8月19日午後21時。

幸村カヤは粥満の市民図書館にいた。
ふと時計を見ると、21時。
図書館の職員に頼み込み、許可をもらって調べ物をしていた。


「マキさん…どうしちゃったんですか…」

塚田マキ。
先輩ハンターである彼女には、ここに来る前に何度も連絡を試みたし、メールも送った。
しかし返事は1回も無い。
時計台の方も行ったが、ハズレで特に何もなかったのだ。
日野守桜とは、そこまでに何度もやり取りをし、彼女へとある事を頼んだ。
18時頃だっただろうか、時間がかかりそうな内容だったため、彼女からまだ連絡がないのは理解できる。
だがマキは。
彼女はメールを送ったっきりだ。
不安が脳裏によぎりつつも、職員に聞いた話、それから桜から聞いた話を元に、ある資料をカヤは見つけ出すことに成功した。
もう何十年も前の新聞の切り抜きである。
そこには粥満、茜間のリニアモーターシステムの開通記録が載っていた。

「あった!」

その新聞の切り抜きにたどり着いたのは、時計台で無為な時間を過ごしていた時に来た、桜からの電話だった。

☆☆☆

『そういえば怪異について聞き込みをしていた時に、初老の駅員さんから聞いた話なんですが…昔、茜~粥満間の道には処刑場があったらしくて。
既に使われていなかった処刑場跡はリニアモーター開設と同時に完全に整地されたらしいです』

そう桜は言っていた。
そして、茜ギルドに問合わせた所、新城ギルド長が対応してくれて、珠洲森蘭子の家の住所と顔写真を送ってくれた時に彼が一言呟いた言葉があった。

……。

『そういえば、幸村さんは牛夢担当でしたか?』
「あ、はい。そうですけど…」

それが何か?と言い返そうとすると、ふふ、と含むような笑みが電話越しから聞こえた。

『茜~粥満間の処刑場の話までは突き止めたそうですが、ではこれは知っていますか?
昔、その処刑場では処刑の際、牛をモチーフにした覆面をした執行人が行っていたそうですよ。
牛の理由は、なんでも初めて執行人になった男が酪農家の家の出で、極度な臆病者だったからだそうです』
「臆病者だから、覆面をして…ですか?」
『ええ。祟りとか、殺す相手に顔を見られて恨まれるのが怖かった、という説がありますが、果たして真相はどういうことやら』
「…桜さんが先程調べた事を、なんでそこまで知ってんですか…」
『ギルド長ですから』

楽しむような笑みを電話越しから響かせる相手の口調に、明らかに今回の件を知っている様子があった。
それ以上聞いても、さあ?とかわかりませんを返す相手に、疲れたようにそうですか、と返し礼を言って電話を切ろうとした時。

『一応、元処刑場があった場所の地図も添付しておいてあげます。他にも別の怪異も入っているので、私個人が貴方に助力できるのはここまで。死なないよう、頑張ってください?』

☆☆☆

今思えば彼なりの激励なんだろう。
新城とは30分前の電話だったため、そろそろ地図が来るはずだ。
それが来たらすぐに行動に移るので、今のうちに情報は調べておきたい。

―リニアモーター開設!―
茜~粥満間にリニアモーターが開設された。
出雲の技術協力を得た最先端のこの移動手段は、電車などでは比べ物にならないスピードを出せるという。
この開設記念に3日間、通常の半額で乗る事が可能なキャンペーンを行っているため、是非とも一度は乗って、その速さを体感するといいだろう。

一方、地域住民からは反対意見も出ていた。
リニアの走った後の風圧により、農作物が倒伏する影響が出てしまう。
処刑場跡には慰霊碑が建てられていたのに、それを移動するのはどうか。
といった声もあったが、慰霊碑はできるだけ近くに移す事が決まっており、事前計測によればリニアが通った後の風速も、農作物などに影響を与える程度ではないと判断されたため、地元住人は安心して欲しい。

……。

新聞を見ていると、新たに来たメールを確認する。
茜ギルドからだ。
住所、地図が添付されており、メールの本文は大したことない内容だ。
珠洲森蘭子の住所を確認するが早く、カヤは図書館から飛び出た。

☆☆☆
8月19日午後22時。
カヤは携帯にメールが来ている事に気が付く。
桜からで、その内容はカヤが頼んだ内容で、以下の通りだ。

『ここ数日の乗客名簿を貸して戴けたので、記します』

その言葉の後に記されている名前に、ここ最近、カヤが夢の中の車掌アナウンスで聞いた名前がちらほらと見つかる。
さすがに全員ではなかったが指定席を予約した名前の中に、夢で呼ばれ、現実で死亡した人物の名前だった。
そして、どれも粥満から茜へ向かうリニアに乗車していたことに気がついたが、返信等は行わずに今は目の前の建物を見る。

「ここが…」

粥満の郊外、とまではいかない程の外れにあるマンションの一角。
そこに珠洲森蘭子が住んでいた部屋がある。
大家にハンターである事を明かし、部屋の鍵を貸してもらい中へと入ろうとした時、携帯が鳴った。
表示は見知らぬ携帯番号。

