8月18日、午後14時。

「あかねー、あたし達これから買い物行くんだけど来る?」
「……」

柳茜は、大学の講義室で留学生の松原エレナと他の二人の友人に囲まれていた。
声を掛けてきたのはエレナで、茜にとってはそこそこ親しい間柄と思っているが、隣の二人の事は、特になんとも思っていなかった。
ロリータ風の格好の小さい子は佐伯佳奈(さえきかな)、対してラフな格好が春日井晶(かすがいあきら)という友人だ。
この夏休みの間、ハンターの講義だけは休みにならないので、このメンツが顔を合わせることも多い。
エレナはすぐに他二人と仲良くなり、何度か茜にも遊びの誘いをかけてきているが、茜は彼女達と一度だけ遊びに行き、決定的に違うなと思った事がある。
それはゲームセンターに行った時だ。
エレナと茜で対戦をしていたのだが、佳奈が「私こういうの無理~」、晶が「オタクがやるもんでしょこれ」と見下して笑っていたのが悪印象として残っているからだ。

エレナがその場は何とか取り繕い、茜もさすがに声を荒らげ怒ったりはしなかったものの、なんとなく絡みづらいという印象を抱いている。
茜がどう断ろうか迷っていると、エレナが苦笑してアイコンタクトをしてくれた。

「あー、無理か。確か今日だっけ?じいちゃんが茜の持ってる靴を見せてくれっていってた日」
「ああ、そうそう。だから無理だ、ごめんね」

エレナに合わせて茜は軽く謝ってみせた。
いいよいいよー、またな柳!と佳奈と晶も言ってくれたが、どことなく心からはそう言ってはいなかっただろう。

「じゃあね、エレナ。二人も」

早々に退散しようと決めた茜だったが、一つの着信音にこの場が凍りついた。
佳奈の携帯に、知らない番号から着信が入っているのだ。

「や、やだ……!これあれでしょ!今噂の奴でしょ!!出たら死ぬっていう……!」
「出なきゃいーじゃん」
「大丈夫だって佳奈、晶の言うようにほっとけばいいよ」

そっかぁ、と何とか取り乱すのが収まったようで、まだ怖さからか震え声ではあったが、佳奈も音をミュートにして晶とエレナに笑ってみせた。
そして、おもむろに携帯電話を自分の耳元へと持っていった。

「ちょっと、何やってんのさ!!」

茜はあべこべな佳奈の行動を非難するように、講義室に通る声で叫んだ。
皆帰って茜を含め4人しかいない講義室だったので、他の者の視線は無い。
それどころか、晶もエレナも佳奈の携帯電話を驚きの表情で見ていた。

「わ、わかんないよぅ……手が勝手に……!」

泣きながら、戸惑いながら言う彼女の親指は、携帯の通話ボタンへ向かっていく。

「ああもう!佐伯さん、ゴメン!」

すんでの所で、茜は彼女の携帯を奪い、破壊する。
正確には、奪おうとしてもぎっちりと掴んで離そうとしなかったので、思いっきり殴って壊した。

「ちょっと、あかね!」
「大丈夫なのか……?」

エレナと晶が、心配そうな顔で茜を見た。
へーきへーき、と殴った手を見て言う彼女に、そうじゃなくて!とエレナが怒った。
少し困った茜だったが、今度は彼女の携帯が鳴り始める。
見ると、知らない番号。
今度は自分に来たか、と思った。

「あかね……!絶対出ないでよ、今あたしが壊すから」
「なんだったら、あたしがやってもいいよ」
「柳さん……!」

心配する3人に、小さくため息をつく。
エレナや晶が破壊したところで、今度はどっちかにまたかかってくるだろう。
何度も同じ手がはたして通じるのだろうか。
茜は、自分の携帯を取り、通話状態にする。
ノイズ音と共に、小さく声が聞こえてきた。

『…シテ…ワタ…ノニン…』
「いい加減にしろっつの!」

言うだけ言うと切った茜に、その場にいた全員が呆気に取られていた。
そして、次に三者三様の反応を見せた。

「何やってんのさ!今自分でしたことわかってんのあかね!?」
「柳すげーな!今の格好よすぎだろ!」
「や、柳さん大丈夫なの……!?怖くないの……!?」

面倒臭くなった茜は、少し考えてから全員へと呟く。

「さ、帰るよ」

呆れる者、尊敬するような視線を送る者、困惑する者を一蹴するように、彼女は帰り支度を始めた。

☆☆☆
8月18日、午後16時。

事が事だっただけに、買い物はキャンセルになり、茜はエレナと一緒に帰路についていた。

「本当に大丈夫なの?じいちゃんに見てもらったら?」
「大丈夫だって、結局死ななかったし」
「まったく……」

これ以上無駄と悟ったのか、エレナはそれ以上は説教はしてこなかった。
しかし、気まずい沈黙が続く。
結局、それ以降は別れるまで会話が無かった。

「じゃ、あたしこっちだから。あかね、本当に何かあったらいつでも連絡してきなよ?」
「わかってるって。じゃーねエレナ」

繁華街の交差点でエレナと別れ、帰路へつく前に歩き出す。するとすぐに電話が鳴り始めた。
きたな、と思ったら、手が勝手に携帯へと伸びる。
はいはい、強制イベントね。と諦めるように、茜は電話にでる。

『カ…シ…ウ…』
「だからさぁ、言いたい事あるならはっきり言いなよ!」

先程より聞き取りづらくなった通話に、苛々した茜がそう返した時だった。
辺りが、既に使われていない病院のような場所へと変化した。

「……は?」

と、そこで再度電話がかかる。
今度はエレナからだった。

「エレナ?」
『あかね!!大丈夫!?心配で引き返してみたら、あかねが今、目の前で消えたんだけど!』

茜はなんとなく自分の置かれた状況を理解する。
先程の電話がキーとなり、ここへと転送?したのだろう。

「エレナ、あの辺りで廃病院ってあった?」
『廃病院……?ちょっとまって、調べてみる。一応ギルドにも連絡入れて応援呼んでおくから、何かあったらすぐ電話してきなよ!』

これでまずはやることはやった。
次に茜がやる事は……。

「ここか」

誰もいない、非常灯のあかりが薄らとついているだけの廃病院。
ここが何処か、手探りで探さなければいけなさそうだ――。
最終更新:2015年07月30日 16:44