐めた。
「なっ、こっ、こなた! 何すんのよいきなり!?」
「この味は嘘をついている味だぜ」
「またあんたはわけのわかんないことを……」
かがみは顔を真っ赤にしてよだれの付いた頬を袖で擦る。
「泉先輩、こんちはっス」
「こんちは、ひよりん。何やらかがみんと面白そうな話をしているじゃあないかね」
「こっちは全然面白くないわよ……」
かがみは大きなため息をついた。
「二人とも、いい加減にしてよ。私はオタクじゃないんだからそんなのまで興味は――」
「 嘘 だ っ っ ! ! 」
いきなりどでかい声を出すこなた。
「ちょっ……いきなり何よ。耳がキンキンするじゃない」
「ごめんごめん。でもかがみ、嘘はよくないよ」
「何が嘘なのよ」
「去年の年末、コミケでのことさ」
「!」
かがみの脳裏に、あの時のことが思い浮かぶ。こなたは話を続けていく。
「私はしっかり確認していたのだよ。かがみんがフルメタの18禁801同人誌を、顔を赤らめ食い入るように立ち読みしていたことを……!」
「しっ、してないわよそこまでは! ただちょっと覗いてみただけで――」
「ほらやっぱり読んだんじゃん」
「~~っ!」
誘導尋問に引っかかった。かがみの顔がまた真っ赤になる。
「あの場でいきなり購入するのは勇気がいただろうしね。かがみが買わなかったのもしょうがないよ」
「べ、別に私は買おうとなんて――」
「最初はみんなそう言うんだよ。恥じることはないんだよかがみん。最初の一歩さえ踏み出せれば、あとは滑り落ちるようなものだから……さて」
しみじみと呟くように語るこなたは、急に声のトーンを落とした。
「私が手に取り、これから買おうとする物は、ただの普通の何も変わらぬ成人向け同人誌だ。だが私は買える。微塵の躊躇もなく、一片の後悔も無くまとめ買いできる。何故なら私はオタクだからだ。ではあなたは、かがみん。
店には私が入っていこう。商品も私が手に取ろう。本をレジに出して代金を払い、カードのポイントも私が受け取ろう。だが買うのはあなたの煩悩だ。さぁどうする。命令を!! 私立陵桜学園三年C組、柊かがみ!!」
「な、何言ってんのよ、私は別に――」
「正直になっていいんだよかがみん。欲しいんでしょう。私が今度、代わりに買って来てあげるからさ」
「え、あ、う……」
何秒か何十秒かの逡巡。かがみが出した結論は、
「わ、私はホントそういうのいいから! もう行くから!」
脱兎の如く逃げ出した。
「……ちぇ。かがみを染め上げるチャンスだと思ったのに」
「でも泉先輩はBL系はあんまりでしょう?」
「まあね。オタに国境は無いって言うけど、ジャンルの好みはどうしようもないっていうか。……ところでひよりん、何でまたそっち系の話を?」
「今度、BLの同人誌を描こうかと思いまして。ネタを考えてる最中なんスよ」
「へー……『ウホッ! いい男』みたいな?」
「違います。まだ具体的な内容は決めかねてるんスよ」
「なるほど……それじゃ、頑張ってね」
「はい。失礼するっス」
こなたとも別れ、改めて部室へ向かい廊下を歩いていく。
またその途中、
「田村さ~ん!」
呼びかけられて振り向くと、ゆたかが小走りに駆けてきた。
「小早川さん、どうしたの?」
「田村さん、これから部活?」
「そう思ってたけど、何? どっか遊びに行くなら付き合うよ」
「さっきみなみちゃんと話してたんだけど、ちょっと評判のケーキ屋さんがあるんだって。喫茶もできるらしくて、良かったら三人で行ってみない?」
「おー、いいねー。行こう行こう」
(ナイスタイミング! こういうイベントはきっちり押さえておかないとね)
良いネタが拾えそうだと心の中でガッツポーズを取るひより。しかし彼女にとっての優先度はあくまで“二人との友情>漫画のネタ”であるので誤解の無きよう。
