「ん……暑。よっこらせ、と…。 もうこんな時間か~」
寝ぼけまなこでベッドの脇に置いてある目覚まし時計を手に取り、むにゃむにゃと呟く。
カーテンの隙間からは昇りかけた太陽が日差しを注ぎ込み、外では何匹ものセミがそこかしこで不協和音を奏でている。
今は夏休み。毎日が日曜日状態ということもあり、こなたは連日連夜パソコンやテレビを前に夜更かし三昧。
カーテンの隙間からは昇りかけた太陽が日差しを注ぎ込み、外では何匹ものセミがそこかしこで不協和音を奏でている。
今は夏休み。毎日が日曜日状態ということもあり、こなたは連日連夜パソコンやテレビを前に夜更かし三昧。
「昨日組んだパーティーが面白すぎてついつい長居しちゃった……そろそろ起きないと怒られるかな? ……暑いし、もっかい寝よ」
夜更かしが朝寝坊に置き換わる時間帯。こなたは再びタオルケットを腹部に敷き直し、ゆっくりとまどろんでいく。
起きているのか寝ているのかすらも曖昧な、しかし当人にとっては至福のひと時を、無常にも玄関の呼び鈴が引き裂いた。
起きているのか寝ているのかすらも曖昧な、しかし当人にとっては至福のひと時を、無常にも玄関の呼び鈴が引き裂いた。
「柊です。こなた、起きてますか?」
「やあ、二人ともいらっしゃい。まだ姿を見ていないから、きっと寝てるんじゃないかな。起こしてくるから、上がって待ってなさい」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて」
「えへへ、おじゃましまーす」
「やあ、二人ともいらっしゃい。まだ姿を見ていないから、きっと寝てるんじゃないかな。起こしてくるから、上がって待ってなさい」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて」
「えへへ、おじゃましまーす」
呼び鈴を鳴らしたのはかがみとつかさだった。
勉強する気の無いこなたとペースの追いつかないつかさのため、たまに集まって勉強会を開く時がある。今日がその日だ。
といっても、この二人がその日に決められたノルマを達成出来た事は無い。内容だけ写して投げ出す者あり、途中で力尽きる者あり。
たまには自分で解いてくれと言わんばかりに目尻を吊り上げて廊下を睨みつけ、高くもあり良く通った声を泉家に響かせる。
勉強する気の無いこなたとペースの追いつかないつかさのため、たまに集まって勉強会を開く時がある。今日がその日だ。
といっても、この二人がその日に決められたノルマを達成出来た事は無い。内容だけ写して投げ出す者あり、途中で力尽きる者あり。
たまには自分で解いてくれと言わんばかりに目尻を吊り上げて廊下を睨みつけ、高くもあり良く通った声を泉家に響かせる。
「こなた! さっさと起きなさい!!」
額から吹き出た汗は頬を伝わって滴り落ち、手元の問題集にいくつもの水染みを作る。
弱風で首振り設定の扇風機と、開け放たれた窓からたまに吹き込む風が唯一の避暑手段。三人はこなたの部屋で暑さに耐えながら勉強中である。
弱風で首振り設定の扇風機と、開け放たれた窓からたまに吹き込む風が唯一の避暑手段。三人はこなたの部屋で暑さに耐えながら勉強中である。
「お姉ちゃん、やっぱり暑いよう…」
「我慢しなさい、私だって暑いんだから。あんたたちがここと…このページまで進んだら、クーラー入れてあげる」
「鬼だ、今日のかがみは間違いなく鬼だ」
「我慢しなさい、私だって暑いんだから。あんたたちがここと…このページまで進んだら、クーラー入れてあげる」
「鬼だ、今日のかがみは間違いなく鬼だ」
ベッドから離れようとしないこなたを無理やり叩き起こして身なりを整えさせ、早速それぞれが参考書を片手に課題に取り組む。
始める前に、かがみは予めクーラーのリモコンを回収していた。部屋が涼しくなると、この二人はおそらく途中で寝てしまう。いや、きっと寝る。
もちろん、かがみだってずっと暑い中勉強していたくはない。交換条件として、自分の力で一定のページ分だけ課題を終わらせられたら、
クーラーのスイッチON・休憩という事にした。つかさはともかく、こなたは完全に ”あて” が外れたようで。
始める前に、かがみは予めクーラーのリモコンを回収していた。部屋が涼しくなると、この二人はおそらく途中で寝てしまう。いや、きっと寝る。
もちろん、かがみだってずっと暑い中勉強していたくはない。交換条件として、自分の力で一定のページ分だけ課題を終わらせられたら、
クーラーのスイッチON・休憩という事にした。つかさはともかく、こなたは完全に ”あて” が外れたようで。
「ほら、手が止まってるわよ。分からなかったら教科書で調べる」
「評論のラスボスだよ!? 答えが載ってるわけ無いじゃん。しかも120文字なんてとても埋められない…私の感想書いとこっかな」
「誰もあんたの汗だく感想文なんて読みたくないし。筆者がどう感じながら書いたのかを考えなさい。 ……つかさ、携帯を見ても英訳なんて無いわよ」
「ここの文章、どう訳せばよかったっけ? ――えぇ~、何で教科書に載ってないの!? お姉ちゃん、どうしよう」
「 <作者急病により、私とかがみが合同執筆する事となりました。両先生の次回作にご期待ください> 、と。かがみ、ここだけ写させて!」
「はいそこ、騒がないくっつかない見ようとしない」
「評論のラスボスだよ!? 答えが載ってるわけ無いじゃん。しかも120文字なんてとても埋められない…私の感想書いとこっかな」
「誰もあんたの汗だく感想文なんて読みたくないし。筆者がどう感じながら書いたのかを考えなさい。 ……つかさ、携帯を見ても英訳なんて無いわよ」
「ここの文章、どう訳せばよかったっけ? ――えぇ~、何で教科書に載ってないの!? お姉ちゃん、どうしよう」
「 <作者急病により、私とかがみが合同執筆する事となりました。両先生の次回作にご期待ください> 、と。かがみ、ここだけ写させて!」
「はいそこ、騒がないくっつかない見ようとしない」
普段どんな勉強の仕方をしてるんだ、と思いながらも口には出さず、淡々と自分の問題集のページをめくるかがみだった。
決して二人に自分の解答を見せなかったのは、彼女なりの愛のムチであろうか。
決して二人に自分の解答を見せなかったのは、彼女なりの愛のムチであろうか。
「はい、お疲れ様」
「気持ちいい…終わってよかったあ」
「干からびるかと思ったよ。部屋はこんなに暑いのに、かがみはとっても冷たい」
「気持ちいい…終わってよかったあ」
「干からびるかと思ったよ。部屋はこんなに暑いのに、かがみはとっても冷たい」
慣れない (?) 自主学習に悪戦苦闘しながらも、なんとか午前中のノルマを達成し、約束どおりクーラーを点けてもらう。
