8月18日午後20時。

「……全然繋がらねえな」

志島武生は、ギルドに連絡をかけていた。
が、どのギルドも通話中で全滅。
右腕は白波やフォートランを試みたが、結局、骨折自体は治ることはなかった。
もし治せるとしたら、ブレスとかそっちの方になるのだろう。
痛む右腕を抑えつつ、外に出る。
すると、待ち構えていたように男の死体が立っていた。

「さっそくかよ……」

イークレットLv2を発動し、動きを止める。
そして近くにあった自転車を拝借(後できちんと返します)し、片腕でふらふら運転ではあったが、急いで消防署へ向かった。
消防署は分かりやすく、消防署のマークが今いる位置からでも見ることができる。
しかし、すぐ後ろから自転車よりも速いスピードで、麻痺が解けた男の死体が迫ってくる!

「しつこい!」

界力地希Lv3を唱え、死体の動きを遅くする。
そうなると自転車の方が速いようで、何とか逃げ切れそうだ。
姿が見えなくなったのを確認すると、少し安堵をした。
消防署につき、自転車を降りて中へと入る。
人気は無かったものの、消防車もなかったためおそらく出動していると思うのが一番自然だろう。

「それにしたって、誰もいないのはどうなんだ」

ぶつくさ言いながら、後で説明に戻ろうとは思っていたが、勝手に救護室に入り、シップなどを使ったことに後ろめたさを感じながら、非常時だと言い聞かせ消防署を出る。
地図自体は見当たらなかったが、区内マップが電光掲示板に載っていたため、それを把握し最初の事件があったマンションへと向かう。
もちろん、マンションにすぐには行かない。
その近くの民家からまずは調査だ。
消防署といい、おそらく人自体はいると考えていいのだろう。
車も来ないため、道路の真ん中を歩いていく武生。
が、その時目の前から猛スピードで車が突っ込んでくる!

「嘘だろ……」

武生は見てしまった。
その車を運転していたのは死体だったのだ。
脳が損傷しているくせに、車の運転できるのかと突っ込みたいのを抑え、サウザンドフラクタル改を車に突き刺し、動きを止める。
いくらかタイヤにあたったため、車は民家の壁へと制御を失い突っ込んだ。

「いくらなんでも、少し休ませろよ……!」

構えて、魔術を放つ体勢を取る。
シャドウウイングか、それともサウザンドフラクタルか。
死体の体を破壊するのは躊躇われるが、それでも足を破壊して動けなくできたら、今の武生には万々歳だ。
できれば、今の事故で怪我をして、それが足だったらいう事は無いが。
しかし、彼の想いは通じず。
車から無傷の死体が現れる。
しかも、今度は拳銃を持っているではないか。

「いきなりバージョンアップしすぎだろ……」

心底嫌になりつつ、再度イークレットLv2をかけて脱兎の如く逃げる。
途中光魔編成で魔力を回復しつつ、何とか次の目的地である民家Aへと辿り着いた。
チャイムを鳴らし、扉を2~3回叩く。

「すいません、ちょっといいですか」
「……なんでしょう?」

と、期待していなかったため、中から声が聞こえた事に驚く武生。
そのまま中へと入れてもらうため、交渉に入った。

「ちょっと骨折してしまったので、少し手当をさせてもらえませんか?」
「……ちょっとお待ちを」

さすがに死体と言って、いれてくれる人はいないだろう。
それに、あの死体は武生のみにしか見えてなかったら、頭がおかしい人物とされてしまう。
なので、当たり障りのない内容で、扉を開けてもらうように頼んだ。
やがて扉が開き、中からパーマをかけた中年のおばさんが姿を見せた。

「えーっと、ハンターの志島です。ちょっとこの辺りで窃盗犯を追っていた所、怪我をしてしまって。手当をさせてもらえるとうれしいのですが」
「アーッハッハッハハッハ!」

できるだけ丁寧に、ハンターカードを見せながら説明している最中。
突如目の前の中年のおばさんが笑い出した。

「……おい」
「ハーーハッハッハ!ヒーヒー!」

爆笑。
突然、なんで。
理由がわからず、不快感を感じながら理由を尋ねようとしたが、その一瞬の隙を狙われたのか扉が閉まり、鍵がかかる。

「お引き取りください」
「はあ?理由は?」

突如元に戻る相手の口調に、意味不明さと気持ち悪さから口調も乱暴になってしまった。
だが中年のおばさんは「お引き取り下さい」ともう一度だけ言うと、それ以降返事はなかった。
それどころか、背後から再び気配を感じる。殺気だ。

「またかよ……」

振り返ると、そこにはバットを振りかぶり、武生を殴ろうしているスーツ姿の男がいた。
先ほどの死体ではなく、見た所人間のようだ。

「!?」
「な……!?」

気づかれた事にだろうか、武生が死体とは比べ物にならないくらい遅く威力もないバットを左手で止めると、男は驚愕の表情を浮かべる。
しかしその顔も、すぐに笑みに変わった。

「ひ、ヒヒ……。ハハハハ!ヒーハハハハ!」
「一体なんなんだよ……」

睨みを利かせながら、声のトーンを落として男に言う。
男は笑ったまま、バットを放り捨て一目散に逃げだした。

「おい!」

逃げる男を追おうとした時、彼の携帯に電話が鳴った。
意外と逃げ足は速く、と言ってもハンターの武生に追いつけない速度ではなかったが、携帯の相手が六角屋灼という事に気が付くと追跡を諦め、電話に出た。

『何してんのお前……』
「逃げたり追ったり」

いきなりの電話口からの言葉に、武生もついひねくれた答えを返す。
ふーん、と納得したのか、灼は話を続けた。

『今神社だけど、特に何も判んねえ……。ギルドから得た情報は流しとく』

川区では、大した事件は最近は起きていないらしい。
人が死ぬようなことから、窃盗なども少なく、唯一の窃盗がここ数ヶ月で1~2件くらいの平和な場所らしかった。

「俺が見た死体はどうなるんだ?」
『それ、お前しか見てないからカウントされてないんじゃねえ……?』

確かに、と武生は思った。
マンション前の民家まで来たが、別のハンターが来ている様子はないし、通報されてはいないようだ。
しかも、血がべったりとあったが当の死体は動いているわけで、発見されようにもなかなか難しい。

『一応、川区に詳しい奴が動物園の近くにいるらしいが……』
「……」

武生は迷った、今の所武生のサポートに来てくれるのは灼しかいない。
灼にこの裏川区に来てもらえれば、戦力的にかなり死体に対抗しやすくなる。
だが、情報が全くない状態で(ちなみにKOTANの店長に電話したが出なかった)解決に至る道が見えない。
あの死体もどうにかしないと、一生付きまとわれて他の人間に被害が出ても厄介だ。
灼にどう動いてもらうか、そして武生がどう動くかが、重要になってくるだろう。

☆☆☆
武生…HP340/MP280/OP42/状態:骨折(痛みで特殊技・魔術発動時に威力や命中率などのペナルティ)
最終更新:2015年09月03日 05:59