8月19日午前7時。

「きさらぎ……?」

山を登っていた深海将己の目の前には、朽ちた立札があった。
かろうじて読み取れる文字は、『←きさらぎ  ####→』と書いてある立札だ。
今いる山の麓の村、おそらくそこがきさらぎという村なのだろう。
きさらぎ村の反対方面は、文字が剥げており読み取れなかった。
時間を確認し、城ヶ崎憲明へと画像つきでメールを送信する。
2時間おきに、生存報告を兼ねたメールを送信する手筈になっている。
そして、その時城ヶ崎からメールが帰ってきた。

『深海君、無事なようで何よりです。
君が頼んだ2点の調査依頼について、1点はネカフェや図書館で調べてくれている人がいるので、そちらに任せました。
深海君の電話番号とメールアドレスを教えているので、何かわかれば直接そちらに行くようにしています。
あの墓石に関しては、近くに村等はないため、あの辺りで仕事をしているハンター(と言っても野生動物狩猟の方の猟師です)や林業の人を掴まえてみるつもりですので、もう暫く結果はお待ちください。

それから、今送ってくれたメールに関してですが、そこは日下部という地名になっています。
ですのできさらぎの反対側はくさかべとなると思われます。
日下部地方は現在、魔物の被害や過疎化が進み村等は一つもない状態です。

協力してくれているハンターにも、この画像は送っておきますね』

将己はメール内容を確認し携帯を閉じる。
時間は朝7時。
元々城ヶ崎との山中探索の付き合いをしていたため、それなりに山を歩ける軽装だ。
ハイカットのランディングブーツで一歩一歩、地面を踏みしめながら、まずは小川へと向かった。

☆☆☆
8月19日午前9時。
将己は、2時間毎にメールを送るという約束をしていたため、山中で城ヶ崎にメールを作成しようとした時だった。

「お兄ちゃん」
「出たな」

携帯を弄る手が止まり、後ろを振り返る。
そこには、早朝に会った少女がいた。

「おい、お前は何なんだよ。さっさと俺を元居た場所へと帰せ」
「帰してもいいけど……お兄ちゃん死んじゃうよ?お兄ちゃん死にたくないんでしょ?」
「はぁ?」
「お兄ちゃんは命の危機を感じて、私にお祈りした。だから私はそれに応えてるの。
だからこの世界に連れてきた。ここで手がかりを探してもらうために」
「……意味がわかんねーよ。もう少しわかりやすく説明しろ」
「お兄ちゃん気を付けてね。”ヤツ”はもうそこまできてる」
「おい!」

少女は言いたい事だけを言うと、すうっと透けるように消えてしまった。
苛立ちとは別に、将己は今の言葉を冷静になって整理してみる。

「俺が命の危険を感じて祈った……?」

おそらく、現場から離れて墓石みたいな石に祈った時だろう。
自分らしくない行動を取ったのは、死にたくないと本能が察知したからなのだろうか。

「アレみたいなもんか」

アレ、つまり自分の特殊技の生存本能。というには違和感が残るが、そういうのが一番しっくりくるだろう。
本能的に祈ればなんとかなると体が察知したのだろうか。
次に、この世界――山中に連れてきたのはあの少女だという事。
現実に戻れば、将己は死ぬという事。
つまり、この世界で手がかりを見つけろという事に他ならない。

「そもそも他の奴や教授もいたのに、なんで俺なんだよ」

実際にギルド員やハンター、第一発見者や城ヶ崎の方が近かったし、そっちに行けよと思ったが、一先ず城ヶ崎へ作成していたメールの内容の『進展無し』から、今あった出来事をメールにし、送信。
返事はすぐに来ないが、まあ想定の範囲内だ。

改めて辺りを見渡す。
近くに、小川の流れる音が聞こえてきた。
現在地である山から、小川へと向かう時。
貴方は見てしまった。
貴方が来た道の方から、うねうねと蠢きながら近づいてくる、人ひとり程度の大きさの、”何か”。

「……なんだアレ」

一瞬、魅入ってしまった。
ぼうっと頭がして、何も考えられなくなったのだ。
すぐに小川へ向けて走った。
後ろをちらちらと確認しつつ、全速力で。

☆☆☆
8月19日午前10時。
小川へと何とかついた将己は、ボディバックの中からミニペットボトルを取り出す。
中には何も入っておらず、カラ。
水を入れておきたいとは思った瞬間、携帯が鳴った。
彼の先輩である、烏月揚羽からだった。

『みかちゃん生きてる!?城ヶ崎センセから聞いて心配したんだよっ』
「なんとか」

いきなりのご挨拶だったが、焦った様子の口調から心配して電話をしてきてくれたのだろうと理解する。
いくらかのやり取りの後、埠洋次の連絡先は分かったが、仕事中のためか会社にかけて取り次いでもらったが『俺に関わるな』と言って切られた事。
そこが結局どこかわからなかった事を伝える。
深海が城ヶ崎に頼んだ内容の一つが、7月9日の管野暢弘というハンターが亡くなった事件について、埠洋次との連絡を取って管野の亡くなる前の様子を聞いてほしいとのことだった。