……もっとも、時計の短針は [1] を指そうとしている訳だが。
かがみとつかさが家で作ってきたおにぎりを昼食に、遅い休憩タイムに入る。
……もっとも、時計の短針は [1] を指そうとしている訳だが。
かがみとつかさが家で作ってきたおにぎりを昼食に、遅い休憩タイムに入る。
「まったく、あんたたちが普段から自分でしっかり予習復習していないから、こういう所で困るのよ」
「そりゃごもっともです、はい」
「ごめんなさい…」
「でもまあ、よく頑張った方だと思うわ。あの調子で時間だけ経って、終わらないまま夜になるかと思ってたもの」
「かがみが答え見せてくれれば、もっと早く終わったのにな。 お、昆布だ」
「だから、その考え方がダメって言ってんの。 ん、塩ジャケね」
「どうしても分からない所も、ダメ? わーい、たらこー」
「ダメ。解けるようになるまで、何回も考えるの。それが力になるんだから。 ――ごちそうさま。それじゃ、後少しだけ休憩ね」
「そりゃごもっともです、はい」
「ごめんなさい…」
「でもまあ、よく頑張った方だと思うわ。あの調子で時間だけ経って、終わらないまま夜になるかと思ってたもの」
「かがみが答え見せてくれれば、もっと早く終わったのにな。 お、昆布だ」
「だから、その考え方がダメって言ってんの。 ん、塩ジャケね」
「どうしても分からない所も、ダメ? わーい、たらこー」
「ダメ。解けるようになるまで、何回も考えるの。それが力になるんだから。 ――ごちそうさま。それじゃ、後少しだけ休憩ね」
おにぎりを食べ終わり、クーラーの効いた部屋の中、三人は残りの休憩時間を過ごす。
かがみは本棚から適当に本をとり、ベッドに腰掛けて読んでいる。つかさは、テレビを点けて昔のドラマの再放送を観ている。
こなたは、いそいそとPCを点けようとした……が、かがみに止められたためベッドの上でぶーたれている。
かがみは本棚から適当に本をとり、ベッドに腰掛けて読んでいる。つかさは、テレビを点けて昔のドラマの再放送を観ている。
こなたは、いそいそとPCを点けようとした……が、かがみに止められたためベッドの上でぶーたれている。
「かがみのけちんぼ」
「てこでも動かなくなりそうだからよ。そのまま寝てろ」
「むー、私の生きがいを奪いおって。 あ、そうだ。かがみー」
「何よ。暇なら教科書読んで復習してなさい、またすぐにらめっこしなきゃいけないんだから」
「遊ぶ時は遊ぶ! だよ……じゃなかった。私がパソコン使うのがダメならかがみが使ってみれば?」
「は? 何で私が用も無いのにあんたのパソコン使わなきゃいけないのよ」
「いや、私に使うなって言うなら、かがみやつかさならいいのかなって思ったから。私は画面の中で何かしてるトコ見られればそれでいいしね」
「――えーと、それは結局、あんたも一緒になって使ってる事になるわよね?」
「分からないトコあったら手取り足取り教えてあげるよー」
「却下。どうせ途中で、操作する側と見る側が真逆になるんでしょ。延び延びになってまた終わらなくなるじゃない」
「ええー、どうしてもダメ?」
「裁定は覆りません。そろそろ時間なので、これにて休憩終了」
「てこでも動かなくなりそうだからよ。そのまま寝てろ」
「むー、私の生きがいを奪いおって。 あ、そうだ。かがみー」
「何よ。暇なら教科書読んで復習してなさい、またすぐにらめっこしなきゃいけないんだから」
「遊ぶ時は遊ぶ! だよ……じゃなかった。私がパソコン使うのがダメならかがみが使ってみれば?」
「は? 何で私が用も無いのにあんたのパソコン使わなきゃいけないのよ」
「いや、私に使うなって言うなら、かがみやつかさならいいのかなって思ったから。私は画面の中で何かしてるトコ見られればそれでいいしね」
「――えーと、それは結局、あんたも一緒になって使ってる事になるわよね?」
「分からないトコあったら手取り足取り教えてあげるよー」
「却下。どうせ途中で、操作する側と見る側が真逆になるんでしょ。延び延びになってまた終わらなくなるじゃない」
「ええー、どうしてもダメ?」
「裁定は覆りません。そろそろ時間なので、これにて休憩終了」
クーラーとテレビの電源を切り、澄ました顔で休憩前の続きにとりかかるかがみ。ドラマがクライマックスだったため、つかさが悲痛な声を上げる。
こなたは渋い顔でかがみを見ていたが、諦めてシャーペンをはさんでおいたページを開いた。
こなたは渋い顔でかがみを見ていたが、諦めてシャーペンをはさんでおいたページを開いた。
ミ☆
「――それじゃ、今日はこの辺で終わりにしましょうか。二人ともお疲れ」
「ふわぁぁ、ちょっと眠い……でも、自分の力だけでこんなに出来たのって、初めてかも」
「明日になったら忘れてるよ、きっと。私はもう抜けかけてる」
「ふわぁぁ、ちょっと眠い……でも、自分の力だけでこんなに出来たのって、初めてかも」
「明日になったら忘れてるよ、きっと。私はもう抜けかけてる」
気が付けばもう夕方。青かった空はいつの間にか赤に覆われており、部屋に溜まった熱気も和らいでいた。
「忘れても、自分で書いた答えがあるんだから問題無いわよ。写しただけの答えよりは信頼性があるわ」
「そりゃそうだけど、難しい問題とかはちょこっとだけでも見せて欲しかったな。かがみみたいにスラスラ解ける訳じゃないんだし」
「考えておくわ。それに、解けるのは勉強してるからよ。 ――それじゃ、今日一日しっかりとついてきたご褒美」
「そりゃそうだけど、難しい問題とかはちょこっとだけでも見せて欲しかったな。かがみみたいにスラスラ解ける訳じゃないんだし」
「考えておくわ。それに、解けるのは勉強してるからよ。 ――それじゃ、今日一日しっかりとついてきたご褒美」
そう言うとかがみは、課題を入れてきた鞄の中に手を入れ、何かを取り出した。長方形で、やや縦長の紙。
少しばかり派手めの装飾で覆われたそれは2枚あり、何やら小さい文字が書かれている。
少しばかり派手めの装飾で覆われたそれは2枚あり、何やら小さい文字が書かれている。
「あっ、お姉ちゃん持ってきたんだ」
「見せるまでは内緒にしとこうかと思ってね。前もって話しておくよりいきなり見せた方が楽しいでしょ」
「えーと、話の先が見えませんが……それ、何?」
「ライブのチケット。雑誌の抽選で当たったから、みんなで行こうかってね。一枚で二人まで有効だから、ちょうど四人」
「みんなでこういうところに出かけるのって初めてだから、私楽しみー。こなちゃんも行こうよ」
「んー、ライブかー。最近暇だし、たまには太陽の下で思いっきり絶叫するのもいいかもね。ところで誰のライブ?」
