8月19日午前9時。
幸村カヤは、茜の緋杭湖に来ていた。
緋杭寺の住職、猿渡に今回の件について相談をするためだ。
「住職様ですか?今蒼の檀家の所で不幸があったらしくて、そっちに出張してますよ」
「そんな……戻られる時間帯とかはわかりますか?」
「うーん、今日通夜で明日告別式らしいので、最低でも明日の夕方くらいにはなりますね~」
「わかりました、有難うございます」
カヤは、目の前の坊主に挨拶をし寺を後にする。
事が事だけに、無関係の人を巻き込みたくないからだ。
猿渡の携帯番号を教えてもらい、坊主も後で伝えておいてくれる事を約束し、一旦寺から離れることにした。
意外と街から離れたこの寺は、タクシーでも呼ばないと移動が辛い。
携帯に手をかけ、タクシーを呼ぼうとする彼女の前に、一台のリムジンが止まった。
ウインドウが開き、中から顔を出したのは日野守桜だった。
「桜さんっ!?」
「カヤさん、
ギルドから話は聞きました。乗ってください」
驚いたカヤだったが、一先ず彼女のリムジンに乗ると、そのまま茜の街まで戻ることになった。
「でもよかったです、カヤさんが元気そうで……」
「私も桜さんが来てくれるなんて思ってなかったです!」
軽く談笑した後、暫く沈黙が続く。
言っていいのだろうか、聞いていいのだろうかとお互いが遠慮していたためだ。
「あの、カヤさん。何が起きてるか、教えていただけませんか?」
「……巻き込む可能性があるんですよ?」
「それでもです。それに、私には力強い味方もいますから」
彼女は頼らないし会話もしないので、今も悪魔のフェルゼと繋がりがあるという事は忘れそうになる。
が、そうなのだ。目の前にいる桜は、呪いに関する事柄に強いかもしれない。
都合のいい時だけフェルゼが力を貸してくれるとは思えないが、その時は練を捕まえて何とか頼むか、塚田マキが言っていた、珠洲森蘭子が調べた三つの情報の三つ目が頭によぎった。
「わかりました。それから聞いた後は、桜さんもできるだけ他言無用でお願いします」
「了解です」
こうして、カヤは説明した。
内容は以下の通り。猿渡にも話そうと思っていた内容だ。
(リニアの中。車内アナウンスが人名で、実際呼ばれた名前の人物が死亡したとニュースで確認した)
- 自分もその夢をつい先程見たこと
- マキさんという先輩ハンターと昨日粥満で久しぶりに会い、一緒に食事をした。
連絡先を交換したが、その日の夢の中でそのマキと居合わせた。
- マキは「この夢を見た人と接触した者が、この夢を見るようになる。」と言っていたが
それは少し違うのではないかと思っている。恐らく他の条件があると感じている。
- マキの親友である珠洲森蘭子という茜のハンターが数日前変死していた。
彼女も同じ夢を見ていて、幾つか亡くなる前に調べてくれていたこと。
これらを話すと、桜も真剣な顔で考え始めた。
「気になる点は、リニアの中という所でしょうか。なぜリニアの中なのかというと、リニアに関係する事象と考えるのが妥当だと思いますが……」
「そこらへんはマキさんとも話ました。ただ、そんな処刑車両があれば、瞬く間に噂になってると思うんです」
「分かりました、ではリニアは私が調べます。カヤさんは、これから行く場所があるでしょうし」
「すいませんがお願いします!」
こうして、桜に茜の古書店まで送ってもらい、彼女と別れたカヤは古書店で怪異についての情報を調べる。
しかし、夢に関する話はあっても、この牛の夢に関してはどれもハズレのようで、店主も知らないようだ。
落胆しながら店を出ると、カヤの目の前に一人のスーツ姿の男が立っていた。
その姿を見て、カヤは龍志狼という事に気が付いた。
「なんで……」
「いえね、さすがに私も罪悪感を感じているんですよ。私のせいで、珠洲森蘭子さんは死んだ。ですから――」
「――貴方にも、同じものを見ていただこうと思いましてね」
「え」
抵抗する間もなく、カヤの意識は闇深くへと沈んだ。
☆☆☆
龍が何をしたかはわからないが、確実に彼のせいで意識を失ったとわかる。
なぜなら、目が覚めたらカヤはリニアモーターの中にいたからだ。
そこは以前と違い、目の前に10人の人間が立っていた。
職種も年齢もバラバラで、小さい子や老人もいる。
そして。
目の前に、巨大なギロチンがあり、左右にミノタウロスのような牛の魔物が、控えていた。
その奥が車掌室だろうか。
『本日もご乗車ありがとうございます~。次は田中幸子、田中幸子』
カヤが呆けていると、例のアナウンスが流れた。
