午前6時
麻衣は懐中電灯だけが頼りの暗い船内でただ一人、行方不明者を捜索していた。

数分前、麻衣と軍人に迫りくる死体達だったが、動きはそう早くない為上手く掻い潜り、軍人と協力して銃で撃ち重ねた死体の上にワンダーナイトメアで一体を気絶させ死体の山を作って足止めをした。
これで少しはこのフロアを探索する時間を稼げただろう。

「さっきの人、ちゃんと外にでられたんやろか…。」

一緒にいた軍人は大和の船に報告と援護を求めに甲板の上へと登って行ったのだが、正直女一人残していくとは情けないものだ、と感じずにはいられなかった。

「…ここも壊されてる………そう簡単には見つからへんか…。」

既に三つ目のキャビンを捜索していたが、どのキャビンも無線は破壊されて使える状態ではなかった。
小さく呼気を落とす麻衣だが、収穫も一つあった。
無線同様、各部屋で壊されているものがあったのだ。

それは”鏡”。
血がべっとりとくっついたそれは粉々に砕かれている為、恐らく死体軍人がやったのだろう。
死体が意志をもってやったものなのか、”女”がそうさせているのか……
そんなことを考えながら、次の部屋へ向かうべく廊下へ出ると、再び死体軍人が動き出そうとしている。
しかしまだ重く積み重なった死体の山は崩れず、こちらに気づかれぬまま隣の部屋に逃げ込むことができた。
逃げ込んだ部屋は一般キャビンではなく、30人程入れそうな食堂だった。
食事をする他、会議なども行うのだろう、ホワイトボードや地図などが置かれている。

「ここにはまだ血の痕がない…」

…ヴヴヴ…
「!」

突然小さな振動とバイブ音を感じると、心臓が微かに跳ねるがそれが自身の携帯だと気づけば、麻衣は静かに電話を取った…。

☆☆☆烏月揚羽の報告
『マイティッ!大丈夫!?無事!!?』

「…ッ…先輩、耳が痛いんやけど…。」

『え、ナニ!?電波悪くてよく聞こえないんだけど!!
…あーっとまぁ、いいや!とりあえず調べたこと報告するね!!』

「…耳が……いえ、なんも。お願いします。」

死体の山を作り上げた直後、一度揚羽からの着信があり、海難事故や皮膚の溶けた死体について調べてもらっていた。

『えっとねー、図書館の古い新聞で出雲の記事があったよ!
40年前なんだけど、研究発表会?みたいなパーティで客船が出てたらしいんだけど、沈没したっていう海難事故の記事。
新聞では事故ってなってるんだけど、妊婦さんが生き残ってて、その孫らしい人が最近ネットでオカルト系のサイトに書き込みしてたの。
、、女と目が合うと肌が溶けるとか、船客を全員殺した―とかなんとか…なんかちょっと、ていうかかなり怪しいけど、今回の事件には似てるかなーって思ってさ…あ…』

と、そこで電波が途切れてしまった。
大和の軍艦に電波中継地があるものの、あまり安定しないようだ。

「…女、肌が溶ける…確かに現状と似てる…。
目が合うと…ってことは、鏡で跳ね返せるんやろか…?」

思い出したのは先ほどの割れた鏡…あまり信憑性はないものの、試してみる価値はあるかもしれない。

☆☆☆柳茜の報告
揚羽の電話が切れた後、数秒して再び電話がなった。
ポケットにしまおうとしていたそれを再び耳に当てる。

『天瀬先輩、無事ですか?柳です。』

「柳、大丈夫やよ。ありがとう。
ついさっき烏月先輩からも電話があったわ。
こっち電波が安定しないみたいで、途中で切れてしもたけど。」

『ああ、そっか。海上ですもんね。じゃあ、通話し続けるのは難しいか。
…とりあえず、報告です。
”皮が剥がされた状態で死んでいる”って感じのオカルトネタをネットで検索したんですが、40年前の海難事故がそれっぽいですね。』