「もしもし…?」

ザザザ、とノイズが聞こえる。
何かを叫んでいるように聞こえるが、よく聞こえない。

「マキさんですか!?」

だが、カヤにはなぜかそう思った。
と、同時にメールも届いたため、通話をしつつメール確認ボタンを押す。

『家の中にいるから、カヤも早く来てくれ』

と、相手のアドレスが文字化けしているメールだ。
急いで部屋の中へと入ろうとしたカヤに、電話からノイズと共に大声が聞こえた。「くるな!」と。
色々とマキの行動に疑念があったカヤだが、それでも今この瞬間は彼女のその言葉が嘘偽りのない、純粋にカヤを心配しての発言だと理解した。

「できません!!」

扉を開けた瞬間、カヤは光に包まれ意識を失った。

☆☆☆
8月19日午前23時。
目を開けたカヤが見たのは、ギロチンにより一人処刑された所だった。
その次は…マキだ!

「バカ!なんで来たんだよ!」
「マキさんが死ぬなんて絶対に絶対に、嫌ですからっ!」

マキの足がギロチンの所で止まる。
魔術は使えない。
全力でカヤは走り、マキを突き飛ばす。
コンマ1秒遅ければ、マキは上から降ってきたギロチンに真っ二つになっていただろう。
息を切らすカヤと驚いた表情のマキ。
なぜかは分からないが、体が自由に動く。
そして、マキを救うことができたのだ。
その様子を見て、ギロチンの左右に居たミノタウロス達が怒り狂った。

『駆け込み乗車はおやめください~。このリニアは塚田マキには止まりません。次は幸村カヤ~幸村カヤ~』
「カヤ!!」

カヤはふっと目を瞑り、そのまま上がったギロチンの下へとゆっくりと歩き出す。
マキの悲鳴にも似た叫び声を聞き、笑みを返した。

「その先が車掌室!」

ここが先頭車両なのは間違いない。
ギロチンの下で立ち止まらず、むしろ駆けだした。
ミノタウロス達も予想外の行動に対応が遅れる。
だが…カヤの希望は潰える事になる。
車掌室には誰もいないのだ。
自動操縦でこのリニアは動いているようで、何もなかった。
車掌室に何かあると思っていたのは、間違いだったのだ…。

「モオオオオ!」

ミノタウロス達が斧を構え、カヤへと振り下ろす。
が、その一撃はマキがミノタウロスを吹き飛ばしたため、カヤにダメージは無かった。

「なにぼさっとしてんだ!こっちだカヤ!」
「は、はい!」

マキに手を引かれ、後続車両へと走った。

☆☆☆
二人は後続車両へと逃げ込む。
ミノタウロスは足が遅く、追いつかれるまで後ほんの僅かの時間はあるだろう。

「…今はあんたが忠告を無視して来た事には何も言わない。
だから、一緒にこの場所から出るよ。
それから…ありがとな、カヤ」
「はいっ!」

息を整え、照れくさそうに言うマキの言葉に笑顔で返すカヤ。
後続車両の一番最後尾。
そこには緊急用の電話が取り付けられていた。
マキは得意そうに受話器を指さす。

「これであんたと連絡が取れたんだ。
取れた、といってもノイズが酷くてとてもじゃないけど話せたもんじゃないけどね」

受話器を取る。
プッシュボタンはついているものの、基本的に先頭車両の車掌室へと連絡をとるためのものだろう。

「もし誰かに連絡をとりたいなら、これを使うといい。
色々と利便性は悪いが、緊急時ってわけだしね」

それから、マキは外への扉を開ける。
簡単に扉は開くが、止まっているのか真っ暗闇の空間が広がっている。

「さっきはアンタと連絡をとってたら、あたしのアナウンスが流れてそのまま先頭車両へ戻っちまった。
だから、今度こそこの先へ行けそうだ。
さて、カヤ。あたし達の選択肢は3つ。
1つはここで目が覚めるのを待つ。
2つ目はあのミノタウロスを倒す。魔術も特殊技も使えない以上、体術じゃ間違いなく限界があるだろうが…。
そして最後の3つ目は、この車両から降りて、助かる糸口を探す、だ。
あたしはこの先に行く。もう暫く目が覚める気配はなかったからね。
だが、それはあたしの場合であんたはすぐ目覚めるかもしれない。
強制はしないよ、あんたが決めな」

マキはそういって闇の中へと進もうとしている。
先頭車両の方から、ミノタウロスの鳴き声がどんどん近づいているのもわかる。
カヤやマキの荷物が服以外ない今、電話を使うならせいぜい一人くらいしか無理だろう。
ミノタウロスがいくらノロマとはいえ、それ以上は時間が無い。
そして、マキのいう3つの選択のどれか一つを貴方はとらねばならないだろう。

※現在夢の世界ですが、移動先にカヤ専用の場所以外を選択した場合、夢から強制的に覚める事となります。
※一度現実世界に戻ってから、再度夢の中へ戻ることはできないため、お気を付けください。

☆☆☆
カヤ…HP870/MP300/OP47/状態:夢の中(夢の中だと魔術特殊技が一切発動しない)
最終更新:2015年11月25日 16:20