12月中旬、午後16時(1日目)。
「おっつーイリューダ」
「またなーシズモ」
神風学園高等部正門。
入生田宵丞は、依頼帰りにカフェテリアで鎮守由衛と会い、雑談。
別れると岐路へとついていた。
今日も変わらない平凡な一日。
そうなるはずだったが、それは一人の男の出現によって破られることとなる。
「こんにちは」
「…ども」
帰宅途中、スーツ姿の男に声をかけられた。
挨拶だけを返し、そのまま行こうとした宵丞だったが、通り過ぎる時の言葉に足を止める。
「お友達、大丈夫でしょうか?」
「…」
目を僅かに細めて男を見る。
男はニコニコした表情でそれ以上は何も言わなかった。
挑発めいた態度ではあるが、特に心当たりは無かったので素直に尋ねてみることにした。
「どちらさんですか?」
「あ、申し遅れました。私、龍志狼と申します」
「どーもご丁寧に。俺は」
「ああ、いいですよ。どうせ覚えるつもりはないので」
名乗り返そうと思ったが、出鼻を挫かれたのでとりあえずそこで会話を一度中断した。
そこから暫く会話が無かったせいで、しびれを切らした龍が苦笑する。
「あの、本当に心当たりは無いので?」
「んー」
実際、全く無いわけではない。
おそらくこの男は由衛の事を言っているのだろう。
何となく、としか言いようがないが、なんとなく違和感はあった。
ただ由衛自身に何も無いようで、且つ彼自身が言ってこないのだから、まだ宵丞が動けるようなタイミングではなかったのだ。
「ないです」
心当たりが、ではなくタイミングが。
しかしそれを省略して答えたせいで、龍という男は明らかに怪訝な顔をした。
「もういいです、つまらない」
苦笑を浮かべながら、そう言った龍は歩き去っていく。
一体何をしに来たのか、と見送っていた宵丞だったが、やがて携帯を取り出す。
コールの先は由衛だ。
何回かコールした後、由衛が出た。
「イリューダ?どうしたのさ?」
「…いや、特に用事は無いんだけど。シズモ、スーツを着た男と知り合いだったりする?」
「…おいおい、僕には君が何を言っているのか、さっぱり検討がつかないぜ?」
「…知らないならいいや」
変なイリューダだぜ、と電話の向こうで笑い声が聞こえる。
こうしていると、いつもの由衛なのだが…。
「それとも一つ。シズモ、最近寝不足だったりする?」
「…よく気づいたねー、あんまり顔に出してなかったと思うけど」
「バッチリ目元にクマがついてた」
「え!マジで!?」
暫くの沈黙。
そして、ついてないじゃん!と少し怒った口調の声が聞こえてくる。
どうやら確認しに行ったようだ。
「一体なんだっていうのさイリューダ。用件がないなら切るぜ?
ご指摘の通り寝不足だから、今日はもう寝るよ」
「…もう寝るって、まだ夕方だろ?」
寝る子は育つっていうじゃん?と言う彼に、そっかとだけ返して電話を切った。
何か隠している。
それだけは分かったので、一先ず今日はここまで。
後は明日聞けばいい。
そう思って、宵丞は電話をポケットに突っ込むとそのまま家へと向かい歩き始めた。
☆☆☆
12月中旬、午後16時(2日目)。
「シズモ、今日は休み?」
「はい、風邪って聞いてますけど」
由衛と同じクラスの櫻井六花(さくらいりっか)からはそう説明された。
ハンターの宵丞とは違い、由衛は留年したため神風学園高等部3年で彼女と同じクラスなのだ。
ちなみに、六花も前生徒会…真田斎が生徒会長だった頃の生徒会メンバーだ。
「ありがと」
「いえ。入生田先輩も気を付けてくださいね?」
風邪に、という彼女に再度礼を言って学園から出る宵丞。
気にしすぎだったのかもしれない。
一応、お見舞いがてら連絡をして声を聞いて調査は終わりにしよう。
そう思い、由衛へと電話をした時だった。
「シズモ?風邪ひいたって」
「…イリューダ、悪いけどさ…救急車呼んでくれないかな…?」
最初に宵丞が声をかけた後、それだけ由衛は言って電話を切ってしまった。
やはり、何かあった。
病院へと連絡を入れつつ、宵丞は由衛の家へと走った――。
☆☆☆
午後18時(2日目)。
由衛の家は、家賃3万のアパート暮らし。
元は王貴桃李の家に住んでいたようだが、留年を機にアパートを借りて一人暮らしを始めたらしい。
場所は知っていたものの、宵丞もハンター業が忙しく今まで来る事はなかった。
由衛の部屋を見つけ、ドアノブをまわす。
鍵はかかっておらず、簡単に扉は開いた。
救急車が来るため開けておいたのか、普段からこうなのかはわからないが、宵丞はすぐさま中へと入る。
玄関、トイレ、居間の3カ所しかないこのアパートで由衛を見つけるのは簡単で、居間に入ると宵丞の視界に彼の姿が入る。
衰弱しているようで、血の気の失せた顔で苦しそうに悶えている。
「シズモ!」
呼びかけても反応はなく、救急車が来るまで待つしかなかった。
☆☆☆
午後20時(2日目)。
紅の病院に付き添いとして一緒に来た宵丞は、病室に由衛を残したまま病院の外へと出てきていた。
「…」
一体彼に何があったのか。
医師も、現代医療や魔術では、治すことができない不可思議な症状にかかっている。
徐々に衰弱してきており、このままだと命も危ないと言われた。
「龍志狼…」
ギルドで調べた情報によれば、あの日あった龍という男、夏にも各地で事件があった場所にいたらしい。
その事件というのは、全て怪異関係。
謎の病気に、龍という男。
手がかりは、これだけ。
ギルドに一応協力要請を頼んではみたが、どうにも掴めない事件だ。
元々由衛は首を突っ込みたがる性格だから、学園外で変な事件に巻き込まれたのかもしれない。
しかし、それを裏付けるものが無い。
一体何から調べたらいいのか。
こうしてモタモタしているだけで、どんどん由衛は弱ってきているのだ――。
最終更新:2015年11月29日 23:43