8月18日、午後19時。

鬼ヶ原空は、茜ギルドの要請で繁華街の一軒家に来ていた。
近くに有名チェーン店の居酒屋、『爆笑』のオーナーの家で、三階建てのかなり大きな家だ。

「なんで俺まで……きちんと手紙の持ち主にもワビいれてきたのに……」

空の昔馴染みで、少し前にスラムの事件で関わっていた灰原という青年は、つい愚痴をこぼす。
空は無表情のまま、軽く突っ込みをいれた。

「ギルド放火未遂の件も関与してるからだろ。それは許されてないってことじゃないか?」
「くそう……茜ギルド長め……!しかもハンターの手伝いだからタダ働きだぜ?」
「逮捕されないだけマシだろ」

とフォローするも、灰原は納得していないようなので、無視して家の二階へと上がる空。
待ってくれよ!とビビりながら、灰原も後をついていく。

「で、何の依頼だったっけ」
「お前なあ……ちゃんと依頼くらい確認しとけよ。なんでもひとりかくれんぼをやったらしく、娘らしき人物から助けてって通報があったらしい」
「……ふーん。それにしては、さっきから人の気配を感じないな」
(気配ってどうやって読むんだろう……)

灰原がふとした疑問を思いながら、二階の階段で空が気配を読む。
そして次に行こう、と空が三階へ上がった時だった。

「うわあっ!し、死体……!」
「わお……って男か。通報した子じゃないな」
「なんでお前そんな平気なんだよ!」
「灰原こそ、なんでそんなにビビってんだ……。スラム育ちだろ」
「俺はホラーとかダメなんだよ!これではっきりしただろ、ひとりかくれんぼは実際に起きたんだ!」

人選ミスったんじゃないか?と灰原を見ながら思う空。
しかし、ここで彼女に一つ疑問が生まれた。

「灰原」
「なんだよ?」
「ひとりかくれんぼって何だ?」
「がくっ……そこから説明しなきゃならないのかよ。茜ギルド長、人選間違ってんじゃね……」

それはお前だと言いたかったが、面倒臭いやり取りにまたなりそうなので黙っておく空。
ひとりかくれんぼはな、と灰原は説明を始めた。

「まあ簡単に言えば、降霊術の一種らしくてな。
ぬいぐるみに霊を降ろして、命懸けの鬼ごっこをする遊びだ。
手順も面倒だし、解除も面倒なんだよなー」
「ふーん。ぬいぐるみ……可愛いクマのぬいぐるみとか?」
「別にクマじゃなくてもいいんだよ。ぬいぐるみならなんでも。
てかお前が可愛いクマのぬいぐるみとか言うなんて、ちょっとは女らしいところもあるじゃん」

へへっとにやつきながら言う灰原に、変わらない表情のまま三階廊下を指差す空。

「多分あれじゃないか?」
「……は?」

そこには、包丁をもった30センチくらいのクマのぬいぐるみが、二人に少しずつ近寄ってきていた。

「で、でたーっ!?」
「中々の可愛らしさで」
「うるせー、さっさと逃げるぞ!」

慌てて灰原は空の腕を掴み、玄関まで戻る。
息を切らしながら、追ってこないことを確認すると安堵の息をついた。

「はー、シャレになんねーよ。
一旦引いて、他のハンターの応援を待った方がいいって」
「……」
「お、おい。まさかまだ残るんじゃないだろうな?
無理だって!通報した子も今頃死んでるよ!」
「……いや、三階のどこかまではわからなかったけど、気配を感じた。まだきっといる」
「多分あのクマの気配だろ!一旦帰ろうぜ!」

空はため息をつくと、玄関の扉を開けて灰原を外へ突き飛ばした。
灰原は驚いた顔をしながら、玄関を閉める空の名前を呼ぶ。
空は閉める直前に、彼に一つの頼みを行った。

「灰原、ギルドに連絡を頼む。それから、これの解決方法は?」
「か、解決……?本気かよ」

早くしろ、と言わんばかりに目を細める空に、灰原はわかったよと折れる。

「後で解決方法はメールする。ギルドへの連絡もやっとくよ。言っとくが解決法が分かっても、このひとりかくれんぼはシャレになんねーんだよ。
いつでも逃げる準備だけはしとけよ!」

相手の言葉を聞き、表情は変えぬまま満足したように頷いて返すと、空は家の中へと戻る。
背後を振り返ると、クマのぬいぐるみがいつの間にか背後に迫っていた。
やはり、このぬいぐるみの気配は感じない。魔物や人間以外の何かだろう。

「最近流行りの怪異ってヤツかな」

やれやれ、というようにため息をつく空。
気配の子を助けに行くにも、他を探索しようにも目の前のクマのぬいぐるみをどうにかしないといけないだろう。
クマのぬいぐるみは、かなりのスピードで包丁を突いてくる。
空はその速さに焦ったが、彼女程ではなく、回避し跳んできたクマを蹴撃で叩き落とした。
包丁を回収し右手に持つと、左手でクマを押さえつける。
圧倒的優位な状態になった空と、押さえつけられ動けないクマ。
クマのぬいぐるみは、他には何もできないのか彼女の手の中で暴れるだけだった。

「どうするかな……」

このままでいれば、3階にいる子は無事だろう。
しかし、いつまでもこうしているのもなぁ。と呟きつつ、何かいいアイデアが出ないか待っていた時だった。

「っ!」

空の右手がいつの間にか深く切れている。
見ると、左手にいるはずのクマが消えており、右手にあった包丁をいつの間にか回収されていた。

「ズルはダメってことか……」

傷口を、近くにあったタオルを拝借して止血しつつ、クマの包丁捌きを回避する。
慣れれば単調で、遅い攻撃だ。
悪魔や竜を相手にしてきたせいか、簡単に対処できるレベルの敵だ。
だが、それは空に油断をさせるためだったのか、空は『もう一つの存在』に気づく事ができなかった。
気配はもちろんせず、しかも目の前の一体だけだと思ったからだ。

3階の死体が草刈用の鎌で、空の足に突きたてようと振り下ろそうとしていることに。
更に、前からは包丁を腹部に刺そうとしてきているクマのぬいぐるみ。
今の空の状況で、完全に回避できるのはどちらかのみ。空は、究極の選択を迫られたのだった――。
最終更新:2015年07月14日 10:40