「あんたはいつも暇してるでしょ。 ……えーとね、普通の邦楽アーティストのライブみたい。こなたにはちょっとつまらないかも知れないけど、どう?」
「別にいいよ。かがみたちと一緒だし、そういうのは参加するのが楽しいんだよ」
「んじゃ決まりね。みゆきにはもう話はしてあるから大丈夫よ。開催日は、今週末の……夕方から夜にかけて。残念、太陽は沈んじゃった後ね」
「ありゃりゃ。まあ、そっちの方が盛り上がるかもだし。つかさとみゆきさんは、ヒートアップする会場の熱気に耐えられるのかなあ」
「見せるまでは内緒にしとこうかと思ってね。前もって話しておくよりいきなり見せた方が楽しいでしょ」
「えーと、話の先が見えませんが……それ、何?」
「ライブのチケット。雑誌の抽選で当たったから、みんなで行こうかってね。一枚で二人まで有効だから、ちょうど四人」
「みんなでこういうところに出かけるのって初めてだから、私楽しみー。こなちゃんも行こうよ」
「んー、ライブかー。最近暇だし、たまには太陽の下で思いっきり絶叫するのもいいかもね。ところで誰のライブ?」
「あんたはいつも暇してるでしょ。 ……えーとね、普通の邦楽アーティストのライブみたい。こなたにはちょっとつまらないかも知れないけど、どう?」
「別にいいよ。かがみたちと一緒だし、そういうのは参加するのが楽しいんだよ」
「んじゃ決まりね。みゆきにはもう話はしてあるから大丈夫よ。開催日は、今週末の……夕方から夜にかけて。残念、太陽は沈んじゃった後ね」
「ありゃりゃ。まあ、そっちの方が盛り上がるかもだし。つかさとみゆきさんは、ヒートアップする会場の熱気に耐えられるのかなあ」
どうかしらね、とかがみは笑いながらつかさと一緒に帰り支度をする。
普段おとなしい二人が喧騒とした場所に出た時のリアクションを想像しながら、こなたは玄関まで見送りに出た。
普段おとなしい二人が喧騒とした場所に出た時のリアクションを想像しながら、こなたは玄関まで見送りに出た。
「それじゃこなた、今日はお疲れ。ちゃんと予習復習するのよ。あと、今週末も忘れないでよ」
「かがみこそチケット無くさないでよ、大丈夫だろうけど。じゃ、ばいばーい」
「またね、ばいばーい」
「かがみこそチケット無くさないでよ、大丈夫だろうけど。じゃ、ばいばーい」
「またね、ばいばーい」
二人が帰っていったのを確認し、こなたは玄関を閉める。夕食の準備をしに台所に入ると、麦茶を飲んでいるそうじろうの姿があった。
「お、こなた、勉強会は終わったのか」
「うん、これからご飯作るから手伝って。 ……あ、そうだ。おとーさん、私今週末にかがみたちと遊びに行くけど、ちょっと帰り遅くなるかも」
「どうした? 遠くまで出かけるのか?」
「かがみがライブに行こうって誘ってくれたんだ。夜までかかるらしいから、晩ご飯はいらないよ」
「分かった、楽しんできなさい。女の子だけで夜出かけるなら、気をつけて行くんだぞ」
「はーい。 おとーさん、そこのボウル取ってー」
「うん、これからご飯作るから手伝って。 ……あ、そうだ。おとーさん、私今週末にかがみたちと遊びに行くけど、ちょっと帰り遅くなるかも」
「どうした? 遠くまで出かけるのか?」
「かがみがライブに行こうって誘ってくれたんだ。夜までかかるらしいから、晩ご飯はいらないよ」
「分かった、楽しんできなさい。女の子だけで夜出かけるなら、気をつけて行くんだぞ」
「はーい。 おとーさん、そこのボウル取ってー」
日付は進んで、ライブ当日。
「遅いわよ。少し遅れるなら、電話かメールで連絡して欲しいわ」
「ごめんごめん、ちょっと家出るの遅くなっちゃった。どれどれ、確認っと……あー携帯、家に置きっぱなしだ」
「なんかあんたの携帯が可哀相に思えてきたわ」
「お姉ちゃん、こなちゃんもわざとじゃないんだから……でも、みんな集まったし、行こうよ」
「そうですね。ちょうど電車が入ってくる時間ですし。あ、ほら、あれじゃないですか?」
「ごめんごめん、ちょっと家出るの遅くなっちゃった。どれどれ、確認っと……あー携帯、家に置きっぱなしだ」
「なんかあんたの携帯が可哀相に思えてきたわ」
「お姉ちゃん、こなちゃんもわざとじゃないんだから……でも、みんな集まったし、行こうよ」
「そうですね。ちょうど電車が入ってくる時間ですし。あ、ほら、あれじゃないですか?」
そう言ってみゆきが指差した先には、間もなくホームに入ってくる電車の姿。徐々にスピードを落とし、行き過ぎる事無く定位置で停車する。
ホームに人はあまりおらず、何となく閑散としている。降りてくる人の数も多くない。
こなたに切符を買わせ、四人は電車に乗り込む。すぐにドアが閉まり、ゆっくりと動き出した。
車内も特に混んではいなかった。誰も座っていない四人席を見つけ、そこに揃って腰を下ろす。
ホームに人はあまりおらず、何となく閑散としている。降りてくる人の数も多くない。
こなたに切符を買わせ、四人は電車に乗り込む。すぐにドアが閉まり、ゆっくりと動き出した。
車内も特に混んではいなかった。誰も座っていない四人席を見つけ、そこに揃って腰を下ろす。
「結構空いてるね。参加者で混み合ってるかと思ったけど」
「場所取りとかで忙しいから先に行ってたりするんじゃないの? 私たちとは少し時間がずれてるのかもね」
「でも、私はこういう静かな雰囲気の方が好きですね。電車やバスなどでは静かに過ごしたいですから」
「やっぱりみゆきさんは騒がしいの苦手みたいだね。ライブの熱気に押されないでよー」
「私は大丈夫かなあ……楽しみだけど、こういう所に行くのって初めてだからちょっと怖いかも」
「心配しなくていいって。文化祭の校内ライブみたいなものだと思えばいいわよ」
「場所取りとかで忙しいから先に行ってたりするんじゃないの? 私たちとは少し時間がずれてるのかもね」
「でも、私はこういう静かな雰囲気の方が好きですね。電車やバスなどでは静かに過ごしたいですから」
「やっぱりみゆきさんは騒がしいの苦手みたいだね。ライブの熱気に押されないでよー」
「私は大丈夫かなあ……楽しみだけど、こういう所に行くのって初めてだからちょっと怖いかも」
「心配しなくていいって。文化祭の校内ライブみたいなものだと思えばいいわよ」
ライブへの期待や不安に他愛のない話を織り交ぜながら、四人は目的の駅に着くまでの時間を楽しんだ。
――車内にアナウンスが流れる。次の駅が、四人が降りる駅。徐々に電車はスピードを落とし、ゆっくりと停車位置に近づく。
――車内にアナウンスが流れる。次の駅が、四人が降りる駅。徐々に電車はスピードを落とし、ゆっくりと停車位置に近づく。
「つかささん、起きてください、ここが私たちが降りるところですよ」
「う、うん…ふわあぁ……」
