エピローグ~one year later…1~


飛鳥・バーゲスト街中。
その日、小さな教会で結婚式が行われていた。
元神風学園生徒、向坂維胡琉。
そして、その後輩の赤音鞘人の結婚式である。

アドラメレクが作り出した異世界から帰還し1年。
元の世界から色々と変わってしまってはいたが、彼女達の関係は変わらなかった。
世界改編後でも変わらなかった、高等部時代の二人の想い出の飛鳥留学。
関係者こそ少なかったが、そこには彼女らを祝福するために、大和、飛鳥両国の参列者が集っていた。

「維胡琉先輩、鞘人おめでとー!!」
「いこるんキレイだよー!!」

その中に、改編前は水鏡流星に殺害されていた織ヒカルの姿。
現在は訳あってハンターを辞めた烏月揚羽達のことも考慮しての飛鳥での結婚式だった。
続けて式は終わり、披露宴へと移る。

「…しかしまあ、意外と集まるもんですね」
「お前や俺はともかく…意外と言えば意外な気もするな」

参列し、続けて披露宴で同席になった桐石登也の言葉に、賛同するように白神凪や揚羽が頷いた。
言葉の意図がわからず、きょとんとした顔をしているのは彼らの目の前にいる北嶺真帆だった。

「…飛鳥は可愛い魔物が…いっぱい…。特にこの魔物は……」

彼女は携帯電話を取り出し、写メの画像を見せていく。
むいむいを始め、そこにはたくさんの魔物の姿が映っていた。
電波は届かなくとも、カメラ機能があるだけで十分なようで、得意気だった。

「と、とにかーく!きりしー達久しぶりだよねっ!元気してた?」

真帆の魔物話が延々続く予感に、苦笑しながら話題を変える揚羽。
その言葉に力強く頷く二人。
まずは凪が口を開いた。

「まあ、な。今は大和でハンターを続けながら、長期休みに城ヶ崎教授と各地に旅をしている…感じだな」
「俺は凪とは違って、飛鳥でハンターやってますよ。揚羽さんこそ今どうなんですか?ほんっと久しぶりに顔を見た気がするんですけど!」

1年経って、劇的な変化こそないものの、この場にいる者達は全員が何らかの変化があった。

「あたしはねー、ご存知のように久遠さん達と一緒にいるんだー」
「…だから、ハンター辞めちゃったんだ…」

いつの間にか、お色直しをしてきた維胡琉が、寂しそうに揚羽の背後から呟く。
驚いたものの、揚羽は苦笑をしつつまずはその事を謝り。

「ごめんね、いこるん。あたしも辞めたつもりはなかったんだけどさー」
「あれ、真っ先に茜ギルド長が揚羽たんの事を裏切り者として祭り上げてたぞ」
「はぁ!?なにそれ!?」

隣のテーブルから聞こえてくる声に、揚羽は怒りの怒号を放つ。
茜ギルド長、新城抉。
彼が契、久遠、キナの3人と揚羽が行動を共にしていると知ったがすぐに、ハンター登録を抹消して犯罪者の一人として賞金をかけたようだ。
と、声の主であるファニー・マッドマンは語る。

「つーかなんでお前がいるんだよ!?」
「天瀬先輩と一緒にいるんじゃねぇのかよ?」
「話せば長くなるのよ。まあ、もうそろそろ大和に帰るよ。愛しの妹、空たんを不肖の弟にいつまでも任せてなどおれんしな。あ、いこるたん結婚しても可愛いよハァハァ」
「ちょっと!もういこるんは人妻なんだからね!」
「ごめんなさいファニーさん」
「…で、こっちの魔物はアルレイアって言うのだけれど…」

ギャースカ騒がしいテーブル席(と隣の1名)に、他のテーブル席から白い視線が向けられる。
やはり飛鳥の地ということで、飛鳥人が多く、7割以上は飛鳥の人間だ。

「相変わらずだなーあっちは」
「主役喰ってるネ」
「お前らは物理的に食ってるけどな?」

ヒカルと葎イクルの二人は、目の前の空皿の量に引いてる日向ヒュウガに言われ、顔を見合わせた。

「そんな事言ったって、なぁ?」
「この1年、マズイ飯ばっかりヨ。こんな美味いご馳走久々アル」
「嘘つけ!先週揃って飯屋連れてったやろ!」
「そこの飯屋が不味かったっスよ…」
「量だけヨ。先輩見る目無いネ」
「うっさいわ!…なんでオレの下には、こんな奴らしかこんかなぁ…」

