12月中旬、午前5時(1日目)
天瀬麻衣は暗い海の上にいた。

飛鳥の軍艦が何者かに襲われた、という救助信号をもとに、大和海軍が船をだしたのだが、たまたま居合わせた葵ギルド長、司城の要請でハンター数名も同行することとなったのだ。
海軍の協力の下、通信電波機器を搭載した船を用意したため、遠き海域でも通話は可能になった。

寒さのせいか、不安のせいか……僅かに青白い顔で伏し目がちに底の見えない黒い海を眺めていた。
襲われた軍艦の乗員には麻衣のよく知る友人、牧本シュウの名もあったのだ。
以前アドラメレクに言われた言葉が頭を過り、胸騒ぎがおさまらない。

「なんも、死ぬような目に二度もあわんくてもええのに……」

ポツリ、白い息交じりに言葉が漏れた…。

「おいっ、そこの女!集合だ!!」

軍人らしい制服の男が荒々しく声をあげると、麻衣は小さく息を吐きながら甲板の中央に向かった。
そこには軍人が十数名とハンターが数名整列している。
ハンターの中には、見知った者顔もいるようだ。

「これより飛鳥軍の船内の調査と人命の救助を行う!
救助信号を受けたが『何者かが船内で殺戮を繰り返している』という情報しか入ってきていない。
救助信号を送ってきたのは二ノ宮。こちらは途中で信号が途絶えたことから、生存不明。
美澄少尉、牧本も船内を調査中で無線が通じていたらしいが現在は生存不明。
まずはこの三名を最優先で保護、原因である何者かを捕える!!
飛鳥軍が、安易に襲われるというのは考えにくい。
相手がそれ以上の力を持っていると思ってかかれ!!」

「「「「はいっ!!」」」」

軍人たちは一斉に敬礼をし、声をそろえた。
間もなくして、葵の海上100キロ、あたりは霧ががかり月明かりに照らされ飛鳥軍の船がぼんやりと映し出された。
大和の軍艦はそれにできる限り近づいて停泊し、ボートを出して数名ずつ移動することになった。

麻衣は、突然背筋が凍るような寒気に襲われる。

「!?」

すぐに警戒するようにあたりを見回すが、誰もいない…。
しかし確実に何か強い気配だけは感じる。
縄梯子を上り、船内に入ると、その気持ち悪さは一層強くなった。
感じたことのない、不安、悲しみ、そして激しい憤り、それが空気となって麻衣の中に入ってくるようで吐き気さえ覚える。

「この声は…下か…、我々は下に行く。お前たちは操舵室へ。
…ハンターは好きにしろ、余計なことはするんじゃないぞ。」

形ばかりにハンターを同行しただけのようで、全く頼りにされていないようだ。
軍人と揉めるのも面倒だし、自由に動いていいということだろうと悠長に考えていた矢先……

「うわっ!なんだ貴様っ!?」
「ヤメろ、女っ!くっくるなぁぁぁぁぁああ!!」
「ギャァァァァァァァァァアア!!!」

「…女…?」

先ほどの軍人の悲鳴に、麻衣は眉を寄せ零すと、駆けつける他の軍人たちと一緒に下の階へ向かった。
船内は電気がついておらず真っ暗な為、軍人が懐中電灯で照らした。

「うっ……」
「なんやの…コレ…」

赤黒い血が床と壁、天井にまで飛散し、頭からつま先まで皮膚の残らない人型の死体が転がっている。
廊下の先まで見えるわけではないが、一面が赤一色に染まっているように見えた。
先の床に点々と見える赤い塊はおそらく飛鳥軍の軍人、なのだろう…。

「オェェ…」

思わず吐き出す者もいる、麻衣もそれくらい血の気が引いたが、それは目の前の惨劇よりも知人の安否を思う不安からだ……。

「無線、ないんやろか…?」
「……お前、女のくせに根性あるな……無線なら、どの部屋にも置いてあるんじゃないか?」

考えているだけでは始まらない、まずはシュウと連絡を取って状況を把握しよう、そう決意した麻衣は一番近くの船室に向かおうとする。

「ま、待ってくれよっ!置いていかないでくれ!」

先ほどまでの扱いは何だったのか、と目を細めるが口にすることもなく足を進めた。

―ズル…ズル……

ふと、背後から迫る何かの気配と、引きずるような音…
麻衣はハッとして振り向くと、先ほどまで転がっていたはずの死体がぞろぞろとこちらに向かってきていた!

「くっ、くるなぁぁあ!!!」

思わず軍人が、銃で死体を打ち抜くと、あっさりと死体はその場に崩れ落ちる。
…が、少しすると立ち上がり再びこちらに向かって歩いてくる。

「う、うわぁぁ!」

死体は武器を持っているようには見えないが、明らかに殺意を感じる。
このまま立ち往生していれば、無事では済まないだろう…。
まだ何者かわからない殺戮者と、迫りくる死体軍人、…そして安否の分からないシュウを含めた軍人達…。
果たして麻衣はこの状況を奪回できるのだろうか…。
最終更新:2015年12月13日 20:53