8月18日、午後22時20分。

一人、イーステン美術館についた甚目寺禅次郎は、東十常司と会っていた。
彼はまだ16歳だというのに既にこのイーステン美術館を任されており(と言っても、元々彼の父親である東十常剣の名義だった美術館を引き継いだだけで、名義は祖父の東十常一となっている)、
その日は次の日からある絵画展のための準備日で、夜遅くまで残っていた。

「ん?貴方は…」
「司ちゃん…話を聞きたいんだ」

全力で走ったせいで、切れた息を整えながら禅次郎は司に尋ね始めた。

☆☆☆

8月18日、午後22時20分。

福良練と藤八沙耶は、教会へと来ていた。
以前鍵を借りたおじさんにもう一度鍵を借りに行き、それを使い中に入る。
そこは以前来た事がある教会のままだ。
特に何も気配は感じないし、沙耶の霊感を頼りにしても、特に異変は感じられない。

「うう…~何も見つかりませんね。はーちゃ、大丈夫でしょうかっ…」
「やっぱり教会の方が怪しそうですね。確か、教会と時計塔は繋がっているはず。行ってみましょう!」

と、時計塔へと向かおうとした二人の前に、巨大な女性が姿を現した。
突然だ。沙耶の霊感の感知には引っかからなかったが、出現した後からはびんびんに気配を感じている。
魔物とも違う、不思議な雰囲気の気配だ。

「鈴鳴様…」
『ぼぼぼぼぼぼっぼぼぼぼぼっぼ』
「あ、待ってっ!」

そして、すぐにすうっと消えてしまった。
だが、今度は先ほどと違い気配を残している。
何かを伝えたがっている。
たった僅かの時間、それも初めて会った人ではないモノではあったが、沙耶には鈴鳴様が子供を攫っているようには、とてもではないが思えなかった。

「沙耶せんぱ…!」
「わかっています、追いましょう!」

沙耶はメールで、鈴鳴様と会ったこと、そして危険そうには見えなかった事を行成ハナへと伝えると、練と同じく気配を見失わないように急ぎ時計塔へと向かった。

☆☆☆

8月18日、午後22時20分。

祠堂統は時計塔へと来ていた。
実はこの時計塔は直接入る事はできず、教会経由でなければ内側からの鍵のため、開くことはない。

「…にも関わらず、ここに来てしまったのだね」
「やれやれ…我が孫娘を心配してくれるのは嬉しいが、単独行動はあまり感心できんの?」
「伍代さん…それに国木田さんも」

時計塔の造りを説明していた土御門伍代だったが、彼からは強い魔力が漏れるように出ている事に統は気づいた。
そして見透かすように伍代は笑って見せた。
軽く息を吐くと、統は時計塔の上の方を眺める。

「鈴鳴様や五大神ってなんなんですか?既に二人は知っているんでしょ?」

その言葉に、伍代と国木田明夫は顔を見合わせる。
国木田が頷くと、伍代はまず「詳しい事は知らないのだが」と前置きをし。

「鈴鳴様が五大神の一つという事は知っているね?
五大神というのは、遥か昔に大災厄に備えるための人柱となった場所や人の事らしい。
粥満は女性、蒼は少女。紅と茜は施設とお地蔵様だが、それらは全て迫る大災厄に備えて人柱となった者がいた場所らしい」
「それ、どっかで聞いた事あります。でも、葵だけなんでわかってないんですか?」
「…それは宮廷にある文献にすら書いてはいなかった。だからこそ、もしかしたら葵には人柱となった者がいなかったのかもしれない」
「でも大災厄についての記述も無いんでしょう?」

その通り、と苦笑しながら話す伍代を見て、この話題についてはここまでだなと思考を切り替える統。
その時、時計塔へ感じ覚えのあるふたつの気配を見つける。

「…おそらく、藤八君と福良君か。行ってあげたまえ。サポートはしてあげよう」

ほぼ同時に気配を感じた伍代に、分かりました。とだけ伝え、二人に挨拶をする統。
彼は、直後魔力のワイヤーでまるでアクション映画さながら、塔を登り始めたのだった。

☆☆☆
8月18日午後23時。

「お邪魔しまーす…」

再び最初目覚めた部屋に戻ってきた行成ハナ。
扉を開けた際に入る僅かな光しかこの部屋には入らないが、サードアイズの力で増幅された魔力により、徐々に視界が馴れる。
あの時はカサカサする何かに即座に逃げだしたが、よく見れば映画とかでよくありそうな、拷問器具などがそろっている部屋だった。

「ぴぇぇ…だ、誰かいませんかー…?」

こそこそと小さく声を出すハナ。
返事をするように、そのタイミングで彼女の携帯が鳴りだし、言葉にならない悲鳴をあげてしまった。

『行成、今大丈夫?』
「じ、ジジ先輩…っ!」

電話の向こうの声は、禅次郎だった。
知り合いに安堵しつつ、まずはハナが現状を伝えた。

『拷問器具…やっぱり。
今、司ちゃんと会って話を聞いたんだけど、時計塔の殺人鬼は、時計塔のかつての管理人だった男のようなんだ。
だから…もしかすると、今回の事件や今までの失踪した原因は、鈴鳴様じゃないのかもしれない』
「そういえば、沙耶先輩もそんな事をメールで言ってました!でも、だとしたらその殺人鬼さんが管理人さんで、えっと…神父さんの夜逃げも関係してたりしちゃうんですかっ…?」