「やっぱり寝ちゃったわね。ほら、しゃんと立って」
「う、うん…ふわあぁ……」
「やっぱり寝ちゃったわね。ほら、しゃんと立って」
案の定、着くまでに居眠りしてしまったつかさの手を引きながら改札を出る。
ここから会場へは歩いて十五分程度。特に急ぐ事も無く行けると彼女たちは思っていたが……
ここから会場へは歩いて十五分程度。特に急ぐ事も無く行けると彼女たちは思っていたが……
「あ~……多いね」
「ええ、多いわね」
「なんていうか、その、やっぱり人疲れしそうです」
「ごめんねみんな、私うとうとしちゃってた……もう着いたの?」
「ええ、多いわね」
「なんていうか、その、やっぱり人疲れしそうです」
「ごめんねみんな、私うとうとしちゃってた……もう着いたの?」
駅からまっすぐに伸びた大通り。遠くに半円形のドームを望み、そこに向かう人の群れ。ざっと千人、いや二千人はくだらないだろうか。
もちろん全員が全員ライブ会場に行く訳では無いだろう。だが、これだけの数の人間が一様に一つの建物に向かって歩く光景は異様だった。
少しばかり見入ってしまっていた四人。だが、ここでこうして突っ立っていても仕方無いので、とりあえず歩く事にした。
もちろん全員が全員ライブ会場に行く訳では無いだろう。だが、これだけの数の人間が一様に一つの建物に向かって歩く光景は異様だった。
少しばかり見入ってしまっていた四人。だが、ここでこうして突っ立っていても仕方無いので、とりあえず歩く事にした。
「分かってはいましたけど、やはり沢山の人が訪れるのですね……」
「文化祭のライブはこんなに人多くなかったよう……」
「私たちが少し遅れてたのね。今が混雑のピークだと思うわ」
「だね。間に合えばいいんだし、のんびり行こうよ。つかさ、みゆきさん、もうちょっと頑張れー」
「文化祭のライブはこんなに人多くなかったよう……」
「私たちが少し遅れてたのね。今が混雑のピークだと思うわ」
「だね。間に合えばいいんだし、のんびり行こうよ。つかさ、みゆきさん、もうちょっと頑張れー」
ただの人ごみにすっかり腰の引けてしまったつかさとみゆきに声をかけながら、四人は歩き続ける。
太陽は緩やかに西へ傾き、火照ったアスファルト熱を夕方の涼しい風が浚う。少しづつ、人の波は密度を増していった。
太陽は緩やかに西へ傾き、火照ったアスファルト熱を夕方の涼しい風が浚う。少しづつ、人の波は密度を増していった。
「着いたー、疲れたー」
「私、もう歩けない……ちょっと休んでいい?」
「まだ時間はあるみたいだから、座って休みましょ。私も疲れたわ」
「そうしていただけると、ありがたいです。それにしても、人が多いですね」
「私、もう歩けない……ちょっと休んでいい?」
「まだ時間はあるみたいだから、座って休みましょ。私も疲れたわ」
「そうしていただけると、ありがたいです。それにしても、人が多いですね」
太陽は傾く速度を増し、集まる人は増える一方。昼間感じていた熱気とはまた違うものが会場を取り巻いていた。
既に大半は中に入っていったのだろうが、待ち合わせや物品販売の利用等で表にいる人も多い。
割と早く到着した四人は、受付にチケットを渡した後、自動販売機で飲み物を買い、そのまま中にある休憩所で足を休めている。
既に大半は中に入っていったのだろうが、待ち合わせや物品販売の利用等で表にいる人も多い。
割と早く到着した四人は、受付にチケットを渡した後、自動販売機で飲み物を買い、そのまま中にある休憩所で足を休めている。
「――そうすると、私たちはこっち側の席ならどこで観てもいいの?」
「そうらしいわ。チケットによってそれぞれ違うスペースが与えられるから、その中から見物席を選ぶみたい」
「なんかややこしいね。そうするとかがみのチケットはどこだろ」
「えーとね…あっ、ここよ。正面から少し左寄り、真ん中くらいの席」
「ここだと、他の方より少し高い位置で観られますね。いい席だと思います」
「そうらしいわ。チケットによってそれぞれ違うスペースが与えられるから、その中から見物席を選ぶみたい」
「なんかややこしいね。そうするとかがみのチケットはどこだろ」
「えーとね…あっ、ここよ。正面から少し左寄り、真ん中くらいの席」
「ここだと、他の方より少し高い位置で観られますね。いい席だと思います」
四人に割り当てられた席は、会場を正面に見てやや左側にある、周りより少しばかり高い場所。
チケットの入手方法が抽選だっただけあって、他のチケットより待遇がいい。
チケットの入手方法が抽選だっただけあって、他のチケットより待遇がいい。
「これで観る時に飛び上がったりしなくてよくなったね」
「あんた一番背低いもんね」
「高い所の方が音がよく聞こえる気がするから嬉しいな。 ……ところで、始まるのっていつ?」
「パンフレットによりますと、あと三十分ほどで入場締め切りらしいですよ」
「なら、そろそろ移動しておく? 早めに行ってもギリギリで行ってもあんまり変わりないだろうし」
「あんた一番背低いもんね」
「高い所の方が音がよく聞こえる気がするから嬉しいな。 ……ところで、始まるのっていつ?」
「パンフレットによりますと、あと三十分ほどで入場締め切りらしいですよ」
「なら、そろそろ移動しておく? 早めに行ってもギリギリで行ってもあんまり変わりないだろうし」
他の三人も賛成し、各自荷物を持って立ち上がる。体に溜まった熱と疲れはほとんど無くなっていた。
休憩所の隅から伸びる上階への階段を上り、鉄で出来た二重扉を四人で押す。
休憩所の隅から伸びる上階への階段を上り、鉄で出来た二重扉を四人で押す。
「――おおおおお、これは」
「なんていうか、いろんな意味で壮観ね」
「なんていうか、いろんな意味で壮観ね」
夕暮れの赤黒い空を背景に、中央にかまえた重量感のあるステージ。黒光りした装飾が雰囲気をかもし出している。
数多くの楽器類とスピーカー。後ろの観客にも十分見えるように、正面奥に高く聳え立つ巨大モニター。
これだけでも目を奪われそうだが、そのステージを囲んでいる、一万人からなる人の壁もまた絶景である。
思いのほか迫力のあった会場の空気に気圧された四人。しかし入り口に立っていても仕方無いので、まずは観る位置を探す事にした。
会場内には観客の数だけパイプ椅子が設置されている。子供連れや疲れてしまった人への配慮だろうか? 今はほとんどの人が座っている。
数多くの楽器類とスピーカー。後ろの観客にも十分見えるように、正面奥に高く聳え立つ巨大モニター。
これだけでも目を奪われそうだが、そのステージを囲んでいる、一万人からなる人の壁もまた絶景である。
思いのほか迫力のあった会場の空気に気圧された四人。しかし入り口に立っていても仕方無いので、まずは観る位置を探す事にした。