「一応部室の方に顔だけ出してくるから、先に昇降口で待ってて」
「うん」
「あ、かがみ先輩。こんちはっス」
「ああ田村さん。こんにちは」
廊下で三年生の先輩の柊かがみとばったり出会った。
「今日は泉先輩やつかさ先輩と一緒じゃないんスか?」
「別に四六時中一緒ってわけじゃないわよ」
「そうっスか? 泉先輩はともかく、つかさ先輩とは御神酒徳利って感じっスけど。神社の人だけに」
「あはは……まあ、否定はしないけどね」
何でもない会話をしているうち、ひよりはちょっと思いついて尋ねてみた。
「そういえばかがみ先輩って、ラノベ読むの好きでしたよね?」
「うん、そうだけど」
「つかぬことを伺いますが、BLについてはどうでしょうか?」
「え? ……び、びーえる?」
「そうっス。ボーイズラヴ。男同士がくんずほぐれつする、女性向けのやつっス。角川ルビー文庫のとか、読みますか?」
「い、いや、私は、そういうのは全然読まないから。本当に……」
顔を赤くして目を逸らし、殊更に興味が無いことを強調する。その様子を見て、ひよりはキラリと眼鏡を光らせた。
「つまりあれっスか。何かでそういうジャンルを目にする機会があって物凄く気になってはいるけど、最初の一歩を踏み出せず躊躇っていて、それでもなお好奇心だけは抱き続けている状態っスか」
「な、な、な……」
ひよりの発言がズバリ的を射ており、かがみは言い返せず口を金魚みたいにぱくぱくさせた。
「フフフ……図星ですね。真のオタクは自分の好きなジャンルに関しては第六感どころか第七感まで全開になるんスよ。いわば心のダメコスモ」
ひよりは不敵な笑みを浮かべながら、人差し指で眼鏡の位置をクイッと直す。どこから反射しているのか気になるほどレンズが光っていた。
「そ、そんなことないわよ。私、本当にそういうのに興味無いんだか――ひやあっ!?」
いつの間にやら傍へ忍び寄っていたこなたが、かがみのほっぺたをペロリと舐めた。
「なっ、こっ、こなた! 何すんのよいきなり!?」
「この味は嘘をついている味だぜ」
「またあんたはわけのわかんないことを……」
かがみは顔を真っ赤にしてよだれの付いた頬を袖で擦る。
「泉先輩、こんちはっス」
「こんちは、ひよりん。何やらかがみんと面白そうな話をしているじゃあないかね」
「こっちは全然面白くないわよ……」
かがみは大きなため息をついた。
「二人とも、いい加減にしてよ。私はオタクじゃないんだからそんなのまで興味は――」
「 嘘 だ っ っ ! ! 」
いきなりどでかい声を出すこなた。
「ちょっ……いきなり何よ。耳がキンキンするじゃない」
「ごめんごめん。でもかがみ、嘘はよくないよ」
「何が嘘なのよ」
「去年の年末、コミケでのことさ」
「!」
かがみの脳裏に、あの時のことが思い浮かぶ。こなたは話を続けていく。
「私はしっかり確認していたのだよ。かがみんがフルメタの18禁801同人誌を、顔を赤らめ食い入るように立ち読みしていたことを……!」
「しっ、してないわよそこまでは! ただちょっと覗いてみただけで――」
「ほらやっぱり読んだんじゃん」
「~~っ!」
誘導尋問に引っかかった。かがみの顔がまた真っ赤になる。
「あの場でいきなり購入するのは勇気がいただろうしね。かがみが買わなかったのもしょうがないよ」
「べ、別に私は買おうとなんて――」
「最初はみんなそう言うんだよ。恥じることはないんだよかがみん。最初の一歩さえ踏み出せれば、あとは滑り落ちるようなものだから……さて」
しみじみと呟くように語るこなたは、急に声のトーンを落とした。