悲しそうに呟くヒュウガを慰めようと、二人は軍のカードを見せた。
そこには別々の所属が書かれた二人の名前が見える。

「…何の真似や?」
「いや、俺は第三師団所属っスし」
「ウチは特魔部隊所属ヨ」
『来月で終わる、新人研修までの付き合いっス(ヨ)!』
「うっさいわ!!はぁ…なんでオレ大尉にもなって新人研修やってんやろ…」

声に揃えて言う二人に、怒声を放つヒュウガ。
疲れた表情をしながら、少し羨ましそうに維胡琉達の姿を見ていた――。

◆ファニー・マッドマン
異世界から帰還後、聖痕の経過を診るべく天瀬麻衣と行動を共にする。
悪魔という性質はそのままだが、本人曰くただの人間と大差ないレベルにまで力は落ちているとのこと。
近々、麻衣と別れ大和の自称・愛しの妹の元へ帰るつもりのようだ。


「…」

やがて披露宴も中盤に差し掛かった頃。
飛鳥軍の5佐と呼ばれるうちの一人、響ルナリアは重大な事に気づいていた。

「…え?新郎新婦、どっちも大和の人間ですの…?え?なんで飛鳥で式を?ってか誰ですの!?ムキィー!!」
「アカン!織、葎!」
「イエスサー!」
「合点承知アル!」

かんしゃくを起こした響大佐を一瞬で落とすヒカルとイクル。
ティターニアにある、所属前に一時的になる新人育成研修棟でこの1年間、訓練を積んだ二人にとって、大佐程度を落とすくらい訳もないこと。
なぜならば、響ルナリア大佐といえばよくかんしゃくを起こすことで有名な人物。
その彼女を如何にキレイに落とせるかが、一つのテストとなっている。

「そもそもこのテストってオカシイっスよね」
「上官にこんな事したら、普通なら打ち首獄門ヨ」
「オレは止めたんやで?響大佐の新人育成メニューの中に入っとるんやししょうがない」
「ルナりん、色々棄ててるね…」
「さすがな俺でも、俺以上にイカれた女はノーセンキュー」

いつの間にか、ファニーや揚羽が混ざり、落ちて意識が無いルナリアを哀れみの目で見ていた。
留学生でもあったヒュウガと、親し気に軽い挨拶を交わすと、ヒュウガがまずは揚羽に聞いた。

「揚羽ちゃん契達と一緒におるって?」
「う、うん。そだよっ!」
「ほんとっスか?キナさんや久遠さんには世話になったっスけど…」
「契はあんまり印象ないヨ」
「えーっ!?契さんの力も、めちゃくちゃ助かってたじゃんっ!」

ヒカルとイクルの言葉に、あからさまに変な顔をする揚羽。
そうだっけ?と顔を見合わせる二人に、一人話についていけないヒュウガは三人にジト目を送る。

「オレの知らない所で、揚羽ちゃんが誰とどういう関係になろうが構わんけどな。
織に葎!お前らいつ、どこで賞金首に世話になっとんねん!」
「あっやべっ」
「キバにしか話してなかったの、忘れてたアル!」

◆織ヒカル
異世界から帰還後、軍学校を卒業(という風に世界が改変されていた)。
その後軍とハンターで迷ったようだが、死んだ父と同じ軍属へ進む。
第三師団の期待のルーキーとしての実力がある一方、憧れのハンターである鞘人を目指し、退役。
その数ヵ月後に飛鳥支部のハンターとして転職する事になる。

◆葎イクル
異世界から帰還後、ヒカルや黒崎キバと共に軍学校を卒業。
軍役の道へ進み、その魔術の才能から魔術に特化した新設部隊、特科魔術部隊への配属となる。
後にヒカル、キバらとは配属や職業こそ違うものの、時折3人で食事をしたりする仲らしい。


逃げていった二人にため息をつくヒュウガ。
顔を戻し揚羽へと再度向き直ると、再度質問という名の尋問を開始した。

「で?洗いざらい話してもらうわ。今の潜伏先とかもな」
「え?そんな事いうわけないじゃんっ!」
「…まずその顔どうにかせえよ…。揚羽ちゃん、緩みっぱなしやで?」
「そ、そんなことないって!」