会場内には観客の数だけパイプ椅子が設置されている。子供連れや疲れてしまった人への配慮だろうか? 今はほとんどの人が座っている。
「ふーん、こうしてみると、このアーティストって結構人気あるのね」
「私も知ってるよ、歌番組とかにもよく出てるし」
「新聞のチケット情報欄に載っていましたが、このライブは日本縦断を目的とした大掛かりなものの一端らしいですよ」
「北海道から沖縄までかあ……いろんな場所に行けて楽しそうだなあ」
「でも夏休みでどこも人が多いから、大変な事もたくさんあるんじゃない? 私たちは楽しませてもらえるけどね。 ――あ、あそこはどう?」
「私も知ってるよ、歌番組とかにもよく出てるし」
「新聞のチケット情報欄に載っていましたが、このライブは日本縦断を目的とした大掛かりなものの一端らしいですよ」
「北海道から沖縄までかあ……いろんな場所に行けて楽しそうだなあ」
「でも夏休みでどこも人が多いから、大変な事もたくさんあるんじゃない? 私たちは楽しませてもらえるけどね。 ――あ、あそこはどう?」
割と前側の場所に空席を見つけ、かがみがそこを指差す。いい具合に席が固まって空いていたので、四人は横一列になるように座った。
「わー、ここからだとよく見えるね。お姉ちゃんのチケットのおかげだね」
「本当ですね、みなさんも一緒ですし、楽しくなりそうです。かがみさん、今日は誘ってくれてありがとうございます」
「今日のかがみはモテモテだねー」
「な、何よみんなして……ほ、ほら何か聞こえてきたわよ。そろそろ始まるんじゃない」
「本当ですね、みなさんも一緒ですし、楽しくなりそうです。かがみさん、今日は誘ってくれてありがとうございます」
「今日のかがみはモテモテだねー」
「な、何よみんなして……ほ、ほら何か聞こえてきたわよ。そろそろ始まるんじゃない」
三人から色々言われて少し照れたかがみは、ステージから不意に聞こえてきた音に話をそらす。三人もそれを聞き、正面を見る。
いつの間にかスタンバイしていた演奏者とボーカルが楽器とマイクから雄叫びをあげる。会場のテンションは一気に最高潮に高まった。
いつの間にかスタンバイしていた演奏者とボーカルが楽器とマイクから雄叫びをあげる。会場のテンションは一気に最高潮に高まった。
「――で、かがみ?」
「……何よ」
「これはどういう事か、説明してもらいましょうか」
「ま、まあまあ……せっかく来たんだから、こなちゃんも楽しもうよ」
「……何よ」
「これはどういう事か、説明してもらいましょうか」
「ま、まあまあ……せっかく来たんだから、こなちゃんも楽しもうよ」
こなたは渋い顔をしてステージをぼけーっと見ていた。開始から既に一時間ほどが経ち、今は小休憩を兼ねたトークタイムの真っ最中。
本来は、ステージと観客が一体化して盛り上がる場であるライブ。 ……ただ、その盛り上がり方が、こなたには不服だった様子。
その理由は、パンフレットに書かれていたある一文。 [転倒や接触による会場内の混乱を防ぐため、ご協力ください] と書かれた簡単な注意書き。
要するに、座り見である。まあ、普通のファンにはあまり関係の無い制限だ。
こなたは少し退屈そうな目でかがみの方を見る。対してかがみは、いつものように言い返したりはしなかった。つかさとみゆきがこなたをなだめる。
本来は、ステージと観客が一体化して盛り上がる場であるライブ。 ……ただ、その盛り上がり方が、こなたには不服だった様子。
その理由は、パンフレットに書かれていたある一文。 [転倒や接触による会場内の混乱を防ぐため、ご協力ください] と書かれた簡単な注意書き。
要するに、座り見である。まあ、普通のファンにはあまり関係の無い制限だ。
こなたは少し退屈そうな目でかがみの方を見る。対してかがみは、いつものように言い返したりはしなかった。つかさとみゆきがこなたをなだめる。
「私はこう、飛び跳ねたり汗を散らしながら体全体で楽しむライブをイメージしてたんだけどな~」
「そんな事言っても仕方ないでしょ。そりゃ、前もって調べておかなかった私も悪いかも知れないけど……」
「確かに全身でライブの雰囲気を味わうのも素敵ですが、目と耳だけで純粋に音楽を楽しむのもいいものだと思いますよ、泉さん」
「私も、ゆきちゃんの言うとおりだと思うよ。力いっぱい楽しむのもいいけど、その…立ったままだと、疲れちゃうし」
「みんなの言いたい事はよく分かるよ? でも、私としてはすこーしだけ物足りなかったかな、なんて思っちゃったり――」
「そんな事言っても仕方ないでしょ。そりゃ、前もって調べておかなかった私も悪いかも知れないけど……」
「確かに全身でライブの雰囲気を味わうのも素敵ですが、目と耳だけで純粋に音楽を楽しむのもいいものだと思いますよ、泉さん」
「私も、ゆきちゃんの言うとおりだと思うよ。力いっぱい楽しむのもいいけど、その…立ったままだと、疲れちゃうし」
「みんなの言いたい事はよく分かるよ? でも、私としてはすこーしだけ物足りなかったかな、なんて思っちゃったり――」
「……そっか、こなたには物足りなかったかー。 ――ちょっとトイレ行って来るね。荷物と席、見てて。ごめんね、こなた」
トークそっちのけで今日のライブについて話し込んでいた最中、かがみはそう言って突然立ち上がった。そしてそのまま扉のある方へと歩いていく。
いきなりの事に相槌も打てず、ただ見送るだけの三人。一人で扉を押し開けるかがみの背中は、心なしか寂しそうだった。
扉が閉まるのを確認すると、三人はゆっくりと視線を戻す。トークは、話題が豊富なのかやたら盛り上がっていた。
頬をかきながら、こなたはかがみの席を見る。ついさっきまで振られていたペンライトが、風で揺れながら蛍光色を放っている。
いきなりの事に相槌も打てず、ただ見送るだけの三人。一人で扉を押し開けるかがみの背中は、心なしか寂しそうだった。
扉が閉まるのを確認すると、三人はゆっくりと視線を戻す。トークは、話題が豊富なのかやたら盛り上がっていた。
頬をかきながら、こなたはかがみの席を見る。ついさっきまで振られていたペンライトが、風で揺れながら蛍光色を放っている。
「……私、わがまま言っちゃったな。誘ってもらっておいて物足りない、なんて言っちゃダメだよね」
「ううん、こなちゃんは悪くない……でも……。 ――こなちゃん、あのね」
「? どうしたの、つかさ?」
「今日のライブ、こなちゃんは楽しみだった?」
「もちろん楽しみに待ってたよ。すっごく待ち遠しかったもん。 ……まあでも、文句ばかり言ってたら楽しくないって思うよね、誰でも」
「……こなちゃんと同じように、お姉ちゃんも楽しみだったんだよ」
