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夢の中。
志島武生は、水鏡流星と暗闇の中で、一対一で会話をしていた。

『あんまり余計な事にクビ突っ込むんじゃねーよ』
「…水鏡さんにだけはに言われたくない」
『ハハ、それもそうか』

少しの沈黙。
そして、水鏡が立ち上がり武生の肩を叩く。

『俺がしてやれる事はもう多くねーが、まあ、人一倍大人ぶってるお前なら何とかなるだろ』

頑張れよ、という言葉が聞こえた瞬間、武生は目を醒ました。
辺りを見渡す。
どうやら寝てしまったようだ。
民家Bの前、近くにゾンビは来ていないため、まずは一安心だった。

「マジで寝てたのか俺…」

携帯を見るが、六角屋灼からの連絡はない。
頼みの綱である彼の連絡が無い以上、武生自身の足で情報を見つけるしかない。
奥義アセンブラで自らの体力の回復を図りつつ、今いる近くの民家に目を向ける。

「寝覚め悪すぎだろ…」

相変わらず痛む、骨折した腕を庇いながら立ち上がる。
そして民家Bのチャイムを押した。

「いないのか?」

何度もチャイムを押すが、出てこない。
ため息をついた彼に呼びかける声が、ちょうど聞こえた。

「無駄だよ。君は憑いてるからね」

隣の民家Cから、一人の中年男が出てきた。
武生は軽く頭を下げて挨拶すると、話を聞く。

「あんたはさっきの」

スーツ姿ではない普段着だが、顔は間違いなく金属バットで殴ってきたスーツの男だ。
彼はちょっと待って、と苦笑をしながら。

「先ほどは悪かったね。うん、君は生きてる。間違いない。勘違いしてたんだ」
「勘違い?」

どういうことか問い詰めようとすると、男は周りを見て何かを確認すると武生を民家Cへと迎い入れた。

「まずはうちの中へ。追われているんだろう?」

☆☆☆

民家Cの家主である男は、自らを名乗る前にまず、武生の状況を聞く。
成程、と相槌を打ちながら親身になって聞いてくれる彼の様子は、とても先ほど金属バットで襲ってきた男とは思えないほどだ。
その合間に、角材を切って添え木にしてくれたりと、きちんと武生の骨折部も手当してくれた。
それが終わると、彼は一つずつ話し始めた。

「有難うございます。で、話なんですけど」
「いい報せと悪い報せ。いい方からにしようか」

いい方の報せ。

「それは、あのゾンビは君を完全に見失って、死んだ場所に戻ったようだ。もう、君はあのゾンビに襲われる事はないだろう」
「え、それはどういう…?」
「私にもわからない。『あいつ』はここからは出れないみたいだし、君はその間に川区から出たんじゃないかね?」

一度も出てない。
なのにゾンビが見失った?
一体どういう事か聞こうとした時、彼の眼に時計が映る。

8月19日0時30分。

「4時間も寝てたのか!?」
「正確には30分くらいだよ。私が11時30分頃に残業を終えて帰った時には、君はいなかったしね」

思い出そうとすると頭が痛い。
頭を押さえると、そこには大きなたんこぶができていた。

「ははあ、それかなあ。あのゾンビと、君はやりあったんじゃないかね?」
「俺は…」

徐々に記憶が思い返される。
灼と通話を終えた後、すぐにあのゾンビが来たのだ。
通話で気を取られていたせいか、背後からの一撃。
鈍器のようなもので思いっきり殴られ、気絶したのだ。
振り返った瞬間、殴られた所までは覚えている。
そして。

「水鏡さんか…」

彼が、その後すぐかいつかは分からないが、悪魔ベレトの力で武生を無事に回収し、異次元へと避難させたのだ。
夢と思っていた会話は、そこで武生が目を醒まし、会話をした内容だったのだ。

「とにかく、君は助かった。しかしだ。ここで悪い報せがある。君が最初にみた『あいつ』だ」

そういえば、と思いつつ彼の話を聞いた。
武生が最初に見た、エレベータの化け物について。

「『あいつ』はよくわからないが、この裏の川区にのみ存在する化け物だ。
あれのせいで、この地域一帯が都市伝説として広まってるんだよ」
「その『あいつ』は何者なんですか?お化けとかの類じゃ」
「かもしれないし、違うかもしれない。本当にわからないんだよ。近くのおばさんや私は霊感が強いから、『あいつ』をたまに見かける。
その時は決まって、誰かを引きずり込もうとしてるんだ。それは無差別に、人に気付かれないように」

じゃあお化けなんじゃ…と思った彼の考えを否定するように、男は首を横に振る。

「だが、除霊しようと坊さんを呼んだこともあったが、『あいつ』には効かなかった。
正体不明の存在、それが『あいつ』さ。君は不幸にも、『あいつ』に目を付けられた。
そして、君が死ぬまであいつは君を追い詰めるだろう。
なんで事件が少ないと思う?死体が出ないのさ。
あいつは死体を食っちまう。痕跡ごとキレイさっぱりね。
その存在すらなかったことにしちまうんだ。
ただの幽霊に、こんなことができると思うかい?」

