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オタク少女は恋する乙女の夢を見るか 4話

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「おはよう、田村さん……あれ、眼鏡は?」
朝、駅で出会った田村さんは、眼鏡をかけていなかった。
少し前に一度だけコンタクトレンズで学校に来た事があったけれど、
あんまり合わなかったみたいで、それ以来田村さんがコンタクトをつけているところは見たことがなかった。
コンタクトの田村さんはいつもと違って結構新鮮。
「いやー、それがその……心変わりというか……」
毎日顔をあわせていた田村さんだったけれど、眼鏡を取った姿はどこか新鮮。
なんだか前よりもずっとかわいくなってる気がするんだけれど……
「あ、あと、二人には言わなきゃいけないことがあるんだ」
眼鏡を取った田村さんがもじもじと指を付き合わせる。
よく見ると薄く色つきリップを引いた唇を開く。
「私、彼と付き合うことにしたから」


「ゴメン、今日はあの人とお昼食べることにしてて」
田村さんが目の前で手をあわせて頭を下げる。
「ううん、いいんだよ、気にしないで」
横でこくりとみなみちゃんも頭を下げる。
「ほんっと、ゴメン」といいながら、教室を出ていく田村さん。
その手にはお弁当が二つ。
いつもなら手早く購買のパンで済ませている田村さんが、お弁当を二つも。
あれって、やっぱり彼氏の分だよね?
田村さんを見送り、私はみなみちゃんと二人、机をくっつけてお弁当を食べる。
いつもなら三人、多いときパティさんも含めて四人で食べているのに、
二人っきりだとなんだか机が少なくて……
「ゆたか……やっぱり寂しい?」
そんな私に気づいたのか、みなみちゃんがやさしく声をかけてくれた。
「寂しくない……って言うと、嘘になるかな。
 いつも三人でご飯食べてたし、なんだかいつもよりがらんとした感じがする」
みなみちゃんとお話するのは楽しいけれど、
田村さんみたいなにぎやかな人がいると、もっと盛り上がるから。
ご飯を食べるときは、大勢の方がおいしいし。
「でもね……さっきの田村さん、とっても幸せそうだから。私たちもそれを応援してあげないと」
さっきの田村さん。
二つのお弁当を抱えて待ち合わせに急ぐ姿は、なんだかとっても幸せそうで、
見ているこっちまで幸せになりそうなくらい。
今朝だって、あんまりおしゃれに興味のなかった田村さんがちょっぴり薄化粧をしていた。
嬉しそうに携帯で撮った彼の写真を見せてくれる田村さん。
女の子って、恋をすると変わるんだなって、なんだかあこがれちゃう。
私の言葉にみなみちゃんもコクンと頷く。
そうだよね、あんなに楽しそうな田村さん、邪魔したくないよね。


小早川さんと別れた私は、上へ上へと階段を駆け上がる。
その先にあるのは、鍵のかけられた屋上への扉。
陵桜学園にもちょっとした屋上があったりする。
もちろんギャルゲーとは違って、世間一般の学校と同じく鍵がかけられて、一般の生徒の立ち入りは禁止されているけれど。
ギャルゲーでは屋上でお弁当ってよくあるシチュなのに、義妹と同じくらい現実じゃあまり見かけないはかない夢だ。
でも、彼の場合は特別。
彼の友達がここの鍵をこっそり隠し持っているみたいで、
お昼休みは先生に隠れてこっそりとここでお弁当を食べているみたい。
彼と彼の友人しか入れない秘密の基地。
初めて入る私は、いつもは鍵をかけられているはずの扉で緊張している。
汗と一緒に扉のノブを回す。錆付いた音と共に開く扉。
「お、おまたせしました……」
扉の向こうにいた、昨日と変わらないやさしい笑みを浮かべる彼。
それと、見知らぬ男の子が三人……
「彼らは僕の友達。ひよりさんをみんなに紹介したくて」
「あ、そうなんですか。初めまして、田村ひよりといいます」
ぺこりと頭を下げる。みんなの興味深そうな視線が私に集中する。
ううっ、ちょっと恥ずかしいっす。
「そ、そうだ。よかったらこれ……」
周りの視線に慌てながら、彼にもう一つの弁当箱を差し出した。
朝、あんまり早いのも苦手だし、あんまりお弁当を作ってくることはなかった。
でも、彼が食べてくれるのなら……
「え、これ僕に? 食べていいの?」
彼の言葉に頷く。今度は私のお弁当箱に視線が集中。
自分が直接見られている訳でもないのに気恥ずかしい。
お弁当箱の蓋が開けられる。他の人も一緒になって中を覗き込む。
ここのところ、まともにお弁当なんて作ってないから、ちょっと自信がないんだけど。
「じ、じゃあいただきます……」
彼の箸が私の作った卵焼きに触れる。
卵焼きの味付けって人によって好みが分かれるから、
こ、告白の時ぐらい緊張するっす。
彼の箸の卵焼きが彼の唇へと運ばれる。
その唇に触れた昨日の記憶がよみがえり、私の顔はもう真っ赤。
でも、視線だけはそこからはずせない。彼の箸の先をじっと見つめる。
彼の口に入った卵焼きがもぐもぐと数回咀嚼され、彼の細い喉をコクンと鳴らせる。
「うん、甘くておいしい。ありがとう、ひよりさん」
その一言、それだけで私の心に幸福が広がっていく。
いままで想像もできなかった幸福が、ここにある。