慌てて否定する揚羽だったが、思い出したのは昨日の夜の出来事。

☆★☆

「…あっ、おかえりなさい!」

開かれた扉に真っ先に振り返るのは、エプロン姿の揚羽だった。

「小鳥な姉さん、今日も可愛らしなぁ~。パパにお帰りのハg……!!」
「…ぎゃっ!?汚いっ!!?」

両手を広げて抱き着こうとする男、『契』に豪快に蹴りを入れる揚羽。
契はそのまま床に突っ伏し、シクシクと泣き始めた。

「酷いですわぁ~…パパに向かって汚いってなんですの!」
「契、お帰り…。」

揚羽と共に家で待っていた少女は、倒れる契の傍らでぽんぽんとその頭を叩いた。

「キナ、揚羽に習って、お味噌汁、作る、した。…食べる?」
「……キナちゃーん!やっぱり、私の癒しはキナちゃんだけですわぁーーーっ!!」

「……またやってんの、旦那。飽きないね…。ただいま、揚羽。」

『キナ』の言葉に、顔をあげ泣きながらキナを抱きしめる契。
そしてそれを冷ややかに眺めながら、部屋の奥へと入っていくもう一人の男…『久遠新』。
久遠に平然と荷物を手渡されると、揚羽はむっと頬を膨らませた。

「久遠さん冷たいっ!たまには助けてくれてもいいじゃんっ。」
「…………それよりシャワー浴びたいんだけど………一緒に入る?」
「……なッ!!」

これも毎度の事と、面倒そうに息を吐き、汚れた服のボタンを外しながら目を細め緩やかに笑うと、そっと顔を寄せながら揚羽の頬を撫でた。
揚羽は耳まで真っ赤になって言葉を失う。…今日も完敗のようだ。

☆★☆

「…おーい、揚羽ちゃーん。…アカン、自分の世界に入っとるわ…」
「そんなことないしっ!!てゆーかヒュウガこそどうなのっ!ヒメとさっ!」

からかい口調のヒュウガの声で我に返った揚羽は、この場にいない軍人の事を口に出す。
揚羽が気になりながらも、契達と共に歩むために、その後を見てあげられなかった少女の名を。

「…あー、聞いとらんかったか」
「え?ヒメに何かあったの!?勿体ぶらないで言えっ!」
「ちょ、ギブギブ!言うから!死ぬ!!」

胸ぐらを掴み、問い詰める。
苦しさのあまり、顔を蒼白にしながら彼女の手を叩きギブアップを伝えると、観念するようにヒュウガは語った。

「あれは…1年くらい前やで。突然、椿が南部遠征に参加する言うてな」
「なんぶ…?えんせー?」
「飛鳥の南部の湿地帯の魔物討伐の遠征軍ってことだよ揚羽たん」
「うっさい!それくらいの意味はわかってるよ!」

ファニーの横槍に突っ込みながら、納得するように揚羽は息を吐く。

☆★☆
飛鳥南部の湿地帯は、定期的に軍による魔物討伐の編成がされ、実行される。
しかし、かなり危険な任務になる。
最速のフォルケニウスの鳥車を使っても、片道で丸1日はかかる。長旅に加え、そこの魔物も王都オベロンの霧の大地アヴァンクと同等レベルの魔物が出る、飛鳥でも有名な危険地帯だ。
かつて、軍人だったヒカルの父親もその遠征で殉職をしたのだ。
ヒュウガはヒカルとイクルが、離れたテーブル席の登也や凪と話しているのを見て、少しほっとした。
彼らも、軍学校時代にヒメは先輩として、面識があったはずだったから。
そして、ヒカルの殉職した父親の事を思い出させるからだ。

『ヒメはぁ、ずーっとシュウの味方で、シュウのそばにいるの。そう、ずーっと言ってたのになぁ』
『ヒメの言葉、誰にも伝わらなかった。代わりじゃないのに、依存じゃないのに、ヒメのこと…』

遠征前夜、偶々帰り道の公園で聞いた呟き。

☆★☆

その続きは、椿ヒメもヒュウガに気づき逃げるように立ち去っていったため聞けなかった。
が、もう一度ため息をつくと彼は揚羽に笑いかける。

「ま、オレがボウガンで射抜いてもピンピンしてる女や。死んだって報告は無いし、どっかで生きてるやろ」
「…そっか。…うん、そうだねっ!あたしも落ち着いたら、もっと飛鳥で動いてみよー」
「オレら軍の目にかからん程度にして、頼むで?」