男のいう事が事実なら、とてもではないが手に負えない化け物だ。
これから先、ずっとあの化け物に付きまとわれるのかと思うと、背筋が寒くなる。

「だが、簡単な事で『あいつ』は諦める。
そう、たった一つの簡単な事だ。
笑うのさ。お前なんかこわくない、お前なんかいない。そう思って笑ってバカにするようにしていれば、自然と『あいつ』は諦める」
「だったら、何であの死体が襲ってきたんだ?」
「…間に合わなかったんだ。昔こそこの裏川区の人間だったけど、最近は都市伝説として広まり、外部の人間…君みたいなやつも多く来るようになった。
もしかしたら、噂になったのも『あいつ』の仕業かもしれないね」

あいつ。全ての元凶となった謎の化け物には、せめて名前は無いのか尋ねようとしたところ、男は首を再び横に振った。

「ダメだよ。『あいつ』の名前はダメ。姿はまだいいけど名前はよくない。
私達もなんとなく『あいつ』の名前を呼んでいるが、それがあっているようでよろしくないんだ」

質問もどんどん無くなってくる。
はっきりしない正体の化け物に、イマイチ要領を得ない会話の男。
灼の言うように、まともじゃないのは自分なのかと錯覚するくらい、この裏川区は異常だ。

「何とかできないんですか?笑って消えるわけではないんでしょ?」

『あいつは諦める』と言った彼の言葉。
諦めて完全に消えたなら、他の者には憑かないだろう。
つまり、諦めるだけでその化け物はまだこの世にいるわけだ。

「でもやめておいた方がいいよ。ゾンビは消えたとは言ったけど、君は消える前に見てしまった。
それがいけなかったんだ。もしかしたらまだ食って消えてないかもしれない。
今度邪魔をしたら、さっきまで以上に呪われるかもしれないよ」
「俺は邪魔なんかしてない」

まるで武生が悪いように言ってくる男の口調に、少々むっとなり反論した時。
バン、とテーブルを男は叩いた。
男の眼は据わっており、金属バットをもって襲ってきた時と似ていた。

「お前なぁ?見ちゃだめだろ?俺はいいがお前はだめだろ?見んなよ。俺をみんなよ!」
「おい…!」
「あ、ごめんなさい。もうしわけない、ちょっと来てたので聞いてみようと思ったんです」
「…『あいつ』が?」
「もういいだろ?な?」
「…」

その後、武生を無視して独り言のようにしゃべりだしたかと思えば、「『あいつ』はやっぱり憑いてますね」という男。
質問をしても返してくれず、独り言をしゃべるだけになってしまったので、礼を言うと武生は民家Cから出ることにした。

☆☆☆

8月19日2時。

「はははは」
「…」
「気を付けてくださいね。ははは」

武生はもう、男に挨拶はしなかった。
いくらそういう対処の仕方とはいえ、やはりこの地区は異常なのだ。
そう思うほかなかった。
携帯を見ると灼から連絡が来ていたため、掛け直す。
寝ないで待っていてくれたようで、灼はすぐに出た。
武生は一通りの経緯を話すと、灼は納得したように唸る。

『…俺の方も大体そんなもん。動物園近くで現場作業員やってる人だったんだけど…』
「裏川区の人間か」

元で、今は結婚して違う土地にいる。と付け足す灼。

『今夜も仕事があるから、一緒にはいかねぇって…』
「…もういい。そいつが来た所で、結局どうにもならないだろ」
『ただ、諦める方法があるって…』
「それも知ってる。さっき聞いた。笑って諦めてもらうんだろ?」
『それもだけど、もう一つ。そいつを攻撃して、諦めてもらうって話…聞いてるか?』
「…それでもし怒ったら?」
『その先はしらね…。ただそいつは怒らせて、諦めはしたけど二度と裏川区に戻りたくない、戻ったら今度こそ殺されるって怯えてた』

どの道殺されるなら、立ち向かう。
そのことは誰にも言ってないのだろうか、それとも先ほどの男があえて言わなかったのか。
もう理由はわからないが、結局はそれしかないのだろう。
現に、携帯電話に突然のノイズが入り、灼の声が聞こえなくなった。

「俺はまともだ。だから…お前が消えろ」

この裏川区は異常だ。
だからこそ、武生は笑わない。
今ならわかる。
こいつが憑いてたから、消防署には誰もいないように見えたし、ゾンビが襲ってきたように見えただけだ。
実際にそんなゾンビはいなかったし、死体もなかった。消防署にはちゃんと人がいたし、武生は狂ってなんかいない。
実際に、骨折しているはずの腕は簡単に動いた。
全ては思い込みだったのだ。

『ギィエエエエエエエエ!』

サウザンドフラクタル改を化け物がいると思われる場所めがけて打ち込む。
それで終わり。
実際に化け物なんてのもいなかった。
そう、まともなら全ては何もなかったのだ。
思い込みを払拭するために、最後の一撃を入れると、彼にまとわりつく嫌な気配は消えていた。

『…お前、少し休んだほうがいいんじゃね…』
「…そうだな。疲れた」

通話が切れてなかったため、心配するような声を聞かせた灼に、武生は素直に同意した。
こうして、武生は裏川区から離れた。
実際にあの化け物はなんだったのかは今でもわからない。
武生の幻覚だったのか、そもそも本当にそんなものがあったのかすらも。
今でも裏川区の話は噂で聞くが、武生はもうあの化け物を見ることは無くなったし、今日まで裏川区に行く事はなかった――。

―END―
最終更新:2015年12月09日 22:02