茜は麻衣との電話の後、すぐに緋杭湖へと向かっていた。
幽霊の悪行、つまり怨念、怨念を払うといえば寺…単純ではあるものの行けばなにか対抗策が見つかるかもしれない、そう思ったのだ。
「すみません…――」
茜は事件について住職に説明し、遠方の麻衣の手助けができるよう、お経など電話越しに有効なものがないか尋ねたが、電話越しにお経を読んだところであまり効果はないといわれてしまう。
その代わり住職は魔除けの鏡、”破邪鏡”を貸してくれた。
此れならリカの力も跳ね返すことができるだろうという。
「……いや、確かに天瀬先輩は鏡を欲しがってたけど。コレどうやって届けたら…」
「あっかちーんっ!!」
「揚羽先輩。お疲れさまです。」
茜が悩まし気に鏡と睨めっこをしてると揚羽が両手を振りながら颯爽と現れる。
先ほどメールで鏡を手に入れたこと、それをどう届けるかで悩んでいることは既に伝えていた。
「おまたせー♪じゃあ、あたし届けてくるねっ!」
揚羽は意気揚々とそういうと、風の魔力を放出し始める。
「えーと、先輩?まさかとは思うんですけど…」
茜はすぐにその言葉の意味を理解すると、周囲に人気がないのを確認し止めることなく事の行く末を見守った。
結果、揚羽の風の魔力は茜の予想通りの形を創造し、大きな翼を広げ咆哮をあげた…そう、現れたのは風精”黄翼竜”だ。
「さぁっ、きぃちゃん!あたしを飛鳥軍の船まで連れてって!超ハイスピードでねっ!」
「…大丈夫ですかね、技力持ちます?途中でふっ飛ばされたりしません?」
「だいじょーぶっ!ポーションしこたま持ってきたし!こーして、手綱を…。」
そう言っていつもは背負っていないリュックを広げ、受け取った鏡も大事にしまい、さらにロープを竜に結びつけ強く握った。
「…それなら大丈夫ですかね…、頼みます。私も、船が捕まえられたら追いかけますんで。」
「おっけー、頼まれたっ!」
ぐっと親指を立てて笑うと、揚羽と黄翼竜は空高く飛び立っていく。
茜はそれを見上げ表情を緩めると、すぐにその足で葵の港へと向かっていった。
☆☆
「……どうにかして、此処を抜けなあかん…。」
麻衣は死体軍人達との真向勝負を避け、救護室に身を隠していた。
シュウと美澄の事を考えると、すぐにでも走って向かいたいところだが、死体軍人達は食堂からここまで麻衣を追い続け、既に扉の外をふさぐように立ちはだかり今にも戸を壊さんと激しく叩いていた。
「…いつまで、もつか。」
シュウのところにたどり着く前に自分が…と絶望感を覚えたその時…、
―『剣技舞来ッ!』
聞き覚えのある、安心感のある声が耳に届く。
扉の向こうでは激しい破壊音、そして扉をたたく音が止む。
麻衣は恐る恐る、血塗れた扉の窓から僅かに見える廊下を覗いた。
「先輩……」
死体軍人達が廊下に倒れる中、一人立つ少女の姿…麻衣はその姿を目にした瞬間、思わず力が抜け、ずるずると扉の前に膝をついた。
「…マイティっ、そこに居るの?!…ねぇっ!!」
「…ああ、すみません…無事です。…先輩こそ、こんな場所に一人で?」
麻衣が声を発したと同時、ガラリと扉が開かれ揚羽の心配そうな顔が飛び込んでくる。
「来るよっ、どこだって!……っ。……っほらっ、ココはあたしに任せて!はやく!」
「…有難うございます。先輩、絶対無茶せんでくださいよ。」
麻衣は揚羽の手を借り立ち上がると、押し付けられるように受け取った鏡を見て、緩やかに目を細める。
揚羽一人を残すことに不安は感じずには居られないものの、彼女なら大丈夫と、自分に言い聞かせるように頷き第三デッキに走るのだった。
☆☆☆
「…いやー、ヤッばいなー。コレは死ぬかもしれねぇなー。」
狭いシャワー室に男二人。
ハハッ、と冗談めかしつつ笑いを零す美澄の横で、シュウは少し青ざめた顔で手当てを施していた。