「でも田村さん、羨ましいな」
今日の田村さんはいつもよりもずっと輝いて見えた。
好きな人ができるだけで、女の子ってあんなにも変われるんだってくらいに。
そんな田村さんが、ちょっぴり羨ましい。
私も好きな人ができたら、あんな風になれるのかな。
「今はそれよりも、自分の体を気にして」
「てへ、ゴメンね、みなみちゃん。また迷惑かけて」
みなみちゃんがふるふると首を振る。
さわさわと風がカーテンを揺らす音、白いシーツ。
通いなれた保健室。今は午後の授業中。
昨日仮病を使った罰があたったのか、今回は本当に体調が悪くなっちゃった。
遠くに聞こえるどこかの教室の音を耳に、私はベッドで横になる。
ふかふかのベッドと横にいるみなみちゃん。
今の私はこれだけで幸せ。
でも、私もそのうち好きな人と一緒になるのかな?
みなみちゃんや田村さんも、ゆいお姉ちゃんにこなたお姉ちゃんも大好きだけれど、
その好きとは違う"好き"。
「ねえ、みなみちゃん。私も……ゴホ……ゴホッ」
咳き込んだ私にすばやく駆け寄り、背中をなでてくれるみなみちゃん。
空気に感じたかすかな違和感
ほんの少しだけ感じる、タバコの臭い。
「しかし、あんなにうまくいくとはな」
窓の外からタバコの臭いと一緒に聞こえてくる声。
生徒の声? まだ、授業中のはずなのに……
「賭け持ち出したのはお前だろ。あいつ落とせたら一万円て」
「ちくしょー、俺、今月金欠なんだけどな」
窓の外から聞こえてきたのは、男の人の声。
夜、コンビニで集まっている人たちのような、少し距離を置きたくなるような人たちの声。
みなみちゃんが眉をしかめて立ち上がる。
あの人たちに、何か言いに行くのかな。
そう考えると、みなみちゃんが遠くに行っちゃう気がして、その袖をぎゅっと掴む。
「大丈夫だよ。窓を閉めれば煙も入らないし、声も聞こえないから」
心配そうな顔をするみなみちゃん。
でも、私だってみなみちゃんが心配だから。
私のせいで危険な目にあってほしくないから。
私の気持ちが分かったのか、みなみちゃんがこくりと頷く。
「……そう」
みなみちゃんが窓を閉めに立ち上がる。
窓を閉める直前、外から聞こえてきた声……
「しかし、楽勝だったよな。あの田村ひより。それで、この後はどうするよ」
「さー、適当にフっちまおうか。それとも二、三人集めてマワすか」
「あー、いいね、それ」
その言葉に、私もみなみちゃんも凍りつく。
え、今の名前……
「ゆたか!?」
私はベッドから飛び降り、窓の外に顔を出す。
少し陰になるところだけれど、あの人は写真で見た……
「ゆたか、体は……」
後ろに聞こえるみなみちゃんの声をおいて、私は保健室を飛び出した。
終業のチャイムが鳴り始めた廊下を走る。
田村さん、早く田村さんに……

















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