8月18日、午後15時。

行成ハナは、粥満の郊外に来ていた。
ここの少し大きな一軒家が、ハナの祖父である国木田明夫の家なのだ。
遊ぶ約束をしていたのだが、仕事で忙しくて行けそうにない、という祖父の代わりにハナが来たのだ。

「おじーちゃん喜んでくれるかな~」

既にハナは、祖父が宮廷魔術師だと知っている。
そのため忙しいのは分かるが、余り仕事ばかりしていても疲労で倒れても困る。
だからこうしてハナが派遣され、祖父に休暇を与えるためにサプライズ訪問に来たのだ。
両親のどちらが言い出したかは、今となっては忘れたがハナも祖父に会いたかったため、二つ返事でやってきた。
家はどこにあるか、以前の依頼で知っていたため呼び鈴を押す。
しかし、反応がない。
負けじと何度も呼び鈴を鳴らすが、やっぱり反応がない。
サプライズ訪問のため、この可能性も考えなかったわけではなかったが。

「おじーちゃんいないのかなー。どうしよう……」

この辺は詳しくないので、どこに何があるかはわからない。
一番の誤算は、見渡しても住宅街のせいか時間を潰せそうな場所が無いのだ。
困った様子で家の前をウロウロしていると、先月、依頼で来た時にあった隣の家の女性が、息を切らして走ってきた。

「あの……!うちの子、みませんでしたか!?これくらいの子なんですが……!」
「はいっ!?えーっと……男の子、ですか?」

そういえば、以前来た時にこの母親が連れてった子は男の子だった。
それを思い出し言うと、女性は何度も頷いて肯定する。

「そうです!どこで見ましたか?!」
「あっ、すいません……わたしが見たってわけじゃなくて、前に来た時に見た子なんですよっ」

その言葉に、心底ガッカリしたような表情をする女性。
あわわ、と相手の様子に慌てたハナは。

「あ、あのっ。もしよかったらわたしも探すの手伝います!」
「……え?いいんですか?取り乱してたのですみませんが、貴方ここら辺じゃ見かけない子じゃあ……」
「そこの国木田さんの家がありますよね?わたしのおじーちゃんなんですよー!」
「あら……国木田さんにお孫さんがいたなんて初耳ですけど……」

訝しげな目で見てくる女性に、ハナはおじーちゃーん!と内心焦った。
いくら宮廷魔術師の事は秘密だからと言って、せめてご近所さんくらいには家族構成は伝えてほしかったものだ。
ただハナの様子を見て、少し笑った女性は不審者ではないと判断したようで。

「分かりました。ではお願いします。私はまだ見てないあっちを見てくるので、お嬢ちゃんは向こうを探してもらっていいですか?」
「はーい!見つけたら、ここに連れて帰ってきますねっ」

国木田の隣の家だから、分かりやすい。
そう思い、彼女と別れて一人捜索を始めるハナ。
以前来た道であったが、まずどこを探すかで迷った。
こちらの道は先程まで女性が捜索してきた場所だから、女性が見落としそうな所…と言っても特に思い浮かばない。
どうしようか、迷っていた時だった。

「ゴーン」

鐘の音が鳴る。
以前来た時は、夜19時くらいになったはずの鐘。
しかもあの時とは違い、1回しか鳴らなかった。

「……うんっ」

なんとなく、勘でしかなかった。
ハナは時計塔がある教会までやってくると、教会の入口前に子供サイズの小さめのキャップが落ちている。

「もしかして、この中……かなぁ?」

しかし、先程の女性が気づかないものか。
明らかにこの道を通っていたら、周囲を少しでも警戒していたら気づきそうなものだ。
それに、あからさますぎる。
そういう気配を読む感覚に疎いハナですら、そう感じてしまうくらいに。
ハナは携帯を取り出し、国木田へと連絡を取る。
留守番電話サービスに繋がったが、それでも構わず。

「あ、おじーちゃんですかっ。今粥満の近くまできてるんだけど、隣の家の子が居なくなっちゃったみたいだから捜してたら、近くの使われてない教会でその子の帽子が落ちてたの!ちょっと見てきます!」

携帯を切ると、よし、と満足気に鼻を鳴らして教会の扉を開ける。
鍵はかかっておらず、簡単に中に入ることができた。
やっぱり。そう思って教会内へ足を踏み入れた瞬間。

バタン!!