「ううん、こなちゃんは悪くない……でも……。 ――こなちゃん、あのね」
「? どうしたの、つかさ?」
「今日のライブ、こなちゃんは楽しみだった?」
「もちろん楽しみに待ってたよ。すっごく待ち遠しかったもん。 ……まあでも、文句ばかり言ってたら楽しくないって思うよね、誰でも」
「……こなちゃんと同じように、お姉ちゃんも楽しみだったんだよ」
☆☆
「ダメモトで応募したのに、当たっちゃうんだもん。誰かさんじゃないけど、これもプレゼントに対する愛だ、なーんてね」
「あはは、もしかするとそうかもー。でも、こなちゃんもゆきちゃんも喜んでくれてよかったね」
「こなたは [別に興味ないし] とか言い出すかと思ってたけどね。あいつの事だから、お祭り事として勝手に盛り上がるでしょ」
「ライブかあ……初めてだからちょっと怖いかも」
「みんな同じだから大丈夫だって。 ――どうしても心配なら、こなたに聞いてみたら? そういうの、案外うまくほぐしてくれるかもよ」
「……」
「どうしたの? つかさ」
「お姉ちゃん、さっきからこなちゃんの事ばっかり話してるね。こなちゃんと一緒に行けるの、そんなに嬉しい?」
「え、私そんなにこなたの事話してたかな……まあいいか。そりゃ、みんな揃って行けた方が楽しいし。最後の夏だしね」
「あっ、そうか……そうだよね、もう今年で最後だもんね……」
「学校行事だとまだ文化祭やら何やらもあるけど、私たちが一緒に過ごせる夏は、きっと今だけ。なら、みんなで楽しまなきゃ。
それに、私たちが誘い出さないで誰がいつこなたを外に連れ出すのよ。あいついつもゲームやアニメばかりでしょ? きっといつか出不精になるわ」
「お姉ちゃん、ここにこなちゃんいないからって言いすぎ……でも、お姉ちゃん優しいね。こなちゃんの事、いっぱい考えてる」
「当たり前じゃない、友達だもの。つかさも、そうでしょ?」
「……うん!」
「あはは、もしかするとそうかもー。でも、こなちゃんもゆきちゃんも喜んでくれてよかったね」
「こなたは [別に興味ないし] とか言い出すかと思ってたけどね。あいつの事だから、お祭り事として勝手に盛り上がるでしょ」
「ライブかあ……初めてだからちょっと怖いかも」
「みんな同じだから大丈夫だって。 ――どうしても心配なら、こなたに聞いてみたら? そういうの、案外うまくほぐしてくれるかもよ」
「……」
「どうしたの? つかさ」
「お姉ちゃん、さっきからこなちゃんの事ばっかり話してるね。こなちゃんと一緒に行けるの、そんなに嬉しい?」
「え、私そんなにこなたの事話してたかな……まあいいか。そりゃ、みんな揃って行けた方が楽しいし。最後の夏だしね」
「あっ、そうか……そうだよね、もう今年で最後だもんね……」
「学校行事だとまだ文化祭やら何やらもあるけど、私たちが一緒に過ごせる夏は、きっと今だけ。なら、みんなで楽しまなきゃ。
それに、私たちが誘い出さないで誰がいつこなたを外に連れ出すのよ。あいついつもゲームやアニメばかりでしょ? きっといつか出不精になるわ」
「お姉ちゃん、ここにこなちゃんいないからって言いすぎ……でも、お姉ちゃん優しいね。こなちゃんの事、いっぱい考えてる」
「当たり前じゃない、友達だもの。つかさも、そうでしょ?」
「……うん!」
☆☆
日は既に暮れ、会場全体を照明がぼんやりと照らす。トークは、ボーカルと観客が意気投合して宴会状態になっていた。
かがみが今日をどれだけ楽しみにしていたかを、つかさがゆっくりと話す。二人は、それを黙って聞いていた。
話し終わると、つかさはとたんにしぼみ込む。かなり気合を入れて話していたようだ。
かがみが今日をどれだけ楽しみにしていたかを、つかさがゆっくりと話す。二人は、それを黙って聞いていた。
話し終わると、つかさはとたんにしぼみ込む。かなり気合を入れて話していたようだ。
「かがみさんは、本当に優しい方ですね」
「お姉ちゃんは、こなちゃんに楽しんで欲しくて、チケットの事も内緒にしてたんだよ。 ……いきなり見せて、驚かせたかったみたい」
「あー、かがみらしいね……でも、かがみがそこまで考えてたなんて知らなかったな。 【チケット当たったー、どうよ♪】 みたいなノリだと思ってた……」
「――それはまんまあんたのノリでしょうが」
「お姉ちゃんは、こなちゃんに楽しんで欲しくて、チケットの事も内緒にしてたんだよ。 ……いきなり見せて、驚かせたかったみたい」
「あー、かがみらしいね……でも、かがみがそこまで考えてたなんて知らなかったな。 【チケット当たったー、どうよ♪】 みたいなノリだと思ってた……」
「――それはまんまあんたのノリでしょうが」
聞き覚えのある声に振り向くと、いつの間にかかがみが後ろに立っていた。さっき席を離れていった時の雰囲気は無く、いつもの彼女だった。
かがみは回り込んで自分の席に座りながらペンライトを手に取り、きょとんとしているつかさの頭に軽く振り下ろす。
かがみは回り込んで自分の席に座りながらペンライトを手に取り、きょとんとしているつかさの頭に軽く振り下ろす。
「つかさ、あんたは余計な事言わなくていいの。えいっ」
「いたーい……お姉ちゃん、いつからいたの?」
「こなたと一緒に行けるのがどうとかってとこから。別に話すような事は何も無いのに、つかさは本当におしゃべりなんだから」
「ごめんなさい……でも、私……」
「分かってるよ。あんたも、優しいね。ありがと」
「いたーい……お姉ちゃん、いつからいたの?」
「こなたと一緒に行けるのがどうとかってとこから。別に話すような事は何も無いのに、つかさは本当におしゃべりなんだから」
「ごめんなさい……でも、私……」
「分かってるよ。あんたも、優しいね。ありがと」
かがみはそう言いながらつかさの頭を撫でる。つかさは恥ずかしそうにしていたが、何も言わずにそのまま撫でられていた。
そこへ、こなたがおずおずと口を挟む。
そこへ、こなたがおずおずと口を挟む。
「かがみ? あのさ……」
「ストップ。謝ったり、謝られたりっていうのは無し。どっちが悪いって訳じゃないんだから。何が楽しいかなんて、人それぞれなんだし」
「それはそうだけどさ。でも、そこまで楽しみにしててくれたのに私は――」
「はいはい、ストーップ。その話はもう終わり。あんたの気持ちは分かったから。 ……どうしてもっていうなら、今から精一杯楽しむ事。いいわね?」
「――りょーかい」
「ん、それじゃ気合入れていこう。ちょうど次の曲が始まるみたい」
「ストップ。謝ったり、謝られたりっていうのは無し。どっちが悪いって訳じゃないんだから。何が楽しいかなんて、人それぞれなんだし」
