維胡琉は加速装置作成でなんとか剣士から逃げ切り、ひとまず静かな風景画の傍で一呼吸置く。
「此処なら大丈夫そう…。
…クロ、なんであの剣士は私を襲ってきたの?
鈴って何?この世界のこと、もう少し詳しく教えてくれる?」
クロは浴びせられる質問を聞いて不機嫌そうに毛づくろいをしていたが、一つ息を吐くとようやく口を開いた。
『この世界は命を宿した絵画が眠る”絵画の世界”。
多くの巨匠達が魂を込めて描いた絵画には、文字通り”命”が宿る。
そして、誰が始めたのかこの異空間に集まった絵画たちは互いに自分が一番だ、と殺し合いを始めた。
鈴は人間でいう”心臓”命の源だ。だから”鈴”を奪われればその絵も死ぬ。
俺も、お前もだ。』
「命の宿った、絵画達…どうしてそんな悲しいことをするんだろう…。
皆、こんなに素敵な絵画なのに…。」
『美術館には純粋に絵画を見に来る奴らだけが集まるわけじゃない。
金の動くところにはそれだけ負の感情が集まる。
それがなんかの拍子にこの世界にも流れ込んできたんだろうよ…。』
「そっか…。」
勿論納得がいったわけではないが、維胡琉は小さく頷いた。
クロの話から分かったのは、ここは絵画を繋ぐ世界、佐倉倉治だけの作品があるわけではないということ。
何をきっかけに自分がここへ迷い込んだのか、はたまた誰かがここへ誘い込んだのか…それは定かではないが、現実の世界とは全く違う、異空間だということだけははっきりした。
扉に関するヒントがなかったか今までの行動を振り返ってみると、維胡琉はあることに気づく。
「…あれ?私が入った美術館…もう閉館したんじゃなかったかな…?」
『そうだ。お前が入った美術館は既に記憶の断片だった。
恐らくお前が食い入るように見ていた”美代子”のな。そしてあの絵がこの世界にお前を誘い込んだんだ。
しかし、それはたまたまお前の意識と絵画を結び付けた偶然にすぎん。』
偶然であり彼女は扉ではないとクロはいうが、それでも会えば何か分かる気がする、そう思った維胡琉はまず美代子を探すことにした。
☆☆☆紫の部屋
「こんにちは、ちょっとお邪魔しますね。」
維胡琉がそういうと、部屋中の肖像画たちがこちらに視線を集めた。
『あら、変わったお客さんね。』
『変わってないわ、変わってるのは貴方でしょう。』
『そんなことないわ、変わってるのはあっちの猫。』
『そうね、あの猫は変わってるわ。』
口を開いたのはおしゃべりな婦人たちの絵だった。
他の絵画たちは「また始まった」とばかりに知らんぷりだ。
「すみません、美代子さんはいらっしゃいませんか?」
『美代子ならさっきまでそこに居たわね。』
『あら、居たかしら。』
『ええ居たわ』
『私は見てないわ。』
『貴方…人間?』
お喋りな婦人の言葉とほぼ同時に背後から少女の声が聞こえた。
維胡琉ははっと振り返ると、見覚えのある顔の少女が立っていた。
「美代子…さん?」
『貴方は誰?』
維胡琉より、幾分幼い少女…高校生か、中学生くらいだろうか。
美術館で眺めたあの絵と同じ、美代子の顔が無邪気な笑みで小首をかしげた。
「私は維胡琉、気づいたらこの世界に迷い込んで困ってた。
美代子さんの絵を見ていた時だったから、もしかして貴方なら何か知ってるんじゃないかなって…鍵とか、扉とか…そういう絵、知らないかな?」
『うーん、知らないわ。ねぇ、私も一緒に探していい?』
「え?うん、もちろん。手伝ってくれるのは嬉しい。」
突然の申し出に若干困惑するも、維胡琉は快く頷き美代子とクロと三人で扉を探すことにした。
しかし、クロはただ黙って美代子をじっと見つめていた。
維胡琉はその様子が少し気になり、声をかけようと口を開きかけたが、タイミングよく携帯が鳴った。
まさか電波が届くとは思っていなかった為、驚いたように携帯を見つめ、そして画面を確認した。
☆☆☆
携帯の画面には圏外の文字。しかし、メールが数件様々な時間帯のものが一度に入ってきた。
そのうち一件は不在着信のメールだった。
通話はできないが、メール位ならタイムラグがあるも何かのタイミングで届くようだ。
FROM:白神凪
『先輩、無事か?
