12月中旬、午後13時(1日目)。
甚目寺禅次郎は、村長である橋加賀の家でまずは瞬芽と唐草に話を聞いた。
「…では、探せるところは全て探したんですね?」
「はい、でも真奈はどこにも…!」
「橋加賀さん、やはりパンドラも調べた方が…」
「じゃがのぅ、あそこは二階の窓しかないんじゃよ?そこから入るには、ハシゴか脚立は絶対にいる。村を駆け回ってたこの二人が気づかないはずないと思うがの~」
橋加賀孝蔵は、あまり禅次郎の提案に乗り気ではない。
それどころか、瞬芽と唐草もその話題には触れたがらない。
禅次郎はあからさまな3人の態度に目を細めると、意を決して尋ねた。
「あの、言いたくない事かもしれませんが、あの場所で何があったんですか?」
「じゃからそれはワシが説明して――」
「橋加賀さんに聞いたわけではないです、俺は唐草さんに聞いたんです」
唐草は、ドキッとした表情で禅次郎を睨む。
しまった、と橋加賀も表情を歪ませた。
『先程も言った唐草なら、色々知っているはずじゃ。パンドラを調べるために外部から来た変人じゃからの』
「そう、橋加賀さんは言ってました。唐草さん、教えてください。わざわざパンドラを調べに来た貴方でなければ、真奈ちゃん達は救えない」
暫く沈黙が流れた。
橋加賀も隠しているのは分かるが、おそらく彼を突くよりは、唐草の方がやりやすいはず。
禅次郎はまっすぐに彼を見続けると、彼はため息をついた。
「わかった、話せばいいんだろ」
「唐草!」
「村長、この人は
ハンターなんでしょう?だったら解決してくれるかもしれないじゃないですか」
「じゃがのう…」
渋る橋加賀を横目に、唐草は話を切り出す。
「ええと…」
「甚目寺です」
「甚目寺さん、貴方はパンドラをどんなものだと思ってます?」
「どんなもの…ですか?」
「はい。ぱっと思いついたものを言ってみてください。貴方は詳しく調べてなくても、見たんでしょう?」
ここに来る時に見た、村外れにある一軒の家。
その家は入る扉はなく、二階に窓が一つあるだけの不思議な一軒家。
「正確には、家ではありません。
例えば神様を祀るために神社があるように、あれは家ではなく祀るためのものなのです。
ですから、子どもが悪戯しないように、いつもは人が入れないように入口も塞がれています。
まあ、換気しなければ偉いことになるので、たまに大人がハシゴで窓だけ開けるそうですがね」
「成程…では時間も無いので、もう一つだけ。」
先程からそわそわしている瞬芽さんを見つつ、今聞けるのはもう一つくらいだろうと判断した禅次郎は、唐草に尋ねた。
「そこで、何を祀っているんですか?」
――。
☆☆☆
禅次郎がハシゴを使い、2階の窓を外して中へと入る。
「気を付けるんじゃぞー!」
村長の橋加賀、唐草、瞬芽も不安そうに見ている中、禅次郎は彼らに手を振って応えると、中へと入った。
2階は何もない、強いて言うなら長年誰も入っていないせいか、埃がかなり溜まったただの部屋だった。
「何も無いな…」
禅次郎は部屋から出ると、2階はどうやらその一部屋しかなかったようなので、隣接する階段を降りて1階へとやってきた。
その間、後輩3人の電話を思い返していた。
『ぜんじろ先輩、大丈夫ですか…?何かわかればよかったのですけど…』
紅の商店街で聞き込みをしている福良練からの情報の収穫は、何もなかった。
場所が悪かったのか、蒼くらいなら情報くらいは聞けただろうが…。
『収穫無しです…』
『ジジ先輩、ごめんなさい…』
そう切り出したのは粥満の市民図書館で調べている藤八沙耶と、茜の久馬堂で調べていた行成ハナだった。
得た情報は、パンドラという都市伝説について。
『結構古くからある噂のようで、その内容は蒼のある村で、決して立ち入ってはならない家があるという。
その家に入って鏡台の引き出しを開けてしまうと…』
それしか書かれておらず、その先は不明。
練もパンドラ自体を知っている、という人物はいたものの、沙耶が調べたような情報までは詳しくなかった。
ホラー好きなら知っている、程度でしかないのだ。
練もそうだが、この怪異については情報が少なすぎるのだ。
おそらく、橋加賀の姉は鏡台にある引き出しを開けたに違いない。
そしてそのせいで狂ってしまったのだろう。
だが、一体何があった?