「…妊婦が一人生き残ったとか…いう?」

『先越されてましたか…そう、それです。
犯人の女の名前は”リカ”出雲の研究者の娘だそうです。』

柳の話は、40年前の海難事故唯一の生存者、当時妊婦だった女性の孫がその惨劇の真実を綴ったものだった。
「リカ」と呼ばれる20代前半の女性はパーティーの最中突然狂ったように次々と船客を殺めた。
リカが見るだけで人の皮膚は薬品で溶かされたようにすべて剥がれ落ち、皆、痛みに絶命していったという。
妊婦の女性は船の機械室の隅に隠れてやり過ごしていた。
リカが燃料タンクに火をつけるため階段を下りてきたときは絶体絶命と思ったものの、なぜかリカは妊婦の女性を見逃した。
命からがら立ち去る中僅かに振り返ると、リカは子守唄を歌いながら、おなかをさすっていたように見えた…という。

『…と、こんなところですね。
まぁ、オカルトサイトの書き込みなんで信憑性は低いですけど。
それと、リカのその力は有機物にしか利かないらしいです。
漫画とかアニメだったら鏡で反射、とか出来そうですね。』

「色々、ありがとう。
子守唄…歌ったら成仏してくれたりするんやろか…」

『…先輩の歌声、聞いてみたいですね。
なんならこのまま通話つづ…』

と、そこで再び電波が途切れた。

「…うちの美声が聞かせられなくて、残念やな…」

冗談めいた口調で独りごちると思わずふっと表情が緩むが、すぐに気を取り直して探索を再開した。

☆☆☆
「―…………あ。」

ホワイトボードや地図、テーブルの下をくまなく探していると、一つの椅子の上に無線が置いてあるのを見つけた。
無線を手にすると、僅かな希望に呼吸と脈が早まる。

―ジジッ…ピーッ…

「…繋がる…。…………シュウ…?」

―ジジッ…ッ…『…やぁ、麻衣。そこで何してるの?』

「…何って…随分呑気やね。ってうちも呑気なこと…。
シュウ、…無事でよかった。」

聞こえてきた声に反射的に言葉を返すと、現状とは反した穏やかな空気に自然と微かな笑みが零れた。

―ジジッ…『あはは、無事っていうのはこの状況から脱した時のことを言うんだよ。』

相変わらずの軽口を聞けば、どこかホッとしてしまうが、やはり危機的状況には変わりない。
のんびりと話をしている場合でもないのは確かだ。

「せやね。今何処?うちは食堂やけど…美澄さんや二ノ宮さんは一緒におるん?」

―ジジッ…『二ノ宮は操舵室に居たはずだけど、無線が破壊されたみたいで音信不通。
美澄少尉は一緒にいる。エンジンルームでちょっとした仕掛けを作っててね。
最悪、この船ごと爆破して逃げるつもりさ。
麻衣、怪我しないうちに戻りなよ。僕は大丈夫だから。』

「随分派手な脱出劇やね。
…此処まで来て放って帰れるわけな…」

ガチャッ!

背筋が凍るような寒気が再び麻衣を襲う。

「!?」

突然食堂の扉が開くと同時、赤い服の女がまるで空気のように、すっと流れるように入ってくる。
血の気の無い青白い肌に顔も見えない乱れた長い黒髪、魔物ではないが、生きた人間でもない。
やはり幽霊、というものが一番しっくりくるのだろう。
何故かあれ程までの狂気に満ちた惨状を目にしてきたのに、自分に対しての殺意は感じられない。
それよりもどこか苦しそうな…、寂しそうなそんな気配さえ感じると、思わず言葉が漏れた。

「リカ…さん?」
『・・・・・。』

―ジジッ…『麻衣?何かあった?』

『ォ・・・ト・・・コ!!!

シュウの声が聞こえた途端、黒髪が逆立ち、血走った眼がその隙間からのぞいた。
今まで感じなかった憎悪、殺意がむき出しになり、全て吐き出された一言の”男”に向けられているのだと瞬時に理解する。

「シュウ!そこに居ったら危険や!」

思わず声を荒げる麻衣だったが、時すでに遅し…無線は通じず、女の姿もまた此処にはなかった。
急いでエンジンルームに向かおうとする麻衣だが、その行く手を遮るように死体軍人たちが列をなして向かってきている!
このままエンジンルームに向かうべきか…別の手段をとるべきか…。
今、究極の選択が迫られている。

麻衣…HP550/MP335/OP20 状態:疲労(探索時や怪異に遭遇時、HP・MPの減少速度が早い)
最終更新:2015年12月20日 10:28