とりあえずこっちで調べたことだが、以前佐倉倉治展を開催していたあの美術館はやはり閉館していた。
建物自体はあるようだが、まだテナントとして売り出されている。
そして現在、倉治展は別のビルで開催してる…が、”美代子”って絵が盗まれたらしい。
今わかったのはこれくらいだ。無事なら状況報告が欲しい』
FROM:東雲直
『向坂先輩、東雲です。
こっちで調べて気になったことを伝えるので、そっちでも気になったことがあったら教えてください
まず俺が調べたこと、
①佐倉倉治について
元軍人で軍を引退後画家になった。
主に風景と肖像画を描いてるけど、グロテスクな画風が多くて賛否両論。
去年の12月に亡くなった。いつからか絵を描くたびにみるみる衰弱して60歳という若さで老衰死。
最後には『メリークリスマス』『美代子』の絵を残して亡くなった。
②佐倉倉治の身内について
奥さんと一人娘の美代子さん、どちらも亡くなってる。
③佐倉倉治展について
佐倉倉治美術館は閉館。現在、浦川ビルってとこで開催してる。
④美代子について
18歳の時に病気で亡くなってる一人娘。
晩年に描かれた『美代子』は病気になる前の元気な様子を描いた絵らしい。
⑤メリークリスマスについて
遺作と言われる作品。雪景色の中に暖かい光が零れる家。
雪の中には猫の足跡があって真っ黒の背景の中に溶け込んでいってる。
こんな感じです。
あ、先輩、腹減ってませんか?
ホットドック用意してますよ、早いとこ無事に帰って来てくださいね。
ホットドックと一緒にお待ちしています。』
FROM:祠堂統
『先輩無事ですか?
イマイチ状況がわからないんで、とりあえず佐倉倉治について調べました。
元軍人で軍を引退後画家になった後数年は殆ど評価されないような絵を描いてたらしいです。
数年前から急に画風が変わって暗い系統の絵ばかり描くようになって、それから評価されるようになったらしいです。
あ、先輩方と一緒になったので手分けして調べますよ。
なんか調べてほしいことがあればだれでもいいんで連絡ください。』
維胡琉は三つのメールを読むと、嬉しそうに小さく微笑んだ。
そして、無事であること、現在の状況をお礼と共に記すと一括送信した。
送信完了、とは表示されたためいずれ彼らのもとに届くのだろう。
☆☆☆青の部屋
維胡琉は抽象画の並ぶ青の部屋にやってきた。
抽象画に囲まれ、部屋の中心の床に大きな丸い鏡がまるで池のように置かれている。
「池、、じゃないね、鏡?」
『この鏡はね、人の心を映すのよ。覗いてみて。』
美代子は無邪気に笑うと、鏡を指さし維胡琉の背をそっと押した。
「心…」
維胡琉がその鏡を覗き込むと、映った維胡琉の顔がぐにゃりと歪み、次いで青年の笑顔に変わる。
『わ、お姉ちゃんの彼氏?ふふっ。』
鏡に映った青年の顔を見ると、美代子は楽しげに笑った。
維胡琉は気恥ずかしそうにしゃがみ込むと、クロをひょいと抱き上げ顔をうずめようとする。
すると、クロが鏡に映ったかと思えば、ぐにゃりと歪み、初老の男性の顔に変わる。
「え……佐倉倉治?」
『…なにするんだっ!!離せっ!』
クロはすぐに飛びのき一瞬でその顔は消えてしまうが、維胡琉が鏡に見たのは、確かに昔教科書でみた美代子の作者”佐倉倉治”の顔だった。
『お父さん……?』
顔をわずかに歪める美代子がクロをじっと見つめると、クロは背を向けたまま口を開く。
『自分の命を削り、絵に命を宿す筆。
その筆で美代子を描いた。美代子にもっと生きて欲しかった。
美代子と共に生きたかった…
こんな恐ろしい場所ではなく、明るい陽の下で、笑顔で。』
『太陽なんて絵の中でしか見たことないなぁ。
私はずっとここに居たよ。いつ誰に殺されるかもわからない、暗くて寂しいこの場所で!
いつか、私の代わりになる子が現れて私が外の世界にでることだけを想ってた。
…ふふっ、そしたら維胡琉が来てくれた♪』
美代子は声を荒げ、激しい怒りの表情を浮かべるが、すぐににっこりと無邪気に笑う。
『だから、、維胡ル…ソノスズ…ヲ…チョウダイ!!!!』
突然ノイズの入った声…そう思えば刹那、口端が裂けたように吊り上がった異様な形相で維胡琉の首元に手を伸ばした!
維胡琉…HP1160/MP305/OP79/状態:疲労(探索時や怪異に遭遇時、HP・MPの減少速度が早い)
最終更新:2015年12月20日 10:27