混乱してきたハナは、一つにつながらないかなという想いも込めて禅次郎に尋ねてみる。
すると、電話口からは『そうかもしれない』と意外な答えが返ってきた。

『行成、思い出せる?今まで鈴鳴様が追ってきた時、何か攻撃されたりはした?』
「え?ええっと…」

そういえば、ここで目が覚めるきっかけになった、いつの間にか背後に立っていた時もハナは気絶してしまっただけで、鈴鳴様が攻撃してきたわけではなかった。
その事を伝えると『え?』と禅次郎が驚きの声をあげる。

『ちょっと待って、行成は今どこにいるの?』
「えーっとですねぇ、目が覚めたーっていう部屋に戻ってきたんですっ。なんだか、痛そうな物がいっぱいありますー…」
『地下の拷問部屋は、教会を立てた時に埋め立てられているそうだよ。行成、本当にどこにいるの…!』

え。

呟いた彼女の前からは、目が覚めた時に見た、カサカサという音。
今度ははっきりとその姿が見える。
全身に返り血を浴びた、男の姿が。
その男の両足は斬られて無く、その足から無数の虫がカサカサと動いている。

「ぴぇぇぇぇぇっ!!!!」

男よりも無数の虫に嫌悪感を抱いたハナは、一目散に逃げだした。
場所は時計塔最上階。
一気に、駆け抜けるように。
しかし、気づくとすぐ背後にその男はいた。
凄いスピードでやってきたのだ!
否。違う、そうじゃない。
ハナは進んでいると思っていたら、いつの間にか戻っていたのだ。
魔力ではないため、はっきりとはわからないが、空間がゆがむような感覚をハナの第三の眼は感じ取った。
捕まる!
目を強く閉じたハナだったが、男は突如うめき声をあげて苦しみ、逃げるように去っていった。

「あれ…?」

そこには、ハナを守るように、最上階であったカラスが持ってきたエリクシルが転がっていた。
エリクシルは役目を果たしたと言わんばかりに、蒸発し消えてしまった。

「い、今のうちに!」

逃げていったとはいえ、既に守ってくれたエリクシルは無い。
また次に襲われてはかなわないと思ったハナは、再び全力で時計塔最上階へ向かうのだった。

☆☆☆
8月19日午前0時。

「はあっ、はあっ…」

息を切らしながら、最上階へと登ってくるハナ。
最上階からの夜景は綺麗だったが、今にして思えばなぜ気づかなかったのだろうか。
ハナの祖父、国木田の家が無い。
その隣も、離れた所にある家も。
サードアイズではっきりと見えているハナに、ここは現実ではない事を気が付かせてくれた。

「どうしたらいいのかなぁ…」

今でこそ何も来てはいないが、ここでずっとこうしているしかないのだろうか。
色々試すが、現実への戻り方がわからないのだ。

「おじいちゃん…」

小さく呟いた声は、カサ、という音に消される。
背後に、もうあの男が戻ってきていたのだ。

「ぴぇぇ…」

怯えながら後ずさるハナ。
それを追い詰める返り血の男。
男の手には、巨大なナタが握りしめられている。
先ほどから試しているが、この男にはサーチアイ系の拘束術などは通用していないのだ。
攻撃魔術もないハナには打つ手がない。
一歩ずつ、一歩ずつ近づく男。
一歩ずつ、一歩ずつ後ずさるハナ。
一歩ずつ、一歩ずつ近づく男。
一歩ずつ、一歩ずつ近づくハナ。

「ま、またっ!」

徐々に近づいていく自分と男の距離に、首を振って拒む。

『グゥグゥゥ…』
『ハナ、捕まれ!』

間を割るように、空間が突如割ける。
そこから聞こえる、練のような声と共に伸びる見知った手。

「ねりちゃ…フェルゼちゃん!」
『よく頑張ったな、ハナ』

練の体を借り、空間をこじ開けこちら側(現世)へと引き戻す。
成功したと思いきや、ハナの体は抜け出る寸前で返り血の男に掴まれていた。

「は、離してっ…!」
「行成、動くなよ!」
「コクール!」

魔力のワイヤーが行成をがんじがらめにする。
そして岩の蛇が返り血の男にあたり、返り血の男はハナの体を離した。

「フェルゼちゃん、お願い!」
『わかっている!』

練と彼女の中に宿る悪魔、フェルゼは開けた空間を元に戻した。
全てが終わり、沈黙が流れる中。最初に「さすが霊感巫女」と統が沙耶へと声をかけた。

「ねりちゃあん!」
「はーちゃんよかったよぅ…!」

抱き合う二人だったが、すぐにハナは男の子の事を思い出す。

「ねぇ知らないかな?男の子なんだけど…」

こんな帽子の、と安心からかつたない説明をしていると、統が少し離れた所に寝ている男の子を指さす。
それを見て、ハナの顔も明るくなった。

「甚目寺さんが電話してきて、時計塔の地下を調べてくれって。
ちょうど俺も時計塔にいたし、地下に行けばすぐいる場所がわかったよ」
「もっとも、埋め立てられた地下の道を何とかするのに、多少の時間はかかったが、ね」

肩を竦めつつも、ハナの顔を見るとまずは笑みを向ける伍代。
そのすぐ後ろから、国木田がその姿を見るが早く、すぐにハナに抱き着いた。

「よかった!よかった無事で…!本当によかった…!」
「お、おじいちゃん苦しいよ…!」

こうして、男の子も無事みつけたハナ達は、教会から外に出た。
すると、教会の鐘が一つ大きく鳴る。
だがそれは今までのように、失踪者を伝える鐘の音ではなく、事件が終わったことを報せる合図だというのを、なぜかハナだけでなくここにいる全員が感じていた。
そして最後にぼぼぼ、という音が聞こえると、ハナと沙耶には時計塔の最上階にいる巨大な女性の姿が、一瞬だけ見えた気がした――。
最終更新:2015年12月09日 21:53