8月18日、午後17時。

志島武生は、バイト先であるダイニングバー「KOTAN」のバイト帰りに、ふとあるエリアに寄ってみた。
バイトの店長が、ちらっとあそこはヤバイんだよ、本当に。と言っていた場所。
美森町の川区。
バイト先の隣の町にある美森町。武生は行ったことは無かったが、隣町くらいの名前はわかる。
しかし、川区というのは初耳だった。
興味本位か、それとも何を思ったかハンターとしての勘が働いたのか、武生は美森町の川区へとやってくる。
徒歩でも15分くらいだったので、かなり近い場所といえよう。
こんな場所に、本当に何かあるのだろうか。
一通り探索を終え、特に何もないから帰ろうとしたその時だった。

「……」

ちょうど人気のない廃マンションの屋上に、一人の男が立っているのが見えた。

「おい!」

廃マンション。たった一人。屋上。
その時、武生にはその人物が自殺しようとしているのを本能的に察したのか、声をかける。
すると男は虚ろな表情で武生を見た。
が、すぐまた視線はマンションの下の地面を見下ろした。

「……っ」

武生はマンションへと入った。
おそらく止めても無駄で、力尽くで飛び降りを阻止するしかないと思ったからだ。
正直、今日来た事を後悔した。
このマンションは5階建てで、はっきり言って今から屋上の男の所へ行っても間に合わない。
かと言って下にいても、どこに落ちてくるかわからない人物をうまく受け止めることができるものか。
それがハンターのように、ハンターカードで身体能力が鍛えられているなら、落ちる時に何かワンクッション魔術等でフォローすればいいが、相手は見るからに一般人。
魔術なんて撃てば、下手をすれば殺人になってしまう。
そう言い聞かせ、マンションの中へと入った。
本当は飛び降りた時、救出を失敗して自分の目の前で落ちる瞬間を見るのが嫌だったからかもしれない。

とにかく、今は上へ向かおう。
そう思った時、ドン!!という大きな音が外から響いた。
――遅かった。
見なくても、武生には理解する事ができた。

「マジかよ……」

やるせない気持ちのまま、後ろを振り返り外へと戻ろうとした瞬間だった。

「……!」

武生は見てしまった。
落ちた死体が起き上がり、首が180度回転した状態で頭に穴が空いたまま、こちらへとやってくるのを。
マンションへと戻ろうとしているのを。

「なんだアレ」

額に僅かに汗をかきながら、後退りをする。
と、低音で何かが動いている音が聞こえている事に気がついた。
エレベータだ。エレベータが動いているのだ。
前には魔物ではない、元人間だったものがどんどんマンションへ近づいてきている。
背に腹は変えられない、ちょうど1階についた合図をエレベータが報せる『ピン』という音を頼りにエレベータへ乗ろうと180度ターンをした。

目の前に、エレベータから半身だけ出している化物が、武生を見ていた。
☆☆☆

8月18日午後19時。

はっ、として、武生は起きた。
気が付くと、辺りは薄暗くなっていた。
日がもうすぐ沈む。

「……2時間も寝てたのか?帰るか……」

辺りを見ても、何もおらずエレベータも止まっていて開かない。
そもそも、既に廃マンションなのだ。エレベータが動く方がおかしい。
だから、特に何もなかった。
そう思いたかったが、外にはおびただしい血の量と、そこには飛び降りた男がいた。
引きつった表情で、その男をまじまじと武生は見た。
やはり頭が180度回転しており、頭に穴が空いている。

「本当に来なきゃよかった」

飛び降りた男は、金属バットのようなものを武生に振るった。
動きはハンターである彼よりも早く、武生は咄嗟に右腕でガードをする。

「っ……!」

右腕が骨折したようで、激痛が走る。
しかし、そんな事を気にする事はできず、死体を蹴り飛ばしてこかす。
その間に、急いで廃マンションから逃げ出した。
だが、すぐに立ち上がると男の死体はバットを持ったまま武生に向けて走ってくる。
先程の蹴りは全力だった。
いくら力がないとは言え、一般人ならそれで暫く起き上がれず悶絶するような一撃だった。
それなのに下手な魔物よりタフな死体は追いかけてくる。
武生は近くの公園へと入り、トイレの個室へと隠れた。
そこに、死体はやってくることはなく、何とか撒いたようだ。

「……まずは連絡するか」

痛む右腕を堪えながら、武生はギルドへとヘルプのメールを送った――。
最終更新:2015年07月12日 00:18