12月中旬、午後14時(1日目)。
桐石登也は茜、緋杭湖にある緋杭寺に遺骨の配送を済ませると、住職の好意によりお茶を飲みながら会話をしていた。
どうやら住職の猿渡もちょうど時間があり暇を持て余してたようだ。
他愛も無い世間話が主だったが、話は夏頃にあった怪異の話しになり、更に龍志狼の話題にもなった。
「…それは大変じゃったのぅ。ワシの所にも、色々と情報は入っとる。
現にこの寺を訪ねてきた者もおったようだが、ちょうどワシはおらんでな。
龍の奴も、先代はもっとまともな人間だったんじゃが」
と、そこまで話した所で猿渡の携帯が鳴る。
ちょっとすまん、と登也に断ると、電話に出た。
「おう、なんじゃ?…はァ!?何だって!?
今すぐ行く、お前は一緒にいる奴と共に、それから目を離すなよ!」
「一体何があったんですか…?」
ただならぬ剣幕の猿渡に、登也は恐る恐る尋ねてみた。
しかし、彼は首を横にだけ振り。
「なんでもない!すまんが急用ができた、茶菓子も用意できんですまんが、報酬は後で振り込むから帰っとくれ」
「はあ…?」
要領を得ない様子だったが、相手が拒絶するように言い放つため、それ以上突っ込んだ質問はできず走り去る猿渡の後ろ姿を見送った。
寺内の事情だろうし、登也が踏み込むべき内容ではない。
そう思い登也は立ち上がり、寺から去ろうとした時だった。
「おや?お久しぶりですね」
「え…!?あんた…龍志狼!?」
ちょうど入れ替わりにか、龍が寺の外から歩いてきた。
登也は背後を確認し、近くに誰もいないことを確認すると彼を睨みつけるように見る。
龍は肩を竦めて笑うと。
「そう敵意を向けないでくださいよ。今日は猿渡住職に用事があって来たのですから。住職はどこです?」
「さあて…ね。いないんじゃないかな?それにもし知ってたとしても素直に教えるとでも?」
その言葉にか態度にかは分からないが、可笑しそうに笑う龍に登也は少し苛立ちを見せた。
「まあいいです、自分で探しま――」
登也を軽くあしらうような龍だったが、ニコニコした表情が一変、緊迫した顔へと変わる。
「…君、何かしましたか?うねうね、或いはコガラシでも持ち込んだとか」
「…え?一体何の話しだ…?そもそも、怪異はあんたの十八番だろ…?」
夏に起きた怪異に関係した土地に半分以上、各地で龍の姿を目撃したという情報が入っている。
さらに言えば、今の発言でうねうねやコガラシに関しては、龍が絡んでいる可能性がかなり高くなった。
だが、そんな彼が表情を変えてまで登也に聞いた内容とは…?
「やれやれ…どうやら知らないみたいですね」
使えない、と言わんばかりにいつものように龍は笑うと、そのまま登也を素通りして本堂の方へと向かっていった。
「どこへ行く!?」
「住職を探しに。いるんでしょう?この雰囲気、早くしないと手遅れになりますよ」
そう言って後の登也の言葉を無視し、奥へと向かう彼の後をついていく登也。
なんともシュールな光景だが、登也に怪異の気配を感じられない以上、悔しいが龍に頼る他はない。
地下から地上へ、鉄格子の鍵の場所を壊して進み、更に地下道へ。それを何回か繰り返した奥に、その場所はあった。
一本のとても長い通路に、1番~少なくとも100番以上まで書かれた番号部屋。
どの部屋も1つ1つは畳6つ分くらいの小さな部屋だが、それが番号と同じだけある。
中には人形や野球ボールが1個あるだけの場所から、人のうめき声まで聞こえる部屋もある。
「な、なんだよこれ…!?誰か監禁でもしてるんじゃ…」
「説明も面倒くさいので一度しか言いませんよ?
