8月18日、午前10時。
幸村カヤは朝まで続いた護衛依頼を終え、粥満のカフェで眠気覚ましがてら、朝飯を食べようとしていた所だった。
「あれ?カヤじゃないか!」
いきなり名前で呼ばれ驚きはしたが、カヤは振り返り声の主を確認すると、思い出すように声をあげた。
「あーっマキさん!お久しぶりです!」
「本当に久しぶりだね。あんたが
ハンターの研修を終えた時以来か?
ギルドもそれから移籍して、あたしは葵だったしなぁ」
塚田マキ(つかだまき)。
30代後半の、独身のCクラスハンターだ。
カヤがまだギルドで研修を受けていた時に、筆記だけでなく実技の方も指導してもらっていたベテランハンター。
久方ぶりの偶然の再会に喜び、二人は近くのカフェへと入った。
「聞いたよ、竜とか悪魔とかと関わってんだって?あたしなんかもう目じゃないね」
「いやー、そんな事ないです。私なんて特に役にたってませんし」
「またまたー、謙遜しなくていいって」
冗談や近況を話し合いつつ、時刻が正午を回ろうとした時だった。
ふとカヤが一つの疑問を尋ねた時だ。
「あれ?マキさん最近徹夜気味です?」
「ああ、目の下にクマできてんだろ?最近親友のハンターが亡くなって、その手伝いとかで忙しかったのさ」
努めて明るく笑う彼女に、しまったと思ったがそれを見透かされたのか、マキは話を続けた。
「最近物騒な話題も多いし、あんたも結構危ない依頼とかも受けてんだろ?何かあったらいつでも相談しな。まあ今となってはあんたより頼りない先輩だけどね」
「そんな事ないですって~」
再びいつもの調子で談笑が始まる。
ひとしきり話し終え、カヤはマキと携帯番号を交換し自宅がある茜に向かうため、ターミナルへと足を運んだ。
☆☆☆
8月18日、午後20時。
茜のアパートに帰宅したカヤは、徹夜の疲れもありすぐに寝ることにした。
酷く体が疲れたようで、いつも以上にすぐに眠りにつく。
「……カヤ、カヤ!」
「っ!?」
肩を揺すられ、カヤは目を覚ました。
そこはリニアの中で、目の前には心配そうな顔のマキがいる。
昼間久しぶりにあったせいか、夢にまで見ているのだろう。
「あれ?マキさん。夢……ですよね?」
「やっぱり夢なのか?これ」
「やめれふらはい!あ、痛くない」
困った表情のまま、マキはカヤのほっぺたをつねる。
カヤは痛みを感じなかったので、やはり夢だと認識した。
そもそも、夢と認識できる夢は初めてだったが、痛みがないのだからそうとしか言いようがない。
「しかし変な夢だなー。カヤと昼間あってたせいか?」
「私も思ってました!でもちょっと変じゃ……」
と、その時車内アナウンスがなる。
『次は~高砂真司、高砂真司~』
「は?」
「人名……?」
「高砂って場所は、確か茜にあったけど……」
訝しげに思っている二人だったが、またアナウンスが車内へと響く。
『皆様、ご利用誠にありがとうございます。只今リニア内は混んでいるため、スムーズに処刑を行えるよう、ご協力をお願い致します。次は和宮真琴~和宮真琴~』
「処刑……?」
「やっぱり変っすよ!夢みたいですけど、なんかこう……!」
「ああ、上手く言えないが、あたしもそう思う!とりあえず、あたしが先頭車両見てくるから、カヤはここで残っててくれ」
そう言ってマキが先頭車両の扉へと進んだ瞬間、カヤの意識が遠くなる。
否、自分のアパートの天井が目の前にあった。
やっぱり夢だったらしく、額の寝汗を軽く拭うと、テレビをつけて台所へ向かい水を飲んだ。
19日、午前3時。
早く寝たせいで、随分と早く目覚めてしまったようだ。
テレビもニュースしか映っていない。
他の局の番組は放送していない所もある。
流すようにニュースをかけつつ、鏡を見た。
「はぁ~、嫌な夢だったなー」
鏡の中には、当然ながらカヤしか映っていない。