大丈夫だって!と笑う揚羽は、自分のお腹をさする。
その行為に、ヒュウガの視線が厳しくなるが、諦めるようにため息をついたのだった。

◆烏月揚羽
異世界から帰還後、迎えに来た久遠と共に、契・キナと4人で逃亡生活を始める。
大和では指名手配されているものの、飛鳥ではそれがなかったため、変装をしてバウンティハンター(飛鳥の賞金首討伐専門に活動しているハンターのこと)として活動している姿が見られることも。

◆契
異世界から帰還後も、一家に揚羽を加えるも生活は左程変わらず。
賞金首としての額を上げつつも、娘であるキナや揚羽の成長を微笑ましく見守っていく。

◆久遠
異世界から帰還後、揚羽を迎えに来て、共に逃亡生活を送ることになる。
揚羽とは意外にもラブラブで、彼女のお腹には愛の結晶も育っているようだ。

◆キナ
異世界から帰還後も家事を継続しており、揚羽に習いながら料理等の勉強中。
できないタイプではないため、ハラハラしながら見守る契を他所に、主婦としての実力をつける一方、彼女自身に眠る魔導の力も制御するため、少しずつ歩みを始めた。

◆椿ヒメ
異世界から帰還後、南部遠征へと志願し、遠征中に行方不明になる。
『こんな自分』を嫌いになっていく前に、周りを傷つけてしまう前に身を消した彼女も、また一つの結末なのだろう。
ちなみに、ヒメが消えた直後にシュウ以外の面々も軍を退役し、姿を消したようだ。


「なんなら、この後一勝負といくかい?いい場所知ってるんだぜ?」
「乗った。ラウムの力で勝ってた、とは思われたくないしな」

少し前、「登也先輩と凪先輩、結局どっちが強いんスか?」というヒカルの一言で、二人は好戦的な笑みを向けた。
登也は凪に、現在のところ1勝3敗1分をしている。
帰還後、しばらくしてから勝負をしたが、その時は勝負がつく前に近くで事件が起こったため、中断となったため一分けとなっていた。
だからこそ、因縁の対決に決着を、と思っていたのだが…。

「…ダメ。バーゲストの遺跡内部でしょう?」
「え…?そうですけど…」
「あー、あそこか」

意外な所から挙がった声に、凪は場所を納得し、登也は驚いた。
まさか真帆がダメというとは思わなかったからだ。

「あそこは、来月までアナグラむいむい達が繁殖活動をしているの。妨害してはダメ」
「はぁっ!?いつの間にそんなむいむいが!?」
「突っ込むところはそこじゃねぇだろ…もういい、またの機会だな」
「…なんだか悪いな、凪」
「気にすんな」

せっかくの勢いが削がれ、料理を食する事に専念する二人。
そんな二人を他所に、一人守ったと満足気な表情の真帆がそこにいた。

◆北嶺真帆
異次元帰還後、異次元で見た飛鳥の魔物のバリエーションの多さに魅了され、ハンターギルド飛鳥支部への移籍を決意する。
元々スラム第三エリアの出身で、同郷である槐シドと尸ヨミに止められたものの、彼らの言うことを無視して大和から離れ、飛鳥の地へ。
魔物中心の生活は相変わらずだという。


「そう、残念ね…」
「悪いな向坂。本当は俺が代わってやりたい所だったんだがね」

結婚披露宴も終了し、帰りの挨拶の時に、維胡琉は美澄少尉と会話をした。
勤務が交代になった一ノ瀬軍曹と共に来ていた彼らは、最後に招待してくれた維胡琉へと礼を言う。

「二ノ宮も連れてきたかったんだがね…上官より先に死なれちまうんだもんなぁ」
「少尉、祝いの席で言うことじゃないかと」
「おっと悪い、歳を取ると感傷的になってダメだねこりゃあ」

冗談のように笑い飛ばす美澄。
一ノ瀬軍曹は、飛鳥の北方砦の事件での殉職だったため、改変後の世界では死んでない事になっていた。
だが、二ノ宮は大和での怪異に巻き込まれた時に死亡したため、アドラメレクの世界改変の対象にならなかったようで。
維胡琉は言っても信じてもらえない、異次元での話を胸に留め、悲しそうな表情を向けつつ見送った。

「維胡琉さん!すっごくキレイだったっスよ!!」
「あ、ヒカル。今日はありがとう」

一度首を振ると、維胡琉は笑顔を走ってきたヒカルへと向けた。
思い出の地ということもあったのだが、目の前の少年のこの笑顔を見れただけでも、飛鳥でやってよかった、と思えた。