そして、田中幸子と思しき女性がギロチンの真下へと歩いていく。
「そんな……!起きて、起きてください!!」
しかし、カヤの言葉も虚しく、誰も起きず誰も反応しない。
「そうだ、魔力ならっ……!」
続けてオーラ、報えを発動しようとしたが、マキの言うようにやはり発動はしなかった。
ギロチンに手がかかる。
ミノタウロスが、それを下ろそうとしているのだ。
真下の女性へ向けて。
「みんなおきろーっ!!」
だが、やはり誰も目を覚ましたりはしない。
そうこうしているうちに、田中幸子はギロチンで真っ二つになってしまった。
「ああ……っ!」
助けられなかった女性の亡骸を見て、カヤはミノタウロスへと妨害するため動こうとした。
が、既にカヤの体も動かなくなっていた。
『次は御蔵幹太、御蔵幹太』
次に名を呼ばれた御蔵が、虚ろな表情で前へと進んでいく。
ギロチンの真下へだ。
更に、続けてカヤの足も数歩前に勝手に進みだした。
「やめろーっ!」
カヤが叫ぶと、突如目の前が白に包まれた。
☆☆☆
8月19日、午後13時。
「やめろーっ!」
叫びながら目を覚ましたカヤは、いつの間にか病院のような施設にいた。
小さな病院で、個人経営というのだろうか。
診察室と診察台が同じ部屋にあるのを見れば、一目瞭然だろう。
そして診察室の椅子に、20代くらいの医師の男がいる事に気が付いたのもこのタイミングだった。
「煩い、騒ぐな。頭には残念ながら異常はなかったはずだが?」
「え……?あ、すいません!違うんです!違うんですよ!?」
頭、と言われて先ほど叫びながら起きた事だろうか。
慌てて否定すると、そこに白衣を着た、老人が入ってくる。
「おお、目が覚めたかい」
「あ、有難うございます……?」
「ワシはただ診てやっただけじゃ、礼なら街中で倒れたのを拾ってきた、氷川に言うとええ」
「街中で……」
「突然。倒れてたのを拾った」
「人をそんな子猫か子犬みたいに言わないでくださいっ!って……その時、誰かといたのを見ませんでしたか?」
「見ていないな」
「まあ氷川もすぐ見つけたわけじゃないみたいだしのう。うちの近くの書店で倒れていたじゃろ?だからざわざわと人ごみが集まってきておっての~」
「それで俺が見に行ったわけだ」
結局、龍の手がかりは分からず仕舞いな事にため息をつく。
そして、携帯をまずは確認した。
マキからの連絡はない。
「しかしお嬢ちゃんすごい叫びっぷりじゃったのー。おきろー、とか」
「牛夢でも見ていたんだろ」
老人と氷川という青年の話に、心底驚いた表情で二人を交互に見るカヤ。
「……おい、氷川」
「冗談のつもりだったんだが……」
話を聞くと、二人とも詳しくは無いらしい。
が、老人――真鍋という医者が近くの大学病院に応援に行った際に、そんな噂を聞いたのだとか。
「ネットでもここ最近、噂になっている。興味があるなら調べたらいい」
氷川に教えられ、その病院のパソコンからネットを確認する。
すると結構、牛夢の処刑内容や、伝染方法、次の人を助ける方法まで記載されていた。
そこの掲示板には、『寝たけど何もおこらねーぞ、デマ乙』『直接牛夢にあってる奴に会わないとだめらしい』という内容が書き込まれていた。
「ネットだから伝染しないって事ですか……」
「どうじゃろなあ、ワシは既に牛夢を知ってたし、お嬢ちゃんを見た後昼寝しとったが、そんな夢は見んかったよ」
「呪いのビデオや人形等、話だけでなく何らかの事象が関係する場合が多い。こういうのはな」
「これでワシがもう一回昼寝すれば、牛夢が事実ということがわかるの」
「おい、サボってないで仕事をしろ」
「有難うございます、少し、希望が出てきましたっ!」
もしそれが本当なら、マキに早く伝えて安心させてあげたい。
そう思い、携帯を開いた瞬間、マキからメールが来た。
送信アドレスは文字化けしていたが、内容が『カヤ、ミスった。助けてくれ!』という内容だ。
気づけば、桜とあったり気絶していたりで連絡を忘れていたが、マキからあれから全く連絡がない。
こちらから、メールだけでもいいから頻繁にやり取りするよう頼んだメールの返事すらも返ってきていないのだ。
「おいおい、なんだか穏やかじゃなくなってきたの……。そもそもなんでアドレス文字化けしとんじゃ、本当に本人か?」
「治療費はまた今度請求する。ハンターならさっさと行け」
マキはどこで、何に巻き込まれているのか。
おそらく、送信アドレスが文字化けしていたのが鍵となるのだろう――。
☆☆☆
カヤ…HP1070/MP300/OP47/状態:普通
最終更新:2015年09月03日 06:01