「私が手に取り、これから買おうとする物は、ただの普通の何も変わらぬ成人向け同人誌だ。だが私は買える。微塵の躊躇もなく、一片の後悔も無くまとめ買いできる。何故なら私はオタクだからだ。ではあなたは、かがみん。
店には私が入っていこう。商品も私が手に取ろう。本をレジに出して代金を払い、カードのポイントも私が受け取ろう。だが買うのはあなたの煩悩だ。さぁどうする。命令を!! 私立陵桜学園三年C組、柊かがみ!!」
「な、何言ってんのよ、私は別に――」
「正直になっていいんだよかがみん。欲しいんでしょう。私が今度、代わりに買って来てあげるからさ」
「え、あ、う……」
何秒か何十秒かの逡巡。かがみが出した結論は、
「わ、私はホントそういうのいいから! もう行くから!」
脱兎の如く逃げ出した。
「……ちぇ。かがみを染め上げるチャンスだと思ったのに」
「でも泉先輩はBL系はあんまりでしょう?」
「まあね。オタに国境は無いって言うけど、ジャンルの好みはどうしようもないっていうか。……ところでひよりん、何でまたそっち系の話を?」
「今度、BLの同人誌を描こうかと思いまして。ネタを考えてる最中なんスよ」
「へー……『ウホッ! いい男』みたいな?」
「違います。まだ具体的な内容は決めかねてるんスよ」
「なるほど……それじゃ、頑張ってね」
「はい。失礼するっス」
こなたとも別れ、改めて部室へ向かい廊下を歩いていく。
またその途中、
「田村さ~ん!」
呼びかけられて振り向くと、ゆたかが小走りに駆けてきた。
「小早川さん、どうしたの?」
「田村さん、これから部活?」
「そう思ってたけど、何? どっか遊びに行くなら付き合うよ」
「さっきみなみちゃんと話してたんだけど、ちょっと評判のケーキ屋さんがあるんだって。喫茶もできるらしくて、良かったら三人で行ってみない?」
「おー、いいねー。行こう行こう」
(ナイスタイミング! こういうイベントはきっちり押さえておかないとね)
良いネタが拾えそうだと心の中でガッツポーズを取るひより。しかし彼女にとっての優先度はあくまで“二人との友情>漫画のネタ”であるので誤解の無きよう。
「一応部室の方に顔だけ出してくるから、先に昇降口で待ってて」
「うん」
そういうわけで、やってきましたケーキ屋さん。外観はこぢんまりとして、ところどころにお花など飾っている、いかにも女の子向けなお店だ。
中に入ると、ひより達と似た様な女の子連れで結構混んでいた。ショーケースには色とりどりのケーキが並んでいる。
「どれも美味しそうだね。みなみちゃん、どれにする?」
「うーん……」
悩むゆたかとみなみ。長引くとキリが無いので、ひよりが率先して決めてしまう。
「私はモンブランにするね」
「それじゃあ私は苺のミルフィーユで」
「じゃあ私は……ガトーショコラを」
注文したケーキを、早速喫茶室でいただく。
「おお、これは……!」
モンブランを一口食べてみて、ひよりが声を上げる。なるほど評判になるのも頷ける味だ。
「美味しい~! ほっぺが落ちそうだよ」
ミルフィーユを頬張るゆたかも、幸せそうな顔でそう言う。その隣のみなみも満足げだ。
「こんなに美味しいと、他のも注文したくなっちゃうね」
「でも、あまり食べ過ぎると、夕飯が入らなくなる……」
「うーん、それもそっか……」
「ゆたか。私の、少し食べる?」
「え、いいの?」
「うん……」
みなみはガトーショコラを一口分フォークに刺し、
「はい、あーん……」
とゆたかに差し出した。
「あーん」
ゆたかは口を開けてそれを受け入れる。
(ぐはぁっ!! 「あーん」とか、ナチュラルにバカップルの王道をかましてくれましたよこのお二人はーっ!!)
その横で悶えているのは当然ひよりだ。
(この流れならば当然――!)
