8月18日、午前8時。
蒼の真森村に来た二人のハンターは、まず村の惨状を見て言葉に詰まった。
村の男達が片付けてはいるが、辺りは血の痕があちらこちらに飛び散っている。

ギルドで聞いた話し以上に酷いな……」

ハンターの一人、安土優は隣にいる東雲直へと声をかける。

「依頼は、箱の処理だとよ。直、お前が紅で見たって箱と同じ可能性があるぜ」
「はい、おそらく俺が見た奴と同じ箱だと思います。何個もあるって聞きましたから。被害は確か、女と子供だけですよね?」
「ああ、ギルドからの連絡だとそうらしいな。……コガラシ、か。そう言えば俺も聞いた事ある名前だな」

二人は……と言っても主に直だけだが、男達に頭を下げて挨拶しつつ、まずはこの真森村の村長のもとへ向かった。
歩いている途中、先程の話の続きを行う。

「俺の符術の師匠である、東条慶介って奴は知ってるか?
その東条から聞いた話しだと、この符術も東晋って東大陸にある国が源流らしい。
符術もそうだが、例えばお前が高校時代に上条家の呪術と関わっただろ?ああいうのの源流は、東晋って国の独自の技術らしいぜ。
今回のコガラシもその一つだ。詳細は詳しく聞いてねえし、今となっちゃお前の方が詳しいんだろうがな」
「じゃあ、コガラシって黒い箱は東晋から大和に持ち込まれたって事ですか?」
「そこらへんは詳しくは知らねえって言ったろ。ま、調査するうちにわかるだろうよ、そこら辺はな」

話をしているうちに、二人は村長の家へとついた。
元々大きくない村なため、入口から村長の家まで2キロくらいといったところか。
呼び鈴を押し、中へと入れてもらう。
村長の大塩平八(おおしおへいはち)が出迎えてくれたが、既にこの家には彼一人のようだ。台所にある血の痕が、彼の妻も犠牲にあった事を物語っている。

「すまんのう、何ももてなしもできんで」
「いえ、お悔やみ申し上げます」
「爺さん。辛い所悪いが、単刀直入に聞くぞ。原因の箱はどこだ?」

大塩は立ち上がり、ついてきなされ、と一度外へ出て、倉庫の方へと向かう。
倉庫の扉を開けると、中はガラクタや農耕具がたくさん置いてあったが、既に使われておらず蜘蛛の巣が張っていた。
足下も暫く誰も入っていないせいか、ホコリで靴の跡がつく。
中を数十メートル進むと、隅に白い箱が一つ、置かれていた。
箱からは禍々しい程の邪気を感じる。

「なっ……これは!?」
「おい爺さん、これはなんだ!?」
「……代々うちに伝わる話しが正しければ、『コガラシ』という名前の箱だそうですじゃ」
「直、お前は確か黒い箱を見たっていってたよな?俺も東条から聞いたのは黒い箱のコガラシの話しだ」
「……俺が見たのはここまで禍々しくはなかったし、色も黒でしたよ」
「……そうか。直、お前は一度ギルドに報告。応援も頼め。ただし、この村には一切他の奴は近づけるな」
「分かりました。でも、成人してる男のハンターくらいならいいんじゃないですか?
さすがにこの規模の事件、二人だけで調査って言うのも難しいんじゃ……」
「いや、調査は俺とお前の二人だけだ。それだけヤバイもんだ、ほかの奴らは俺たちが倒れたらその時は託す事にする。実際、お前が見たってコガラシとは違って、気分も今すごく悪いだろ?」

安土の言うように、直はこの倉庫に入ってから、吐きそうな気分をぐっと堪えていた。
隣の安土、そして大塩も顔色はよくない。ここに留まれば留まるほど、どんどん気持ち悪さは増していく。

「まずは、この村の調査の前に、ギルドに連絡がついたら村の入口にこれを貼っていけ」

安土は直に、6枚の符を渡した。

「これは?」
「悪しきモノを外に出さないための符だ。村の中心部から、等間隔で、六芒星を描くように貼っていけ」
「了解です」

詳しくはわかなかったが、これからこの村に結界を作ろうとしているのだろう。
それほど、このコガラシの箱はヤバイものらしい。
不安気な顔の大塩に、安土が口元を笑ませて声をかける。

「安心しろ爺さん。コガラシは女と子供だけにしか効果は無い。これから、このコガラシを駆除するため、色々と下準備をしてるんだ」
「お、おおそうでしたか。ワシャてっきりもう助からんだとばかり……」
「早速依頼に取り掛かるぜ。直、行くぞ」

☆☆☆
8月18日、午前9時。
村長の家から離れた二人は、直はまずギルドに連絡を入れて、安土について村の入口まで向かっていた。

「あの、さっきのあれって……」
「気休め程度だが、嘘は言ってないぜ?コガラシ自体は男には効果はねえ。だが、今回の箱は系統が違う。用心するに越したことはねえだろ。
それに、気づいてるか?」
「え?」
「このコガラシ、あの倉庫から少なくとも今日は動かしてねえ。俺たちの足跡が証拠だ」
「……!」
「ああ、そうだ。俺たちの知っているコガラシより、範囲は広い。
少なくとも、あの爺さんの家と倉庫が近いから、婆さんが死んだのはまだ理解できる。
だが、入口付近でも血痕があっただろ?おそらく、あそこでも死んだ奴はいる。
そして、箱は一切動かされていない。つまり……」
「このコガラシの影響範囲は、普通のよりも遥かに強いってことですね」
「そうだ。だからまずは結界を張る。どれだけの影響力があるかわからない以上、この村に閉じ込めておく。
だから、男のハンターでも一切入れるなよ?結界を壊したら、そこから風船のように一気に邪気が外に漏れてくだろうしな」

「換えの符はねえ」というと、安土は直と別れた。
手分けして、まずは符を貼らなくては。
そして、安土がそれからの事を言わなかったということは、直自身が考えて行動をしなくてはいけないだろう。
長く恐ろしい日が、始まったばかりだった――。
最終更新:2015年07月13日 11:23