維胡琉は襲い掛かる美代子をみて、とっさに加速装置をかけ素早く身をかわした。

「っ……美代子さん、ずっと寂しかったんだね。
あのね、現実世界では美代子さんの絵が誰かに盗まれていて、
いま、外で仲間が絵を探してくれてる。
美代子さんが大事な人と一緒にいて、笑えるように、
私もできることをするから、私を信じてほしい。」

少し距離を置いてから、呼吸を整えそう告げるが、美代子は既に正気を失っており、ただ息を荒げ狂気に満ちた笑みを浮かべるのみだった。

「……しょうがないね、クロとりあえず、逃げよう。」

クロを抱え、維胡琉は走った…。

☆☆
美代子の姿が見えなくなり、呼吸を整えると維胡琉は口を開いた。

「………クロ、絵に命を宿す筆について、教えてくれない?
仲間が「コガラシ」っていう箱について、教えてくれたの。
お払いとか、封印とか、とにかく長い年月をかけないとどうにもできない代物なんだって。もしかしたら『筆』もその類のものかもしれないって…。
筆はどういった経緯で入手されたものなのか、知ってる…?」

『…私が、美代子にプレゼントされたものだ。
美代子が亡くなる前のクリスマス、最後の……その筆が命を宿す筆だとは知らずに、美代子からもらった筆で元気な美代子の姿を描こうと思った。
しかし、途中で徐々に自分の生気が失われていくのを感じた…。
代わりに絵の中の美代子がどんどん生き生きとしていくのが分かった。
たとえこの命が尽きようとも…美代子が笑ってくれるなら構わないと…だから、あの絵を描きあげたんだ…。』

「クロ……貴方…。」

維胡琉が言葉を探している間、クロは遠くを見つめていた。

『あの筆を破壊すればきっと美代子は解放される。
恐らく最後にあの絵を描いたアトリエにあるはずだが…。
……最悪は此方の世界の美代子の絵を燃やすといい。
あの絵を介してこの世界に来たお前なら元の世界にはじき出されるだろう。』

「…でもそれは、本当に美代子さんが救われる方法…なのかな…。
今、私の仲間が筆や、現実にある美代子さんの絵を探してるの。
きっと、悲しい結末にはしない…約束するよ。」

維胡琉は緩やかに目を細めてクロに笑みを向けそう言ったあと、直達三人に筆のありかについてメールをした。

☆☆☆
その頃、直、凪、祠堂は佐倉倉治のアトリエに来ていた。
三人バラバラに調べていたが、結局行きつく先は同じだったのだ…。

「この鍵、よく借りられましたね?」
「流石だろ?これがハンターの経験値ってやつだよ。」

アトリエのカギ美術館のオーナーから親戚をたどり、なんだか上手いことをいって借りてきたようだった。
祠堂が少し驚いたように直に声をかけると、直は得意げに笑って見せた。
中に入ると、しばらく人の入った気配のないその場所は埃や蜘蛛の巣でいっぱいだった。そしてその中心においてあるキャンバスに気づく祠堂。

「この絵って…もしかして。」

誰しもが一度は目にしたことのある、リアルな少女の絵……『美代子』のはずだが、肝心の少女はそこには居なかった。

代わりに居たのは、維胡琉。胸には黒い猫を抱いている。

「…戦況は芳しくねぇようだな。」
「…大丈夫かな、先輩…あ、筆っ、筆はないですかね??」

小さく舌打ちをする凪の隣で心配そうに絵を見つめていた直は、慌てて筆を探し始めた。

「そうだな、元凶はそいつだろう。それを壊せばあるいは……」
「筆ならいっぱいあるんすけど…それらしいものは…」
「…うわ、何コレ、気持ち悪……」

三人は手分けをして室内を探し始める。
沢山の筆が収められたいくつかの筆立ての中には変わったものはなかったが、机の中に大事にしまわれていた箱を見つけた。
その箱は蓋を開けずとも気分が悪くなるほどの邪気が感じられる。
そっと蓋を開くと、毛先まで真っ黒の筆が一本、禍々しい空気を放っていた。

「間違いなく、此れだろうな。」
「…コガラシ程の気持ち悪さはないけど…結構きますね。」
「どうします?ぶん殴ったら壊れますかね?」

三人はひとまず、物理的に壊すことを試し始めた………

☆☆☆☆
維胡琉は再び窮地に追いやられていた。
美代子は他の絵画も操り、剣や斧を振りかざし維胡琉に迫っていたのだ。

『維胡ル……さァ、早ク。鈴ヲ…渡しテ。苦シクナイわ、一瞬デ終わル…。』

「……ここが最後かな…。
クロ、今まで一緒にいてくれてありがとう。
……クロの大事な人、美代子さんの大事な人…
皆が幸せに生きられるように、答えを選ぶね。」

唯一の救いは、この部屋には美代子の絵画があったこと。
維胡琉は、唇を噛みしめ、痛む胸を押さえつけながらも魔術を練り上げた……。

次の瞬間…


―シャリーーーーンッ!!


大きな鈴の音と共に、世界が歪んだ…。



……
………


「先輩っ、向坂先輩!!」
「先輩、大丈夫か?」
「向坂さん…起きてください。」

三人の声に、維胡琉はそっと瞼を開いた…。
そこは、古びた洋館の一室だった。
何が起きたか分からず、あたりを見回すと、部屋の中心にはキャンバスが一枚。

満面の笑みの美代子と、そして…

「…クロ…!…間に合ったんだ、良かった。
……皆、有難う。」

思わず潤んだ瞳で笑み浮かべ呟くようにそう言った維胡琉に、三人は一瞬きょとんとするものの、無事を確認すれば小さく笑いあい肩を竦めたのだった…。


―結局、美代子の絵がなぜあの場所にあったかは不明で、破壊した筆もいつの間にか跡形もなく消えていた。
また、『美代子』が元の絵とは変わっているのも何故か人々の記憶は”元々そうであった”となっており、当の維胡琉さえ時間が経ちあれは夢であったのだろうか…と思うようになっていたという。

―END―
最終更新:2016年04月02日 11:21