「じゃあみなみちゃん、私のも食べさせてあげるね」
ひよりは心の中でガッツポーズを通り越してロッキーのあのポーズを取っている。そんなことは露知らず、ゆたかとみなみはお互いにケーキを一口ずつ交換しあった。
「……田村さん? どうしたの?」
「はっ! いや、何でもないよ」
ゆたかが怪訝な様子でこちらを見ている。目の前の出来事があまりにストライク過ぎて、自重しろと考える間もなく妄想の世界に片足突っ込んでいたらしい。
「ねえ。田村さんのも一口交換しない?」
「うん、いいよ」
モンブランを一口分切り取ろうとしたひよりに、
「はい、あーん」
ゆたかがミルフィーユを一口分差し出した。満面の笑みで。
「ええっ!?」
(私もそれやるのっ!?)
泡を食うひより。その横でみなみが、
「それじゃあ……私のも」
こちらもガトーショコラを一口分、「あーん」という風に差し出した。
(な、何この唐突なハーレム状況!?)
ゆたかとみなみが二方向からひよりに「あーん」とケーキを差し出している。
(こ、こういう状況は例えばかがみ先輩とかが置かれて映えるんであって、もちろんその場合は泉先輩とつかさ先輩が相手としてベター。いっそ高良先輩もいれて一対三とか――)
頭の中でそんなことを考えてどうにか平常心を保ちながら、ひよりは二人の差し出すケーキを何とか食べ終える。恥ずかしくて味はあまり分からなかった。
中に入ると、ひより達と似た様な女の子連れで結構混んでいた。ショーケースには色とりどりのケーキが並んでいる。
「どれも美味しそうだね。みなみちゃん、どれにする?」
「うーん……」
悩むゆたかとみなみ。長引くとキリが無いので、ひよりが率先して決めてしまう。
「私はモンブランにするね」
「それじゃあ私は苺のミルフィーユで」
「じゃあ私は……ガトーショコラを」
注文したケーキを、早速喫茶室でいただく。
「おお、これは……!」
モンブランを一口食べてみて、ひよりが声を上げる。なるほど評判になるのも頷ける味だ。
「美味しい~! ほっぺが落ちそうだよ」
ミルフィーユを頬張るゆたかも、幸せそうな顔でそう言う。その隣のみなみも満足げだ。
「こんなに美味しいと、他のも注文したくなっちゃうね」
「でも、あまり食べ過ぎると、夕飯が入らなくなる……」
「うーん、それもそっか……」
「ゆたか。私の、少し食べる?」
「え、いいの?」
「うん……」
みなみはガトーショコラを一口分フォークに刺し、
「はい、あーん……」
とゆたかに差し出した。
「あーん」
ゆたかは口を開けてそれを受け入れる。
(ぐはぁっ!! 「あーん」とか、ナチュラルにバカップルの王道をかましてくれましたよこのお二人はーっ!!)
その横で悶えているのは当然ひよりだ。
(この流れならば当然――!)
「じゃあみなみちゃん、私のも食べさせてあげるね」
ひよりは心の中でガッツポーズを通り越してロッキーのあのポーズを取っている。そんなことは露知らず、ゆたかとみなみはお互いにケーキを一口ずつ交換しあった。
「……田村さん? どうしたの?」
「はっ! いや、何でもないよ」
ゆたかが怪訝な様子でこちらを見ている。目の前の出来事があまりにストライク過ぎて、自重しろと考える間もなく妄想の世界に片足突っ込んでいたらしい。
「ねえ。田村さんのも一口交換しない?」
「うん、いいよ」
モンブランを一口分切り取ろうとしたひよりに、
「はい、あーん」
ゆたかがミルフィーユを一口分差し出した。満面の笑みで。
「ええっ!?」
(私もそれやるのっ!?)
泡を食うひより。その横でみなみが、
「それじゃあ……私のも」
こちらもガトーショコラを一口分、「あーん」という風に差し出した。
(な、何この唐突なハーレム状況!?)