ほっと安堵していると、携帯の音に驚いた。
こんな時間に電話してくるなんて、殆ど無いからだ。
カヤに関係する緊急な依頼くらいだろうか。
しかし、表示された名前は塚田マキ。
いくらなんでもちょっと非常識の時間じゃないか、とも一瞬頭をよぎったが、それ以上に先程の夢が気になったため、すぐに電話に出た。
『ああ、カヤかい?悪いね、こんな時間に』
「いや、それは全然いいんですけど……どうも」
二人に気まずい沈黙が流れる。
それを破ったのは、マキだった。
『あのさ、今変な夢を見てたんだ。リニアに乗ってたら、人名みたいなアナウンスが流れてきてさ』
「マキさんも!?私も今……マキさんと一緒にいましたよ!」
『……やっぱりそうか。カヤ、今から会えるかい?ちょっと気になる事があるんだ。そうだね、あんた今は茜だったね?どこが一番近い?』
その言葉に、カヤは考えた。
居酒屋やバーもこの時間では閉まっている場所が多い。
かといってコンビニでは、相手の深刻そうな声を聞く限り、話せるような場所ではないだろう。
「近くに、ドームってカラオケ屋があるんです。そこでどうでしょう?」
『ああ、そこなら入った事はないけど知ってる。じゃあ車とばすから、2時間後にそこで』
相手の言葉に相槌を打つカヤだったが、突如声が出なくなる。
正しくは、声が出なくなるほど驚いたから、だ。
「……」
『カヤ?どうした?カヤ!』
「ま、マキさん……すぐに、すぐにニュース見てください!」
『ニュース?一体……っておい!これって!』
おそらく今、マキも同じニュースを見ているだろう。
ニュースには、つい先程、高砂真司が自宅アパートで変死しているのが発見されたと報道されていたのだ。
『カヤ、あんたはとりあえずそのドームに向かってくれ。そこで、次に何をどうするかを決めよう。あたしは、ギルドに連絡して……ダメ元で助けを呼ぶから!いいね!』
少し言葉に詰まったマキ。
おそらく、夢でその人の名前が呼ばれてました、と言ってもどうしようもないのだ。
何かが、起こっている。
カヤはマキとの通話を切ると、背筋に悪寒を感じながらそう思った――。
☆☆☆
8月19日、午前5時。
カヤはカラオケ屋「ドーム」へとやってくる。
マキもちょうど、ワンボックスカーでやってくると、二人はカラオケ屋へ一緒に入る。
もちろん、歌いにきたわけではなく、情報交換のためだ。
「さて、まずは整理しよう」
話を切り出したのはマキだった。
突然、電車の中にいた事。
そして、人の名前と思しきアナウンスが聞こえた事。
マキが前列車両へ様子を見に行ったとき、二人共目が覚めたという事。
その時、痛みなどはなかったため夢だと思われる事。
「……でも、二人同時に同じ夢を見るなんて、有り得るんですか?」
「ああ、あたしも半信半疑だったさ。ただ、ニュースで見たろ?死んだヤツは、夢でアナウンスされてた名前のヤツさ。
……そして、こんなに切羽詰ってあんたを呼び出したのは、もう一つ理由がある」
その口調は真剣そのもので、マキは重たそうに口を開く。
「珠洲森蘭子ってハンター、知ってるか?」
「名前くらいは。私は一緒の依頼になったことはありませんが、茜のハンターですよね」
「ああ、そしてあたしの親友さ。そして、数日前、自宅で変死してたんだ」
そこで、カヤはマキが何を言いたいのかがわかった。
珠洲森蘭子の変死。
自宅で死亡し、強盗殺人や凶悪犯の可能性もあるとして捜査されていた案件だったため、カヤには関係のない依頼だったため見落としていた事がある。
そう、自宅での変死。今回、高砂真司と同じ状況だ。
「……ラジオで、和宮真琴の死亡も確認したよ。
だから、おそらくあたし達の名前を呼ばれるのもそう遠くはないはずだ」
「でも今回、そうなる前に私達は夢から醒めて……!」