「あれ?そういや牧本さんは来てないんスか?」
「うん。美澄さんが、一ノ瀬さんの勤務と代わってもらったって言ってたよ」
「え?牧本さんをわざわざ?あの人、今日休みって聞いてたのに」
「そうみたい。なんか、重要な用事と重なっちゃったとからしくて」

なんすかそれ!と理不尽な交代に、キレ気味のヒカル。
そこに、同じように走ってきた揚羽の姿があった。
抱きついてきた揚羽を、よろめきながら受け止める。

「いこるーん!マイティきたっ!?」
「うわっと…そういえば見てないかな?」
「きてないの!?まったくもー、いこるんの招待状、見てるはずなのにっ!」
「ヒメたんの事を任されたのに、目を離したから罰が悪くてこられないんだろう」
「いや、あんたもマイティと一緒にいたでしょーが!」

怪しさ大爆発な態度の…具体的に言えばキョロキョロしているファニーに、吐けというように胸ぐらを掴み問い詰める揚羽。

「おおっと、俺はヒメたん救出に向かう王子役になりにずらかるぜーっ」
「あっ…ファニーさんもありがとう!」

全速力で逃げていくファニーを見送りつつ、維胡琉は手を振った。
来られない者達も大多数はいたが、それでも今日この日が、維胡琉にとって大事な日となったのは言うまでもないだろう。

◆向坂維胡琉
異次元帰還後、ハンター活動を続けながら1年後の今日、飛鳥で恋人の赤音鞘人と結婚式を挙げた。
その後は彼と共に、世界を巡るハンターとして活動をしていく(といっても、大和飛鳥出雲以外でハンター活動の認可はされていないため、他の国ではハンターとして活動は大っぴらにできなかったが)。
悪魔ベレトの目撃情報を耳にしては、大和に帰国している彼女達夫婦の姿があったようだ。


同日、飛鳥バーゲスト郊外。
元々一ノ瀬軍曹の勤務担当であったエリアの管理を任されていた牧本シュウは、警らをしながら、巡回エリアの公園の時計の時刻を確認して一つ息を吐いた。

「もう結婚式は終わったかな。維胡琉には、今度謝らないと…」

美澄少尉の命令とはいえ、元々の休みを潰したのは結局は自分の意志だ。
維胡琉を祝福したくないのかと言われたら、確実に違うと言える。
だが…素直に心のそこから、笑顔でおめでとうという事は難しいだろう。
ヒメをはじめとして、V、刻亥ナジム、芙蓉は姿を消した。
連絡を取ろうと思えば取れるのかもしれないが、別れる前に訪ねてきたVが言った言葉、「テメェはもう仲間でもなんでもねぇ」という一言が引っ張っているのだろう。
おそらく出席したところで、普段通りに振る舞える筈がなかった。
更に麻衣は現在、自身の事で忙しいらしく、シュウもまた軍の任務で、連絡も1月に1度くらいになっていた。
電話が使えず、手紙でのやり取りというせいもあるのだろう。

「結局、僕は何も変わってなかったのかな…」

また、昔みたいに戻るのだろうか。
闇を抱え、人を拒絶し生きていくのだろうか。
弱くすぐ折れそうな心だったが、案外、そうでもないらしい。
人は変わるもの。
すぐに大きな変化は起こせないが、小さい事が積み重なり、それはやがて大きな支えとなる。

「とりあえずは、今はそれでええんやない?」

不意に、背後から聞こえた一言。
振り返ると、そこにははにかむような笑みを向けた麻衣が立っていた。
なんで、と思ったが、すぐにそれが美澄少尉の仕込みだという事に気が付く。
1年は経たないものの、最後に会ったのは、もうそれくらい前になる。
でも、肝心な時はいつも傍にいてくれた。
シュウが変われたのだとすれば、それは麻衣がいたからだろう。
敵として出会い、全力で叱って、一緒に歩んでくれると誓った彼女がいたから。

「…そうだね。でも、甘ったれんのもいい加減にしないとね。僕だけが違うわけじゃないんだから」
「…いつまで覚えてんの…」

恥ずかしそうに言う麻衣を、笑って抱きしめる。
そして小さく「ただいま」「おかえり」と――。

◆牧本シュウ
異次元から帰還後、ヒメの行方不明、仲間達が離れていく事に、一時期は苦悩した。
しかしいつも支えてくれた麻衣と共に、これからも歩き続ける。
麻衣だけでなく、美澄や一ノ瀬、他の者達もまた、シュウにとって無くてはならない存在の欠片となったのだから。
最終更新:2016年05月18日 15:48