ゆたかとみなみが二方向からひよりに「あーん」とケーキを差し出している。
(こ、こういう状況は例えばかがみ先輩とかが置かれて映えるんであって、もちろんその場合は泉先輩とつかさ先輩が相手としてベター。いっそ高良先輩もいれて一対三とか――)
頭の中でそんなことを考えてどうにか平常心を保ちながら、ひよりは二人の差し出すケーキを何とか食べ終える。恥ずかしくて味はあまり分からなかった。
その日の夜。ひよりは机に向かいながら渋い表情で腕組みしていた。
「BLのネタ考えてたのに、ケーキ屋ではもう完全に思考が百合にいっちゃってたなぁ……」
それどころか危うく自分もそっちの住民になりそうだった。あの二人の天然バカップルぶりは、時に周囲をも巻き込む。もはや百合のリーサルウェポンだ。
ああいう状況で必要以上に羞恥というか狼狽というか……とにかく興奮してしまう自分は、既に手遅れかもしれない。ただの遊びとして気楽に応えるのが、ノーマルな女友達の反応ではないだろうか。
(父さん母さんごめんなさい……ひよりは生物として非生産的な嗜好に染まりつつあるようです……)
その年でエロ漫画を描いてることの方が、よっぽど謝るべき問題ではないかと思われるが。
「はぁ……」
どうにも今日は火が点きそうにない。スケジュールにはまだ余裕があるし、早めに休んでしまおう。そう思い、ひよりは今日の作業を切り上げた。
ベッドに寝転がりながら少しでも参考にならないかとBL系のノベルなどを読む。そうするうちに眠くなり、いつしか電気を消して寝息を立てていた。
「BLのネタ考えてたのに、ケーキ屋ではもう完全に思考が百合にいっちゃってたなぁ……」
それどころか危うく自分もそっちの住民になりそうだった。あの二人の天然バカップルぶりは、時に周囲をも巻き込む。もはや百合のリーサルウェポンだ。
ああいう状況で必要以上に羞恥というか狼狽というか……とにかく興奮してしまう自分は、既に手遅れかもしれない。ただの遊びとして気楽に応えるのが、ノーマルな女友達の反応ではないだろうか。
(父さん母さんごめんなさい……ひよりは生物として非生産的な嗜好に染まりつつあるようです……)
その年でエロ漫画を描いてることの方が、よっぽど謝るべき問題ではないかと思われるが。
「はぁ……」
どうにも今日は火が点きそうにない。スケジュールにはまだ余裕があるし、早めに休んでしまおう。そう思い、ひよりは今日の作業を切り上げた。
ベッドに寝転がりながら少しでも参考にならないかとBL系のノベルなどを読む。そうするうちに眠くなり、いつしか電気を消して寝息を立てていた。
数時間が経過した。
突然、闇の中でひよりが目を見開いた。掛け布団を跳ね飛ばすや、机に向かって倒れ込むような勢いで駆け寄り、鉛筆立てに差してあったボールペンを引き抜くや手近に置かれていたメモ用紙に凄い勢いで何かを書き始めた。
およそ三分ほどして、ひよりはようやく手を止めた。
「…………いける……これはいける……!」
殴り書きした文章――漫画のプロットを読み返し、ひよりは震える声で呟いた。
夢のお告げというやつである。夢の中でネタが湧いたのだ。ほとんどの場合は起きたその瞬間に霧散してしまうそれを、今夜のひよりは根性と執念で書き留めることに成功した。
「いよーしっ! まずはネームだ!」
時刻が深夜二時を回っていることなど意にも介さず、ひよりは椅子に着き、用紙を引っ張り出し、ガリガリとペンを走らせていく。火が点くどころか、瞬く間に炎と化していた。
突然、闇の中でひよりが目を見開いた。掛け布団を跳ね飛ばすや、机に向かって倒れ込むような勢いで駆け寄り、鉛筆立てに差してあったボールペンを引き抜くや手近に置かれていたメモ用紙に凄い勢いで何かを書き始めた。
およそ三分ほどして、ひよりはようやく手を止めた。
「…………いける……これはいける……!」
殴り書きした文章――漫画のプロットを読み返し、ひよりは震える声で呟いた。
夢のお告げというやつである。夢の中でネタが湧いたのだ。ほとんどの場合は起きたその瞬間に霧散してしまうそれを、今夜のひよりは根性と執念で書き留めることに成功した。
「いよーしっ! まずはネームだ!」
時刻が深夜二時を回っていることなど意にも介さず、ひよりは椅子に着き、用紙を引っ張り出し、ガリガリとペンを走らせていく。火が点くどころか、瞬く間に炎と化していた。
おわり