「違うんだカヤ、この夢は、眠れば毎日見る事になる。そして、どんどん自分が処刑台の前に勝手に体が動いていくシステムなんだ」
相手の発言に、言葉を失う。
ただの夢ではないのがわかっていた。
まだ、悪夢は終わっていないのだ。
「あたしの親友が、命をかけて調べた事が3つある。
まず一つ目。あたし達はハンターカードのお陰なのか、あの夢の中で一般人とは違って、ある程度動くことが可能だ。
おそらくはあたし達の体の魔力が、その怪異に対して少しでも抵抗しているんだと考えられる。
二つ目。夢の中では魔術を使うことができない。そして、自分の番になれば、ハンターカードがあろうが足が勝手に処刑台のギロチンへと向かっていく。つまり、自分の番になればタイムリミットってことさ。ちなみに、死刑執行人はミノタウロスのような魔物だったって話しだね」
そこまで言うと、マキは珠洲森の事を思い返しているのか、少し沈んだ表情になる。
カヤは気を利かせたのと、時間がない怪異という事に焦りを感じたため、3つ目を尋ねた。
「最後に三つ目。これは蘭子が見つけた助かる方法さ。
自分の番になった時、『私はいいから次の人は助けてあげてください。冤罪です』っていうのさ。
そうすりゃ次のヤツは助かる。実際、どこから出た噂か知らないが、蘭子はその夢……『牛夢』から助かったヤツに会ったとか。
あたしはただの夢だろ、ってそこから聞いちゃいなかったんだが……今思えば、ちゃんとあたしがあの時、蘭子の話を聞いていればこんな事には……」
「そんな……マキさんのせいじゃないですよ」
「いいや、あたしのせいさ。多分、カヤが巻き込まれたのも、あたしのせいかもしれないね。
この夢を見たヤツと接触した者が、この夢を見るようになる。
つまり、あの時あたしとカヤが偶然、あってさえいなければ……」
そう言ってマキは悔やむように頭を抱える。
何も言えないカヤだったが、彼女は一つある種の不自然さを感じていた。
それは勘と言ってもいいだろう。
なにか、説明はできないがなんとなく彼女の言葉の違和感。
別にマキが怪しい、とかいうことではなく、マキの言葉の真意が、ちょっと違っているような……。
それを裏付ける証拠もないし、間違いなく勘。
それも、何に対しての違和感かはわからない。
二人は少し気まずい空気のまま、カラオケ屋を後にした。
「応援を呼んではみたが、おそらく当事者じゃないハンターに期待しないほうがいい。
とにかく、起こっちまった事を悔やんでも仕方がない。カヤには悪いが、数日感は今請けてる依頼は全部キャンセルして、この『牛夢』って怪異に付き合ってもらうよ」
「それはいいんですけど……」
「手がかり、だな。あたしは蘭子の家を改めて調べてみる。
手がかりがそれ以外に無い以上、あたしと一緒に来るか?って言いたい所だが、下手したら無駄足に付き合わせる事になる。
だから、あんたはあんたで自分で考えてみて調査をしてくれ。
それでも手がかりが欲しいって言うなら、ターミナルであたし達が夢で見た車両を知らないか聞くのもアリかもな」
「でも、おそらくそんな車両は」
「無いだろうね。あったら事件になってる。だからこそ、どこ行くか決まらない場合、最後の手段ってことにしておいてくれ。
おそらく無駄足になるのは間違いないからね。それじゃ、何かあったら連絡する!」
そういって、マキは車に乗って去っていく。
カヤと離れた後、車の中でマキは一人、呟いた。
「カヤ、安心しな。電車で目覚めた時、あたしの後ろにあんたがいた。いざとなったら、あたしが犠牲になってでもあんただけでも助けてやるさ」
あの助かる方法は事実らしい。
だからこそ、巻き込んだ自分がカヤのために犠牲にならなければならない。
死にたくは無いが、そうなった場合は仕方がないのだ。
マキは自嘲気味に笑うと、車をとばして粥満方面へと向かった。
最終更新:2015年07月22日 11:21