8月18日午後21時。
目を醒ました鬼ヶ原空は、ここが書斎という事に気が付いた。
書斎には中から鍵がかけられたため、念の為鍵をかけている。
「どうしてここにいるんだっけ」
寝ぼけ眼で小さく呟き、状況を整理した。
あの時、死体が草刈り用の鎌で空の足に突き刺した後、まずはクマのぬいぐるみを突き飛ばして、その後地獄歌で死体共々再起不能にしたのだ。
だが、キッチンに逃げるように向かった空は、そこで先回りしていたクマのぬいぐるみと遭遇。
ストレイキャットを発動していたため、気づかれることは無かったが、この状態でもう一度クマのぬいぐるみとやり合う覚悟はなかったため、次に向かおうと思っていた書斎へと向かったのだ。
幸い、ここには死体もクマのぬいぐるみもいなかったため、ある程度血が止まった右手のタオルを、今度は足へと巻く。
しかし、深く切れているため右手にはジャージを千切って巻いて応急処置を施した。
「あー、思い出した。それから少し意識とんでたのか」
何の感情をこめないで呟く空。
一人はこういう時に物悲しくなる。
と、その時携帯にメールが来ている事に気が付いた。
『空ちゃんへ。
向坂維胡琉です。無事ですか?
ひとりかくれんぼの概要を、ネットカフェで調べたので送ります。
ひとりかくれんぼとは、降霊術の一種で、自分で自分を呪う儀式のようです。
同居人等、家にいる人にも迷惑がかかるようなので、今回は空ちゃんはそれに巻き込まれた形になると思います。
手足があるぬいぐるみ
ぬいぐるみに詰める米
爪切り
縫い針と赤い糸
刃物(包丁でもカッターでも、鋭利なものなら大体いいようです)
コップ一杯の塩水
ぬいぐるみに名前をつけ、ぬいぐるみの詰め物を出し、代わりに米と自分の爪を入れて縫い合わせる。
中の米はぬいぐるみの心臓、赤い糸は血管を示しているのだとか。
隠れ場所を決めておき、そこに塩水を用意しておきます。
御前3時になったら、以下の順に行動します。
1、ぬいぐるみに「最初の鬼は(自分の名前)だからと3回言い、浴室に行き水を張った風呂桶にぬいぐるみをいれる。
2、家中の照明をすべて消し、テレビだけつけ、目を瞑って10秒数える。
3、刃物を持って風呂場に行き、「(ぬいぐるみの名前)見つけた」と言って刃物を刺します。
4、「次は(ぬいぐるみの名前)が鬼」と言って、自分は塩水のある隠れ場所に隠れる。
また、終了方法についてですが、塩水を少し口に含んでから隠れ場所から出て、ぬいぐるみを探してコップの残りの塩水、口に含んだ塩水の順にかけて、「私の勝ち」と3回宣言して終わりだそうです。
この手順を2時間以内に終了させなければならないみたいですが、時間は大丈夫でしょうか?
P・S そっちに向かっている
ハンターもいるようなので、最悪、どうにもできない状況の時は彼らを待って行動してください』
空はメールの来た時間を見る。
20時ジャスト。
そして、現在の時間を携帯で確認する。
21時12分。
「もう2時間超えてないか?どうなるんだこの状況……」
呆れた顔で呟いた空。
それに、終了方法を見るに塩水が必須のようだ。
彼女は塩水を持ってないし、おそらくあるであろうキッチンにはあのクマのぬいぐるみがあった。
そして女の子。3階にいるであろう彼女も探さなくてはいけない。
しかしあれから2時間以上経っている。
既に彼女が生きているのか、と言うとやはり逃がした空の友人である、灰原の言うように絶望的な状態も考えなくてはならないのだろう。
加速装置を使っても、この足では満足に動くことはできない。
その事だけは念頭に入れておかなくてはいけない。
「お?」
空がそう考えていると、携帯のメールしか見ていなかったため、着信が来ている事に気が付く。
8件。うち1件が白神凪でもう7件は桐石登也だ。
最終履歴である登也に掛け直すと、すぐに彼は電話に出た。
『空、大丈夫か!?』
「登也か、電話かけ過ぎだろ」
『なんでそんなに緊張感ないかなぁ!?』
『おい登也……さっさと確認しろ』
『わかってるって凪』
維胡琉の言っていた現場に向かっているハンターというのは、この二人なのだろう。
現在の空のいる場所を伝え、維胡琉から開始・終了方法を聞いた旨を伝えると、凪からよし、という声が聞こえた。
『鬼ヶ原、今俺たちは家の前にいる』
『お前から連絡来るまで、ネットにつないで調べてたのに……維胡琉さん伝えてたのは想定外だったがね。もっと別の事を調べりゃよかったか』
「気にするな、私もひとりかくれんぼの事を詳しくは知らんしな」
『……とにかく、今から俺達は中に突入する』
『人命第一ってわけで、この家の人も許してくれるだろうさ!』
「ああ、待ってる」
電話を切る。
ひとまず、もう少し休憩を取ろうと思った。
なんせ、二人とも回復できないメンバーだからだ。
この右手と足の怪我も、もう少し付き合わなくてはいけないだろう。
来るまでもう一眠り、と思った時に灰原からメールが届く。
『空、生きてるか。
解決方法を追記しておく。無事に帰って来いよ』
と、その後に長々と解決方法が書かれていたが、要約すれば維胡琉と同じ内容だった。
「キャアアアア!」
メールを見て、いつも後手に回る灰原に呆れていた瞬間、上の階から悲鳴が聞こえた。
まだ登也と凪は来ない。
そして、一人では死体とぬいぐるみ同時相手はまず不可能。
彼らを待ってから3階に向かうか、それとも今向かうか。
選択が迫っている――。
☆☆☆
8月18日午後21時15分。
登也と凪は、空と電話を終えて家の中へと入ろうとしていた。
「凪、準備はいいか?」
「……ちょっと待て登也。この状況どうするんだ」
無視して行きたかったが、電話を終えた後に人が集まってきたのだ。
しかも誰が言ったのか、ひとりかくれんぼでの事件と知られてしまったせいで、更に野次馬は増える。
「みなさーん!危ないので中へは入らないでくださいねー!」
「おい!中は危ないぞ!」
「あ、押さないで!危険だから!本当に危険ですからね!」
「ったく……!」
野次馬から抜けて、中を覗こうとしたのか1階の窓を開けようとしていた少年を凪が止め、押してどんどん前に、玄関の前まで来ている野次馬の群れを登也が押し返す作業で、時間ばかり食っていた。
そして、その時二人は見た。
野次馬の中から、龍志狼が薄ら笑いを浮かべて、去っていく姿を。
「あの野郎……っ!」
「待て、登也。鬼ヶ原を優先しろ!」
「わかってるッ……!」
凪はそういいつつも、直感した。
ひとりかくれんぼがなぜこのタイミングで流行り出したか。
龍志狼の出現。
この二つが繋がるのを。
「押さないでッ!押さないでくださいッ!」
「いい加減にしろ!」
どんどん増える野次馬。
そして先ほどの少年がまた凪の目を盗んで、窓から入ろうとしていたのを再度止める凪。
この野次馬の群れをどうにかしなければ、中へ入る事すらままならないだろう。
☆☆☆
空…HP230/MP135/OP51/状態:重症(休憩を取るまで、行動する度にHP-200)
最終更新:2015年09月03日 05:36