これ全て怪異です。どれも除霊、浄霊後の経過観察や、コガラシみたいな年数が必要な物を閉じ込める隔離施設と言いますか」
「か、隔離施設!?こんな茜の外れにある湖の地下に!?」
「厳密には湖とは反対方向に地下道は伸びてますけどね」
簡易的な石造りの部屋とはいえ、どれだけ金がかかっているのか。
そもそもここまでしなくてはならない程の怪異があるのか、登也の頭は混乱してついていけてなかった。
だが足は龍の後を追うようにぴったりとついていく。
「ここですね」
部屋番号173番。怪異名は「だるま」とだけ書かれている。
冷静な龍の口調ではあったが、ほかの部屋と違い、部屋の前に貼ってあった御札がなく、扉が空いていた。
そして、中には頭が潰されて絶命している猿渡と、同じように頭が潰されている、この寺の者と思われる二名の僧衣を来た者の死体がある。
「猿渡さん!!」
「静かに!」
頭こそないが、服装は先ほどまでと同じなのでほぼ間違いなく猿渡だろう。
さっきまで普通に話していた彼の変わり果てた姿に、震えが来る。
怪異に関しては登也よりも遥かにプロ。
ハンターでいえば、AクラスとEクラスくらいの経験の違いがあるはずだ。
そんな彼がこの短時間で殺されてしまった。
訳が分からない状況の中、前方にいる龍だけが冷静にまっすぐ前を見つめている。
「君、悲しむのは後にしてもらえません?」
「なん…だって?」
「今はそれどころではない、と言っているんです」
龍が先程からこちらを向かない。
ずっと奥を見るような視線。
その先を目を凝らして見る登也。
そこには、2メートルくらいの手足がある粘土細工の棒人形のような物が立っていた。
「なあっ!?」
瞬きした瞬間。
遠くにいたその人形が一瞬で登也と龍の目の前に迫ってきている。
気配を感じさせないほどのスピードで。
「…確か、桐石君でしたか。取り決めをしましょう。瞬きする時は絶対に申告すること。それから瞬きすること」
なんとなく、登也にもわかってきた。
怪異名、だるま。
目の前の人形はどう見てもだるまには見えない形状ではあるが、見た目ではないのだ。
だるまさんが転んだ。
しかも命懸けの。
「話しは通じないですし、間違ってもあの”だるま”壊さないでくださいよ?
壊せば物理的な『ガワ』が無くなり、手出しもできなくなるので手に負えなくなりますから」
「そ、そんな事急に言われても…!あ、瞬きします!」
とりあえず、生理現象である瞬きはどうしてもしてしまう。
龍と自分、同時に瞬きをした瞬間、猿渡のようになってしまうのだろう。
「さて。伝えるべきことは伝えました。桐石君、後はお任せしますね?ああ、
ギルドには連絡を入れておくので」
「え…?りゅ、流星!」
と、その時空間が割れ、水鏡流星が一瞬だけ現れた。
一瞬というのは、すぐさま龍を連れて悪魔ベレトの力で消えたからだ。
「は…?え…?」
冷や汗が流れ、後ずさりをする。
目の前には、だるま。
そして、他には誰もいない。
瞬きもできない、だるまを壊すこともできない、そんな状況下。
『目を逸らさぬまま、この怪異がいた近くの部屋に逃げこめ!』
突然頭に響くような声。
悪魔ウバルの咄嗟の機転により、だるまをずっと見たまま、このだるまが元いた近くの部屋へと逃げ込み扉を閉める。
扉からできるだけ離れる登也。
そして、瞬きを一つした。
目の前に、だるまはいない。
「ふぅ~…どうやら入ってこれないみたいだな。助かった…のか?」
『油断するな、扉の前だ!』
と、再度瞬きをした瞬間だった。
その一瞬の瞬間。
だるまが部屋の中にこそ入ってはこなかったが、扉を開くだけの時間があったのか。
半開きの扉から、この部屋の外から。
だるまが姿をチラつかせていた――。
最終更新:2015年11月29日 12:20