12月中旬、午後12時(1日目)。

甚目寺禅次郎は依頼で蒼の郊外の村へと来ていた。
依頼内容は村周辺の魔物退治。
と言っても、あまり危険な魔物もいなかったため、禅次郎一人で18体いた魔物を全て討伐する事ができた。

「いやあ、さすがじゃなハンターというものは」
「いえ、そんな事ありませんよ。まだまだです」

謙遜するように、依頼主である村の村長に一息ついて答える禅次郎。
本音を言えば、そこまで強くないとはいえ一般人がピッタリとくっついて見ていると、例え安全区域の魔物とはいえ危ないからやめてほしかったのだが。
そんな彼の心情を露と知らず、村長――橋加賀孝蔵(はしかがこうぞう)はついてこい、と禅次郎を誘う。

「茶でも出そう。疲れたじゃろう」
「あ、お構いなく。この程度なら、いつもの魔物よりは楽だったので」

相手の気遣いを一度は断ったが、是非にと言うため、この後予定も無かったためついていく禅次郎。
村の中へと戻ると、かなり小さく古臭い家へと案内された。

「ほっほっほ、驚いたか?村長と言っても、雇われ村長みたいなもんじゃ。
大した収入が無いから、ボロ屋で悪いが」

これでも住めば都じゃよ、と笑いながら中へと入る。
反応に困っていたが、禅次郎も続けて中へとはいった。

中は外の古臭さに違わぬ、屋根は剥がれかけ壁には所々壊れた跡がある。
凄いな…とある種の関心をしながら、家主の橋加賀に案内され席についた。

「本当はこの村も、もっと賑わっていたはずなんじゃ。
それが、数十年前にあんなものができてしまってからは、な」
「…来る時に見た、あの家ですか」

この村に来る途中、村外れに一軒の家があった。
その家は入る扉はなく、二階に窓が一つあるだけの不思議な一軒家。
気になってはいたものの、依頼優先のためその時は聞くことはなかった。

「うむ。パンドラ、と村の人間は呼んでおる。
ワシがまだ小さい頃で、気づいたらあんなのがあったから、薄気味悪くての。
別に観光地だから、元から人は少なかったが、その頃からは急激に村の人口も減って、今は3戸しかない。
ここに住んでるワシ、斜め向かいの瞬芽(まばため)親子、村の反対側の唐草(からくさ)というわざわざ外から移り住んだ変人じゃな。
唐草は結婚しておらず、ワシも瞬芽の奥さんも配偶者と死別しておって、この村には4人しかおらぬ」
「そ、それはまた少ないですね…」

予想以上に少ない村を心配するが、その心配に気づいたのか「数年後に隣町と合併が決まっておるがな」というフォローを橋加賀は混ぜた。

「のう、あのパンドラ何とかならんか」
「…何とか、とは?」
「わかっているくせに焦らすの~、あのパンドラがなんなのか調べ、解決してほしいってことじゃ」
「解決、と言われても…そもそも何か事件とかが過去にあったんですか?」
「わからん、と言いたい所じゃが――あった。それも、ホラーバリバリじゃ」
「ホラーバリバリですか」

事件性がありそう、つまり依頼になりそうだったため禅次郎は本腰を入れて橋加賀に向き合う。
橋加賀はかなり茂っている眉毛を揺らしながら、呟き始めた。

「あれは、まだワシが少年だった頃じゃった。お前さんよりまだまだ若い頃じゃな。
その頃から過疎化は進んでおったが、まだ村には結構子供がいて、ガキ大将みたいな奴がおったんじゃよ。
そいつの言うことは絶対で、逆らうと殴られる、という昔によくある乱暴者じゃな。
ワシはまだ小さかったから目をつけられなかったが、ワシの姉さんやその友人ら5人で、いつの間にか存在したあの家を調べようとしたのじゃ。
俗にいう肝試しじゃな」
「でもどうやって中へと入ったんです?ハシゴとか?」

その通り、と言わんばかりに橋加賀は頷く。

「詳しいことは知らんが、それで窓を割って入ったらしい」
「なるほど。それで、どうなったんですか?」
「うむ、ワシの姉さんが廃人同然になって帰ってきた」
「…はい?」
「ブツブツと聞こえないくらいの呟きを常にしとってな、自分の横に伸びた髪をずっともしゃもしゃと食っておった」
「…あの、えっと…」
「母親と父親は離婚、ワシは父親と共に残り、母親は姉さんを連れて外へと出て行ったわ。姉さんを治すつもりらしいが、それからはあってないしわからんの」
「ちょっと待ってください、一体中で何があったんですか?」

肝心の家の中であった部分が分からないことに、禅次郎は混乱しながら尋ねる。
知らん、と橋加賀は言うと。

「ガキ大将を含めた他の4人も、それから引っ越してしまっての。
それからじゃ、どんどんこの村を気味悪がっていなくなっていったのは。
一部では呪いという噂もある」
「…そうなんですか」

呪い、夏頃にそういった事が関わる事件があった。
後輩が巻き込まれた事件もそうだった。
その事を思い返していると、橋加賀が改めて問う。

「無事解決できれば、ここら辺は畑も余っているしいい場所じゃ。人口も増えるかもしれん。どうか一肌脱いでくれんかの?」
「そうですね、分かりました。できる限り、調査してみます」
「うむ、頼んだぞ。先程も言った唐草なら、色々知っているはずじゃ。パンドラを調べるために外部から来た変人じゃからの。
畑仕事もしないで、一日中引き篭って仕事をしていないのに関わらず、色々と宅配便が奴の家にくる。
食料品も通販で頼んでおるようで、働かないのに金を持っている不思議な奴じゃ」
「分かりました、それじゃあまずはその唐草さんを尋ねて――」
「村長!」

そこに、一人の女性が入ってくる。
40過ぎの人で、瞬芽の奥さんだろうか。

「どうした、血相を変えて」
「うちの、うちの真奈みませんでしたか!?」

禅次郎には戸惑いながらもどうも、と挨拶する彼女だったが、すぐに橋加賀へと問い詰めるように尋ねる。
橋加賀と禅次郎は顔を見合わせ、知らないと答えた。

「そもそも、さっきまでこのハンターの青年と外にいた所じゃ。
なんじゃ、行方不明か?なら安心せい、このハンターが何とかしてくれるわい」
「調査はいいんですか?」
「うむ、そんなもん後回しで全然構わんぞ」

なら、と瞬芽に詳細を尋ねようとすると、ぼさぼさの髪の青年もこのボロ屋に入ってきた。

「村長!うちの子みませんでした!?」
「なに!?唐草、お前結婚してたのか!?いや、一人でこの村に越してきたんじゃないのか!?」
「ああもう、説明が面倒くさいな…!離婚した嫁との間の子ですよ!偶々今日、来てたんです!」
「村長、うちの子から先に探してくれますよね?」
「瞬芽さんも?いや、うちの子が先でしょ!」
「う~~!どうしたらいいんじゃ!」

と、橋加賀の視線は禅次郎に向いた。
次いで瞬芽、唐草の視線も。

「…えっ」

なんとかしろ、と言わんばかりの視線にたじろぎつつ、一先ず失踪事件という事でギルドへと連絡を取る禅次郎だった――。
最終更新:2015年11月29日 16:43