と突如背後の扉が閉まる。

「ぴぇぇぇ!!なんで、なんで開かなくなってるのー!!」

先程の勢いを殺されたハナは、涙目で教会の扉を何度も開けようとするが、開かない。
しまいにはドンドンと助けを求める方になってしまった。

ぼぼぼっぼっぼぼぼっぼ。

「ぴぇぇぇ!!」

そして、聞こえてきたのは謎の音。
以前、ここを見た時は何も起こらなかった。
だから少し油断していたのだろう。
おそるおそる、近くの部屋の扉を開けるハナ。
そこは前も見回ったように、もう使われていないテーブルがあるだけの食堂だった。
もちろん地域住人でお金を出し合い、偶に清掃業者が綺麗にしているから、蜘蛛の巣などは無かったのだが。
そのはずなのだが。

「ううっ……ひっく、おかあさん……」
「あっ、もしかしてキミが……」

食堂の隅で、うずくまって泣いている少年を見つけたハナ。
安堵して話しかけたが、そういえば母親の名前を聞いてなかった事を思い出し、そこで言葉が詰まった。

「お姉ちゃん……誰?」
「えーっと、キミのおかーさんに頼まれて捜しに来たのっ。一緒にかえろ?」

にぱ、と微笑みながら、手を差し伸べるハナ。
彼女の笑みに癒されたのか、少年は泣き止みその手を取ろうとした瞬間だった。

ぼぼぼぼぼぼっぼぼぼ。

今度はハナのすぐ耳元で聞こえたその音。
ハナは一瞬恐怖で固まった。

「うわああああ!!」
「あ、待ってっ!」

少年は、立ち上がり一目散に逃げていってしまった。
ではここに残されているのは?

ぼぼぼっぼぼぼぼぼぼ。

振り返ったハナの目の前には、ハナの2倍くらいありそうな大きな髪の長い女が、にやぁと口を明けて見下ろしていた――。

☆☆☆
8月18日、午後20時。

「繋がらん!!どうなっておるのだ!」
「落ち着いてください、国木田先生。何もまだハナ君に何かあったというわけでは」

国木田の家には、国木田明夫と土御門伍代、そしてハナに捜索の手伝いを頼んだ女性が居た。

「す、すいません……私が頼んだばっかりに……」
「……いや、あんたのせいじゃあないよ。大声を出してすまんかったね」
「ところで、貴方……牧野さんはいつ頃ハナ君も居なくなった事に気づいたのですか?」
「そうですね……彼女とあったのが3時くらいで、それから2時間後、でしょうか」
「……そうなると、17時。ワシが家に帰る少し前か」
「ついでに言うと、私も国木田先生と一緒に来たので先生と私が先生の家に来る少し前、となりますね」

伍代の回りくどい言い方に、国木田は少し睨みを見せる。
何か?と言わんばかりにニコニコしている伍代だったが、彼なりに場を和ませたのだろう。

「仕方ない。伍代君、牧野さんを少し落ち着ける場所に連れて行ってやってくれ」
「……成る程、分かりました」
「???」

伍代が、牧野という女性を連れて別の部屋へと向かった。
それを見て、国木田は自身の目に魔力を乗せ、辺りを見渡す。
白銀に変わった瞳は、周囲の怪しい物、気配、事象を全て見透す力があり、彼にとって怪異程度の発見など朝飯前だった。

「どうですか?先生」
「伍代君か……。視えたぞ、やはりあの教会だ。以前視た時は何も無かったのに、今ははっきりと魔力でないなんらかの嫌な力が働いている」
「……そうですか。では、国木田先生は少し休んでいてください」
「すまんな、かなり消耗が激しい。もう歳かもしれん」
「またまたご冗談を」

伍代が国木田に笑みながら、右手をぐっと握る。
そしてそれを開くと、漆黒の烏が出現し、国木田の家から教会へ向けて飛び立って行った。

「……大したもんだ、土御門流や数多の奥義だけでなく、召喚術も使うか」
「黒精召喚・八咫烏。姫神先生から教えて貰った技です。少しでも力になれればいいのですが……」
「いや、すまんな伍代君。部外者の君に手伝ってもらって」
「お気になさらずに。元はと言えば、先生を長い間、私が引き止めていたせいでもありますので。ギルドにも、私の方から応援を呼ばせてもらいますね」

そう言うと伍代は、国木田に肩を貸してソファーに座らせる。
窓を開け、教会へ飛んでいく烏を見て小さく呟いた。

「しかし……一体なぜこんなに各地で怪異が大量発生しているのだろうか」

何か陰謀めいたものを感じつつ、ハナの無事を祈りつつ夜の闇に消えていく烏を見送った――。

☆☆☆
8月18日、午後21時。

ぼぼぼっぼぼぼぼっぼぼぼ。

「~~~~!」

言葉にならない声を出して、目覚めたハナ。

「あれ?ここは……?おじーちゃんの家……?」

寝ぼけた様子で、辺りを見渡し、国木田の家より無機質な冷たい石造りの感触に、ハナは意識を覚醒させた。

「そうだっ、あの子は!?」

辺りを見渡しても、既に誰もいない。
と言うより、ここは何処なのだろうか。
真っ暗な部屋で、何も見えない。

カササ。

「ぴぇぇぇっ!?」

その時、何かこの部屋?の中で動いた音がした。
その音の主は、カサカサと音を立ててハナへと向かってくる。
音の主はかなり速いスピードで、右に、時には左に揺れながら向かってくる。
音で判断できないようにしているのだ。
しかし、このまま黙っていれば良くない事が起こりそうな気がする。
まずは目の前に迫るモノをなんとかしなくてはいけないだろう。
そして、なんとか切り抜けたらあの男の子を捜さなくてはいけない――。
最終更新:2015年07月14日 14:42