「……なんも進展ないように聞こえるんすけど?」
『え?そう?埠さんの連絡先わかったよ?』
「でも協力してくれる気ゼロなんでしょ?」
『そーなのっ!ちょっとくらい協力してくれてもいいのにさー!ほんっとケチだよねっ!』

水の中に魚がいる事を確認しつつ、小川の水をペットボトルに汲みながら通話する将己。
何も進展無いなら、電池の無駄だし電話をそろそろ切ろうかと考えていると。

『あ、そういえば一緒になった子がいるんだけど、みかちゃんにも紹介しとくね?』
『どうも、初めましてみかみさん。入生田っす』
「ああ」

いきなりの紹介と水汲み作業中だったせいか、生返事になってしまった将己。
しかしわざわざ訂正するつもりはなく、こちらの名前は知っているようなので名乗りは省略した。

『1ヶ月前にも事件があったみたいっすし、ネットで調べてたんすけど……いまいちこれと言った情報はないですね。詳しい死因とかは載ってなかったりで。ギルドにも資料請求とかしてみたんすけど』
『なんかねー、各ギルドで似たような不思議な事件が起きてるみたいで、中々ギルドの動きが悪いんだよねー』

宵丞の言葉に、揚羽が補足するように彼の横から声を入れる。
だとすると、ギルド以外からのアプローチが必要になるだろう。

『とにかく、また何かあれば連絡するねっ!城ヶ崎センセとも中々携帯つながらないし、何かあればあたし達を頼った方がいーかもね』
『あ、俺さっき教授さんと話しましたよ』
『え、うそっ!?あたしタイミング悪すぎ……?』

切る直前だったのか、そういうやり取りが聞こえつつ電話が切れる。
また何か調べてほしいことがあれば、彼らに直接メールなり電話をするのも手かもしれない。

「ん?いつの間に」

と、電話を切った後に、別の電話が来ていたことに気が付いた。
知らない番号だったが、このタイミングで間違い電話はあり得ないだろうと思い、掛け直す。

『あ、深海さん。天瀬です。烏月先輩から深海さんの連絡先を聞いたんやけど……』

電話に出たのは、よく依頼で一緒になる後輩の天瀬麻衣だった。
軽く挨拶を交わすと、揚羽達と同じ内容を調べてくれているようだが、進展があまりなさそうだ。

「そうか……ご苦労」
『あ、でもこんな記事見つけて、何かの参考になるかもしれないんで、送っときます』
「了解。こっちでも何かわかったら、教授経由か直接連絡する」

返事を返しながら、辺りを警戒する将己。
なんとなくだが、気配を感じたのだ。
野生動物とも違う、何かの気配を。
電話を切ると、メールが届く。
そこには、腹部を何かに食いちぎられたような大きなクマの死骸の写真と、2ヶ月前に蒼の山中で撮影された写真のようだ。
見出しは『相次ぐ野生動物の死』とされ、数ヶ月に1回は起きている、ここ周辺での事件の内容だった。
否、事件と言うよりは、凶暴な野生動物が犯人と新聞では断定しているため、近づかないように警告的な内容だった。
そのため、小さい記事となっており見落としやすくなっている。
日下部山、場所もここで間違いないようだった。

「まずは一歩前進、だね」
「……いつもいきなりだなお前」

少し驚かされたが、振り返らなくても背後に少女がいる事に気が付いた。
振り返ると、やはり少女がいた。

「そう、うねうねはもう50年も前から存在しているの。お兄ちゃんも見たでしょ?村としては機能していないくらいの家と人しかいないし、閉鎖的な村だから、村人が消えてハンターも調査に来たけど、夜逃げとされて終わりだった」
「50年前……」
「うねうねの秘密、知りたいなら、村に行く事をおすすめするよ。でも、気を付けてね。村の人達は、既に狂ってるから」
「どういう事だ?うねうねと関係してんのか?」
「呪い、人身御供、寄生虫。ヒントはこの辺かな。頑張ってねお兄ちゃん、すぐ後ろに奴が来てるから」

すうっとまた透けるように消える少女。
その言葉に背後を振り返ると、先ほどよりはっきりと”うねうね”とした何かが迫ってきている。
矛盾しているようだが、はっきりとしたうねうねとした物体だ。

「うっ……」

と、それを見ていたら急に頭痛がして、その場に座り込む将己。
寄生虫。そのワードが頭をよぎったが、理解していく度にうねうねとした物体は彼の近くへと瞬間移動するように迫る。
頭が痛い。このままでは、追いつかれてしまう。
追いつかれたら終わり、そう将己は直感していた。
逃げなければ、しかしどこへ?
このまま小川を逃げ続けるか、山へと戻るか、それとも村に行くか。
将己に、選択が迫られていた――。

☆☆☆
深海…HP390/MP165/OP41/状態:疲労(探索時や怪異に遭遇時、HP・MPの減少速度が早い)
最終更新:2015年09月03日 05:37