美澄の左腕は肘から下がまるで酷い火傷のようにただれ、皮膚が剥がれ落ちている。
「冗談は止めてくださいよ。……でも、このままだと。」
間一髪か、という絶望感よりも麻衣はどうしているだろうか、という不安のほうがシュウの頭を埋め尽くしていた。
リカの能力は無機質を破壊することはできないが、リカは狂気に暴れ力をあちこちに放っていた。
「…シュウッ!!」
麻衣の声と共にキーンと耳をつんざく様な音が響く。
リカの力が鏡によって跳ね返された音だった。
「麻衣!?…っく…離してください、美澄さん!」
彼女の声にすぐにでも飛び出しそうになるシュウを、力強く掴み引き留める美澄。
勿論、いつもの彼らなら女一人を危険にさらすようなことはあり得ないが、確証はないが恐らく麻衣には手を出さない、そう思っていた。
シュウ達のいるシャワールームの扉を開けようと手を伸ばしていたリカは、たまたま跳ね返された光線が指先を掠め、手を離した。
―『…オトコ…何処…オトコ…全テ憎イ…憎イ…憎イ‼‼‼‼‼‼』
「…シュウ、出てきたらあかんよ。
…大丈夫、リカさんはうちには、手ぇださへん……な、リカさん?
お腹の赤ちゃんも、こんな事望んでへんよ?」
―『……赤…チゃん…?』
再び暴れだそうとしていたリカの動きがぴたりと止まり、ほんの僅か、声音が落ち着いたように感じた。
麻衣はここに来る直前、何度目かの茜からのメールを目にしていた。
『柳です。ネットで新しい情報を入手しました。
これも噂でしかありませんが…リカ、はお腹に子供がいたんではないかということ。
しかも実兄からの暴行で受けた子供らしいです。最悪ですね。
それでも、子守唄を歌って大事そうにお腹を擦ってたのを考えると、大事にしてたんじゃないですかね。
船を捕まえました。今から向かいます。無事でいてください。』
そして、一か八か口にした『赤ちゃん』という言葉はリカの心に届いたようだった。
「……柳、お手柄やね……………っ……―~♪」
麻衣は大きく深呼吸をすると、僅かに染まる頬、小さく震える声で歌を歌い始める。
それは自分が唯一知っている子守唄だった。
「―…♪」
―『……赤ちャン…私ノ……赤ちゃん……!』
すると、リカの憎悪はまるでその歌声と共に昇華されるように、みるみる薄れていく。
―『私の大事な赤ちゃん……ゴメンね、ママが守ってあげられなくて………・・・・』
―……
正気を取り戻したリカは、涙を流しながら、愛おしそうに自らのお腹を抱きしめた。
そして、刹那、リカは光の粒となって砕け散り、天に召されるように空気に溶け込んでいった…。
「…リカさん……どうか、幸せになってください。」
「…麻衣っ!」
痺れを切らしたシュウが扉を蹴破り飛び出してくると、麻衣はハッと我に返りシュウの方へ視線を向けた。
「無事…やったんね。…よかった。」
「…こっちの台詞だよ。……いや、助けてくれて有難う。」
「……オーイ、俺も居るの、忘れてんじゃねーぞー。」
★★★
こうして、リカは無事に成仏し、同時に数多くいた死体軍人たちは支配者がいなくなったことで動かなくなった。
残念ながら彼らが生き返ることはないが、リカの力から解放され弔うことが出来るようになったのが唯一の救いであっただろう。
そして、二ノ宮もまたその多くの軍人たちの中に発見されたという…。
美澄の腕は動くようになったものの、痛々しい傷跡は残ったままであるが、当人曰く「勲章」だという。
また、後日さらに深く調べられた情報では、リカは出雲の研究者の娘で元々不思議な力を持っていたこと、そのことで父や兄から酷い暴行を受け男の存在そのものを憎んでいたことが分かった。
最後に麻衣の子守唄と語りかけにより、愛を思い出し成仏することが出来たのだろうと住職は言った。
―END―
最終更新:2016年04月06日 14:42