果たして、それは今もあり、自分がそれを調べることで同じようになってしまうのではないか。
ともかく、今禅次郎がいる村までの道のりは、練、ハナ、沙耶へと伝えてある。
彼女達が更に調べ物をするか、現地に来てくれるかはわからないが、少なくとも他都市で調べるよりは効率は上がるだろう。
『実は、彼女は俺の父さんが看護してたんだよ』
唐草から聞いた話は、橋加賀の離婚した母親と姉が既に亡くなっている事。
彼女達は蒼の大都市に移り住んだ後、結局姉は衰弱死、母親もその後に自殺しているらしい。
そして唐草の父親は、その蒼の大都市の病院の看護師で、橋加賀の姉の担当だったということくらいか。
話を整理する。
まず、橋加賀の姉は友人達とパンドラに忍び込んだ。
そこで、おそらく鏡台の引き出しを開けてしまい、廃人になってしまったのだろう。
おそらく沙耶やハナが調べたパンドラの都市伝説は、廃人になった橋加賀の姉の友人の手によって流された噂なのだろうと考えてしまうのは早計だろうか。
それで辻褄はあう。
なぜなら、禅次郎が降りてきた1階にも、部屋が1つ。
どこからか人の気配を感じつつも、一先ず一つしかない部屋へと入る禅次郎。
「これは…」
さすがの禅次郎も言葉を失う。
鏡台があり、その鏡台を見るようにコートなどをかけるコートかけが置いてあるのだ。
もちろんコートがかかっているわけではなく、コートかけの帽子を掛けるところにあるのは、カツラ。
女の長い髪の毛のカツラなのだ。
それは果たして本当にカツラなのか?
嫌な気配をひしひしと感じた禅次郎は、それを警戒しながら、近寄らないように鏡台まで近づく。
まるで、鏡台を見ているかのような女の髪のカツラ。
鏡台と女の髪のちょうど真ん中に禅次郎が立つ形となる。
気味の悪さを感じながら、鏡台の引き出しを開けた。
そこには名前が書かれている。
ハナコ、サダコ、ヨシミ、ミサキ。
「ミサキ…?橋加賀…岬?」
橋加賀の姉、橋加賀岬。
その名前が確かにあったのだ。
どういう事かと考えようとした瞬間、鏡の中でコート掛けの髪のカツラが、禅次郎へと迫ってきている!
「なっ…!?」
咄嗟にスピードワールドで時間を止め、鏡台から離れる禅次郎。
カツラは動きを止め、禅次郎は鏡台から離れて急いで二階へと戻り、窓から外へ出た。
「おお、戻ったか!一体中に何があったんじゃ!?」
「はぁ、はぁ…」
心配をして尋ねる橋加賀や、何も言わないが何があったのか聞きたそうな瞬芽や唐草を見て、まず首を横に振る禅次郎。
その二人は特に、落胆の色を隠せなかった。
「結局ここにもいないのか…」
「どこに行ったのかしら…」
「いえ、違います。おそらく真奈ちゃん達達は中にいます」
「どういう事じゃ!?」
禅次郎が1階で感じた人の気配。
部屋には、鏡台とカツラしかなかった。
では、あの気配は?
禅次郎はパンドラの裏手に回ると、小さな子供ならやっと入れるくらいの穴を見つけた。
それは、パンドラの中につながっている。
「ここか…」
橋加賀から懐中電灯を借りて中を照らすと、そこには倒れている二人の少女が。
瞬芽真奈と、そういえば名前を聞いていなかったが、唐草の娘に違いない。
「おお!お手柄じゃ!!」
「よかった!今すぐ壁を壊そう!」
救出された二人は、静かな寝息を立てて眠ってしまっているようだ。
どうやら入ったのは簡単だが、出る時は体をそらせないと出れないような穴の形だから、そのままそこで眠ってしまったのだろう。
これで一件落着。
そう言ったのは橋加賀だ。
本当にそうか?
あの鏡の中で禅次郎に向かってきた髪はなんだったのか。
それを突き止めるまでは、まだ終われない――。
最終更新:2016年01月31日 23:42