「それはそうだけどさ。でも、そこまで楽しみにしててくれたのに私は――」
「はいはい、ストーップ。その話はもう終わり。あんたの気持ちは分かったから。 ……どうしてもっていうなら、今から精一杯楽しむ事。いいわね?」
「――りょーかい」
「ん、それじゃ気合入れていこう。ちょうど次の曲が始まるみたい」
沈んでいたこなたを元気付け、ステージの方を見るよう促すかがみ。その声は、いつもより幾分穏やかだった。
……さっきまでの大騒ぎはどこへやら。観客はみんな次の曲に備えてペンライトを高く上げており、ボーカルはスタンバイ中。
スタッフからアナウンスが入る。ボーカルが調子に乗りすぎて時間をつぶした事についての文句、ついでに謝罪だった。会場が笑いの渦に包まれる。
かがみも一緒になって笑いながらペンライトを頭の上に掲げる。三人も一緒に微笑み、かがみに倣ってしっかりと手を伸ばして正面を見据える。
力強い伴奏とボーカルの雄叫びが響き渡る。再び会場内は熱気と歓声で溢れ返った。
……さっきまでの大騒ぎはどこへやら。観客はみんな次の曲に備えてペンライトを高く上げており、ボーカルはスタンバイ中。
スタッフからアナウンスが入る。ボーカルが調子に乗りすぎて時間をつぶした事についての文句、ついでに謝罪だった。会場が笑いの渦に包まれる。
かがみも一緒になって笑いながらペンライトを頭の上に掲げる。三人も一緒に微笑み、かがみに倣ってしっかりと手を伸ばして正面を見据える。
力強い伴奏とボーカルの雄叫びが響き渡る。再び会場内は熱気と歓声で溢れ返った。
「――う~ん、騒いだ騒いだ」
「精一杯楽しめって言ったのは私だけど、あんなに大声出したり腕振り回したり……」
「こなちゃんの声で歌がよく聞こえなかったよう……」
「ま、まあまあ……泉さんが元気になったのですから、よかったじゃありませんか」
「ほらほら、みゆきさんもこう言ってくれてるじゃん?」
「精一杯楽しめって言ったのは私だけど、あんなに大声出したり腕振り回したり……」
「こなちゃんの声で歌がよく聞こえなかったよう……」
「ま、まあまあ……泉さんが元気になったのですから、よかったじゃありませんか」
「ほらほら、みゆきさんもこう言ってくれてるじゃん?」
あの後のこなたの騒ぎっぷりをあーだこーだと語りながら、四人は駅に向かってのんびりと歩いている。
即興でオリジナルアレンジの加えられたシングルメドレーに、観客とアーティストとのゆるすぎる質疑応答、幾度ものリクエストとアンコール。
割れんばかりの拍手とありがとうコールをバックミュージックに、ライブは終了した。
途中ギクシャクしたものの、最終的には全員が楽しめたのだから結果オーライだろう。かがみの当てたチケットは無駄にならずに済んだようだ。
即興でオリジナルアレンジの加えられたシングルメドレーに、観客とアーティストとのゆるすぎる質疑応答、幾度ものリクエストとアンコール。
割れんばかりの拍手とありがとうコールをバックミュージックに、ライブは終了した。
途中ギクシャクしたものの、最終的には全員が楽しめたのだから結果オーライだろう。かがみの当てたチケットは無駄にならずに済んだようだ。
「でも、こんなに遅くなって怒られないかなあ? 終わる予定だった時間より、四十分くらい遅いよ」
「大丈夫よ、出てくる時にちゃんとみんなに言ったでしょ。つかさは心配性ね」
「えへへ……いいよって言われてても、やっぱり心配になるの」
「そこがつかさのいいトコだと私は思うけどね。ちなみに私も言ってあるからオーケー。みゆきさんは?」
「私も言ってきましたので、大丈夫ですよ」
「なんだ、みんな特に問題は無いのね。それなら、どこかで何か食べて帰ろっか。どうする?」
「いいねー。大きな声出したらお腹すいちゃった……あれ?」
「泉さん、どうかされましたか?」
「なんか会場の方から聞こえるんだけど」
「大丈夫よ、出てくる時にちゃんとみんなに言ったでしょ。つかさは心配性ね」
「えへへ……いいよって言われてても、やっぱり心配になるの」
「そこがつかさのいいトコだと私は思うけどね。ちなみに私も言ってあるからオーケー。みゆきさんは?」
「私も言ってきましたので、大丈夫ですよ」
「なんだ、みんな特に問題は無いのね。それなら、どこかで何か食べて帰ろっか。どうする?」
「いいねー。大きな声出したらお腹すいちゃった……あれ?」
「泉さん、どうかされましたか?」
「なんか会場の方から聞こえるんだけど」
不意に耳に流れ込んできた何かに気付き、足を止めて振り返るこなた。三人も一緒に振り返り、耳を澄ます。
いまだ人の出入りが絶えない会場。正面の照明はほとんど消え、 【本日の営業は終了しました】 という立て札が似合いそうな空気を放っている。
しかし、その何かは確かに聞こえてくる。 ……どうやら音楽のようだ。少し控えめの、けれどしっかりしたメロディ。
いまだ人の出入りが絶えない会場。正面の照明はほとんど消え、 【本日の営業は終了しました】 という立て札が似合いそうな空気を放っている。
しかし、その何かは確かに聞こえてくる。 ……どうやら音楽のようだ。少し控えめの、けれどしっかりしたメロディ。
「あれ? 本当ね。もしかしてまだ続いてたりして……あ」
「どしたの?」
「ちょっと待って、こなた。えーとどこだっけ……あった、ここよ」
「どしたの?」
「ちょっと待って、こなた。えーとどこだっけ……あった、ここよ」
鞄の中からパンフレットを取り出し、今日の日程のページを開く。みんなに見えるように、街頭の下に移動した。
かがみが指差したのは、終了時刻の下に書かれてある項目。見て欲しいのかそうでないのか、小さい癖に赤色で太く書かれていた。
かがみが指差したのは、終了時刻の下に書かれてある項目。見て欲しいのかそうでないのか、小さい癖に赤色で太く書かれていた。
「 【第二ラウンド : まだまだ満足しきれない人のために、力尽きるまで歌い上げます! 興味のある人、ライブ終了後も動かずそのまま!】 だって」
「うわ、耐久レースだよこれじゃ」
「えーと、普通のライブはもう終わって、今流れてきてるこれは聞きたい人だけが聞くものって事でいいんだよね?」
「そういう事かしらね。ま、私たちは参加しないんだから同じじゃない?」
「こっちの曲の方も、さっき聞きたかったですね。落ち着いた、優しい曲みたいですし」
「でも、しっとり系の曲はライブとかだとトリで使うくらいしかないんじゃないかなあ」
「うーん、使いどころにもよるんじゃない? 上手くやればメリハリもつきそうだし。それよりみゆき、聞きたいなら私CD持ってるわよ。貸そうか?」
「いいんですか? ありがとうございます、それでは今度お願いしますね」
「もしかして抽選って、そのCDのキャンペーンか何かだったんじゃ?」
「そうよ。CDの中に入ってた券をハガキに貼って出したんだけど。どうしたの?」
「いや、そういうのってなんか同じのたくさん買って応募券とか大量に集めて、数撃ちゃ当たる戦法をとる人いるけど、かがみもそうしたのかなって」
「そういう事は、同じ雑誌やコミックを何冊も買わない、普通の人が言うもんだと思うけどね~」
「か、かがみに物の買い方で揚げ足を取られたあああっ」
「お姉ちゃんもこなちゃんも、落ち着いて……ほら、電車の時間に間に合わなくなるから、みんな行こうよ」
「それもそうね、つかさの言うとおりだわ。こなた、そんなトコで頭抱えてると置いて帰るわよ」
「あーいーですよ、どうせ私は同じ雑誌たくさん買ってプレゼントにたくさん応募するおたくですよー……」
「うふふふ……そんなところも泉さんのいい一面ですよ。好きな事に全力を注いでいるのですから、素敵です」
「ありがと、そう言ってくれるのはおとーさんとゆーちゃんとみゆきさんだけだよ」
「はいはい、あんたの文句は後でいくらでも聞いてあげるから。電車無くなると困るから、行きましょ」
「そういえばそうだね、すっかり忘れてたよ。お腹もすいてたし、帰ろっか」
「うわ、耐久レースだよこれじゃ」
「えーと、普通のライブはもう終わって、今流れてきてるこれは聞きたい人だけが聞くものって事でいいんだよね?」
「そういう事かしらね。ま、私たちは参加しないんだから同じじゃない?」
「こっちの曲の方も、さっき聞きたかったですね。落ち着いた、優しい曲みたいですし」
「でも、しっとり系の曲はライブとかだとトリで使うくらいしかないんじゃないかなあ」
「うーん、使いどころにもよるんじゃない? 上手くやればメリハリもつきそうだし。それよりみゆき、聞きたいなら私CD持ってるわよ。貸そうか?」
「いいんですか? ありがとうございます、それでは今度お願いしますね」
「もしかして抽選って、そのCDのキャンペーンか何かだったんじゃ?」
「そうよ。CDの中に入ってた券をハガキに貼って出したんだけど。どうしたの?」
「いや、そういうのってなんか同じのたくさん買って応募券とか大量に集めて、数撃ちゃ当たる戦法をとる人いるけど、かがみもそうしたのかなって」
「そういう事は、同じ雑誌やコミックを何冊も買わない、普通の人が言うもんだと思うけどね~」
「か、かがみに物の買い方で揚げ足を取られたあああっ」
「お姉ちゃんもこなちゃんも、落ち着いて……ほら、電車の時間に間に合わなくなるから、みんな行こうよ」
「それもそうね、つかさの言うとおりだわ。こなた、そんなトコで頭抱えてると置いて帰るわよ」
「あーいーですよ、どうせ私は同じ雑誌たくさん買ってプレゼントにたくさん応募するおたくですよー……」
「うふふふ……そんなところも泉さんのいい一面ですよ。好きな事に全力を注いでいるのですから、素敵です」
「ありがと、そう言ってくれるのはおとーさんとゆーちゃんとみゆきさんだけだよ」
「はいはい、あんたの文句は後でいくらでも聞いてあげるから。電車無くなると困るから、行きましょ」
「そういえばそうだね、すっかり忘れてたよ。お腹もすいてたし、帰ろっか」
街頭の下で話し込んでいるうちに結構時間が経っており、脇を通っていく人影の数はかなり減っていた。
終電とまではいかないものの、今日運行される電車は残り少ない。乗り遅れてしまえば、迎えに来てもらうかタクシーを使うしかない。
そんな遅い時間になってもなお、四人はのんびりと歩く。会場からかすかに聞こえてくる演奏に耳を傾け、体に残る余韻を噛みしめながら。
――街頭と月明かりに照らされながら歩いている途中、かがみがこなたに向かって言った。
終電とまではいかないものの、今日運行される電車は残り少ない。乗り遅れてしまえば、迎えに来てもらうかタクシーを使うしかない。
そんな遅い時間になってもなお、四人はのんびりと歩く。会場からかすかに聞こえてくる演奏に耳を傾け、体に残る余韻を噛みしめながら。
――街頭と月明かりに照らされながら歩いている途中、かがみがこなたに向かって言った。
「こなた、ちょっといい?」
「なにー?」
「この前あんたが言ってたパソコンの件だけどさ。あれ……今度、使わせてもらってもいいかな?」
「いいけど、どしたの? 何か調べ物? それとも、やりたいゲームとかある?」
「そんなんじゃないんだけどね。私もいつかパソコンくらい買うかも知れないし、一応最低限の事は勉強しておこうと思ってね」
「別にそんな難しくないよ。説明書とか見たり、自分で検索サイトとかで調べれば大抵の事は分かるし。かがみならちゃんと使えるんじゃないかな」
「……あの時あんたに冷たいあしらい方したでしょ? 気にしてるかなって」
「私? ぜんぜん気にしてないよ。でも、かがみってホントにいつも人の事気遣ってるよね」
「そう? 普通だと思うけどね。 ――どうせまたツンデレがどうとか言い出すんでしょ」
「……ううん。今日は言わない」
「今日は? 何でよ。変なこなた」
「なにー?」
「この前あんたが言ってたパソコンの件だけどさ。あれ……今度、使わせてもらってもいいかな?」
「いいけど、どしたの? 何か調べ物? それとも、やりたいゲームとかある?」
「そんなんじゃないんだけどね。私もいつかパソコンくらい買うかも知れないし、一応最低限の事は勉強しておこうと思ってね」
「別にそんな難しくないよ。説明書とか見たり、自分で検索サイトとかで調べれば大抵の事は分かるし。かがみならちゃんと使えるんじゃないかな」
「……あの時あんたに冷たいあしらい方したでしょ? 気にしてるかなって」
「私? ぜんぜん気にしてないよ。でも、かがみってホントにいつも人の事気遣ってるよね」
「そう? 普通だと思うけどね。 ――どうせまたツンデレがどうとか言い出すんでしょ」
「……ううん。今日は言わない」
「今日は? 何でよ。変なこなた」
いつもと言う事が違うこなたを、横目で見ながら口元をほころばせるかがみ。こなたも、そんなかがみを横目で見ながら笑っていた。
その様子を見て、後ろからついていくつかさとみゆきもにっこりと笑う。
その様子を見て、後ろからついていくつかさとみゆきもにっこりと笑う。
夏の暑い日にもらったご褒美。それは友達の絆を深める、ライブという名のイベントフラグ。
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- 描写が実に丁寧な良作。
仲のよさとイベントの楽しさが味わい深いです。
このライブのアーティストが誰をイメージしてるのかちょっと気になりますね。 -- 名無しさん (2011-04-18 05:39:39)